2009.07.09

有り難き書評

書籍も発行されて半年も入ると「安定期」に入る。
この安定期というのは、売れ行きのペースが定まるということである。コンスタントに読まれ続けるものもあれば、なかなか注文されないものもある。自分の著書の中でも、ノート本は今も読まれているが、授業のアイデア本などはアマゾンランキングを見てもなかなか上がらない。
一番新しい本「価値ある出会いが教師を変える」も発行して半年が過ぎた。これまた安定期に入っている。有り難いことに今だに書評で取り上げられることがある。最近もWebで3つほど見付けた。その中の一つに「部長M ブックブログ」に取り上げていただいた。
このブログ、様々なジャンルの本を独特の視点から書いている。取り上げられるだけで恐縮するのだが、さらに「工夫を発見した」と次の5点とその詳細を書いてくださっている。

  1. 時系列で編集されている
2. 一文が短く簡潔
3. 取り上げるエピソードが具体的
4. 振り返りをうながす工夫
5. 書き手の視点が徹底的に謙虚

何度も読んで「こういう評価をしていただいて有り難い」とつくづく思った。著者冥利に尽きる。

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2009.07.08

HP運営のヒント

地区懇談会で校長からHPの仮オープンの話があった。
その後の懇親会で興味をもった何人かの保護者の方から、お尋ねがあった。
そのやりとりの中で本校HP運営のヒントが見つかった。HPには「携帯のサイト」がついている。私自身はそれほど重視していなかったのだが、保護者が一番最初に注目するのはここではないか・・・と。

本校のネット環境はまだ高速インターネットになっていない。その中で選んだツールである。地域のネット環境も同様である。その中でのHPであるから、環境を考えた重点的な運営が必要だな・・・と感じた。
ちなみに仮オープンのページはこちら。内容は今後充実させる予定。

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2009.07.07

 その場主義で記録

 昨日の複式授業研究会でのこと。記録者は自分である。授業も研究会も。
 こういう時には、授業が終わった時、研究会が終わった時が「完成時」だと思っている。その場主義の一つである。

 以前、向山行雄先生の「参観した授業を1枚の授業記録としてまとめる」という雑誌原稿を読んだことがあった。もう20年も前のことであろう。これも授業終了時点での話である。「すごいなあ、授業が終わった時に記録がもうできているなんて・・・」と感心したものだった。当時は手書きだったので、なおさらその仕事ぶりに驚いた。

 以来、自分も可能な限り、「その直後に完了」を心がけている。そのために、記録の途中での聞き逃しや自分用の書きぶりに変換させるということもある。それでも、終わるのを優先させている。というのも、「あとでまとめよう」とすると莫大なエネルギーが必要になるし、時間がたっての記録は鮮度も落ちている。その日のことなのだから、その日に読むことができるのがベターなのだ。
だから、記録の収録度からいえば80%から90%。ただ、これはこれで自分が心がけている「80%主義」に入っているので、いいと思っている。

ということで、昨日は授業記録も授業終了後にすぐに印刷・配布ができた。研究会記録も同様。講師の先生にも手渡すことができた。これには自分も満足であった。

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2009.07.06

複式の強み

今日の岩手県教育センターの出前複式授業。
これはセンターの事業としてあるもので、本校が依頼したものである。費用はセンター持ちで、しかも指導主事が本校で飛び込み授業を行うもの。大変ありがたい事業である。複式のメリットである。
さらに自分自身が2年前にセンターの協力校として、指導主事の先生方とつながりがあるので、その点でも有り難い情報を得ることができる。

研究授業、研究会ともに価値があるものであった。授業から学ぶのは複式の指導方法ばかりではない。算数の発展的な部分をどう指導するか、算数における言語活動の充実はどういうことを指すかといったことも学ぶことができた。さらに研究会では、少人数であるからこそ、出席した先生方が思う存分質問をしたり、感想を話すことができた。自分自身もプロデュースした甲斐があったとつくづく思った。

これは講師の先生も同様だったのでは・・・と推測する。講師の満足度も、人数ではなく、参加者の意識の高さによるからだ。私自身、それは講師の時に感じることである。

さて、研究会の司会&記録である私も研究会の時には楽しい雰囲気にいつも以上に多くのことを話した。
「複式だからこその強みもあるはず。それを授業に取り入れるべきだと思っています。どんなことがありますか」と話題に出した。
「4年生が3年生にリコーダーを教えられる」
「1つ上の学年から、教え方を教わって、それを自分が下の学年に伝えられる」
「単式だと固定した人間関係だが、複式だと毎年変わる」
「自学力がつく」
「何といっても教具が一人一人に行き渡る。一人一実験や調理実習でも一人ずつできる」・・・等々
このように多くの強みが出てきた。
自分もいくつかは実感していたし、このブログにも書いていたが、やはりこういう会では多くの情報を得ることができる。そして、どんな状況でも発想や見方を変えれば「強み」が見えてくると感じた。複式も同様である。

