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2008.04.26

教え子の結婚式

初任が昭和60年。阪神タイガースに掛布・バース・岡田がいて、日本一になった年だった。
担任した学級は3年生。2クラスの学校だった。
「初任に受け持った子たちは忘れられないよ」と校長に言われたことを覚えている。
その子たちは、4年連続担任して卒業させた。もう今は31歳の子たちだ。
6年B組は27名の学級だった。そのうちの一人から「先生、結婚披露宴に出てください」という連絡が来たのが7年前。以来この学級では7人目の出席。ちなみに今までの披露宴列席についてはこちらに書いている。

いい披露宴だった。
小学校時代は、絵の才能が抜群だったO君。今回もスピーチを頼まれていたので、当時の資料をあれこれ探して作文に「図工が一番好き」と書かれていたものを読んだ。その更紙は色も変化していて、20年の月日を物語っていた。しかし、自分にとっては20年前のことでも記憶は鮮明だ。
同級生が3人招かれていた。うち一人は長崎から今日駆けつけたという。スピーチ直後にすぐに3人とも来てくれた。当時の話をあれこれ。「先生、よく覚えているね」と言われた。それはそうだ。3~6年とすべてが自分にとって初めの経験だった子たちだ。忘れられない。
彼らも31歳。考えてみたら、自分の31歳は教師になって9年目。ある程度自信も出てきたし、アメリカ研修に行った年である。彼らもそれなりのポジションで活躍しているはずだ。
でも、自分にとってはいつまでも「教え子」だ。
すばらしい仲間に祝福されて幸せいっぱいのO君を見ながら、「自分も教え子たちから卒業しても『先生』と言われる。幸せ者だ」と改めて思う。教師冥利につきるひとときだった。

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Comments

私も新採用が昭和60年です。
同じ頃に教師を始めたんだなと思うと、
不思議ですね。

Posted by: Y.Mochizuki | 2008.04.28 at 06:09

Mochizukiさん、コメントありがとうございます。
教師になって23年が過ぎたわけですが、本当にあっと言う間という感じです。残りの14年もきっとそうだろうと思います。

Posted by: サトマサ | 2008.04.29 at 05:49

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