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2010.04.28

生きた言葉で

校長が不在の時に代わりに全校で話をすることがある。
なかなか難しいと感じている。

思い出してみれば、初任以来多くの全校朝会での話を聞いてきた。どの先生もちゃんと話の準備をされていた。中には、原稿を書き、読む練習をされている先生もいたし、「モノ」を持ち込んで工夫された話をされた先生もいた。
それでも話の内容はなかなか記憶には残らないものだ。それぐらい「難しいもの」と言えるかもしれない。

今日は運動会の全体集会で小中全員の前で話をすることになった。思いつきではなく、ちゃんと構想をして、「運動会は何のためにするのか」「成功させるための2つのコツ」について話した。
しかしながら、子どもたちの表情を見ていると、「どれだけ伝わったか・・・」と反省した。

そうしたら、偶然ブログを書く前にこちらのサイトの言葉が自分に入ってきた。
「生きた言葉」・・・新鮮味があり、今ここでという気持ちが入っている
「言葉には、その人の生きざまや日常生活が強く反映し、特に、体験することにより体の中に自分の言葉が生まれる」
なるほど。自分の言葉は「生きていなかったのでは」と反省。自分の生きざまも・・・。やはり狭い世界の中で生きているのはダメだよなあ・・・と改めて思った。

全校で話すのも教室で話すのも同じ。担任ではないから、その点では自分の中に日常の切迫感がないのも事実である。担任時代は「子どもたちにこのエピソードを話そう」「こんなキーワードで迫ろう」と日常的に考えていた。その気持ちを蘇らせなければいけないなと感じた。

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