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2010.04.30

勉強し直しのチャンス

大型テレビが学校に入って、一つ可能性が広がったものがある。
「放送教育」の実践である。

今まで3回、NHKの学校放送番組のプロジェクトに入ったことがあった。最後が2004年だから、もう6年前のことである。その後も、NHKのデジタル教材は授業でよく使わせてもらった。
現任校ではそれができなかった。リアルタイムでの番組視聴ができなかった。番組をWebで見ることもできるのだが、高速回線ではないのでそれも無理。ということで、少し遠ざかっていた。

しかし今年度から事情が変わった。先日も1年担任の先生が一つの番組を視聴させていた。あとで話を聞くと、効果的に活用されていることがわかった。
さらに、今年度は県内開催の大会にも関わりをもつ。さっそくこのように研究会もスタートしている。自分は当日のみの関わりになるが、そのためにいい勉強し直しのチャンスだと思っている。心して取り組もう。

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2010.04.29

原稿執筆の「波」

ようやく上昇気流に乗ってきた感じなので書くことができるネタである。
この1月末から4月上旬までは「原稿執筆のスランプ」であった。
この間に本を2冊刊行しているのだが、それは数カ月前に執筆済みのもの。発刊時点では、自分の感覚としては「過去執筆のもの」という感覚である。
次回作も控えていて何とか4月までには完成と思っていたのであるが、先のスランプで到底無理であった。今ようやくスランプから抜け出して、執筆中である。スランプが長かった分、まだまだ先は長い。それでも光明が見えているので気持ちは違う。

このスランプと執筆可能時の波は自分でもわかっている。それは何らかの理由によって、執筆が一定期間途切れるともうダメである。自分の場合は2~3週間あくと厳しい。
だから対処方法も、「ダメ原稿でもいいから、とにかく少しでも書き続けるしかない」と思っている。続けているうちに、いつかは上昇気流も訪れる。それは書き続けているうちは早く訪れる。
ところが、書き続けていないと上昇気流はなかなかつかめない。今回つかめたきっかけは、幸いなことに自分の本が発刊されたことだった。読後の感想をいただいて、「自分の本も役立つ」と改めて感じたことが大きな理由であった。「自分の書いたことが人の役に立つ」というのは、原稿執筆の大きな原動力である。

そして不思議なもので上昇気流にのるとブログも書きやすくなる。スランプ時にはブログ更新でさえ容易ではない日もある。
ということで、今度は完成までこつこつと書き続けて、この勢いを途切れさせないようにしたいと思っているが・・・。

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2010.04.28

生きた言葉で

校長が不在の時に代わりに全校で話をすることがある。
なかなか難しいと感じている。

思い出してみれば、初任以来多くの全校朝会での話を聞いてきた。どの先生もちゃんと話の準備をされていた。中には、原稿を書き、読む練習をされている先生もいたし、「モノ」を持ち込んで工夫された話をされた先生もいた。
それでも話の内容はなかなか記憶には残らないものだ。それぐらい「難しいもの」と言えるかもしれない。

今日は運動会の全体集会で小中全員の前で話をすることになった。思いつきではなく、ちゃんと構想をして、「運動会は何のためにするのか」「成功させるための2つのコツ」について話した。
しかしながら、子どもたちの表情を見ていると、「どれだけ伝わったか・・・」と反省した。

そうしたら、偶然ブログを書く前にこちらのサイトの言葉が自分に入ってきた。
「生きた言葉」・・・新鮮味があり、今ここでという気持ちが入っている
「言葉には、その人の生きざまや日常生活が強く反映し、特に、体験することにより体の中に自分の言葉が生まれる」
なるほど。自分の言葉は「生きていなかったのでは」と反省。自分の生きざまも・・・。やはり狭い世界の中で生きているのはダメだよなあ・・・と改めて思った。

全校で話すのも教室で話すのも同じ。担任ではないから、その点では自分の中に日常の切迫感がないのも事実である。担任時代は「子どもたちにこのエピソードを話そう」「こんなキーワードで迫ろう」と日常的に考えていた。その気持ちを蘇らせなければいけないなと感じた。

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2010.04.27

授業ネタはどこにでも

年1回のがん検診。
6時からの検診なのだが、混む前に・・・ということで5時前に会場になっている役場へ。これは以前からの習慣。20年近く朝型なので、こういうことは全く苦痛ではない。いつも1番か2番なのだが、今回は1番。
時間があるので、知っている先生方が来るまで、役場ロビーに置いてある様々なパンフレット、各種ミニコミ誌等をザーッと見渡す。これはこれで時間つぶしになる。

その中で見つけたのは「いわてグラフ」。年5回、岩手県が発行しているものだ。「そういえば、実家にも定期的に届いていたなあ・・・」と思い出した。1号ずつだとザーッと見終わってしまうが、30号分ぐらいが綴じられていると相当のボリュームになる。
そこには、岩手県各地のよさが随所に出ていた。「岩手ファンを増やそう」というキャッチコピーもいい。社会の教材ネタにもなる。教育関係の記事もあった。昨年度の県の学習定着度調査の解説や家庭での結果の見方が書かれていた。「県の事業」なだけに当然であるが、このような説明があるとないのでは、結果表を子どもたちがもらった時に保護者の意識も違ってくるであろう。
そんなことを思いながら見ているうちにあっという間に30分がたってしまった。単なる「ひまつぶし」ではなく、立派な「授業のネタ」を仕入れる時間になっていた。「いつでもどこでも教材開発」という意識は変わらないのである。

