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2005.01.31

あこがれの実践家から学ぶ

学級通信 6年1組物語 第147号より


■「先達に学ぶ」ということは、どのような場合でも大切と言われる。これは、教師の世界でも同様である。
 有田和正氏。筑波大学附属小学校教諭、愛知教育大学教授を歴任されて平成11年の3月にご退職された。私にとっては、授業そのものについて目を開かせてくださった大恩人である。

■昭和60年。教師になって1年目。氏の名前を知った。実践を多く公開されているらしい。著書もたくさん。だから、雲の上にいる人という印象だった。

■教師になって2年目。わざわざ宮古に講演に来るという。「絶対見逃せない。」
 当時江刺に住んでいた私は車で3時間以上かけて、話を聞きにいった。子どもを見る目の大切さ、子どもの意欲をどう育てるかについて熱弁をふるってくださった。それもユーモアたっぷりにである。まさに名講演。「自分も何かをしたい」という気持ちにさせられるようなすばらしい講演だった。

■教師になって3年目。多くの著書を読んでいくうちに、「やはり氏の授業をみなければならない。氏が鍛えた子どもたちを見なければならない。」と感じ、友人と東京の有田学級に参観に出かける。
 2月。夜の新幹線から外を見ると雪であった。
 氏の授業は9時からである。全国的に有名な氏のことである。学校では授業できない。参観者が数百名にのぼるからである。だから、当日は7時に会場に行った。それでも私たちより早く来ている人が20名ほど。
 授業が始まってからは、子どもたちの熱気ある発表ぶりに圧倒されっぱなしであった。3年生の社会科。教師が問いを発するたびに、次々と自説を主張する。「教師に対しても論争を挑んでいる・・・」そんな感じだった。
 「どうしたら、あれほど表現力のある子たちが育つのだろう」
 「どうしたら、あれほど調べてくる子たちが育つのだろう」
 感動と疑問が大きく、大きく残った。

■それから授業で、有田氏を追うことを始めた。
 氏が授業したとおりに資料を使い、同じ問いをする。まずは真似をすすることから入ったのである。しかし、有田学級のような子どもたちにはならない。当然である。下地が違うのだから。
 そこで、子どもたちの実態に応じて自分なりに変化を加えてみた。問いもオリジナルのものを加えてきた。
 少しずつではあるが、社会科では楽しい授業ができるようになってきた。現在でも、社会科は自分が特に力を入れている教科の一つである。
  
■自分がたくさんのことを学ばせてもらったお礼に有田先生に手紙を書いたことがあった。
 すると、和紙に毛筆のご返事をいただいた。これには恐縮してしまった。
 超多忙な生活の中から一教師への返信を出していただけるとは・・・。
  後で知ったことであるが、有田先生は一日に十数通は手紙を書いているとのこと。頭が下がる思いである。

  教師として一つのテーマを持つことです。それも、より具体的なものがいいです。たとえば、発問だったら、発問をずっと研究していけばものになります。がんばってください。

  こう書かれていた手紙は、私にとっての宝物になった。

■「いつか有田先生に佐藤学級の授業を参観していただきたい」・・・いつの日からかそんな夢を持つようになった。もう10年以上前からだ。でも、それは夢で終わってしまうのかなと思っていた。
 ところが縁があり、その夢があさって叶うこととなった。今までの教師人生の中でのあこがれの先生にめいっぱい1時間授業を参観していただける。しかも、授業後はコメントまでいただける。まさに「夢は叶う」という言葉通りだ。

■あさっての研究授業はこのような授業です。今までで一番緊張すると思います。でも、それは心地よい緊張感です。子どもたちと一緒に楽しみたいと思います。

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