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2015.06.27

教育実習の思い出1

昨日まで教育実習生が来ていた。
勤務校の卒業生の大学4年生。栄養教諭の資格をとるための実習である。
1週間の短期間であったが、毎日熱心に実習に励んでいた。授業も2本行った。
担当は他の先生方であったが、私も法規・学校広報・ブログ更新演習等、3時間のレクチャーを行った。
本校の先生方みんなで応援をした実習であった。
教育実習で大切なのは、「教員という仕事はたいへんな面もあるが、基本的には子どもの成長に携わるすばらしい仕事」ということを感じてもらうことだと思っている。
今回はその面を感じてもらえたのではないだろうか。

さて、私自身の教育実習はもう30年以上も前のことだ。大学の付属小と市立中学校だったが、あの時の教室、雰囲気、一緒の仲間、教官、そして子どもたちのことは今も強烈な記憶をして覚えている。(考えてみたら当時の子どもたちは、もう40代だ!)
かつて、学級通信に当時の思い出を書いたことがあった。2回にわたって紹介する。

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■その1  教官に怒られる

 教育実習の初日のこと。
 誰が何の授業をするのか割り振りをすることとなった。
 同じクラスに配属された実習生6人で話しあうのである。
 そうじの前に、そのことについて放送があった。
「実習生の皆さんに連絡します。授業計画用紙をできるだけ早く出してください。」と。
 目の前で子供たちは机を運び始めた。実習生6人は、そうじに行ったらいいのか、計画作りを優先させたらいいのか、わからなかった。
 そのうち一人が言った。
「実習生室に行って相談しよう。」
 そうじの時間に、授業計画はできた。そして、5時間目の授業に臨んだ。

 ところが放課後、担当のY教官に怒鳴られてしまった。
「子供たちのそうじも見ない実習生がどこにある!」
 (こっちにはこっちの理由があるのに!)と思ったが、教官が怒った真意をよく考えてみた。
 子供たちが学校にいる限りは、何事も子供たちのことを優先すべきという当然の原則がある。私たちはそれを間違えていたのである。何も「今すぐに」授業計画を出すのではない。
 「そうじを優先させるべきだった」・・・このことを悔やんでも後の祭りである。

 この件で実習生たちはがっくりしてしまった。アパートに帰ってからも怒鳴られたショックが尾を引いた者もいた。
 「いやだなあ」と思いつつ、翌日Y教官に接すると、昨日のことには全く触れない。それどころか、子供たちに接するのと同じ笑顔で私たちにも接する。
 「ふだんはやさしいが、怒るとこわい」・・・教師にとって大切な資質を私たちにも示してくれた教官だった。

■ 45分間の授業が1分の説明に負ける

 怒鳴ったY教官は算数が専門であった。
 実習生の中にT君がいた。数学研究室である。当然実習授業も算数を選択した。

 そのT君が顔をゆがめる。平行四辺形の問題で、プリントを一生懸命説明するのであるが、子供たちは(わからない)という顔をしている。
 T君は、さらに説明や質問を加えるものの、説明をすればするほど、子どもたちは困惑したような顔をする。

 授業の原則の一つに「発問はやたら変えてはいけない」ということがある。発問がころころ変わったのでは、子供たちは混乱するばかりである。
 ところが、実習生の悲しさ、そんな原則など知るわけがない。

やがてチャイムが鳴る。次の授業もある。
 やむを得ない。Y教官の登場である。その説明、わずか1分。子供たちが「わかった、わかった」と生き生きとした顔でうなずく。
 その様子を見ていたT君。実習生の我々の席に戻り一言。「悔しい」 この時ほど、プロとアマの違いを感じたことはなかった。

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