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2010.04.26

教師を元気にする学級の雰囲気

複式学級の一方の学年の算数を今年度も受け持っている。
先週末から3年生に算数を教えているが、この3年生の子たちが実に意欲的。
「問題を出します!」と言えば「イエーイ!」。
「最高の字で書くんですよ」とノート指導をすれば、真剣に力を入れた字をノートに書く。
雑談で「もっともっと厳しくしていいです!」とも言う。
何とも楽しい子たちだ。わずか4名なのだが、教室はいつも明るくにぎやかだ。

3年生を今まで3回担任したが、13年前に担任した3年生の雰囲気に似ている・・・ふとそう思った。
教師になって13年目。
私自身は特別な担任歴をしている。
初任校に6年いたが、その6年間で「3→4→5→6→1→2」と1~6年全ての担任を経験した。
2校目には7年いたが、最初の6年間で「1→2→5→6→3→4」と再び1~6年まで全て担任した。
その翌年の3年生担任だった。実は勤務校が7年目、そして教師生活も十数年が経って、自分自身が「油断」していた頃だった。仕事がマンネリ気味になり、十分な教材研究をしない時もあった。「教員生活もこんなものかな・・・」と思っていた頃である。(ああ、恥ずかしい)

そんな自分を変えてくれたのが、その3年生の子たちだった。とにかく前向き。勉強が楽しくてしょうがいないという雰囲気の子どもたち。豊かな反応に授業もとても楽しいものになっていった。楽しければ教材研究にも熱が入る。さらに「先生、一緒に遊ぼう」とよく言われ、休み時間は一休みしていた自分も頻繁に遊んだ。自主的な活動も得意な子たちで、「ミニミニスポーツ集会」を休み時間よく開いていた。「レストラン給食」を何度も開催した学級でもあった。
この子たちのおかげで、自分は教師として再スタートをきれたと思っている。「教師としての生きがい」「授業をすることの楽しさ」「子どもを伸ばす醍醐味」を何度も何度も感じた学級だった。それは年代で言えば、ミドルリーダーに突入する頃だ。「教師が子どもを変える」ことはよくあるだろうが、「子どもが教師を変える」ということも現実にあるということを実感した学級だった。
その子たちは今22歳。大学に行った子たちは氷河期の就職戦線で戦っている。強くエールを送りたい気持ちである。

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2010.04.25

「日本人の忘れ物」

自分のブログテーマに近いということで、こちらのメルマガを愛読している。
今朝は「日本人の忘れもの ~ 思いやりの行き交う国」という内容だった。思わず共感してしまう。自分が小学生の時にも、近所の方々から助けられたものだ。
・値上げしていたのがわからず10円不足だったのを「今日はいいよ」とやさしく言ってくれたなじみの床屋さん
・大雨の日の学校帰りに傘がなくて困っていると、「ほらっ、乗っていきなさい」と家の近くまで送ってくれた近所のおばさん
・下級生と口げんかしてやり込めていたら、「年下の子なんだから、そんなに言うもんじゃない」と教えてくれた通りすがりのおじいさん・・・等々
ぱっと考えただけでも、あれこれ思い浮かぶ。それぐらい印象に残っているものだ。

ここに紹介されているエピソードも心が洗われるものばかりだ。「一礼した男の子」の話などは、学校で担任がしっかりと教えていたのでは・・・と想像してしまった。(前任校ではそのように指導していたし、礼をする子が多かった)
そして、このようなエピソードこそ、子どもたちの前で紹介したいものだと思った。担任ではなくなってからは、そのような機会も限られているが、ぜひ話をしたいものだと思った。

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2010.04.24

実践者からも研究者からも学びたい

研究者と実践者」が副島先生のコラムを読む。
自分が何となく感じていたことがズバリと書かれていた。
20代~30代の頃は実践者からしか学んでいなかった。(それはそれで意味があった)
40代になって研究者から学ぶ機会が増えた。(だから「本物の研究をしたい」という思いも強まった。)
このコラムを読んで、改めて「研究者からも学びたい」と強く思っている。
「応用が効く」という部分に特にピンときている。その考え方をやはり学びたいのである。
もっとも今は研究者から直接学ぶことはできない。それでも「書籍から学ぶ」「Webで学ぶ」ということはできるだろう。自分の意志次第だと思っている。

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2010.04.23

「指摘」は「宝」

定期的にチェックしている「教育ルネサンス」に「苦情は宝」という記事が掲載されていた。
この内容に共感した。そして、このような常識手帳を作成したり(別の形でもいいのだが)、教えたりするのも管理職の重要な役目だと感じた。集金袋については、自分も子どもたちに「先生が来るまで出さないで」と徹底したものであった。もっともそれは経験年数を経てからの話で、新卒当時は教室に入ると集金袋がそのまま教卓に置かれていたものだった。何もトラブルがないのは本当に幸いだったと思う。

さて、タイトルは「苦情は宝」となっているが、保護者からすれば「苦情」という感覚ではなく「指摘」だと思う。教師側で簡単に「苦情」や「クレーム」と業界用語で使ってしまいがちになっているのでは・・・と思う。
今日の交通安全教室でも前日に有難い指摘があった。おかげで判断が早くできたと思っている。まさに「指摘」は「宝」である。

