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2010.05.18

一つの道を究める

 今から17年前に文部省(当時)若手教員派遣でアメリカ合衆国に2カ月間派遣されたことがあった。行き先別に団名がついていて、自分はオレゴン団。全国から29歳~35歳の教員が24人集まった。
 その中に、アメリカの生活科を研究したいという明確な意志をもって参加されていた先生がいた。「まずはアメリカの教育を見よう」としか考えていない自分にとっては、すごいなあ・・・と感心するばかりだった。帰国後のレポートも明快かつ分析がすばらしかったことを覚えている。

 その野田先生が日本教育新聞に「生活科の指導」でコメントを寄せていた。納得がいく話。今は、大学教授で生活科の学会の事務局長とのことである。学習指導要領の改訂にも参加されているようだ。まさに一つの道を究めているという感じである。
 コメントを読むと、生活科主任を低学年以外の担任でも行っていたとのこと。そして、そのような体制づくりの必要性を説かれていた。全くその通りだと思った。
 特定の学年にしかない教科、たとえば生活科や家庭科などはどうしても、低学年と高学年の教師が主任になる。その道の専門家がいても、「教科で教えていないから」ということで変わることが多い。それは学校にとっては損失だということがわかる。校務分掌を考えるうえで重要なことである。

 同時にこのように一つの道を20年ぐらい追究することの重要性を感じる。自分の場合、あちこちに手を広げ、「社会」を深めていこうと考えたのはほんの7年前だ。もちろん、自分の研究の中心教科ではあったが、「専門的に」とは考えなかった。ただまだ遅くはないと思っている。広げた領域で学んだことを社会科とミックスして考えることができるからだ。
 幸いなことに社会科関係で今年もいくつかの仕事が入ってきている。専門性を深めるチャンスだと思っている。

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Comments

「一つの道」の方ではなく,「生活科や家庭科などはどうしても、低学年と高学年の教師が主任」について,「はっ!」としました。
ちょうど「日経TOPleader」を斜め読みし,「社内に生息するヌシが相互理解を妨げる」という文章を読んだばかりだったからです。
http://nvc.nikkeibp.co.jp/topleader/index.html
「ヌシ」に頼っていれば楽ですが,その分野についてだれも知ろうとしなくなります。一方,自分が「ヌシ」になって,勝手にやっている分野もあります。それではいけないのだな…と。

ところで,今年度,家庭科主任になりました。
勉強になりますね(^^;)

Posted by: かつのり | 2010.05.19 at 22:14

かつのりさん、コメントありがとうございます。
考えさせる情報ですね。とてもわかります。
「ヌシ」がいると、その人に頼って、自分自身が成長しないでしまう。「ヌシ」が異動となると、「この先生がいなくなって大丈夫かな?」と思っているが、案外自分たちで学び合って、逆に今まで以上のことができてしまう・・・そんな経験もしてきました。
突出した専門家がいなくても大丈夫。大事なのは学び合える組織だとこの頃は思っています。

Posted by: サトマサ | 2010.05.20 at 05:20

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