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2004.10.31

自分のコメントを聞く

今日、NHK第一で10月1日に行われた放送教育東北大会の放送を聞いた(ローカル放送)。パネルディスカッションのパネリストとして参加したものである。
まずこのように記録として残るのは有り難いことである。リスナーは少ないであろうが、自分の手間がかからない点が記録整理が苦手な自分としては助かる。

自分の話し方を聞いて、「これは修業しなくてはいけない」と痛感した。
一つは話し方そのものの問題。自分の言い方の聞きづらいこと。自分ではゆっくりとわかりやすいように話しているつもりでも、そうではなかった。他の皆さんの声は実に聞きやすい。学級の子どもたちはこの話し方に慣れているから何とも思わないであろうが、スーっと子どもたちの耳に届く落ち着いた話し方もしてみたいものだ。
二つ目はコメントの問題。これは以前、新城のシンポジウムでも感じたことだが、自分にマイクを向けられた時にいかに自分の言葉でコメントを言えるかが大切である。それが不十分である。日ごろの問題意識の他に、基礎的なコメント力が不足しているのだ。(だから本を買った。)聞きながら、「自分にマイクを向けられたらこのキーワードで話そう」としていなければいけないのだ。
三つ目は全くもってユーモアがないこと。壇上で聴衆を笑わせたり、拍手させることができる人は偉大だなあ。

このようなことを意識できたのも、パネルディスカッションに参加できたからであり、今日放送されたからである。いい経験をさせていただいたことに感謝。

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2004.10.30

ひまわり社HP

ひまわり社HPに拙稿が掲載されています。
「小学校6年今月のめあて」です。

1 学級づくり「兄弟学級との遊びで心をつなぐ」
2 授業「ダメ!薬物乱用」
3 気軽なIT活用⑧ 技能教科でビデオカメラを有効に使う

今月はこの3本です。

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2004.10.29

子どもたちの発言に胸がいっぱいになった

前日に今回の中越地震に関わる授業をしようと思っていた。
道徳の一部として時間は20分ほど。伝えたい内容は次の3つ。

・地震の恐さ、災害に対する人間の無力さ。
・同時に危険の中で一人の子を救った事実。助け合う人間のすばらしさ。
・ボランティアはみんなもしている。できることをしよう。

これらをネットニュースの写真をもとに授業を構成しようと思っていた。
さらに偶然ではあるが、今日子どもたちから授業に関係する話が次々と・・・。
朝教室で「先生、新潟の地震の人たちのためになる募金をしたいと思っているんけすけど・・・」と一人の女の子。テレビを見てたまらなくなって思ったらしい。子どもの家庭学習ノートを見ると地震について思ったことを書いた子が4人。「地震に関わる授業をしよう」という教師の思いと呼応したかのようだ。
その子たちの思いを授業で生かしながら授業を再構成。
授業の様子は学級通信より抜粋する。

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 今日、子どもたちに地震で受けた被害の写真を見せました。ほとんどの子がニュースを知っていました。写真を見せるたびに、「新幹線も脱線して傾いた」というように知っている話を次々に出していました。
 事実を改めて確認して、思ったことを発表させると、「地震は恐ろしい」「地震の前では人間は無力のようなものだ」「人が小さく思える」といった感想を述べていました。

そこで今度は土砂崩れにあった車から助けられた男の子に関わる写真を提示しました。私自身が今回の地震で「人間ってすごいなあ」と思った出来事です。子どもたちもよく知っていました。
「さっきは【人間は無力だ】とみんなは思ったけど、この写真を見て人間について思ったことは何ですか」と聞きました。
 子どもたちからは、「人間は助けあえる点がいい」「自分たちも危険なのに、助けようとする心がすばらしい」「人の生命力は強いものだ」といった感想が出てきました。同時に、レスキュー隊やボランティアをする人々のすばらしさにも触れました。「人間はすごい存在」というように子どもたちの考えも改めて変化しました。
 
 ここで、00さんから提案がありました。
 「今回の地震で新潟の人たちはたいへんなことになっています。自分たちにできることをこの6年1組でしてみたいと思っています。たとえば募金をするとか・・・」
 最後は思いが詰まって声になりませんでした。その声に呼応するように、「私も賛成です。自分たちにもできることだからです」「ぼくも賛成です。新潟に行って直接助けることはできないけど、これならできます」「レスキュー隊のようなことをぼくたちは今できないけど、お金を募金すれば何か役には立ちます」と次々と発言が続きました。感動的な場面でした。このように発言する子どもたちの成長ぶりが本当に嬉しかったです。

・私たちはこんなに幸せなんて知りませんでした。私は人を助けられないけど、そのかわりぼ金をがんばりたいと思います。みんなの力を合わせるとすごい力になるなんてすごいと思います。
・家でこの地震のニュースをただ聞いているだけじゃいやなので、募金などできることなら何でもやりたいです。
・自然災害はとてもこわいけど、その中には人々が助け合っているということが一番すごいと思いました。人間は強いと思います。
・私にも何かできることがあると思うと、うれしいです!募金とか、何か小さいことでいいから、私もしたいなって思っていて、私たちだけ幸せでいいと思っていました。
・新潟で地震がおきて最初は自分にできることはないと思ったけど、今日みんなの話を聞いて、募金しようと思いました。こういうのを水小全員でやったり、市で集めたりすればいいと思いました。

 一人一人が思っていただけのことでも、学級みんなで行動すれば力になる・・・そのことを私も実感しています。

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 学級通信ではやや授業の感動を抑えめにしているが、子どもたちの発言には本当に胸がいっぱいになった。特に涙ながらに語る提案に次々と自分の思いを語る子どもたちの姿は美しかった。
 一年間で「忘れられない授業」がいくつかある。今日の授業は間違いなくその一つになった。

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2004.10.28

一通の礼状 2

学級通信 6年1組物語 101号より

 礼状を出して1カ月。
 いつものように日常は過ぎていった。私自身も礼状のことは忘れていた。
 そんな時、「書籍小包」のはんこが押されたB5版の封筒が我が家に届いた。中にはケースに入った本が一冊。「私の教育論」という題名のその本は、私が礼状を出した先生から送られてきたものだった。
 本を追うようにして、翌日、その先生の手紙が届いた。
 市の要職の方からの返事である。ご多忙な中を、講演を聞いた一教員からの手紙にわざわざ時間をさいてくださったのである。
 しかも葉書ではない。丁重なお便りが便箋3枚に綴られてあった。
 ありがたいことである。再び胸が熱くなった。

 その内容にも驚いた。私の手紙のことを評価した文面であった。
 その手紙に私は恐縮してしまった。同時にこの手紙に感動した。人間の誠意ということを学んだ。送られてきた著書を一気に読んだことは言うまでもない。