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2010.04.22

たかがチョーク、されどチョーク

とある研究会で板書の発表があった。すばらしい内容だった。
ちょっとしたコメントを求められたので、内容面にプラスしてチョークのことを話題にした。
「すばらしい板書」といえば、田先生を思い出すが、前任校で研修会にお招きした時に「このチョークは書く時に音が出る。出ないのを使った方がいいですね」とさりげなく話されたことがあった。ちょうどご講演で有田先生が板書された時だった。
それまで全く板書の時のチョークの音は気にしていなかったが、確かに意識するとけっこう大きな音が出ている。「一流の人は道具にもこだわる。たとえチョークでも」と改めて感心したものだった。(そういえば野口先生もホワイトオボードのペンの太さにこだわっていた。細いと見えないということである。これも聞き手への配慮だった。)

関連情報は偶然入ってくるものだ。家本先生の「教育実践練習問題」(ひまわり社)を読んでいたら、「チョークの材料や歴史」という項目があった。そこに興味深いいくつかの問題が掲載されている。
・やわらかいチョークと硬いチョークがあるが、その材料は何だろう。
・チョークはいつどこから来たのだろう。国産輸入品か。
・チョークの使い方で一番注意したいことは何だろう。
これらのことにすらすら答えられる教師はそれほど多くはないだろう。毎日使っているのにもかかわらずだ。これらも家本先生のこだわりの1つだったであろう。ちなみに先の本には似たものとして、画鋲や消しゴムの話も出ている。
どれもよりよい授業や教育環境のために、小さなものにもこだわるという先達の姿勢を表している。見習いたいものである。

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2010.04.21

塾講師養成ポイント

とあるWebを見ていて、ハッとするような記事に出会った。
こちらである。教育ルネサンスであるから、以前にも見ていた記事であろう。過去に見た内容(本)を思いだすという点で、このWebはありがたいと思っている。

今回は「塾の講師養成のポイント」が記事である。学校の教師と「授業力育成」という点では同じであるが、その方法は「違うものだ」と感じる。学校の場合には、初任者に一通り授業をさせて放課後や空き時間に指導というパターンがほとんどであろう。それが、この塾では授業途中に指令が出され、さらに模擬授業も繰り返される。ポイントも「口調・視線・板書」に絞っており、いかにも「鍛えられる」というイメージである。そして、1年かかって初めて講師になれるという。

この記事を読んで6年前に視察した塾を思い出した。ICTを活用したその塾は、それだけがウリではなく、教師自身の教え方もレベルが高かった。ポイントを押さえ自信をもって子どもたちに語る若手教師。横にはその先生をビデオで撮影している内部の人もいた。そのプレッシャーの中で行う授業。こちらにもあるが、厳しい世界ならでは・・・と感じた。

もちろん学校と塾では違いがある。ただ、このプロセス自体から学ぶことは多い。自分で意志があれば、自分を鍛えることは可能だと思われる。

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2010.04.20

地図指導に時間を割く

かつて5年生を担任した時に、子どもたちがもってきた地図帳を見て、「ずいぶん新しいなあ・・・」と残念に思ったことがあった。
というのも、「新しい」ということはそれだけ使われなかったということだからだ。かなり使われていれば、それなりにボロボロになってくる。それはそれで使った分だけ愛着が出てくるだろう。

さて、今日は学習定着度調査であった。こういう時に複式学級では一方の学年を受けもたなければいけない。お願いして、5年生に地図指導をさせてもらうことにした。今年度は5・6年とも歴史を一緒に学習するので、なかなか指導の機会がないからである。それでも6年生は昨年度ある程度知っているので知識はある。5年生だけに教える機会はいいチャンスだと思ったわけである。

「47都道府県」「索引の使い方」「地図ゲーム」というように今までの持ちネタで行った。子どもたちも地図帳自体に興味を示した。もちろん、今回一回だけではダメで定期的に指導は必要であろう。昨年度は1学期に私の社会(週一回)の導入の10~15分は地図指導に使っていた。「継続は力なり」という言葉の通り、47都道府県を子どもたちは覚えたものだった。
今年は歴史なので、関連した内容を指導するにしても地図帳活用は限られてしまうが、子どもたちの今日の意欲ぶりを見て、指導の機会を増やしたいものだと思った。

ところで、多くの教育雑誌が刊行されているものの、市販での地図指導専門誌はない。ただ、帝国書院さんが発行する「子どもと地図」(年3回)には、様々な地図指導のヒントや実践記録が掲載されている。バックナンバーも見ることができ、参考になる。さらに最新号(まだWebには掲載されていない)には、地図指導の手引きもついてきた。ビジュアルで、手元に置いて実践を広めたい一冊である。

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2010.04.19

定番の授業はやはりいい

今年度も5・6年(複式)社会科の歴史を週に1時間受け持つ。
今日がその授業日。担任に進度を聞くと、それほど進んでいない。
では・・・ということで、オリエンテーションを行うことにした。

最初に子どもたちが教科書や資料集を興味深げに見ていたので、一人一人を指名して、「何を見ていましたか?」と聞いた。「大仏です」「聖徳太子です」「ザビエルです」と答える。私からはすかさず、子どもたちの興味をさらに高めるクイズを出す。「聖徳太子が手に細長い板をもっています。「しゃく」というものですが、これは何のために使われたものでしょうか」。こういう問題は3択がいい。「そんな答えはあるはずがない」というものが案外正解で、意外な子があたることがあるからだ。今回も然り。
こんな感じで15分ぐらい盛り上がる。

そして、「みんなは今、教科書だけではなくいろいろなことを学びましたね。では、何のために歴史を学ぶのでしょうか」と問う。
学ぶことの価値を自覚させるためである。「知識を増やす」といったことしか最初は出てこなかったが、話し合っているうち、「日本のことを日本人の自分たちが知るため」「歴史を学んで今に役立てるため」といったいいものも出てきた。その時間の学びを振り返るためにも、この発言は重要だった。

