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2013.12.31

今年の振り返り2

昨日の続きです。

5 有田先生と一緒のステージに立てた幸せ

 ありがたいことに今年も多くの場で登壇させていただいた。県内や東京はもちろん、北海道・岡山・愛知・青森・宮崎・静岡等、広く行かせていただいた。模擬授業の回数も飛び込み授業の回数も多かった。一番は2月のフォーラムでの有田和正先生との同一テーマでの模擬授業。その場に居られることの幸せを感じた。あちこちに行かせていただけるのは声をかけてくださる方がいるから。本当に有難いことである。来年も1月、2月には多くの出会いが待っている。

6 書籍は発刊したが…

 すでに昨年時に執筆していた書籍を2月と3月に発刊することができた。自分にとって10冊目、11冊目の単著であった。1冊本を出すことが夢だったが、いつの間にか10冊を超えていた。これもすばらしい縁があってのことだと思っている。ただ、4月以降の執筆活動は停滞気味。チャンスは与えられているのにも関わらず、単発原稿がほとんどである。この点は大いに反省。さらに言えば読書についても停滞気味であった。これも反省。

7 学びのために出掛けた

 年を重ねるについて新陳代謝は不可欠。登壇は刺激になるが、自ら学びの場に出掛けることも大切だ。こちらも東京だけではなく、富山・北海道・宮城・秋田等、あちこちに行かせていただいた。特に11月~12月上旬の学び直しの1ケ月は価値があった。

8 あと8年あまり

 来年の4月になると教員生活もあと8年。今年度が第4コーナーを回ったところだったから、すでに直線コースに入り始めている。ゴールに向かってあとはまっすぐに走るのみ。次の世代にバトンを全力で渡すことが自分の大きな役割だ。不安も抱えてはいるが、力強く一歩一歩踏み出すしかないと思っている。

 皆様、1年間のご愛読、ありがとうございました。
 不定期更新を宣言してから、実際は今年は2回だけ休んだ形ですが、来年からは休む日がもっと増えることでしょう。このブログをどのような形にしていくか、少しずつ考えていきたいと思っています。

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2013.12.30

今年の振り返り1

今年も今日、明日で終了。恒例の年末の振り返りをしたい。いろいろな意味で「予想外」「想定外」が多かった年であった。

1 転勤で大規模校へ

 2年いた広瀬小から4月に転勤して常盤小へ。市の中心校、特色ある学区、そして5年ぶりの大規模校。今までの副校長職とは違う面も多かった。もちろんそれは自分にとってはプラスのことが多い。経験は財産になる。今までの経験を生かして日々の実務を行っているが、どのように学校を運営していくか…という点では今後したいことも多い。よき同僚と共によりよい方向に向かっていけばよいと思っている。

2 県国語研と地区社研

 転勤した学校では平成26年度に県の国語の研究大会が開催される。その前の年ということでプレ大会が11月に開催された。学校全体がこのような大会校になるのは久しぶりであり、それに向かっていく研究から学ばせていただいた。さらに会場校としての様々な運営は自分の仕事。これも貴重な経験だった。また、昨年まで「地区の社会科研究会を盛り上げたい」と願っていたが、今年縁があり事務局をさせてもらった。8月に1回目のセミナーを県の事務局長を講師として、2回目のセミナーは11月に帝京大学の鎌田先生をお招きして行うことができた。冬休みに3回目。この面での企画は満足のいくものだった。

3 県内での公的な発表・依頼が続く

 教育委員会・教育研究所・教育センター等の公的機関からの依頼も例年以上だった。登壇の場といえば県外が多かったのだが、花巻市教育委員会の依頼での飛び込み授業と講演、教育研究所での2年連続の研究会発表、教育センターでの講演依頼(これは来年)、そして地区副校長会での発表や他校からの依頼…等々。県のために貢献したいという思いは強いのでこれは嬉しいことであった。

4 家庭では…

 平和な昨年と違い、今年は大きな出来事が続いた。大変お世話になった方とのお別れ。そして12月になってからの思わぬ大きな大きな事…。これからの人生を考えた1年だった。今まで次の年は明るいもの、上向いているものと思っていたが、今は不安が大きいという事実。さらに子どもたちは大学と高校の卒業…どのような年になるのだろうか…。(つづく)

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2013.12.29

理論を知っているのと知らないことの違い

時々読む「私と先生」のコラム。
大島ミチルさんが出ていた。

○音楽理論を身に着けると、そこから外れた面白さがわかるようになりました。中心の軸がしっかりあるから、安心して挑戦できる。自分の軸をしっかりつくることの大切さを、先生は教えてくれました。

全くその通りだと感じる。授業も同じ。学級経営も同じ。そして学校経営も…。
「自分の軸は何ですか」と聞かれた時に、教師であれば答えられるようでありたい思う。

それにしてもようやく大島ミチルさんについて知ったという感じである。
実はもう9年前だが、NHKの「わくわく授業」の取材で佐藤学級が取り上げていただいた。できた番組を見た時に、音楽が大島ミチルさんだった。それ以来、様々な番組でお名前を拝見する時に気になっていた。
自分と同世代と知って、身近に感じた次第である。