 「根を養えば樹おのずから育つ」

 その先生の応接間には、この書の額が飾られてあるという。
 教育に携わるものとして、実に含蓄のある言葉だと思う。著書にも、その言葉の意味が書かれていた。
「子どもの生き方の根本を深く耕せば、子どもは自己開発していくものだ」という。確かに学習技能をしっかり身につけさせれば、子どもたちは自分の力でどんどん学習を深めていくことができる。「人として大切なこと」をしっかりと身につけさせれば、学校での行動は適切なものとなる。

 我々はとかく、目に見える「樹」の部分を変容させようと試みる。しかし、それだけではいけない。あくまでも、見えない「根」の部分をどう変容するかまで考えなければいけない。
 その「根」の部分は何か。どんな働きかけを与えて育てていかなければいけないか。これらは、教師生活を続けながら探っていくべきことだと思う。

 このエピソードからすでに14年たった。その頃担任していた子どもたちは2年生。自分なりに「2年生の根」は何か考え、教育実践をした記憶はある。その子たちも、今年22歳。一社会人として働いている子も多いし、大学生だったら卒業である。

 この先生とは再会する機会がなかった。これからもないかもしれない。
 人との出会いはそういうものであろう。
 しかし、14年という年月がたっても、その時の感動や刺激は今も心の中で燃えている。そして、その時に感じたこと・思ったことを現在担任している6年1組の子どもたちにも実践することができたらいいと思っている。

★付記
 「自分の考えをまとめるために礼状を書く」という習慣は今も続いています。もっともその多くがEメールになりましたが、自分の思いは変わりません。文章中の先生と同様に「返信から学ぶ」という機会も、その後何度かありました。その度に礼状の大切さを痛感しています。


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2004.10.27

一通の礼状 1

学級通信「6年1組物語」 第100号

 「6年1組物語」が100号になりました。区切りの号ということで今回はエッセーです。

 私は元来筆マメな方ではない。特に学生時代には手紙を出すこと自体が少なかった。
はなはだしい時には、手紙をもらったのに返事をしないということもあった。今考えるとずいぶん失礼なことをしたものである。
 今は別である。きっかけは教え子からの手紙である。やはり、卒業した子供たちからの手紙は特別である。その子たちと一緒にすごした日々が鮮明に浮かんでくる。だから、何よりも優先して手紙を書く。
 仕事上でも同様である。それは、こんな話を本で読んだからである。

  自分が感動した本や講演があったら、著者や講演者に対して礼状を書くといい。何も返事を期待するためではない。その本や講演の内容をもう一度自分なりに整理するためである。

 このことを聞いて「なるほど」と思った。
 本を読む。感動する。勇気がわく。そして行動する。
 しかし、日常はそれほど変わらない。いつのまにかふだんの生活に戻ってしまう。
 本を読んだあと、自分なりに考えを整理しておけば別なのであろう。しかも、読書ノートをつけるよりも礼状の方が、相手意識がある分、思考も深まるであるかもしれない。

 ということで、このことを知ってから講演会や授業等で大変勉強になった時に、礼状を書くことにした。ただし、数はそれほど多くはない。ひんぱんに講演会や参観授業ができるわけではないからである。年に2~3回、礼状を出すくらいであった。
 相手は著書がかなりある先生や全国的に有名な先生が多かった。つまり著名な実践家ほど勉強になることが多かったのである(当然であるが)。礼状を書いたものの、多忙な方ばかりなので返事など期待するのは失礼にあたると考えていた。

 教師になって6年目の時に聞いた講演もそうだった。
 研修会で熱く語る先生だった。
 若い頃夜遅くまで教材分析をした話、 分厚い実践レポートを意欲的に書いた話、現在でも学び続けている話等、実に刺激的だった。
 すでに還暦をすぎた方で現在はある市の教育長をなさっているという。
 いろいろな講演会に参加した私ではあったが、その日の講演は特に胸にしみた。何か自分が教師として「もっと頑張らなければ」と勇気がわいたものであった。
 たまたま講演資料の中に、住所があった。さっそく礼状を書き始めた。
 「書きたい」という思いよりも、「わからないけど、書かざるをえない気持ち」からであった。人間、そんな気持ちになる時もあるのだ。
 講演内容が自分にとってどんな点が参考になったかということを整理した。実に多くの内容が出てきた。
 時間を忘れて夢中で書いた。1時間以上は書いただろうか。便箋はいつのまにか5枚を越えていた。
 一気に書き上げたら5枚になっていたというのが正しいのかもしれない。もちろんその時にも返事などは期待をしていなかった。ただ、自分のために書いたという満足感でいっぱいだった。 (次号へつづく)

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2004.10.26

知識定着も重視

 今年度の社会のテーマを、「見方・考え方を深めること」を中心にしているが、知識面もかなり重視している。当然のことながら、知識がなければ見方・考え方も深まらない。歴史学習の場合には特にそうだ。事実、見方を深める発問の時には、知識が多い子に見方の深さも比例している。

 知識を増やしたり、定着させたりする時には、時間も限られているので最大限に工夫をしているつもりだ。社会科の学習で日常的にしているのは次のようなこと。

・未習部分も含めてどんどん教科書を読むように言っておく。
・時には範囲を指定して宿題に出す。その時には本文だけではなく、資料の題・内容も読むようにさせる。
・重要語句は板書・ノートに書く・読むというようにして記憶に残るようにしている。
・分からない言葉は授業中に自由に国語辞典を引かせる(社会でも大いに役立つ)。
・時間があったら(自習時等)、資料集に目を通すようにしている(どんな資料がどこにあるかを知っていると授業時にすばやく探すことができる)。
・導入あるいは授業の途中でテンポよく知識を問うクイズをする。
・単元終了時には知識を問うチェックテストを行う。(最低2度する)

 知識が増えれば理解も当然増す。意欲づけにもなる。考える力とともに重視しなければいけないと思っている。

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2004.10.25

テレビの力を借りて

今日、一人の子が「わくわく授業」(11月11日放送)のことで連絡をしに来た。
「先生、転校したMさんに手紙でわくわく授業のことを教えますね」と。

Mさんは昨年、夏休み後、家の都合で急遽転校した子だ。友達とも十分な別れができなかった。昨年は手紙で元気な様子を知らせてくれていたが、今年は連絡もなかった。
幸いMさんとその子とは手紙のやりとりをしていた。そこで「1年後の自分たちの姿を見せるいい機会」というわけで連絡をとろうというわけである。