そして残り20分ぐらいで地球の歴史を行った。6年担任の時には授業開きで行っていたものである。たとえば、こんな感じで。
今回は時間も限られているということで、教室の黒板にチョークで長い横線を書いた。人類誕生はホントに最後の数ミリという事実に、「エーッ!」と子どもたちは驚いていた。

1時間にあれこれ詰め込んだ時間になったが、少しは歴史のおもしろさに興味をもったと思う。
そして、私は社会を教える楽しさを改めて実感した。定番の授業はやはりいい。

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2010.04.18

認めてもらった有難さ

転勤挨拶状がポツポツと届き始めた。
4月の今ごろから5月にかけてはその返信も楽しみの一つだ。メールではなく、ハガキで来るからこちらもハガキ。字は下手だし、文面も優れているわけでもないのだが、書いている時間は「相手を思う」時間であって、自分にとって、その人との縁を思い出す機会にもなっている。

今回挨拶状の第1号は前任校でお世話になった校長先生だった。すでにご退職されているが、社会教育施設所長になられたという挨拶状だった。「ああ、ぴったりの役職」と思いながら、文面を読ませていただいた。社会教育主事時代に7泊8日の合宿企画(子ども対象)をしたり、校長時代もカヌーの実物を持ち込んで朝会で話をしたりしたものだった。

自分にとっては、担任最後の3年間をご一緒させていただいた。この3年間は、自分にとって多くの参観や講師依頼を引き受けた頃であった。
参観授業は、担任だけでポッとできるものではない。学校への来客であるから、他の先生方の手を煩わせることにもなる。時には校長先生に対応してもらわなくてはいけない。講師依頼は、学校を空けることになる。他の先生に補欠授業に入っていただくのはもちろん、「学年主任が不在」という事態にもなる。
こんなことを考えると、「参観授業は控えるように」「今回の講師依頼の出張は遠慮するように」と言われても仕方がない・・・と今考えれば思う。
ところが、その校長先生はお願いをすると、しばし考えてから「何も断る理由はない。行ってらっしゃい」と全て認めていただいた。今考えると本当に有難いことだった。(もちろん自分も参観授業を校内の先生方にオープンしたり、講師で得た情報を学校に還元したりした。様々な「作戦」を実行した)
「もしも認められていなかったら・・」と考えると自分自身の道も違っていたかもしれない。そんなことを挨拶状の返信を書きながら思った。

なお、その次の校長先生も「どんどん出かけてください」と言ってくださった。管理職になってからは、自主規制をしているが、時々ある講師依頼を認めていただいている。その点では自分は恵まれているとつくづく思う。

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2010.04.17

刺激を受ける

読んだ本、雑誌から。

教師のための整理術」(長瀬拓也著・黎明書房)
20代教師長瀬先生の4冊目の著書。それだけでもすごいことなのだが、この本の中身もいい。誰しも自分なりの整理術をもっているだろうが、長瀬先生の場合その理論がしっかりしている。だから、単なる整理術のテクニック書ではなく、整理術を考える本になっている。私の名前も少し出ている。ありがとうございます。

社会科教育」5月号(明治図書)
特集が「授業をイメージした教科書研究のツボ」である。教科書研究のためには今回の号は必読である。目次を見るだけで、「こんなに観点があるのだ」と勉強になる。

「プリンシパル」5月号(学事出版)
時々一流のインタビューが掲載されるが、今回はスポーツライターの二宮清純氏。光る言葉がいくつも。
・「時期尚早という人間は100年たっても時期尚早と言う。前例がないと言う人は200年たっても前例がないと言う」→川淵氏がJリーグを立ち上げる時の反論
・時代に名を残すようなリーダーに共通して言えるのは、一言で言えば「チャーミング」ですね。取材していて私は一回も彼らから不快感や不信感を覚えたことがないんです。→野村監督や仰木監督もそうだった。
リーダーの「強い意志」と「人間性」を表す言葉である。

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2010.04.16

野口節に共感

月の中旬以降になると、教育雑誌から元気をいただく。
今日もそうだった。雑誌だから、ななめ読みであるが、その中で注目する先生方のはじっくりと読ませていただく。特に今月は野口芳宏先生の原稿に目を開かされる思いだった。

1つ目。「国語教育」(明治図書)。今国語の授業を行うことは補欠授業に入った時だけ。年に20時間ぐらいしかない。それでもこの雑誌を取り続けているのは、やはり野口先生の連載を読みたいという思いからである。
今月は「国語人は読書好きであれ」というタイトルだった。教師自身が本を読まなくなったのはその通りであり、本屋さんの「教育書コーナー」も地元では減少していることがよくわかる。その中で改めて本のすばらしさを語るこの原稿を読んで、「自分自身ももっともっと読まねば」という気持ちになった。それにしても「画面活字」と「紙面活字」の違いを論じている部分は「さすが」と感じた。

2つ目は「総合教育技術」(小学館)。こちらは管理職向けの雑誌なので他の記事もよく読むが、それでも真っ先に読むのは野口先生の連載である。研究紀要への疑問を本音で語っている。確かに、年度末に「研究紀要」や「研究のまとめ」を手にしても、なかなか読まれない。その後もそのまま棚に・・・というパターンも多い。さすがに自分の学校のものは翌年度に役立つであろうが・・・。次のメッセージがその内容のヒントとなる。