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2013.12.28

学区を紹介すべきだった

研修会では、プレゼンの冒頭に簡単な自己紹介をしている。これは岩手県以外では自分の学校がある奥州市を知ってもらうことも目的にしている。また、遠い地では「岩手に来られた人?」とお聞きして、少し交流を図ってから本題に入る場合もある。これは場の雰囲気を少し和らげたり、地理的な興味を抱かせたりするのにも効果があると思っている。

一昨日の三戸郡の研修会では5回目だから…ということで学校の地理的な説明は省略した。同じ市内の転勤ということもあって、不要と思ったからだ。しかし、「奥州市」の話題になって、「学区のことを紹介すべきだった」…と感じた。
それというのも「アテルイ」を知っている方も増えているからだ。これはNHKで入ったドラマの影響も大きいであろう。学区にはその関連史跡も多いのに、簡単な紹介すらしないでしまった。

これからは自己紹介時に学校紹介もパッとできるスライドを準備しようと思っている。(日ハム・大谷選手がさらに活躍すると「隣の小学校出身です」というネタも入れることになるのかもしれない。)

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2013.12.27

三戸郡で講師役

お隣青森県での講師役。6年前に軽米町に赴任した。青森県まで車で5分のところに学校があった。
研究仲間の先生がおり、ぜひ三戸郡の視聴覚部会へとお招きを受けてから、5回目の講師役である。
毎回20名~30名程度の小規模の研修会であるが、学級と同じようにまさに適正規模。参加者の皆さんも熱心で反応がよい先生方ばかりで、県南(200km離れている)に赴任した今でも、お声がかかれば喜んで参加させていただいている。

今回のテーマはICT活用。このごろの講師や執筆活動の依頼の7割は授業づくり関係であり、残りの2割は教師論や仕事術である。ICT活用は1割ほど。ICT活用のみとなれば久しぶりだったので、あれこれ勉強し直したところもあった。これはこれで自分のメリット。アウトプットを引き受けるのは、結局は自分の得になる。

参加者の質問や感想もヒントになった。「してはいけないことは何ですか」という質問に頭をフル回転させたり、「雰囲気を真似たい」「授業術も学んでいる」という感想に内容だけではない部分の効果もあるんだなあ…と感じたりした。

今年の講師役はこれで終了。よい終わり方だったと思う。

※それにしても隣県でも「奥州」という地名は馴染みがまだないのだなあ…と感じた。「学校があるのは旧水沢です」と話すと「ああ…」という声。同じ岩手でも花巻、北上、一関は合併してもそのままの市名だったから違和感はないだろうが、隣県で話ヲする時には旧地名も併用していきたいと感じた。

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2013.12.26

世の中を学ぶこと

教職研修」の1月号で、「学び」ということでガツンを言われた感じがした。
陰山先生の連載である。

・学校管理職と一般の教職員との決定的な違いは、学校管理職は学校外の人と交わる機会が圧倒的に多い、ということです。

・学校外の人と話すにあたって、何を学んでおかなければいけないかというと、まず世の中の経済のことや、一般的な常識・教養です。このあたりは、実は学校の先生方が最も弱いところではないでしょうか。

・とりあえず新聞を読む際にも、教育の話題だけではなく、経済・外交・内政状況などについてもしっかりと目を通してください。

・(教育再生会議の場で)「私はそこのところは門外漢でわかりませんが、学校はこうなんです」などと言っても、相手にされないのです。ちゃんと一般教養をふまえたうえで発言をしなければいけません。

何とも耳が痛い言葉ばかり並ぶ。
自分自身、世の中のことはよくわかっているとは言い難い。しかも社会科教育を自分の中心として位置付けているのだから、当然知識は必要だ。それなのに…という感じである。
今は学ぼうと思えば情報は入手しやすい時代である。大都市に住んでいようが、岩手の一地方都市に住んでいようが関係ない。もっと世の中のことを学ばないと…。

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2013.12.25

年末の行事を話す

本校は今日が2学期の終業式。
担任時代は年末年始の行事についてよく話をしていたものでした。
今日は大みそかの日について。

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1 「大みそか」の意味は

 十二月三十一日は大みそかです。
 もともと「みそか」は「三十日」と書きます。月の三十番目の日という意味です。そこから、月の最後の日を「みそか」と呼ぶようになりました。そして、一年の最後である十二月は「大」をつけて「大みそか」となったのです。
 今は新年が夜の十二時になってからですが、昔は十二月三十一日の夜からが新年と考えられていました。ですから、十二月三十一日はすでに新しい年の始まりでした。その夜に食べる正式な食事を「年越し」と言っていました。また、年越しの夜は「除夜」と言います。この日は神様を迎えるために一晩中起きていると習わしがあります。皆さんが大みそかの日に遅くまで起きているというのには意味があるのです。