「それはとっても嬉しいね。みんなの元気な姿を見せることができるね」と私もにっこりした。
そうか。テレビで全国放送になるということは、このようなメリットもあるのだ。聞くところによれば、遠くの親戚にも連絡をとっている子もいるようだ(全員が写ることを祈るのみ)。私自身の姿を久々に見る友もいることだろう。

改めてテレビというメディアの威力を実感している。

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2004.10.24

2段階話し合いを教えた

かつて学級活動の実践に力を入れていた時があった。関連原稿もけっこう書いた。集中的に学んだことは今も生きていて、そのころの財産を生かしながら今も実践をしている。一番意識しているのは、学級活動にも当然のことながら学力が必要だということである。たとえば集会活動をするには「集会学力」が必要である。段取りをしたり、準備をしたり、進行上の工夫をしたり・・・ということである。
話し合い活動ももちろん同じ。学級会での話し合いの術を持たなければ、高学年でも不十分な話し合いとなる。逆にしっかりと教えれば、中学年でも教師が感心する発言が出てくる。

先週の金曜日のこと。朝の会で文化祭後のお楽しみ会(仮称:後にふさわしい集会名となる)のことを、ミニ学級会で話し合あっていた。私は緊急の連絡があり、席を外していた。実行委員会を中心にだいたいは案通りに進んだものと思って、教室に戻ってから聞いてみた。
「内容は原案通り、ホットケーキ作りで祝うことと班ごとの出し物になったの?」
「いえ、ホットケーキ作りはなくなりました」
「えっ?別のものを作るの?」
「いいえ、何も作らないことになりました」
聞くと、「ホットケーキは以前作ったことがあるから今度は別のものがいい」という意見も出て、どちらにするか激論(食べ物と遊びになると子どもたちは本気になるからよくわかる)になって、意見がまとまらず結局「公平」になしにしたということだった。ちなみに「安易な多数決」は採用していない(可能な限り話し合いで違う立場が歩みよるようにしている)ので、このようになったようだ。

これを聞いて「そういえば、子どもたちに『話し合いの2段階法』を経験させていない」ということに気づいた。学級会の話し合いの提案者の基本である。

①原案提出者は基本的な活動について提案をする。この場合には「何かを作ってお祝いする」ということ。
②それが承認されたら、具体的な内容を決める。この場合には「何を作るか」ということ。

いわば総論と各論をそれぞれ論じるということである。これを混同した話し合いをすると決まるべきものも決まらない。(職員会議でかつて経験したこともあった)

この2段階法について教えた。子どもたちは「そうか」という表情をしていた。改めて話し合った。総論には皆賛成。やはり各論は大きく二つに分かれた。ある子から二つの希望別にという案が出て(総論に賛成していればこのような案は出てくるものだ)、各論にも賛成。無事、会を迎えられそうである。
6年生ではあるが学級会で教えるべきことはまだまだあると実感した。

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2004.10.23

見方の広がりを実感

昨日の社会の授業。
大日本帝国憲法について触れた。
いくつかの条文を一斉に音読。内容を確認。「天皇に主権」「自由は認められたが制限があった」といったことを子どもたちは知る。同時に今の憲法についても簡単に触れる。教科書では(下)の内容である。国民主権や軍隊の位置づけの違い(子どもたちは常識的に知っている)を確認する。

その後、子どもたちに聞く。
「帝国憲法についてどのようなことを思いましたか」
当たり前であるが、「軍隊に必ず入らなければいけないのはなぜだろうと思った」「集会や言論で制限があるのは不便」といった「現在」の価値観での発言が続く。
これはある程度意図した部分である。その後、「君たちの発言はいつの時代をもとに考えたものですか。そう、今ですね。では江戸時代や憲法前の明治時代と比べたらどうでしょうか?」と切り返そうと思っていた。

そうしたら一人の子が発言をした。
「今の憲法とは違う点はあるけど、その前の時代に比べたら、法律のもとになる考えができたのでいいと思う」
憲法の内容自体は今の方がいいが、その時代に憲法ができたこと自体を評価する発言だった。即ち、「その時代」の観点からの発言だった。
この発言により私の準備していた切り返し発問は不要になった。そして、「O君の発言は他の人のと違う。どこが違うか」と問い、見方の学習にスムースに移っていくことができた。
社会で「歴史的な見方・考え方を深める」点を重視しているが、その広がりを実感した15分間だった。

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2004.10.21

様々な立場から歴史を見る その1

小学MM連載原稿「私の教材開発物語」第41回より

■ NHK「わくわく授業」の取材

 NHK教育テレビに「わくわく授業」という番組がある。
毎週木曜日の22:25~22:50の放送である。この番組では主として小学校と中学校の全国各地の授業を取材し、その様子を紹介している。授業そのものが放送の中心になるのはもちろんだが、どのようにして授業作りが行われているのか、教え方の工夫は何かといった解説もあり、授業作りの参考になる。有田和正先生の飛び込み授業の回では、「我が家でこのような一流の授業を見られるなんて・・・」という思いであった。
 さて、その「わくわく授業」の取材班が私の教室にも入った。7月中旬である。題材はザビエルである。

■ ザビエルを通して何を学ぶか

 今回扱うザビエルについての記述は教科書では簡単なものだ。資料集もごくわずか。
 では、なぜ取り上げたか。それは自分自身の歴史授業のメインテーマとの関連がある。
 私は常日頃「歴史的なものの見方・考え方が深まる授業」を行いたいと思っている。子どもたちが歴史の事実を知り、そこから自分なりの歴史的な見方・考え方を身につけてほしいと考えている。この「私の教材開発物語」39回で
紹介した「水墨画に挑戦しよう」も水墨画の見方を深めるという実践であった。
 今回扱うザビエルもこのような授業に適切な素材である。というのもザビエルが日本で布教活動をする時には様々な立場から様々な反応があったからである。たとえば、仏教を信仰する僧は反対したし、貿易目的で布教に賛成した大名もいた。民衆でも信じる者もいれば、疑う者もいた。「キリスト教が日本に伝わった」と言っても、立場が異なれば様々なスタンスがあるのは当然である。
ザビエルを通して、「立場が異なれば、考え方も違う」というものの歴史的な見方を学ぶチャンスであると考えた。

■ ロールプレイで意欲化を図る

 授業の意図は決まったら次は方法である。どのようにして学ぶか。
 今回はロールプレイを授業の中心に持ってくることにした。子どもたちをいくつかの立場に分ける。グループごとに、その立場を調べ、ロールプレイでザビエルの布教に関わる場面を表現するというものである。
 歴史授業でのロールプレイは今まで数回行ったことがあった。しかし、どれも1時間の授業中に考えたことを表現させるというもので数時間にわたるものはなかった。本格的なものは今回が初挑戦である。
 むろん先行実践の研究は不可欠である。文献を読んでいくうちに、ロールプレイの実践には次のよさがあると思われた。