「我々は、市販本に負けないくらいわかりやすい文章で、市販本に負けないくらい役に立つ、そういう実践のためのを作るべきなのである」

全くその通りとうなずく。あとは実行できるかどうかである。

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2010.04.15

授業に今年もこだわる

管理職になっても 毎年週10~15時間ぐらいの授業を受け持ってきた。
複式授業の一方の学年を受け持つ。理科の一部の単元を受け持つ。社会を週1時間、担任のあき時間の時に行う。出張や年休の先生の学級に入る等々。
いろいろと授業の話をすると、一般的には持ち時間が多い方のようである。ただ、それは県内の話。他県では、管理職が担任も受け持つケースもある。

さて、今年。
今まで同様に、子どもたちの学力向上のために同じぐらいの時間を受け持つ。今日で授業をスタートして一週間。授業をすると仕事にもリズムが出てきて、事務仕事にもいい影響があるし、何よりも「子どもたちがいてこその学校」なのだから、子どもたちの様子も具体的に知ることができる。

学校運営上、学力向上のための業務なのであるが、自分も授業にこだわっていきたいと思っている。特に昨年は停滞した「自分なりの実践」をするチャンスだと思っている。

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2010.04.14

「力をつける授業」成功の原則・その後

一週間ほど前に紹介した新刊「「力をつける授業」成功の原則」のことです。
反響が来ています。感想メール、ブログ掲載、そして「本の紹介」コーナーで取り上げますといった連絡等々。実に有難いことです。
東京駅前の丸善では平積みになっていたという情報もあります。確かにアマゾンでは、1~2カ月後の発送とのこと。(これでは購入する人に申し訳ないなあ・・・)と思っています。都会の大きな書店には置かれていますが、地方の小さな本屋さんには置かれていませんので。(私の地元の本屋さんも同様です。)

ちなみに「力をつける」というのは佐藤学級の目標でした。学力はもちろん、体力、思いやりの力、集会活動をする力等々、子どもたちにいろいろな力をつけてほしいと常に願っていました。ですから、行事や様々な取り組みの振り返りでは、必ず「どんな力がつきましたか」と考えさせていました。そんな自分の思いを反映させた書籍です。

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2010.04.13

「読み聞かせ」ができる機会

本校は読書ボランティアさんがおり、月2回、朝活動の時間に「読み聞かせ」をしてくださる。
今日はその打ち合わせ。新しいメンバーも入り、この活動が継続することを嬉しく感じた。

話し合いや雑談をしながら、自分自身の初任の頃の読み聞かせの話もした。

・当時「窓ぎわのトットちゃん」がベストセラーになり、一日数ページを「朝の連続小説」として読み聞かせをしたこと。
・子どもたちはたいへん喜んで、「給食時間にも続きを読んで!」と「昼の連続小説」にもなったこと。
・当時のことを33歳になった子どもたちは覚えていて、昨年の同級会で話題になったこと。
・時には授業時間にも読み聞かせをしたこと・・・等々。

思えば今よりもはるかに時間的なゆとりがある時代だった。朝の会も15分ぐらい確保されていたから、できたことである。国語の余裕時数も多かった。自分自身も読み聞かせに関する本を読んだり、大西忠治先生の読み聞かせの講座を受けたりしたものだった。

その後、時間も限られたこともあり、すっかり読み聞かせとはご無沙汰となってしまった。しかし、今はボランティアさんもそうだし、本校の伝統にもなっているし、さらにプロの朗読会を聞く機会にも恵まれている。私自身も補欠授業で読み聞かせをする場合もある。
今の状況を有難い機会ととらえ、もう一度勉強しなおそうと思う。今年は他分野でもそういう機会がある。通常の学びをしつつ、学び直しもする年だと思っている。

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2010.04.12

自分を知る

とある天才数学者が小学生時代のころ、その才能に驚いた教師が「自分にはこの子は天才過ぎて、能力をさらに伸ばすことができない」と上級の教師のいる学校に転学を勧めたという話を聞いたことがあった。そこで才能はさらに開花し、天才数学者の道を歩くことになる。

この話を聞いて、この小学校教師の賢明さを感じた。自分の実力を知り、できないことをわきまえて、その子にとって最善の道を示す。
これは、今の自分の仕事にも通じると思っている。副校長職についているといっても、何でもできるわけではない。修繕は専門業者さんがベストであるし、パソコンスキルも人並み以下である。サポートを求められれば、努力はするが自分に解決が無理とわかれば早めに別の処置をとる。それが依頼者にとっても学校にとってもいいはずである。

かつてとある仕事をフォローしていて、その「自分の仕事を知る」ことの重要性を感じたことがあった。割り当てで重要な仕事がその人に行った。時々チェックをすれば、「〇日から始めます」と遅れ気味だった。締切数日前に必死に取り組み始めたようだったが、時間も実力も不足し、結局周囲でカバーしなければいけなかった。
「早めの取り組み状況の報告」や「自分を知った上での報告(〇〇はできるが、〇〇はサポートをお願いしたい)」が必要だったのである。特にチームとして動いている時には必要なことだ。

もっともこれは仕事にたいして弱気になることではない。特にも若いうちは「依頼された仕事は断らない」という姿勢が大事だ。その中での仕事のありようについて述べたものである。

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2010.04.11

大学生に「常識」指導

テレビニュースでタイトルの特集があった。
冒頭で大学近くの道路を「幅広く歩かない」「ケータイしながら自転車に乗らない」といった指導を教官がしているシーンが入った。「今はこういう指導をしなければいけないのか」とも思ったが、そういえば自分が大学時代の教育実習時に、自転車に二人乗りをした友人が注意を受けた話を聞いたことがあった。自分たちの世代から、常識が崩れてきたのかも・・・と感じた。