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2009.07.05

仕事術

ずっと気の抜けない日々が続いている。原稿に取り組んでいるからだ。今後も同様だ。
もっとも気持ちはそうでも、疲れ果てて寝てしまったり、つまずいてしまってさっぱり原稿が進まなかったり・・・という日々も多い。それでもいったん途切れてしまうと、原稿執筆モードになるまで多くのエネルギーを注がなければいけないので、モードだけは切らさないようにしている。
そのよさは、雑誌原稿がわりと書きやすいということだ。昨日は新聞の連載と「ネットワーク」の原稿を書いた。
「ネットワーク」誌は仕事術の依頼だったので、担任の仕事として次の6項目について書いた。

1 段取りメモを持ち歩く
2 その場主義で子どもたちと一緒に仕事
3 時間を決めて学級通信を作る
4 「無駄な会議」はない
5 トラブルへの対処法を身につける
6 生み出された時間を子ども達のために

書き終わって実は管理職として今している仕事の原則と同じと改めて感じた。
管理職として今、先の項目と対応させるのなら次のように仕事をしている。

1 段取りメモを持ち歩く
2 その場主義で先生方と一緒に仕事
3 時間を決めて通信を作る
4 「無駄な会議」はない
5 危機管理への対処法を身につける
6 生み出された時間を先生方のために

担任時代身につけた仕事術の効果は大きいのである。

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2009.07.04

学級渡り鳥のメリット

前任校には最後の年は担任外だった。専科で6年生2学級に社会を1年間教える他に、その他の授業時間はいろいろな学級に入った。週に平均20時間程度は授業をしていた。残りが主担当の研究主任・情報教育主任として、学校運営の中核として仕事をした。多くの学級の研究授業の参観、各部会の研究会への参加等、実にいい経験を1年間でさせていただいた。
1時間だけのその学級でも、全力で授業をした(当たり前だが)。だから、わずか1時間の補欠授業でもよく覚えてくれて、廊下ですれ違っていた時にもよく親しく挨拶をされたものだった。

今、土日に水沢に戻る。用事であちこちに行くと、子どもたちによく会う。自分が住んでいるところは、前任校の学区であるから当然のことだ。にっこりと挨拶をする。
今日も自宅近くを車で走っていたら、中学生が3人歩道で立ち話をしていた。近づいたら、よく入った学級の子たちだった。何度も雑談をした人なつっこい子たちだ。向こうも気づいて、「あーっ!」と指をさされた。そのまま礼をして帰ったが、何もなつかしかった。

ささやかなふれあいだが、これは自分が学級を渡り鳥のように歩いていたメリットだ。担任外だからこそ、大規模校でも多くの学年の児童と接点がもてた。そのよさを改めて感じた日であった。

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2009.07.03

3つの自己開示

住友生命の「職員室」というリーフレットがある。教職員向けに月一回発行されているものだ。
何の縁かわからないが、「学級通信づくりのコツ」というコーナーもあり、私の学級通信本をベースにコンパクトにポイントが示されている。私には事前にチェック依頼が来て、いつも「OKです」と返信を出している。今回で7回目であった。

このようなリーフレットは一通り目を通す。学校に来る冊子も同様だ。時には貴重な情報が得られる。貴重な情報が得られなくても、トレンドに触れることができる。自分にとって「異分野」に触れることは重要だ。
「職員室」8月号には明治大の諸富先生が「児童・生徒に教員の気持ちを伝えるコツ」として「自己開示」について書いていた。

・価値観の自己開示・・・「先生は、人間としてやってはいけないことがあると思うんだ・・・」
・感情の自己開示・・・「今日のあなたの頑張っている姿を見て、先生は本当にうれしい」
・事実の自己開示・・・「先生があなたたちの年齢のとき、実はこういうことがあってね・・・」

そうだ、そうだと思いながら読んだ。担任時代であれば、これらは自分にとって意識をしていたことだった。今、授業でも、子どもたちに日常の生徒指導や行事の励ましを言う場合がある。考えてみれば、こういうことは担任時代より明らかに意識が低くなっている。仕方のないことではあるが、問題はそういう状態で話しているということだ。子どもたちに共感が得られなければ意味がない。
さっと見たリーフレットがこのような気づきを得た。やはり目を通すものである。

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