・「ロールプレイのための調べ活動」というように調べる目的がはっきりしている。目的を意識した調べ活動となる。
・調べた後、「どの点をロールプレイで表現するか」という話し合いが必要となる。この活動によって歴史に対する子どもたちなりの解釈が生まれる。
・ロールプレイを学級全員の前で行うことにより、調べた内容が効果的に他者に伝わる。

 このようなよさを引き出す学習構成にしようと考えた。むろんロールプレイ後には、教師が歴史的なものの見方・考え方を深める学習活動を行うようにする。

■ 単元「ザビエルは日本をどう変えたのか」の流れ

 最終的には次のような単元の流れになった。

□1時間目
ねらい:ザビエルについて興味を持ち、学習についての見通しを持つ。
1 キリスト教について知っていることを発表する。
2 教科書と資料集からザビエルについて調べる
3 戦国時代の人々はザビエルの教えを受け入れられたかどうか予想する。
4 イメージマップを書く。
5 これからの学習の見通しを持つ。(立場ごとにグループを作り、ロールプレイを行うことを知る)
6 感想発表

□2・3時間目
ねらい:調べた内容から史実に基づいたシナリオを作る
1 本時のねらいと学習方法の確認(調べたことをもとにシナリオを作ろう)
2 活動を行う
3 シナリオが完成したら役割分担をする。(時間があったら練習をする)

□4時間目
ねらい:ロールプレイの練習をして修正をする。
1 本時のねらいの確認をする。(ロールプレイの練習をしよう)
2 注意点を確認する。
3 練習をする

□5・6時間目
ねらい:ロールプレイを通してザビエルに関わる様々な立場の見方を学び、歴史的なものの見方を深める。また、単元を通しての学びを振り返る。
1 本時のねらいを確認する。(ロールプレイをして『ザビエルは日本をどう変えたか』考えよう)
2 自分たちのチームのPR点を発表する。
3 ロールプレイをチームごとに行う。
  「ザビエル」「大名の立場」「民衆の立場」「僧の立場」「ザビエルが持ち込んだもの」「ザビエルが去った後の布教」
4 ロールプレイから中心課題「ザビエルは日本をどう変えたか」を考える
5 学んだことを考える
6 イメージマップを書く。

 実際の授業の様子は次号で。なお、この授業は11月11日(木)の「わくわく授業」で放送されます。

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2004.10.20

ちいちゃんのかげおくり

3年生の娘の学習が「ちいちゃんのかげおくり」に入った。毎日音読をするので、聞いている。戦時中の切ない話。
今日、ふと聞いてみた。
「かげおくりってしたことある?」
今まで教えたことがなかったので「したことはないだろう」と思って言ったのである。(実は私もしたことはあるが、ほんの数回程度)
「あるよ。9月ごろに」
「えっ、誰に教わったの?」
「下の教科書を渡されてすぐに読んで、〇〇ちゃんと試してみた」

そうか。本から得る知識を子どもはこんな風に役立てるんだ。
6年生ともなるとなかなか読書量が伸びない。子どもたちも忙しいから仕方ないと思っていた。でも知的好奇心を高めるには日常的に本の紹介をすることが大切だな・・・と我が子の例から思った。

大きな行事が終わり、これからしばらくは学級のことに集中できる。さっそく明日から「朝の本の紹介」をしようと思った。

ちなみに「かげおくり」を検索したら、こちらの説明が分かりやすかった。

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2004.10.19

文化祭余話

学級通信「6年1組物語」 第96号より

★文化祭が終わりました。2学期最大の行事です。この日のために子どもたちは一生懸命に作品作りに取り組みました。当日は食堂・販売の取り組み。子どもたちにとって大きな大きな思い出になったと思います。

★子どもたちの作品は大きいものは3つでした。絵「私たちの水沢」、習字「美しい地球」、総合「世界の国々を知ろう」です。
 絵では子どもたちの根気強さが光りました。というのも描く題材が歴史を感じさせるものばかりです。当然色合いも重みのあるものとなります。ぴったりあった色にするために、何度も何度も混色を重ねました。おかげで絵全体が重みのあるものに仕上がったと思います。
 習字は専科の中澤先生が指導をしました。授業の様子を見に行った時にはシーンとした中でよく集中して書いていました。消しゴムのはんこはヒットでした。熱中して裏側も彫る子が続出しました。これから流行るかもしれません。

★このような作品作りの他に、特別クラブ(金管、合唱、和太鼓、ダンス)の子どもたちは毎日放課後(時には昼休み)の練習がありました。授業では作品作り、放課後は練習とかなりハードなスケジュールだったと思います。それでも、新しい曲や表現を見事に披露してくれました。表現する場は各クラブとも10分程度ですが、そのために本当に一生懸命に練習したんだなあと感じました。

★そして何よりも当日の食堂・販売です。初めての経験であることから、「どのような感じで売るのだろう?」と不安そうにしている子もいましたが、いざ始まってみると頼もしかったです。大きな声で「いかがですかー!」「ありがとうございました!」と言う声がよく響いていました。そしてなかなか売れないとみるや、3人一斉に「調理パンはいかがですかーーー!」と体育館中に響く声で叫んだり、お客さんに出張販売をして見事に売り切ったりと子どもたちの新たな面を私も見ることができました。
 「機会を与えることによって子どもたちはたくましくなる」・・・そんなことを感じました。食堂・販売を企画実行するのは大変なこです。事実PTA学級役員の皆様は何度も会議を開いて、準備をしてくださいました。また保護者の皆様にはお忙しい中、販売にご協力いただきました。その思いが子どもたちにも通じて、一生懸命にがんばる姿が見られたのだと思っています。これもPTA役員の皆様、そして保護者の皆様のおかげです。本当にありがとうございました。

★文化祭を通じて、一段と成長した子どもたち。次号ではその子どもたちの感想を紹介します。

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2004.10.18

「公立校の逆襲」

「公立校の逆襲 いい学校をつくる!」(藤原和博著・朝日新聞社)の紹介です。
愛知県の玉置崇校長先生のweb経由で知った本です。
著者は民間人校長であり、よのなか科の授業で有名です。一度著書を読んでみたいと思っていました。