2 年越しそばの言い伝え

 年越しと言えば、すぐに思い浮かぶのが年越しそばでしょう。これにはいくつかの言い伝えがあります。
 まずは、そばは細くて長いものですね。それと同じように、人生も長く健康で生きることができるという願いがこめられているというものです。
 また、そばは切れやすいものです。一年間苦労したことをすっかりと切って、新しい年を迎えるという意味もあります。
 江戸時代には、金粉を集めるためにそば粉の団子を使ったことから、年越しそばを食べると「お金がたまる」という言い伝えもあります。
 いずれ年越しそばに人々は願いを込めていただいていたのです。

3 除夜の鐘はいくつ鳴らす

 大みそかの夜を「除夜」と言うことは先ほど話しました。
 「除夜」と言えば、「除夜の鐘」が有名ですね。十二月三十一日から元旦にかけて鳴らす鐘です。いくつ鳴らすか知っていますか。そうです。百八です。
 これは「人間には百八つの煩悩(ぼんのう)がある。煩悩とは簡単に言えば「心を苦しめるもの」です。それらを打ち払うために百八の鐘をつく」という意味があります。十二月三十一日に百七回うち、新年になってから最後の一回をうつお寺が多いです。
 新たな気持ちで除夜の鐘をききたいものですね。

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2013.12.24

担任からの「積極的な情報発信」

こちらに大阪大学の小野田先生の「親にとってよい先生とはどのような先生か」という記事が掲載されていた。

・親にとって「よい先生」というのは、「子どものことをちゃんと見てくれている先生」
・ただし、この場合「本当に見てくれているかどうか」の問題ではなく、親にとって「見てくれていると感じられるかどうか」
・日常での細かいことの積み重ねがモノを言うことが多い
・例えば、連絡帳のちょっとしたひとこと、クラスのささいな決め事(例:席替え、係の決定)とその理由、授業のために家から持って行かなければいけない教材などで、安心したり不安になったりする

これらのことはよくわかる。そして、確かな学級経営をされている先生方は実にこまめだ。
自分もこまめになろうと努力をしたつもりである。学級通信は信頼度を得る大きな武器と感じてからは、日刊で発行するようになった。もちろん、個々の連絡も大切ということで、連絡帳、きらきらカード(その子のよさをほめる個人カード)、電話連絡、家庭訪問もこまめに行った。
いわば担任からの「積極的な情報発信」だ。

このような発想は、今も変わらない。「学校からの積極的な情報発信」を今も心がけている。

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2013.12.23

天皇誕生日子ども向け小話

1 憲法第一条「日本国の象徴」
 十二月二十三日は天皇誕生日の祝日です。今の天皇陛下の誕生日です。
 天皇は日本国憲法の第一条で「日本国の象徴」とされています。古代から代々受け継がれてきて、今の天皇は百二十五代です。
 六年生の社会では、天智天皇や聖武天皇、明治天皇について学習をします。天皇は日本の歴史の中でも大きな役割を果たしてきました。
 天皇誕生日は時代によって変わり、昭和時代は天皇誕生日の祝日は四月二十九日でした。今は「昭和の日」になっています。

2 「平成」という元号
 天皇の在位期間を表すものが元号です。今は「平成」です。
 もともと平成という名前の由来は、「内外、天地とも平和が達成される」という意味です。一九八九年一月八日から「平成」という元号が使われています。この平成という元号は、当時、特別のグループがいくつかの候補から選んだものです。
 ちなみに平成の前は昭和、その前は大正、さらにその前は明治です。それぞれの元号で天皇は違います。

3 天皇の公務
 ところで、天皇陛下はどのようなお仕事をされているのでしょうか。
 日常では多くの大事な文書を一つ一つを丁寧にご覧になって、毛筆で署名されています。その文書の数は一年間で三千件以上です。
 また、数多くの儀式や行事にも出られています。植樹祭や国民体育大会等の大きな行事で、ご挨拶をする機会もあります。皆さんもテレビで、行事に出られるお姿を見たことがある人もいるでしょう。
さらに、外国の大切なお客様にもお会いして、一緒に食事をする場合もあります。日本を訪れる外国の代表の方々にとっては、天皇陛下とお会いすることを名誉なことです。
 天皇陛下ご自身も、国内だけではなく、海外を訪問される機会も多いものです。皇太子時代から数えて五十数ケ国訪問されたと言われています。
 このような天皇陛下のお仕事により、外国人も日本に対する理解や信頼を深めているのです。