さて、このニュースで「なるほど」と思ったことが、その常識指導の工夫である。ある大学では、ゴミの分別といった社会生活のマナー指導で、「循環社会」「環境学」という学問と関連付けて指導をしていた。単なるマナー指導であれば、学生も興味を示さないかもしれないが、このような工夫をすると違ってくるだろう。
同様にレポートが文章の体をなしていない学生に向けて、文章の書き方を教えていた大学もあった。中学校や高校でしっかりと教わればいいのだろうが、そうではない学生も多いに違いない。これはこれで必要な指導だ。
実はそれが必要な教師もいるのでは・・・と思う時もある。「学級通信・連絡帳記入のための文章講座」などあったら、けっこう人気ある講座になるかもしれない。

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2010.04.10

「今年度の仕事」をいただく・つくる

4月は「今年度の仕事」をいただく月である。
むろん学校の校務分掌での仕事はもちろんだが、自分にとっては自分の研修や依頼されている仕事も含む。
数年前までは「休日こそ様々な研修のチャンス」ととらえていたが、2年前からはかなり減らしている。今年度はさらに減らした。いずれまたチャンスがあると思っている。今は執筆等でアウトプットしつつ、「蓄える時期」でもある。

さて、そんな中でも年度当初にいくつかの仕事をいただいた。以前から予告されているものあり、新たに入ってきたものもある。いずれも自分の強みに通じる部分であるので、大変有難いと思っている。というのも、継続して勉強していないと「強み」も新陳代謝されないからである。これを機に、社会・ICT活用・放送教育を改めて学び直そうと思っている。

さて仕事はいただくだけではなく、つくるものだと思っている。昨日のブログに書いたが、本校の教育機器の変化は新しい仕事をつくるチャンスだと思っている。自分だけではなく、同僚と共につくっていければ・・・と思案中である。

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2010.04.09

ICT環境、さらに充実へ

春休みの期間、本校のICT環境がさらに充実する機器が入った。
小学校教員に校務用PCが一人一台入った。さらに教室にも1台。大型地デジテレビが各教室にも入った。これでようやく学校放送番組も見られる(今までアンテナの関係でアナログでも不鮮明だった)。電子黒板も学校1台。
これらは町内各学校同様である。
さらに驚くのは実物投影機が、町内各学校全ての教室に導入されることである。小さな町であるから、全教室といっても40教室ほどであるが、それでも町の判断に感謝したい。

2年前、赴任した時にはこのような状況になるとは予想しなかった。本校にいる間にある程度整備できれば・・・と思っていたら、1年で全学級で実物投影機が入り(私物含)、2年でこのような状況になった。様々な追い風があったし、さらに今までの働きかけや昨年度のICT活用研修会も微力ながら役だったのかもしれない。

本校の先生方はICT活用については自然な形で活用できている。今回の充実をきっかけに、今後効果的に活用した授業がさらに見られるのではないかと思っている。

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2010.04.08

新刊発刊!「力をつける授業」成功の原則

新刊発刊のお知らせです。
『「力をつける授業」成功の原則』(ひまわり社)です。授業について現段階で考えていることをまとめました。私なりの授業論です。

ひまわり社のホームページに詳細が記されています。その中で編集者の松本さんが次のように書かれています。

佐藤先生のご著書を読まれている方はお分かりかと思いますが、この本は「まるごと佐藤先生」です。佐藤先生の授業に対するエッセンスがすべて詰まっています。

この言葉が本の全てを物語っています。目次で自分の授業のスタンスもわかると思います。

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序章 授業とは何か     

第1章 授業の基礎技術を考える     

・指名方法の数だけ子どもを生かせる 
 -学習活動に応じてパターンを考える
・「板書が苦手な教師」からの脱出術 
 -黒板をどう使うか
・研究した分、発問の幅は広がる 
 -自分なりの発問作りの道を見つける
・すばらしい授業では指示が明確 
 -原則を見つけることの大切さ
・子どもの立場で立ち位置を考える 
 -立ち位置が固定化していないか
・説明の研究をしよう 
 -話し方や表情で伝わり方も変わる
・一人一人を励ます机間指導 
 -口も頭もフル回転する時間
・一工夫した提示で反応を変える 
 -ワンパターンから脱却しよう
・子どもに「豊かな聞き方」を教える  
 -授業では聞く時間の方が多い
・指導した分、効果の出るノート指導 
 -たくさんのメリットが付随する
・「困った時はペアで」ではなく 
 -ペア・グループだからできる強みを生かす
・発言は「引き出す」もの 
 -子どもは発表したがっている
・利用方法と読む視点を教えてこそ活用できる 
 -調べ学習での学校図書館の活用術
・国語辞書は「習うより慣れろ」 
 -活用を日常化する
・プレゼンは「情報のプレゼント」になるように 
 -教えるべき「プレゼンのためのスキル」を意識する
・授業感想文で子どもの変容を 
 -それは授業改善への道にもなる
・授業にテストを計画的に位置づけよう 
 -「テストに強いこと」「テストのための暗記」も大切

第2章 授業スタイルにこだわる  

・価値ある出会いから生まれた一時間の授業スタイル 
 -自分なりの授業スタイルは不可欠
・教科書をもとに一時間の授業をつくる 
 -教師の教科書研究の方法
・「これは」と思った手法を試行する 
 -いつものスタイルをブレーンストーミングで新陳代謝する
・教育機器を「武器」にする 
 -授業の強力なサポーターにする
 