民間人校長といえば、「企業で行われている手法を教育現場に導入して活性化しているのだろう」と考えることでしょう。確かにその事実も書かれています。「意志決定のスピード」「学校現場にインターンを」「校長のマネジメントとリーダーシップ」といったことです。
しかし、それ以上に一校長先生として学校改革をしようとする志が感じられました。そこには「民間人出身」という垣根はありません。そもそも授業のこと、学校の仕組みのことをよく知っています。「授業に必要なリズムとテンポ」の項目など、思わず頷いてしまいました。
学校改革の具体例として「図書館改造」「学校緑化計画」「よのなか科公開授業」といったことが書かれています。そして、学校内に「地域本部」という仕組みを作っています。仕組みがあれば、校長が変わってもその中学校の特色やよさは引き継がれます。

「学校を改革しようとする志」「組織を作ったり、プロジェクトを企画・実行したりする行動力」が管理職にとっては大切ということがわかります。(もっとも、これはどの仕事にも共通することですが・・・)

もう一つ、この本で進んで一般的な学校事情を公開をしています。教頭の仕事や夏休み中も教員は休めないといったことを書いています。このようなことは教員以外にはあまり知られていないことです。管理職の情報公開に対する意識が高い学校であれば保護者も注目をすると思います。その点での意識の高さも管理職には必要と感じました。

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2004.10.16

100を越えた

5月にblogを始めて以来、記事数が100を越えた。
それまで仕事日記を書いていたので(むろん今も継続中)、仕事日記以外で実践・読書記等を書けたら・・・という思いだった。
だから2~3日に一回程度のペースだった。しかし夏休み終了後、これではいけないと思い始めた。数日に一回となるとどうしても構えてしまう。しかも楽な方に流れてしまう。「質はどうでもいいから、原則毎日」を自分に課すことにした。それ以降はほぼ9割ペースを何とか維持している。
今は日記も学級通信もこのblogも「書いて当たり前」という意識になった。
するといい意味での「本末転倒」が起きる。「日記のために、blogのために何かしらの実践を、学びを」という思いが強くなるのである。その思いを張り合いにしてこれからも書こうと思う。

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2004.10.15

交流学習の本、発刊!

昨日、新刊本発刊のお知らせが届きました。
「ネットの出会いが学びを変える  学校間交流学習をはじめよう  稲垣忠編著 黒上晴夫・堀田龍也・中川一史監修」(日本文教出版)です。東北学院大学の若手研究者・稲垣先生が執筆編集したものです。

私も執筆者の一人。昨年度実践した静岡県中川小学校との「りんごとみかんの交流」の原稿を掲載しています。この交流学習のきっかけは昨年の今頃。IT授業実践ナビの一つとして堀田先生から「初心者の交流学習を」という依頼を受けてからでした。この実践が自分の中でのターニングポイントでした。これ以降、様々な学びをしていくことになりました。本当に有難いことでした。

私は初心者の交流学習について書きましたが、その他の執筆の先生方は様々な工夫された実践を執筆されています。発売は一週間後の2005年の会で第一弾。その後、改めて発売ということになっています。くわしい情報が出たらまたお知らせします。

なお、先のりんごとみかんの交流学習ABCも稲垣先生のサイトに紹介されています。


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2004.10.14

アメリカの教師

昨日、アメリカの小学校のことを書いたら、知人から久々にメール。1か月前から「質を問わずにとにかく書こう」と思って書いているので、反応があることは嬉しい。
さて昨日に続いてアメリカ研修での学びである。アメリカの教師の姿勢から学んだことである。

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    7時30分~    出勤、授業の準備
   8時45分~    授業(105分)
  10時30分~    15分の休憩
  10時45分~    授業(90分)
  12時15分~    昼食
  12時45分~    授業(75分)
   2時~        休憩(15分)
   2時15分~    授業(60分)
   3時15分~    教材研究・ミーティング
   5時         退勤

 これは、アインソワ―ズ小学校5年生担任、マーチン先生のある一日の勤務の様子である。勝手な想像だが、アメリカに行く前は、何となく向こうの小学校はのんびりしているだろうと思っていた。確かに、出勤時刻と退勤時刻は、我々の定められている時刻とそんなに変わらない。人によっては、ずいぶん早く帰るものだと考えるかもしれない。

 しかし、授業の実質時間を合計してほしい。全部で何と5時間30分なのである。我々は6時間授業の日でも、45分×6=270分=4時間30分である。つまり1時間も多く授業をしているわけである。しかも、この日程は月曜日から金曜日まで不動である。

 さらに休憩(ブレイク)の時間も教師は休めない。子どもたちは、キックベースボール等で遊ぶのだが、教師も一緒に外に出て子どもたちの様子を見ていなければならない。事故がないか、危険なことがないか見るためである。だから、本当の休みは昼食時間だけである。

 アインソワ―ズ小学校では、教師と子どもは別々に食事をとる。子供たちは食堂で、好きな友達とワイワイとにぎやかに昼食をとる。教師たちは教師たちだけで別の部屋でとる。この時間がお互いの情報交換の場であるらしい。なお、子どもたちには昼食担当の先生がいて子どもたちに声がけをしている。(時々は校長先生がその役目をしていた。)

 勤務時間は午前8時から午後4時までだが、マーチン先生はその前後合計1時間半を超過勤務している。アメリカの教師は超過勤務をしても、お金は支払われないという。それでも残らざるを得ない。日本の教師は忙しいという声をよく聞く。それは、アメリカの教師も同様である。いや、先の実態を考えると、アメリカの教師の方がハードかもしれない。

 この忙しさは学校がある時だけではない。「先生は、単元全体を見通した計画で教えているようですが、いつ考えるのですか。」と質問したことがある。「私たちは、新学期が始まる前は、バカンスです。その間に図書館に行って調べごとをしたり、授業の構想を考えたりします。この間は給料は支払われませんが、教師たちはそのように新年度の構想を練ったり、講習を受けたりします。それらは、自分の人生を充実させてくれるのです。」 この話に「プロの教師」という言葉を思い浮かべた。

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2004.10.13

アメリカのスクールボランティア

アンケート呼びかけのメールが流れた。
11月6日(土)のNHKスペシャル「学校を変えるのは誰だ」という番組である。
ふだんこのような番組のアンケートにはあまり答えない。しかし今回は2の「保護者や地域の方は子どもの教育にどう関わっているか」という質問に興味があり、回答をした。というのも、11年前のアメリカ研修での保護者の教育のかかわり方がとても印象的だったからである。その様子を以前書いた原稿で紹介をする。

 小学校に行っている1ヶ月間に親御さんが学校に来ない日はなかった。毎日どこかの学級で、何人かの親御さんが来ていた。私の参観している授業でも時折見かけた。
 別に授業参観の日があったからだけではない。また、PTAの行事の話し合いがあるとかというわけでもない。
 では、何をしに学校に来ているのか。それは、授業の手伝いをしに来ているのである。「スクールボランティア」あるいは「ビジター」というシステムだそうである。