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2013.12.22

冬至の行事で風邪を吹き飛ばそう

1 昼が一番短い日

 冬至は一年で一番昼が短く、夜が長い日です。年によって違いますが、十二月二十二日ごろが冬至の年が多いです。夏や秋などと比べて、日が暮れるのがこの頃は早いですね。この日を境に昼の時間が長くなっていきます。
 昼の時間が長くなるということは、太陽が出ている時間も長くなるということです。そこで、「太陽の力が復活する日」という意味で「一陽来復(いちようらいふく)」の日とも言います。

2 かぼちゃを食べる

 冬は食料が入りにくくなります。また、生命の源である太陽が出ている時間も少ないために、昔の人々は生活の不安を感じていました。そしてその不安をなくそうとお祈りをしました。その時の貴重な食べ物の一つがかぼちゃです。「今日は冬至だからかぼちゃを食べなさい。風邪をひかなくなるよ」と言われたことがある人もいることでしょう。
 かぼちゃは保存がきき、しかも栄養の減り方が少ない野菜です。江戸時代、冬場に野菜が不足しビタミン類が減るということで、冬至にかぼちゃをたべるという風習ができたのです。
 また、食べ物と言えば、この日に「ん」のつく食べ物を食べると「運をよぶ」という言い伝えがあります。たとえば、かぼちゃの別名の「なんきん」、「みかん」などです。他にはどんなものがありそうですか。「れんこん」「にんじん」「だいこん」「ぎんなん」などがありますね。

3 冬至は「湯治」(とうじ)

 冬至には柚子(ゆず)を入れたお風呂に入る風習があります。お湯につかって病を治すことを湯治と言います。冬至と湯治をかけているのです。
 もちろん柚子を入れるのにもわけがあります。柚子のお風呂は、血のめぐりをよくしたり、体を温めて風邪を予防したりする効果があります。また、柚子に含まれているビタミンCは肌にいいと言われています。いい香りも、気持ちをリラックスさせる効果があります。
 柚子のお風呂に入りながら「一陽来復」と唱えるとさらに幸せになるという言い伝えもあります。柚子のお風呂に入る人はさっそくやってみるといいですね。

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2013.12.21

情報モラルの授業

昨年度までは小規模校管理職ということで補欠授業にはわりと多く入っていた。何せ「担任外」で教員免許状をもっているのは管理職のみだけだったので、必然的に自分が入っていた。

今年度、大規模校に赴任してからは、担任が多く不在になるという場合のみ、補欠授業に入る。月に数回といったところ。それもテストや自習的な課題が多く、授業を進めるのはごくごく限られた場合だった。

それがちょっとしたことから、4年生以上の各学級で情報モラルの授業をすることになった。
優れものの教材を使わせていただいているので、子どもたちのためになっていると思う。担任も自分の授業を見て、「この教材があれば自分でも…」と思っているようである。

さて、この情報モラルの授業の中で、子どもたちと話し合いをするうちに、子どもたちとネットとの関わりはどんどん進んでいるな…と感じている。公的なアンケートとは別に、日常的に子どもたちの情報を収集する必要性を感じる。
情報モラルの授業をすることで、それらの把握もしやすくなると思っている。
12月は2学級だけだったが、冬休み明けには別の学級でどんどん行う。楽しみである。

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2013.12.20

ユニバーサルデザイン授業特集の雑誌&本

2014年1月号(2013年とも間もなくお別れなんだなあ…)の「総合教育技術」誌の特集はユニバーサルデザイン授業だった。
11月の研修会以来、興味をもって本をあれこれ読んできていただけに、納得の特集であった。桂先生による理論的な紹介の他に、研究者のコメントも掲載されている。本校でも何らかの動きができないか、先生方と話しているだけにこれらは貴重な資料となりそうだ。

実践例は国語や算数が多いのであるが、社会科でのユニバーサルデザイン授業の本も出版されている。
社会科授業のユニバーサルデザイン」(村田辰明著 東洋館出版)である。小学校の社会科本の発刊が少ない中、この本は今年の自分の読んだ社会科本として一番ヒットしたものであった。12月に学習会でコンビニェンスストアの模擬授業をしたが、この本を読んで「コンビニ授業をやってみたい」と思い、一部ユニバーサルデザイン授業風にやってみた。こちらもお勧めである。

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2013.12.19

教育センター発表会社会科分科会で講演

年に1回、県総合教育センター等で行われる「岩手県教育研究発表会」に今年度は登壇する。
4年ぶりである。
前回は校内研究会の改善のパネラーだったが、今回は社会分科会での講演である。
「社会科における授業改善の視点」という内容で話せていただく。
(プログラムはこちら

教育センターのこの発表会での登壇は4回目だが、社会は初めて。1回目は平成13年度の情報教育の発表。2回目は平成19年度の校内研究会の授業研究(水沢小が丸ごと研究授業+研究会+協議会)。3回目が先のパネラー。その点で、今回の講演については嬉しいことだと思っている。
1度社会分科会に出た時には、人数は60名ほどだったと記憶している。講演するにはちょうどよい人数だと思っている。楽しみである。

