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2006.06.19

違った解釈だが

流れ行く大根の葉の早さかな       高浜 虚子

6年の光村の教科書にある俳句である。今日はこの俳句について授業をした。
「流れ行くのは何ですか」と聞いたら、「水・川」がまずは出てきた。私自身が調べたところでも、虚子が橋の上から見えた葉がこの句を生んだという意味が書かれていたので、妥当な反応である。
ところが、一部の子から「時」と言う意見も出てきた。さらに、次々と共感する意見も出てくる。「葉っぱの成長する早さに時の流れを感じている」という考えというのだ。子どもたちからすればこの「時の流れ」派の方が高尚な意見らしかったので、賛成が多くなってきた。大根を外で洗う様子も今の子どもたちには想像しにくいのも確かだ。

授業をしながら、私は一つ嬉しさを覚えていた。
一週間前の社会の「スーッと流れる授業」が印象に残っているからだ。もっと子どもたちがドロドロと意見を戦わせたり、教師に反論するようになってほしい、そう育てたいと改めて思ったからだ。この時に、その手応えを少し感じたからだ。正しい解は正しい解できちんと教える。同時にそのような見方ができたことを評価した。
このような考えになったのも研究授業を行い、その結果が自己満足のいくものではないかったからだ。改めて研究授業の効果を思う。

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