 例1 小学校併設の幼稚園の授業

 今日は近くの消防署の見学。交通量の激しいところを歩いていかなければならない。先生は一人。子どもは20人ほど。
 一人の親御さんが手伝いに来てくれる。先生が先頭を歩いて、親御さんは一番後ろでみんなを見てくれる。なるほど、これならば子どもたちを安全に消防署に連れて行くことができる。
 先生に、「親御さんたちは熱心ですね。仕事を休んでくる人もいるのですか?」と聞いたら、「時には仕事を休んでくる人もいます。彼らは、何か学校でハプニングが起こることより、自分が1時間の休みをとる方がベターだと考えています。」とのことであった。
 
 例2 小麦粉での地図作り

 5年生の社会科の授業。ダンボールにアメリカ合衆国の地図を書き、その上に小麦粉を水で練って重ねていって、高低のある立体的な地図を作るという授業である。
 この作業の問題点は小麦粉を練るのに時間がかかるということである。そこでビジターの二人が来てくれた。先生と合わせて3人で練ると大量の小麦粉ができる。1時間ほどで、地図は完成である。このような作業学習では、準備を手伝ってくれる人は多い方がいい。
 先生に、「どのようにしてビジターを選んでいるんですか」と聞いたら、事前にプリントを配布して希望者をとるとのことである。もし、誰も希望しない場合は、それはそれで仕方がないという。つまり、強制ではないのである。

 このビジター制度の利点を考えてみた。
 ★ 子どもたちの学習が効率的に行われる。
 ★ 親が我が子の授業の様子を気軽に見ることができる
 ★ 子どもたちにとっては、友達の親を知る機会であり、反対に親 は子どもの友達を知ることができる

 子どもたちも親が学校に来るのが自然と思っている。
 そして親が帰る時には、皆が盛大な拍手で見送る。まさにヒーローである。
 このシステムが実際に日本でそのまま行うことは、困難であろう。そもそも、仕事をそんなに簡単に休むわけにはいかないと思われる。
 ただ考えたいのは、学校が、このような自然な、そして好ましい雰囲気の中で親に開かれているということである。
   kyositu.comニュース【小学校教育総合情報誌】 [WORLD] .2003-12-28[vol.498].より

 現在の日本では保護者の教育参加といっても特別な場合に限られると思う。このような形で気軽に保護者が来校できる仕組みが理想だと思う。もっともそのためには仕事を休むのが普通になる社会の仕組みが前提であるが・・・。

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2004.10.12

実践を編集映像に残す価値

今日、水沢テレビから先月末に取材し、ケーブルテレビで放送された番組テープが届いた。(水沢ケーブルテレビに我が家は加入していない・・・。間もなく申し込みするけど)

今回は1時間だけの授業取材、30分程度の話の取材ということで、NHK番組といったものとは違ってわりと気軽に授業も話もした。内容はメディアリテラシー学習について。授業は「キャッチコピー」について。
出来上がった番組は15分ほど。見てその編集のすばらしさに感心してしまった。

・授業内容がコンパクトにまとめられている。しかも子どもたちの表情の生き生きとしていること!(さすがプロ)
・自分の主張が資料映像と共に流れているので、より効果的になっている。
・全体で15分という長さが視聴者にとってはちょうどいい。

自分の実践を映像に残すといっても、日常では授業をビデオに録画したり、その解説を加える程度であろう。それがこのように授業と主張が交互に入り混じり、効果的なテロップもつけば視聴覚資料としての価値は十分にある。
取材を受けて、貴重な「実践資料」を手に入れたのは私自身だと感じた。

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2004.10.11

佐藤学級のルール

「あたりまえだけど、とても大切なこと」(昨日のblog参照)を読んで我が学級でここ数日で話した「ルール」を思い出してみた。

■まちがいはしていいもの。改善する気持ちが大事
・みんないいことと悪いことの区別はついている。でも、まちがいは誰でもすることがあるんだ。人間だったら必ずある。私もそうだった。大事なのはそのまちがいを反省し、改善していこうとする気持ちだ。

■悪いことほど早く報告を
・都合の悪いことほど早く知らせてほしい。すぐに対応できるからだ。

■ほめられたことはみんなで祝おう
・他の人にほめられたことだってすぐに教えてほしい。「でしゃばっている」なんて考えなくていい。みんなで一緒に喜び合おう。

■貢献しようとする気持ちを態度で示そう
・何かに貢献しようと思うなら態度に表してほしい。役に立候補すること自体がその態度表明になる。たとえ、役につかなくても立候補した時点で成長をしている。

■厳しく言われるのは期待されている証拠
・家の人が厳しくするのは君たちに期待をしているからだ。君たちがきちんとしていないのに何も言われなかったらそれは不幸なことだ。

■メディアの特性を考えよう
・今回の総合は調べ方を身につけるのに大事な学習だ。百科事典とインターネット。その特性を考えて使い分けよう。

■一言声をかけよう
・そうじ後、「遅れてすみませんでした」と入ってくる人たちに一言かけよう。休む間もなく学習に入らなければいけないのだから。

■「譲る」ことを大切にしよう
・「〇〇をしたい」と思う気持ちも大事。でも他の人も同じように考えていたら、「譲る」ということも考えた方がいい。「今回はいいよ」と言える人ほど、心は広いのだ。

「ルール」と言うには違和感があるものもあるが、日々このようなことを言っている。当たり前だがこうやって文章化していくと、自分の学級経営観が反映されていることを感じている。

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2004.10.10

「あたりまえだけど、とても大切なこと」

紹介する本は「あたりまえだけど、とても大切なこと」(ロン・クラーク 草思社)である。
新聞の広告等で存在は知っていた。全米最優秀教師の本である。
本屋で見て、「これはきわめて『日本的』」と感じて購入をした。アメリカの学校は海外研修の時にその様子を見て、「学級経営・道徳には力を注がないんだなあ・・・」と感じたからである。だからこの教師の主張はアメリカでは新鮮だったのかもしれない。

一つ一つのルールはきわめて「当たり前」。題名の通り。
でも自分の学級に不足していることもある。「だれかに質問されたら、お返しの質問をしよう」「意外な親切でびっくりさせよう」などは、6-1の子どもたちにすぐにでも言いたいことだ。

