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2010.06.10

教育振興運動の原点

昨日の教育振興会の会合で、岩手県制作の映画を準備した。36年前の県内教育振興運動の成果を描いたものだ。その中に、本校の当時の教育振興運動実践が紹介されている。当時の子どもたちが親(より少し上の)世代になっているのである。

一昨年も一度見たのであるが、つくづく当時の教育振興運動の熱気のすばらしさを感じる。
公民館で親が集まり、教育について語り合う。地方でも我が子のために本を購入し、それを家族団欒の中で読み合う。先生方も読書指導の研究会を教材研究段階から行う・・・・。このような環境であれば、確かに子どもたちはよりよく育つはずだ・・・と実感した。
自分が教師になった地区では、先のような教育振興運動が盛んでなかったし、その後も盛んな地域に赴任することもなかった。管理職になって、教育振興運動の伝統が続いている学区に赴任できたことは幸せだった。だまっていれば、知らないままだった。

さて、その中で自分の仕事の役割を改めて見直した。
最初の理念がいつの間にか薄れたり、忘れられたりして、「活動そのもの」だけが引き継がれている場合がある。
自分自身も教育振興会の担当として、毎年同じような活動を継続している。「停滞させてはいけない」という思いから、何かしらの工夫をしているつもりだが、いつのまにか原点の確認が忘れがちになる。
「地域」「教師」「保護者」「子どもたち」「行政」が手をとりあって、子どもたちの学力向上を図る。それが40年前の運動のスタート段階だった。そして、地域や保護者が熱心に行動していた。ああいう理想像がわかれば、それに向かって工夫する方向性も見えてくる。

そういえば、この1年はかつて読んだ本(10~20年ぐらい前の)を読み返すことが多い。自分自身の原点となる本である。原点を読むことによって、今の自分を見つめ直すことができるし、自分のゆくべき方向も見えてくる。
新しい知識だけではなく、過去から学ぶことも多いのである。

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Comments

 5年半も前の記事に対するコメントでスイマセン。遅かれ早かれバレるので述べておきます。一関・萩荘小のPTA会長です。教育振興運動のタイトルが目にとまり拝見しました。
 教振の理念や果たしてきた成果には敬意なり謝意なりはありますが、講演会や実践発表会を出席動員で体裁を作って開催することが目的化している現在の有り様には閉口しています。現役子育て世代も先生方も教育振興運動について何らのレクチャーもされず知らない人ばかりではないでしょうか。ハズレクジを引いてPTA役員になった一部の親と管理職となられた先生方だけが奔走しているのが実態ではないかと。私も実践発表の会場校になるまで運動の名称すら聞いたこともありませんでしたし聞かされた発表は学校もPTAも地域も日常活動を教振に当てはめて発表しているようにしか感じられませんでした。歴史的役割は終えている・終わっているように思えます。
 今年度、教育振興運動を活用してSNS対策をしようという方針も聞きましたが、教振と一般の保護者や先生方の関わり方の実態では活用できる母体などにはなり得ないとも思います。教振は名誉ある発展的解消をしPTAや管理職教員の皆さまのご負担を少しでも減らして各々の学校の学習活動と単P活動に傾注できないものなのかと切実に感じます。

Posted by: Mr.Peki-chan | 2016.03.04 at 11:05

コメントありがとうございました。実は以前に1度、ブログを読ませていただいたことがありました。説得力ある発言に「こういう会長さんもいるんだー」と感心しました。

 教育振興運動…あれこれ感じることはあります。このブログで記載した学校は、本当に地域にねざした学校で地域で子どもたちを育てていました。残念ながら少子化で廃校になってしまいましたが、その記憶はずっと残っています。

Posted by: サトマサ | 2016.03.04 at 18:56

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