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2013.12.18

小さな小学校の大きな活躍

管理職になって赴任した時に1年生だった子どもたちももう6年生。
その子たちから、卒業文集の原稿依頼が届いた。複式小規模校故に毎年手作りの卒業文集。個人のページもふんだんにあり、ある意味「贅沢な」文集だ。
依頼が届いた翌日にさっそく原稿を書いて送付した。(こういう子どもたちからの依頼はすぐに手を付ける。早いにこしたことはない。)

たった4人の1年生だったが、給食のお世話に行って「先生がすることは?」と聞くと、いつも「何もありません!」と自分たちだけで何でもできる1年生だった。
一緒に裏山でスキーを習ったのもよき思い出。スキーはほとんどしたことがない自分は、1年生と一緒に真剣に学んだ。
手作り文集に慣れていることもあり、県の小中学校新聞コンクールで最優秀賞を今年受賞したと聞いている。その様子がこちらのブログに掲載されている。

まさに「小さな学校の大きな活躍」である。
この笹渡小も3月には閉校。軽米町内の小学校が次々と閉校・統合となっていくが、これも自分がいた頃からすでにあった計画。
淋しいのはもちろんであるが、あの小学校での貴重な3年間の思い出は初めての管理職の思い出と共に、ずっと記憶に残っていくであろう。

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2013.12.17

屈辱があるからこそ…

平日はニュース以外ほとんど見ない(見れない)テレビ。だから新聞の平日のテレビ番組欄も見ない。
昨日、たまたま9時台のNHKニュースの後、そのまま映していたらこちらの番組が入った。
イチローの言葉は説得力があり、自分の雑誌連載原稿にも引用させていただいたことがあった。
(「小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただひとつの道」)

昨日の番組も価値があった。出てくる一言一言に共感する。
一番印象に残ったのは、「屈辱」とも言える今シーズンの扱い。
4000本安打の10日後に、勝負が決まった試合で8回に代打として起用されたこと。スタメンを休ませるための措置で通常は新人の役割。しかも監督に「出るか否か」と聞かれている。その聞かれること自体も屈辱なのだが、あえて代打として登場し、アウトになる。それを「自分がずっと忘れてはいけないこと」と位置付ける。

自分の置き換えてみる。若い時、中堅の時には悔しさが常時だった。実践がうまくいかない悔しさ、自分が無知の悔しさ、認められない悔しさ…それが自分の学びの原動力になったのは確かである。
今ももちろん「改善しなければ」という思いはあれこれあるが、若い時や中堅の時とは明らかに違う。その点でこの番組はいろいろと考えさせられた。

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2013.12.16

つぶやきより

フェイスブックでのこのごろのつぶやきより

・北上での岩手ユニバーサルデザイン授業研究会に参加。筑波大附属小の桂先生から学ぶ。本校からも7名参加したことが心強い。発表場面で指名されて少しドキドキ。自分が講師役の時には平気で先生方を指名して「子どもたちの指名される気持ちがわかりましたね」と時々言っていた。今回は自分も実感(笑)。国語の話であったが、社会科で応用できるヒントもたくさん発見できた。

・花巻の野口芳宏先生の講座で初任校時代に同学年を組んだ先生と久しぶりにお会いする。その方も私も20代だった。あれこれ雑談しているうちに、当時自分が野口先生の本を何度も貸したことが野口塾に通うきっかけだったとのこと。自分は貸したこと自体忘れていたが、自分の行いが今につながっていることを嬉しく思った。

・2度あることは3度ある…一昨日、昨日に続き、今日は校務で出掛けたお店で初任校で1年生を担任した時の子と二十数年ぶりに会った。受け持ったのが平成元年。当時は小さかったのに(当たり前だが)、今は2歳ぐらいの子を抱っこするママになっていた。持ち上がった2年目は、始まる前の生活科の先行実践が楽しくてしようがなかった。新たに創る喜びをあの学級で味わったことを思い出した。

・部会研究授業(学団+希望者)を行った若手教員が希望参観した先生方に出向き、「今日の参観ありがとうございました。お気づきになったことを教えてください」と回っている。私のところにも来たので率直な感想を述べる。必死にメモをしていた。参観した先生に若手教員があとで尋ねに行くというのが本校では多い。きっとぐんぐん伸びていくだろう…と優秀な若手教員たち(本県は採用が狭き門)を頼もしく思う。

・「大変ということは大きく変わるチャンス」ということをかつて聞いたことがあった。今の自分にヒット。どのように大きく変われるか。楽しんでいこう。

・札幌での学校視察で大きなヒントを得ることができた。やはり移動距離を大きくした分、得るものは大きい。そして念願の急行はまなすのカーペット車。大学時代は青函連絡船のカーペットで津軽海峡を渡ったことを思い出した。今回も思い出深い北海道紀行になった。

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2013.12.15

グローバル化に対応した英語教育改革実施計画

13日に文科省から発表されたこちらの計画。
2020年を見据えてということであるから、自分もまだ現職である。どんどんと時代は変化していることを実感している。
英語教育がメインの計画であるが、自分は次の内容に注目した。