第3章 こだわりの授業テーマをもつ

・ミニネタも活用次第  
 -指導過程に応じて使い分ける
・ゲストティーチャーを招く時は質問をメインに
 ―「人」から学ぶよさを実感できる
・「小さな教材開発」を重ねよう 
 -いつかは「定番教材」になる
・「マイテーマ」を気軽に話す  
 -「先生は〇〇の話が得意」と言われたら本物
・定番学習ゲームの有り難さ  
 -子どもたちがノッてくるだけではない

第4章 一授業者として子どもを育てる

・教師をモデルに子どもは育つ  
 -明るいトーンを意識しよう
・子どもを育てる言葉をどれだけもっているか 
 -ほめるだけでは足りない教師の言葉
・学習の約束事は学習スタイルに沿って考える 
 -固定的にすると授業も固定的になってしまう
・遊び心と教師のわざ 
 -「すごい!先生」と言われる魅力
・子どもからの授業批評 
 -「給食授業研究」のすすめ
・学級通信を利用して授業力アップ 
 -子ども・保護者・教師自身のための「一石三鳥」
・参観授業で保護者の信頼を得る 
-「我が子もこれなら安心」と思わせる
・研究授業ができるのは僥倖(ぎょうこう)そのもの 
 -負担はあるが間違いなく教師も子どもも力がつく
 
おわりに  授業へのこだわりは続く
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アマゾンのサイトではこちらです。お手にとっていただければ幸いです。

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2010.04.07

「学ぶ」姿勢

今までよく拝見していた「小牧市教育委員だより」の執筆をされていた副島先生が、スクール55のサイトで新連載を始められた。こちら
1回目は「今は何をしているのか」というタイトルで大学院で学ばれている様子を書かれている。
この姿勢に感銘を受けている。市の教育長を務められた方が、大学院で学ぶ・・・人間いくつになっても学ぶことは大切だと思っているが、このような形で学ばれることは稀であろう。今年度、副島先生と同様に市の教育センター所長さんで夜間大学院で学び始められた先生もいる。

20代、30代の頃、大学院派遣の文書を見ても何とも思わなかった。40代になって自分は未知のことが多すぎると感じ、また大学院に行った先生方の話を聞いて、「自分も本格的に研究をしたい」と思った。そこで、学会等の発表等も数回したが、ここ2年は発表はおろか、学会参加すらしていない。
先の先生方の「学ぶ姿勢」に学んで、今年度は自分なりの学びをしたいと思っている。

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2010.04.06

告示と告辞

明日の入学式の準備をしていて、昨日「教育委員会コクジ」は「告示」「告辞」のどっち?というのが話題になった。

考えてみれば今まで何度も入学式、卒業式を行ってきていたが、考えれば「あれ、どっちだっけ?」と迷ってしまった。通常は教育委員会からの「告示」は確かに「告示」であるが、校長が話すのは「式辞」である。ならば「告辞」か。
他の先生方も辞書を見ながら「告辞では?」と話していた。改めてネットで調べるとこのように納得のいく回答が掲載されていた。これならば、「式辞」「告辞」は話し終わったら演台に置き、「祝辞」は置かないのかも説明がいく。今まで何げなく見過ごしてきたことが、ちょっとわかって(多くの管理職は既知のことだろうが・・・)うれしくなった。
さらに探すと、告辞を述べる立場からこんな質問もあった。これも答えの通りであろうが、以前感銘を受けた告辞もあった。依頼されていた話すべきことはしっかりと話し、さらに子どもたちのすばらしい態度に感動したことを話された教育委員さんがいた。実は自分が10年前に担任した子の保護者。当時からいろいろとPTAで感心していたが、「できる人は違うなあ。。。」と納得したものだった。

ちょっとした言葉へのこだわりから、考えることもあれこれできた。やはり言葉にこだわることは大切である。

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2010.04.05

ネットの便利さ

娘が大学に行くということで、この2月~3月は受験、引っ越し準備、引っ越しと目まぐるしかった。無事一昨日、入学式も終わり、一段落ついたところである。

それにしても今回ほどネット情報の有難さを感じたことはなかった。まずは合格発表をネットで。てっきりホームページで受験番号を探すのかと思っていたら、個別に受験番号と誕生日を入力するとわかる仕組みだった。ログインしてから結果が出るまでの数秒はドキドキだった。
大学の情報やアパート情報はネットがなければダメだった。なにぶん遠い地。何回も行ってアパート候補をいくつも見て選ぶ・・・なんて余裕はない。そこでネットでかなり調べた。幸い写真が掲載されているものが多く、参考になった。さらに周辺情報は今や地図サイトで簡単にわかる。「ここは大学生のアパートが多い所」「ちょっとした高台でコンビニも遠そう」というように具体的な住イメージがある程度わいた。だから、実際に行って決めるのも候補を絞っていたのでそれほど迷わずに決められた。さらに新しく購入する品物についても同様であった。ネットの便利さを痛感したものだった。

しかしながら、ネットは便利だが、その分、システム化されているところでは逆に「ネットがない」状況だと大変だということである。カリキュラムの申請も大学側からの基本的な情報提供もWeb(しかもケータイは対応しない)からということで、まだネット環境がない娘と連休中は何度か連絡を取った。必要な資料は印刷し、送付しなければいけなかった。
「まずは様子を見てから・・・」と思っていたが、最初から必需品となるとは予想外だった。むろん大学にもあるだろうが、十分に使えるとは限らないであろう。

このような中で大学生活を送るわけだから、パソコン技能はもっていて当たり前という時代なのであろう。30年前の自分の大学時代と比べて、その違いにただ驚くばかりである。

