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2012.09.23

学校における「木」の存在

先日、出張で他校へ。かつて私が勤務した学校である。ただ、今年から新しい校舎ができ、移転をしている。
新校舎に入るのは2度目。
駐車場に車を置いてから、「もう駐車場不足で困ることはないなあ」「急な坂で雪道をドキドキしながら行くこともないなあ」「校庭も広くなったなあ」と思いながら歩いて行った。
自分が勤務していた頃は、高台にあり冬などはよく下の公営駐車場に置いて、10分ほど歩いて出勤したものだった。先のような不便がなく、しかも新校舎。すばらしい環境である。

ただ、広い校庭を見ながら「何か今までの校庭と違うなあ…」と思いながら、新校舎に入った。
出張業務を終えて、改めて校庭を見て気づいた。以前の校庭をぐるっと囲んでいた木がなかったのである。
今までの勤務校は全て校庭には木があった。先の勤務校も桜の木を見ながらお花見給食をしたり、暑い時に日陰で子どもたちと談笑した記憶がある。また、子どもたちの絵の対象になり、「木の描き方はけっこう難しい」と感じたものだった。環境教育の一つとして、木に聴診器をあてて音が聞こえるかどうか試したこともあった。

現任校でも校庭の周囲には木が揃っている。大木もあるほどだ。
その存在は当たり前すぎて意識することはなかったが、他校の様子で改めて、学校における「木」の存在に気づいた。自分の実践は限られたものだったが、もっともっと木を意識した実践ができるのではと改めて思っている。

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