○日本人としてのアイデンティティに関する教育の充実について

具体的には資料の7ページ目に詳しいが、

○伝統文化に関する学習内容を充実:そろばん、和装、和楽器、美術文化等の充実、武道の必修化
○歴史学習の充実:・小学校-我が国の文化遺産の学習を新設

ということであれば、自分が今まで研究してきたことも生かされそうである。自分にとって一つに役割があるのではないかと実感している。

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2013.12.14

日本が誇る鉄道技術

先日北海道に鉄道で行ったおり、3分ほど到着が遅れた。ほとんど日常生活には影響がないと思われる時間なのであるが、律儀にも「遅れてご迷惑をおかけしたことをお詫びします」とアナウンスしていた。まあ、遅れた際の約束事なのかもしれないが、それぐらい「正確に運行されている」のが当たり前になっている。
車中ではJR北海道の機関誌で北海道新幹線が2016年には開通…という記事を目にした。随分先の話だと思っていたが、もう2年半で開通。青函連絡船の時代と隔世の感がある時代になるんだなと感じた。
子ども向けに4年前に書いた以下の文章も少しずつ修正していかなければいけないと思っている。
ただ、書かれている内容はまさに日本のよさである。

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1 「正確」な日本の鉄道
 日本は世界でも鉄道をよく利用する国です。日本で一番利用されるのはJR新宿駅で、一日だけで七十万人以上の人々が乗り降りします。これは世界一と言われています。
 日本の鉄道の特徴は何といっても運行時刻の正確さにあります。たとえば、先の新宿駅では、朝や夕方では三分程度で電車が来ますがほとんど遅れることはありません。これは新幹線も同じです。外国の人が日本の列車に乗るとその正確さには驚きます。というのも、外国では数分程度の遅れは、遅れたうちに入らないことが多いからです。
 また、安全性も評判です。新幹線ができたのは一九六四年ですが、大きな事故はありません。
 時刻に正確で安全性も優れている。これが日本の鉄道です。

2 新幹線の開発への努力
 今、新幹線は日本各地をつないでいます。時速は三〇〇kmを超えます。
 ただ、新幹線ができる十数年前まで、日本の鉄道の最高速度は一〇〇kmにも届いていませんでした。その頃の外国に比べてこれはかなり遅いスピードでした。
 それが新幹線建設と共に技術開発が進み、最初の東海道新幹線の最高速度は時速二一〇kmと、世界で初めて二〇〇kmを超えました。この技術の高さは世界でも驚かれました。
 ちなみに今も新幹線の技術の開発は進んでおり、最近では中国やイギリス等に新幹線を輸出しています。日本の技術が世界で役立っているのです。

3 海の底を行く青函トンネル
 ところで、北海道と本州が離れているのは知っていますね。ところが、北海道と本州は鉄道でつながっているのです。もちろん海の上を鉄道が走っているわけではありません。海の下に海底トンネルが通っているのです。青函トンネルと言われているこのトンネルの長さは五十三.九kmです。海底部をもつトンネルとしては世界一です。
 このトンネル作業は大変なものでした。海底の下にあるため、土は弱く、水が流れてくる危険も大きかったのです。その中で工事開始から二十七年をかけて、鉄道が通ったのです。
 いずれは北海道にもこの青函トンネルから新幹線が通ります。高い技術で日本は北海道から九州まで新幹線で結ばれることになるのです。

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2013.12.12

花まる先生の動画

週に1回の朝日新聞の「花まる先生」を楽しみにしている。
特色ある実践は何らかのヒントになる。
ところで、いつの間にか、このWeb版にその先生の動画が掲載されていた。
これは有難い。文章や写真だけでは伝わらない授業の様子が数分だけの動画でもわかるからである。
内容によっては、教員研修でも活用できるのではないか…そう感じる。
これからも週1回、注目していきたい。

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2013.12.10

不定期更新となります

お知らせです。
本ブログを明日から「不定期更新」といたします。

2004年から開始したこのブログも10年を迎えます。
基本的には毎日更新(事情がある数回の時期を除き…)をしてきましたが、「何事にも新陳代謝は必要」「一区切りがそのチャンス」と考えました。
これは急に思いついたというわけではなく、数年前から考えていたことです。「いつかはブログを閉じよう」と考えていますが、自分がこのブログを通して貴重な振り返りができたり、様々な出会いの中継点になったり、時には「佐藤正寿」という教師の表現メディアにもなっていたりすることを思うと、今回「閉じる」までには至りませんでした。

