最後の学級通信
昨日、対応業務があり学校に行ったら、6年担任が学級通信を書いていた。卒業式が明日の18日だから、おそらく最後の通信になるのであろう。
そういえば、自分の場合には、最後の学級通信は「思い出」という定番のものだった。
一人一人についての思い出を書くのである。
「もう一つの通信表所見」という感じで自分も気に入り、力を入れて書いたものだった。
次のような感じだった。
■Aくん
音楽のテストで君が歌ったあと、必ず学級は「オーッ」という歓声につつまれた。もちろん上手だからだ。何せ実力は市内一、県でも有数の君のこと。でも、それに至るまでには君も努力したはずだ。何もしないで、歌がうまくなるわけがない。そういう点では、努力の意味を君はよくわかっている。これからは、その努力を他のことに広げることが一番大切!
■Bくん
舞台は運動会、あるいは球技大会。がんばる選手たち。盛り上がる応援団。いつもその輪の中心に君はいた。あらん限りの声をふりしぼり、「何やってんだ!」「いいぞー!」と仲間を勇気づける励ましを君は言っていた。君の声や手拍子で、どれだけ学級がまとまったことか。みんなもそれは知っている。「明るさの配達人」-それを中学校でも生かしてほしい。
■Cくん
何の授業の時にも、「熱心」という言葉があてはまる君。質問もしょっちゅうしていたし、発表も積極的。跳び箱では「先生、みてください!」と言う。しかし、一番印象に残っているのは別のことだ。歌を歌う時の君の表情がそれだ。意外と思うだろう。真剣な表情、真剣な歌いぶりは人の心を打つものだ。そして、それはいつまでも人々の記憶に残っていく。
■Dくん
誰もが認める君の運動神経。運動会、陸上記録会、そしてミニバス。いつもトップを走り続けていた。しかし、それ以上に評価したいのは君が学校のリーダーになろうと思っていた点だ。企画委員の仕事をやりとおした経験は、スポーツとはまた別の価値がある。自分たちで仕事を考え、うまくいかない時には別の方法を考える。難しいことだけど、よくやり遂げたと思う。
■Eくん
「6年1組は楽しかった」とほとんどのクラスメートは答えるはずだ。その理由の一つに、「お楽しみ会が多かった」ということがあげられる。そして、それらの活動は君抜きには考えられない。企画力、仕事の段取りなどは、授業で教える機会は少ない。どこから、あんな力を得たのか。そして、時間の使い方の上手さ。ビジネスマン顔負けだった。
■Fくん
君が自立していると思ったのは、図画の時間だ。文化祭の絵。多くの子たちが、2~3人で同じ場所で風景画を描くのに、君は学校の坂に一人でいた。自分だけの絵にするために、納得のいく場所を選び、一人黙々と画用紙に向かう。考えてみれば、孤独な作業である。しかし、多くの芸術は孤独の中から生まれたのだ。それを知っていた君は、もはや芸術家だ。
■Gくん
言葉遣いがきちんとできる人は信用される。この2年間で君の一番変わった部分は、その言葉遣いである。ただ、丁寧というのではない。オアシス(オハヨウゴザイマス、アリガトウゴザイマシタ、シツレイシマス、スミマセン)が完璧なのだ。こちらが元気になる挨拶はなかなかできない。そして、感謝の気持ちを持っていても、それを態度に表さない限り人には伝わらない。君はそれができた。
これを最初にしたのが教員生活4年目で初めて6年生を担任した子たちだった。今は37歳になる子たちだ。先日FBでその時に担任した子のお子さんが小学校を卒業したことを知った。初の卒業生が平成元年。今年は平成26年。確かにそれぐらいの歳月が過ぎているな…と時の流れを感じた。
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