「だれかがすばらしいことをしたら拍手をしよう」で思い出したことがあった。もう22年前になる。教育実習で秋田大学附属小学校に行った時のこと。初日に2年生の担当教官の授業を見て、やたら友達の発表に拍手をする子どもたちを見て「2年生が内容を理解して拍手をしているのか疑問」と批判めいたことを実習日誌に書いた。今考えると非常に失礼な実習生だった。それに教官は「理解している、していないとは別に『拍手できる子どもを育てたい』と考えている。大事なのは育てること」と丁寧にコメントを返してくださった。そこで初めて「育てる」ということを意識した。この学びは教師になってからも生きている。

これらの「当たり前」のことであるが、ふだん私も言っていることが多い。自分なりのルール集を書いてみたくなった。自分との違いは、これらのルールを明文化していること。そして、それらを出会いの日にきちんと子どもたちに伝えていること。私はそのつど、必要性に応じてしている。
これから改めて明文化して、子どもたちに時間をかけて伝えてもいいなと思った。

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2004.10.09

こんなシステムも・・・

「スーパー教師、大阪で導入も」という記事を見た。教科指導などで優れた教員を「スーパー教師」として給与や人事面で優遇する制度である。
 子どもたちのことを考えたら、優れた授業・教員が増えることは望ましいことに違いない。ただ給与で優遇されるといってもどれほどの効果があるのかは疑問である。そもそも教員はそれほど給与にこだわっていないと思われるからだ。(誤解がないように言っておくが、これは「たくさんもらっているから」ではない。)
 自分の身の回りには「安定しているから」という理由で教員になった人はほとんどいない。「やりがい」「生きがい」を求めてなった人ばかりであり、今も「やりがいのある仕事」と思っている人がほとんどである。お金よりもその仕事に対する誇りの方が強いと思う。

 ただシステムとして「スーパー教師」というのを設けるのであれば、もっとうまく機能できないかと思う。
 以前見たテレビでフィンランド(確か)での特色のある教師制度を見たことがあった。新しい型の授業を地域で飛び込み専門で行うというものである。その教師は1年間、地域の学校に入って様々な学級で授業を行う。
 担任をしていれば、校内以外の学校の授業を見る機会は本当に限られている。「担任ではない授業」というデメリットはあるものの、このような制度があれば様々な型の授業が広がることは確かである。


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2004.10.08

アンケートから考える

某アンケートを昨日行った。その項目の一つにちょっとドキドキする内容があった。

「学校であなたは先生に大切にされていると感じますか」

評定は4段階。「ふつう」はない。担任であれば当然のことながらこの結果が気になるはずだ。人を見る目が育っている6年生であればなおさらだ。
結果の明言は避ける。ただ、今後急遽対策をとらなければいけないということはない。今の学級経営を維持しつつ、さらに前進すべきといったところである。

20代の頃はこのような子どもの声を聞くアンケートをよくしていた。「先生の通信簿」や「有意感アンケート」等である。「子どもの声から学ぼう」という考えで、きつい結果が出ても「未熟だから」と素直に反省をした。
そのうちこのようなアンケートは興味がなくなった。それは自分の仕事にある程度自信を持った時期に比例をする。自分なりのやり方が身につき、「これでやれば大丈夫」と思うようになった。

ところが今回改めて子どもたちの声を聞いて「そういう思いだったの?」という子がいた。自分ではよく声をかけていたので意外だった。頻繁の声がけをしても「大切にされている」と思われなかったということだ。これは自分の接し方を考えるいい機会になった。
全員に「先生は自分を大切にしている」と感じさせるためには、授業と同等以上に力を注がなければいけないと思う。

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2004.10.07

版画展が廃止

自分は図工が嫌いだった。採用が決まった時にも図工と音楽をどのようにして教えたらいいか不安だった。
ところが初任校は図工の研究校だった。新採用の年に県の造形教育研究大会が開催され、2年目には公開授業を行った。周囲には図画教育に堪能な先生方が多かった。特に絵画や版画のできは目を見張るものだった。文化祭の後は職員一同で各学級の作品を批評しあったり、日常的な情報交換もしあったりしたものだった。私も日番で教室の見回りをする時などはじっくりと先輩方の教室の作品を見て回り、「いつかは追いつきたいな」と思っていた。

この地区には「胆江版画展」というものがあった。この版画展のレベルは高かった。他地区では似た取り組みがなかったので、「版画は胆江が県をリードしている」と言われていた。自分も先達の中に入って、多くのものを学んできた。なかなか指導技術は身につかなかったが、創作活動での子どもたちの満足気な表情は忘れられない。
3校目で他地区に転勤となった。そこでは版画指導自体が行われていない学校が多かった。改めて胆江地区の特色を感じた。

そして再び胆江地区に戻り、縁あって絵画関係の事務局となった。版画の事務局員の一人にもなった。自分と図工の縁は切れないようだ。そう考えて、事務局の権限で昨年度からセミナーを企画した。というのも初任の頃の先輩方がほとんど退職されていて、かつての財産が引き継がれなくなるのではないかという危機感をもったからだ。セミナーは十数名で十分なのだが、毎回三十人以上の申し込みがある。やはり絵や版画の指導法を学びたいという人は多いのだ。(現場では国語算数の研究が圧倒的)

ところがこの間、30年続いた胆江版画展の廃止が決まった。時数減により指導時間の確保が困難という理由だった。これは仕方がないと思う。確かに、絵画展と版画展の両方の作品を出すとなると高学年では年間の指導時数のかなりを割くことになる。「コンクールのための図工」にすることはできない。今度の版画集の出版をもって会自体も解散ということだ。
ただ、ずっと図工の学校や事務局に縁があったものとして、先輩方の今までの指導法という財産を何らかの形で残したいと思っている。今までもセミナー等で引き継がれてはいるものの、それらは無形だ。幸い会の解散までは1年半ある。何とか有形の財産にしたいものだ。それが今の自分にできる恩返しだ。

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2004.10.06

ようこそ先輩!