まずは、不定期更新から始めます。
どうぞよろしくお願いいたします。

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2013.12.09

学びの列車の旅

先週の木曜日の夜から土曜日まで「学びの鉄道の旅」をしていた。

・木曜日の退勤後に函館まで
・金曜日は札幌まで足を伸ばし、学校視察
 その夜に夜行急行乗車
・土曜日の朝にいったん岩手下車。その後東京の学習会へ…。

岩手から札幌は飛行機だと1時間足らず。奥州から空港までのアクセスを含めても2時間あまりあれば、千歳空港に到着する。
そこをあえて鉄道で行ったのはこちらのチケットがあるからだ。50歳以上限定であり、誰でも購入できるわけではない。こんな時に、「年をとるのも悪くはない」と思う。
帰りの急行「はまなす」ではカーペット車で寝て帰ってきた。これも貴重な経験。

もともと、このような移動が好きなのは大学生時代のワンダーフォーゲル部の経験による。当時は、「周遊券」というのものがあり、確か北海道1ケ月乗り放題で学割で2万円ぐらいだった。それを使って、大雪山に登り、帰りに札幌によって帰ってきた。行きも帰りも青函連絡船で泊まって移動(でもわずか4~5時間だったような…)したので宿泊費もかからなかった。
今の年齢では若い頃の体力はないが、当時を思い出すという意味でもこのチケットは嬉しい。今年度も有難く使わせていただいた。

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2013.12.08

研究会で模擬授業

研究会で模擬授業を行った。多くの授業の目利きの皆さんの前で授業ができることの有難さを感じている。
今回扱う題材はコンビニエンスストア(3年)。堀田先生には、「学習者の様子の把握が授業の組み立てや指名に明示的に活きる様子を見せてもらえた。」と評価していただいた。

これは、事前に参加者にコンビニの自主学習をお願いしたということである。その内容をもとに授業の組み立てを再構成したり意図的指名をしたりした。

思えば中学年の担任時代(3年生担任の最後が1997年、4年生担任の最後は2002年)には、よく○○日記を書かせたものであった。買い物日記、コンビニ日記、ごみ日記、まちたんけん日記等である。その単元の一週間前から自主的な調べ学習を日記という形で気軽に書かせていた。全員強制ではなく、書ける子は書いてねというスタンス。でも帰りの会に調べた子のものを発表すると、そこは中学年。次の日には、波及をしていた。
そこから得た情報も授業の中に組み入れていたものだった。

その一部を今回模擬授業の取り組みで再現した。模擬授業では初めての取り組みだった。自分自身の模擬授業もどんどん変わらなければいけないと思う。

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2013.12.07

自主視察で学ぶ

自主視察を行い、今の自分の仕事のためのヒントをいくつも得る。
自分の理想のイメージをもつことの大切さをつくづく感じる。
日常の学校を視察できたこと一番である。
簡単に10のメモ。

1 「子どもを守る」ことを徹底
2 機能を重視した校長室、職員室設計
3 職員のプレゼン能力を磨かせる
4 教室によく入って指導
5 こまめな節電と思いやりのある椅子
6 日常研で日常の授業改善
7 トラブル対応の先頭に立つ
8 「経営者」としての管理職
9 地域への学校の宣伝マン
10 学校にとっても地域ボランティアにとってもメリットのあるしくみ

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2013.12.06

「改善の連続」

10月に仙台で開催された全日本教育工学研究協議会大会の堀田先生の講演がこちらに掲載されている。

すばらしい御講演だったことをネット上でお聞きしていたので、他重要用務で聞くことができなかった自分にとっては有難い。
その中で目についたのは、「改善の連続」と言う言葉。「変革までいかないとしても、今あるもので改善していく」…今の職務にとって、また自分自身にとっても心に入ってくる言葉である。
今日の視察で大きな大きなヒントを得ることができた。明日からさっそく改善の連続である。

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2013.12.05

他業種から学ぶ

立場上、様々な業種の皆さんと接する機会に恵まれている。
また、個人的にもいろいろな「窓口の様子」に注目している。
職員室にいる自分が「学校の窓口」になることも多いからである。

・昼休みに行くといつも電気を消している市役所(節電意識の徹底)
・今まで座って対応していた郵便局がいつの間にか立っての対応が原則となっていた
・医院の電話予約ではあらかじめ「土曜日は混むので10時半に予約しても12時近くになります」と告げられた。そのような見通しがあるから、逆にその時間にすることを用意して待つことができた。
・きちんとしたお茶出し…自分もやむをえず出すことがあるが、かなりいい加減。

他業種さんの様子に触れて自校を見直す感じである。
ただ、本校のよさとして、職員室内で来校しているお客さんに職員室に入ってくる先生方がきちんと挨拶をすることがあげられる。
子どもたちの挨拶も自慢であるが、これも自慢だと思っている。

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2013.12.04

失敗談が楽しい

教育振興会の講演会に参加。
岩手では有名なフリーアナウンサーの後藤のりこさんの講演会だった。
教育関係者以外の講演会を聞くのは好きである。回数は多くはないが、奥州市にもけっこういろいろな方が見えられるので、チャンスと思い都合のつく限り参加している。こういう時にはあえてメモをとらず、「講演を楽しむ」感じで聞いている。終わったあと、「楽しかった」「元気になった」となれば言うことはない。そこまでいかなくても、生きて行くうえでのヒントが一つでも得られただけでも足を運んだかいがあったと思う。

