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2010.05.08

「悔しさ」が原点

ここ一週間ぐらいで、目にした情報で「悔しさが自分を変えた」というものに3つも出会った。
一つぐらいなら、よくある話で聞き流すが、これぐらい続くと「何か自分に関係があるのでは・・・」と思ってしまう。
気づいてみれば年々「悔しがる」ということが明らかに減っている。

・授業がうまくいかない自分に悔しがる
・隣の学級の歌声のすばらしさに比べ、自分の学級がそのようにならない。自分の指導力に悔しがる
・研究会で自分の主張がうまく言えなくて悔しがる
・レポートや原稿がうまく書けなく悔しがる

20代、30代は「悔しがる」こともしばしばだった。もちろん表向きには悔しがっている様子は出さなかったが、内なるエネルギーとして「もっと学ばねば」と思ったものだ。確かに学びの原動力になっていたのである。

今、そういうことが減ったにはいろいろな力がついたからではない。たとえ力がついたとしても、目標が上がれば悔しがる機会は変わらないと思う。管理職になっても、管理職なりの目標設定をすれば・・・とも思う。
「わざわざ悔しがらなくても・・・」と思うかもしれない。この場合の「悔しさ」とは、「自分の原動力になる思い」である。枯してはいけない。

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