学級通信「6年1組物語」89号より

 今日、6年生の各学級に水沢小学校の先輩が来ました。これは、水沢中学校の2年生の総合的な学習の時間に行われている「訪問学習」の一環です。(6年1組の子どもたちのお兄さん、お姉さんも何人か行ったようです。)
 6年1組には2人の先輩(女生徒)が来て、次のような中学校生活の話をしてくれました。

・中学校での勉強は教科が増える。特に英語が新しい教科でおもしろい。
・応援団は厳しい。入学してびっくりするかもしれない。
・運動会はとても盛り上がる。応援合戦で声を出さない人はいない。
・細かなきまりがいくつもある。女子は髪の毛の長さも決まっている。
・部活はとても楽しい。

 二人の話はとてもわかりやすく、子どもたちにとっても意外な話もあり、よかったです。特にこれから中学校に行く6年生にとっては知っておいて有難い話が多く、子どもたちにとってもいい機会になったと思います。

 二人からの発表は合わせて8分ほど。全部で20分間の学習でしたので、残りの12分は質問タイムです。
Q「楽しいことは何ですか」
A「部活です。運動部に入っていて走ったり、シュートしたりすることが楽しいです」
Q「中学校で得意な科目は何ですか」
A「保健体育です。球技系が楽しいです」
Q「中学校で大変なことは何ですか」
A「テストです。その時は一日中全部テストなのでずっとテストなので疲れます」
Q「水沢中学校で有名なことは何ですか」
A「応援団のクラス回りが厳しいです」
Q「勉強量はどれぐらいですか」
A「授業を進むのがはやいので学年+1時間しなければいけないです」

 「学年+1時間」の勉強時間の話は、私も以前していましたが、実際に中学生の話を聞いて子どもたちはあせったようです。もちろん、「厳しいなあ」と思う話ばかりではなく、楽しい話も多かったので、子どもたちは今後の中学校生活に希望を持ったようです。
 
・中学校に入ったら、規則が厳しくなったり、いそがしくなって少し不安になっていたけれども、今日中学校のことがいろいろと分かってよかったです。
・ぼくは部活が楽しみです。放課後に「走れ走れ運動」があることも楽しみになりました。
・文化祭の歌を聞きにいってすごくきれいな声で歌うクラスがたくさんあってすごいと思いました。

 このような感想からわかるようにいい学びをしました。

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2004.10.05

「初等教育資料」

昨日の校内全体研究会は社会科部会の担当だった。
本校は4教科の研究をしており、各教科一人ずつが代表で全体研究会を行う。他の先生方も一人一回は研究授業をするが、それは部会研究会となる。私は社会科部会の部長であり、今回は授業者を支援する立場だった。
研究会では部会としての考えを述べることになる。

今回その点で役立ったのは「初等教育資料」(東洋館出版社)という雑誌である。文部科学省の発行。政府刊行物だけに安い。税込みで320円。しかも1ページが上質の紙を使用している。丁寧な雑誌作りで、各ページのわきには「初等教育資料 平成16年10月号」というように書かれており、引用しても何の文献かわかるようになっている。NOは最新号が786号なので増刊号の発行を考えたら50年以上は発刊されている雑誌と思われる。教師3年目から17年間、継続して購読している。

この雑誌、購読した直後は斜め読みである。それでいいと考えている。
というのもこの雑誌に限らないのだが、「教育雑誌はあとで辞典のように引くもの」というように考えているからだ。
その場で役立たなくていい。あとて「社会科関係で本校テーマに関係ある文献がほしい」という時に、初等教育資料にはそのニーズにあった原稿が多く書かれている。
たとえば、「発展的な学習で何かないか」といって探したら「『確かな学力』を育てる学習指導の工夫改善(社会)」という記事がバックナンバーにあった。「評価」も同様である。「指導に生きる評価の推進」があった。どちらも教科調査官による概論と具体例の紹介と理論づけが示されていた。

このようにバックナンバーを保存しておけばまさにオーソドックスな研究の理論づけに大いに役立つ。地味だが頼りになる存在である。

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2004.10.03

ニーズはある

一昨日の和賀支部教研がとても印象に残っている。
共同討議者(助言者)ということで依頼され、行ってみたらレポートはなく、実質は私の話を聞くというもの。
「現代文化と情報化社会と教育」の分科会なので前半は文化活動について、後半はIT活用実践について話させてもらった。今まで発表してきたスライドを使った。

何が印象に残っているのか。
IT活用実践での皆さんの吸収ぶりである。前半はあまりメモをとらなかったが、後半のこのIT活用実践についてはひたすら鉛筆も動いていたし、質問もつぶやきも活発だった。
そうなのだ。やはり子どものためになるIT活用実践をしたいのだ。でもスタートが切れないだけなのだ。
別に壮大な実践を目指しているわけではなく、ふだんの授業の中で日常的に使っていきたいのだと思う。
ニーズは存在しているわけだ。
これは胆江支部も同様だと思う。

自分の夢の一つに、地元水沢を中心とした教員のためのセミナー開催がある。
実際のセミナー開催の前にいくつか布石を打ちたいと思っていた。事務局権限を活用した胆沢図工研セミナーはその一つ。運営のいい勉強をさせてもらっている。
同時にこのIT活用のニーズに応える企画もいいなと教研後、思った。考えてみたら、これは組合分科会の学習会形式でできる。人数が多くなくてもよい。まずはやってみることだ。ニーズがあるのだから。

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2004.10.02

実践者の醍醐味

イチローが年間安打の新記録を達成した。
夜のニュースに入るイチローを全局興味を持ってみた。超一流の選手が「生涯最高の日」にどんなコメントを残すのか注目した。
こんなことを話していたのが印象的だった(正確にメモをしていたわけではない)。

「プレッシャーから解き放たれるのは不可能。ドキドキ、ワクワクといったプレッシャーが勝負の世界の醍醐味。それがない選手はつまらない」

授業実践も同じだなあと思った。提案授業・提案実践をする。プレッシャーがかかる。でもそのプレッシャーが実践者としての醍醐味ではないだろうか。研究授業前のあの緊張感。80回近く研究授業はしているがいつも心地よい緊張感を感じている。
ただこれは日々精進していることが前提。
佐々木投手も話していた。
「彼を天才という人がいるけど、ものすごく努力していますよ。まさに『野球小僧』」
なるほど。目指すは「授業小僧」だ。

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2004.10.01

やはり難しい

放送教育研究会東北大会に参加してきた。
今回はシンポジストとして招かれた。大変ありがたい話。岩手で放送教育が広がってほしいという願いを持っているので、少しでも興味を持ってくださる方がいればありがたい・・・と思っていた。

シンポジウムの前半は4人のシンポジストのプレゼン。自分は15分で実践をプレゼン。聞き手をかなり意識して行ったが、反応は今一つ。聞き手の顔が変化したり、熱心にうなずいたりということはあまりなかった。これは自分のプレゼンの力不足である。やはり難しいものだ。

以前のようにパソコン画面や原稿を見て・・・というのはなくなったが、「聞き手が満足するプレゼン」にはほど遠い。技能の問題もあるだろうが、共感するような実践紹介ではなかったことが一番の原因であろう。参加者はどちらかというと放送教育初心者が多かったと思われる。その皆様をターゲットに話すべきだったと思っている。同時にユーモアも大切だ。いつも固いままだ。

まあ、これも登壇したから言えること。今回の経験を次に生かしたい。
ちなみに岩手県のみだが、このシンポジウムの様子は10月31日(日)13:05からNHKラジオ第一で放送されるとのこと。

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