さて、後藤のりこさんの講演は、アナウンサーらしく実に聞きやすいものだった。「話し方」「声の出し方」が大事なんだな…とつくづく思った。自分は聞きやすいのだろうか?反対では?とふと思う。
カウンセラーとしての立場もあり、人間理解の話は示唆に富むものだった。
しかし、それら以上に会場で一番ヒットしたのは、アナウンサーの失敗談だった。「毛越寺」を「けごしでら」と読むような間違い等、会場がどっと沸いた。(正しくは「もうつうじ」。世界遺産になっているが、県外の人には読めないであろう。私も岩手に来た時には読めなかった…)

そして、話を聞きながら、自分の最初の本にも「教師の失敗談を話そう」と書いたことを思い出した。しかもそれは、その本の最初のページ。教師と子どもが親密になるコツの一つとして紹介したのだった。
補欠授業で各学級に入った時でもその考えは変わらず、時々時間がある時には失敗談を話す。子どもたちは興味をもって聞いてくれる。
若手教員にも自分の若手時代の失敗談を話す。若手教員がホッと表情が和らぐ。失敗談を出してよかったと思う時である。

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2013.12.03

教え子の訪問

初任時代の教え子が私を訪ねてきた。
正しく言うと、自分の職務の一環で本校副校長宛の訪問である。
事前に連絡をもらっていたが、「よく本校副校長と知っていたね」と告げると「検索したら学校ブログで先生が副校長だとわかり、事前に連絡しました」ということだった。
学校ブログに管理職名を記載して初めて役立った感じだ。

訪問を受けてまずは職務に関わること。大型車が本校学区を通行するということで説明を受けた。
その面が早く終わったので、初任時代の思い出を談笑。
子どもたちと出会う前日、当時の校長から「初任の子どもたちは忘れられない」と言われていた。
これはまさにその通り。初任時代のエピソードや子どもたちの言動は今もはっきりと覚えている。もう28年も前のことなのに。
訪問してきた子(もう37歳だが)も、家庭訪問のエピソードやミニバスのこと、帰りの会での爆笑発言等、懐かしい思い出を語った。
自分の授業力も学級経営力もなかった時代。強く印象に残っているのは「休み時間、いつもサッカーで一緒に遊んだこと」と言われた。確かにそうだった。力がない分、親密度は歴代学級でも1番だった。

話してみて、若手教員には若手教員の役割があると感じている。力がなくても、別の面での強みがあることだ。自分のそのような経験を伝えていけたらよいと思っている。

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2013.12.02

指導法の共有

教育ルネサンスで秋田県の事が出ていた。
東成瀬村は本市の隣に位置する。といっても車で1時間以上かかるのであるが…。
10月の教育フォーラムが湯沢市で開催された時に、この東成瀬村を通って行った。

さて、記事中に阿部昇・秋田大学教授が「秋田、福井両県の学力が高水準なのは、普段の授業の質が全体的に高いからだ。教員が授業研究や研修に熱心で、教員間で指導法が共有されている。他県でも教員のレベルアップを考えてはどうか」と述べている。
確かにあの時の教育フォーラムには多くの皆さんが参加されていた。毎年県内各地を回るので、秋田県の教員なら数年に1回は参加して学ぶことであろう。これは大きなことだ。

この時に注目したのは「撮影・録画フリ―」ということだった。一般的には授業中の様子は「撮影も録音もお控えください」というパターンであろう。ところが、秋田の教育フォーラムでは「自分の研究や校内での情報共有化のための写真撮影や録音はOK」ということだった。(もちろん、ネットにアップ等はNG)
「よいものをより広める」という目的がフォーラムの趣旨の一つであることを強く感じたのであった。

ところで、阿部教授については、来年度はとある関係でお話を聞く機会がありそうだ。これまた楽しみである。

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2013.12.01

明日の教室満員御礼&教師力アップセミナー

今年度は自分にとって「愛知イヤ―」であり、5回お話をする機会をいただいた。(昨年12月末の名古屋への家族旅行が縁結びとなったのかもしれない。)
うち3回は8月に終了。残り2回は1月と2月である。

その1月の分の「明日の教室」については満員御礼となった。1ケ月半も先のことであるが、30名定員ということもあり、早い告知で早い受付終了である。(ただし、その後キャンセルが出れば「あと1名」になったりする)

2月には「教師力アップセミナー」に登壇する。当初は有田先生の登壇予定だったが、療養中ということでご縁をいただいた。任は重いが自分なりに力いっぱい行いたいと思う。こちらは6年ぶりの登壇となる。会場は小牧市の北の大口町。初めての土地に行くことも楽しみである。

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