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2010.04.04

教科書「観」に注目

ここ数日、教科書のニュースに注目している。来年度から使われる教科書である。こういう時には新聞の情報をゆっくりと読む。もっともとっている新聞は限られているから、その分はネットで補う。
自分が読んだ中ではこちらの社説が一般の国民にわかりやすく説明していると感じた。

その中で「保護者には教科書を全部消化すべきものと考え、そうしない授業を不満に思う人が少なくないという。だが、分厚い教科書であればなおさらのこと、「全部消化」は無理なうえ無意味でもあるだろう。子供の状況に応じ組み立てる授業で、自在に活用してこそ「分厚さ」は生きる。先生の力の見せどころである。」という部分に注目した。
というのも保護者に対して学校としてこのことを説明する必要があると考えたからである。ただ、その根拠はどこだろう?と思っていたら、幸いこちらのサイトに貴重な情報が書かれていた。1年前のこの情報は見逃していた(もしかして初見)。さっそく原典にあたって情報を得た。玉置先生が書かれている通り、管理職の責任は大きい。保護者からの声が出てくる前に説明や情報をどのようにするか考えていかなければいけないと感じた。

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2010.04.03

半年で店長?

朝日新聞土曜日版にユニクロの柳井社長が始まっている。
「早く一人前になろう」と呼びかけている。
そして、ユニクロの例が紹介されている。「最近、店長になるまでの年数が長くなっている」というので、注目してみると、「2~3年かかる」とのこと。「20年~30年では?」ともおもったが、「本当は半年から1年でなってもらいたい」と書かれていた。このスピード。つまり大卒で就職したのなら、20代半ばで店長ということだ。もちろん「名ばかり管理職」ではない。ちゃんとスタッフのいる店長だ。
確かに店長を経験するということは「経営」を学ぶということだから、社員教育としては一番であろう。しかも責任のある立場であるから、視野も広がる。若いうちに経験することはのちのちの大きな財産になるはずだ。

単純に教員とは比べられないのを承知で書くが、自分も20代最後の年に学年主任になった。若い先生方が多い学校だったので、立場が回ってきた。学年主任となると、学年全体の判断もするし、学校全体の運営を考える委員会にも参加する。これによって、自分の視野を広めることができた。
若い時に、責任ある立場を経験できることは意義あることだし、そのような仕組みを作っていかなければいけないであろう。首都圏では教員の平均年齢が若くなっていると聞く。今は学校経営上厳しいかもしれないが、若いうちに責任ある立場で動いた経験は今後の教育界にいい影響を与えるのでは・・・と思っている。

逆に地方は教員の平均年齢が上がっている。岩手もそうだ。一番の若手が30代後半という学校も珍しくない。ベテラン揃いで安定感のある学校運営はできるメリットがあるが、先輩が多いため責任ある立場になかなかなれないという事態は避けなければいけないだろう。平均年齢が高ければ高いなりの工夫が求められると感じている。

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2010.04.02

安定+αへ

よく見るブログを一通りみると、多くの方が新しい立場になっていることがわかる。
新しい学校への転勤、現場から行政に行く方、行政内で異動された方、公立小学校から私立小学校へ移られた方・・・・等々。メールでは、大学教員に転身された方や行政から現場に戻った方もいた。いずれ新しい環境は大変であろうが、幅を広げる仕事ができる可能性も大きいと思う。

さて、自分は副校長という立場上、転勤がない限り大きな変化はない。今年度の仕事内容も、副校長としての地区でのいくつかの役職も昨年度とほぼ同様である。担任だったら、学年または子どもが必ず違ってくるので変化の連続なのだが、自分の場合はまずは「変化なし」ということである。

これを「チャンス」ととらえたい。公的な仕事では「安定した仕事」ぶりに近づけると思われるからだ。
管理職1年目は全てが新鮮だった。2年目になって1年目の仕事ぶりが甘かったことを思い知った。3年目になって、その反省を生かすことができるのでは・・・と思っている。
そうなれば通常の仕事+αが可能となる。今まで実践したくてもできなかったことをする。新しい取り組みに踏み出せる。効率化ができることはどんどんする・・・・そんなことを期待している。ただし、同じことを繰り返す時にマンネリにならないように自戒しなければと思っている。

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2010.04.01

今年度の目標

新年度が本日からスタート。
4月1日が「仕事にとっての元旦」だと思っている。そこで今年度の目標。昨年度は反省の多い年だったので、今年度は的を絞る。

1 管理職としての発信活動を精力的に
 何事も3年一区切りだと思っている。副校長(教頭)職になって3年目の年。一区切りとしていい仕事をしたいと思っている。その仕事ぶりを発信活動で表す。発信が多ければ多いほどいい仕事をしていることである。

2 「原点」と「本校」の授業実践
 授業にはまだまだこだわりたい。「地域のよさ・日本のよさ」「社会」「ICT活用」といった自分の原点、「複式」という本校の特色に絞っていく。

3 原稿を仕上げる 
 今依頼されている大きな原稿を日々こつこつと取り組む。

4 素養・修養に励む
 学べば学ぶほど素養・修養が必要と思う日々である。読書等のインプット、人から学び機会を大切にする。

5 健康のための努力をする
 無理はきかない年齢、そして今まで同じ環境で日々を過ごすこととなる。健康のための努力をしないといけない。「何もしない」ではいいわけがない。

大きくはこの5つ。公表はしないが、それぞれ具体的なものは自分で決めている。数値のめやすももっている。
1年後「結果を出す」ようにしたい。

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