アメリカ研修記7
【旧HP移行のためのリバイバル掲載です】
★ 日本料理?でもてなす
ホームスティをして12日目。先週末に泊まりに行ったフランクが来るという。ホストマザーのアンに、「先週楽しませてくれたお礼に、今日は私が夕食を作りましょう。」と申し出た。
アンは例のオーバーな表情で、「本当!それはすばらしい!」と言い、さらに「楽しみだわ!」と付け加えた。ただ、料理をするだけなのだが、大いなるリップスティクと感じた。
問題は何を作るかである。日本料理のための材料は、ほとんどスーパーに売っている。豆腐だって、味噌だって、ちゃんとポートランドのスーパーに売っている。
アメリカ人は、日本料理と言えばすぐに「スシ」を連想する。フランクもかなり食べたことがあるらしく、「テッカマキ。マグロ」などと口にする。
そこで寿司はやめて、イージークッキングをすることにした。「釜飯・野菜炒め・シューマイ」である。この組み合わせ、どこが日本食だと思われるかもしれないが、「日本ではポピュラーな食事」ということで、勝手に「日本食」にさせてもらうことにした。
さて、どれも調理は簡単。釜飯は「かまめしの素」を入れてご飯を炊くだけだし、野菜炒めも調味料と醤油で味付けするだけ。シューマイにいたっては、電子レンジで3分間待つだけである。
それでも、二人とも大いに気に入ってくれた。特にアンおばさんは、野菜炒めを「グッドテイスト!」とほめまくってくれた。(その割にはなかなか量が減らなかったが)
私も一つ一つ説明をした。
「これらは深いポットで作るご飯で、日本では有名なのです。」
「これらは野菜を炒めたもので日本では人気があるのです。」
フランクも喜んでくれて自分の名前を日本語で書いてくれという。日本だったら私の字の下手さ加減がばれるが、幸いここには日本語がわかる人は誰もいない。そこで、大きく「フランク」とカタカナで書いたら、「ビューティフル」と言ってくれた。
いずれ日本料理のおもてなしは大成功。自分も久々のご飯に喜んでたくさん食べることができた。これからも、日本食を紹介するという名目でどんどん料理しようという気になった。
ちなみに第二弾はカレーライス。これまたイージークッキングであった。
★ 忘れ得ぬ人 ジェフ
アメリカ合衆国の有名大学ですぐに思い浮かぶのがハーバード大学である。
私がホームスティーをしている時、身近なところにハーバード大学卒の人がいた。ジェフである。
彼はアンの妹ベッツイのボーイフレンドで、私がホームステイをしてから1週間ほどして、アンの家に遊びに来た。背はアメリカ人にしては低いものの、立派なヒゲを生やしている。29才のコンピュータプログラマーである。
その彼が、「マサ、今度の金曜日、ダウンタウンに連れていってあげよう」と言う。(まあ、ハーバード大学卒業の人と話すのも最初で最後だろうから・・・)と思い、興味津々で「OK」と返事をした。
さて、その金曜日、彼はボロボロの車で来た。
まあ、車はそうでも、もしかしたら食事は高級レストランだろうと予想していた。ところが、車は薄暗い街角でストップ。あたりは、高い工場が並ぶようなところである。
とても高級レストランがあるようには見えない。
やがて、ある工場の入り口に。人々の歓声が聞こえてくる。
中に入ると、そこは倉庫を改造したビヤホールだった。床はコンクリートのまま。
そして、テーブルが所狭しと並べられている。メニューはビールとピザのみ。でも、空いている席がないほどのにぎわいである。中には立ちながらビールを飲んでいる人もいるほどである。
何とか席についてから話し始める。
彼とは話しやすかった。彼の英語が聞き取りやすいからである。あまりにも流暢に英語を話されると聞き取りにくい。単語と単語がくっついて発言されるからである。
ところが、彼は大事な単語の前で一呼吸おく。だからわかりやすい。
エクアドル旅行の話、今の仕事が忙しいという話、二つの大学に通った話、アメリカの教育問題のこと、そして恋人のベッツイのこと。
あっという間に1時間がすぎ、彼が「行こう」と言った。「今度は別の酒場だろう」と思ったら、何と本屋に行くとのこと。
ポートランド一の本屋ということだったが、確かに大きい。東京の八重洲ブックセンターの比ではない。県立図書館ぐらいの規模である。
本も高いところまであるので、人々は脚立で本をとって、そこで立ち読みをしている人もいるぐらいである。各国の本のコーナーは数十ヶ国あり、日本のコーナーにも数百冊。
ジェフ。ハーバード大学卒業といえども庶民的。しかも、知的な香りのする人であった。
★ 写真
映画やテレビでこんあシーンを見たことはないだろうか。
「アメリカで働くエリートビジネスマン。エレベーターを颯爽と降りると、彼はオフィスに向かう。ドアをあける。彼の目に真っ先に飛び込んでくるのは家族の写 真・・・」
日本人だったら照れがあって仕事場で家族の写真を掲げている人は少ない。
ところがアインソワ―ズ小学校ではそのような人が珍しくない。
ポーリン先生。ちなみにこの先生がアインソワ―ズ小学校では、一番若いように見えた。
その彼女の教室の机の上には、ハズバンドの写真。
それだけではない。教室の壁面にも、スキー姿のツーショット写真。堂々としたものである。
彼女だけではない。他の先生方でもやはり家族の写真をかざっている人が何人もいた。
そもそもスティー先のアンの家もそうだった。
すべての部屋が写真だらけである。
たとえば、私がよく使った部屋(6畳ぐらい)には、本棚の中に5枚もの大きな写真が飾られている。そして、机の上にも様々な6枚の写真。それが珍しくないのである。
一番多く貼られている場所は冷蔵庫。とっての部分を除いてはほとんど写真で埋め尽されている。おかげで、サンフランシスコにいる娘のジェニファーに会わないうちに、すっかり顔を見たような気になってしまった。
その国民性を反映してか、店には写真立てを売っているところが実に多い。私もその気になって、写真立てを買った。
しかし、帰国後に教室ではそれが使われることがなかった。やはり、国民性の違いなのだろうか。
★ これが普通の家?
ホームステイーの初日、アンの家についたのは夜の9時半ごろ。
どんな家だろうと思って入っていく。外側から見ると、ニ階建ての普通の家だろうなと思って入った。
ところが中に入ってみると思いのほか広い。
次から次へと部屋が出てくる感じなのである。
そして、「ここがあなたの部屋だよ。」と言われて、「ワンダフル!」と言ってしまった。というのは、部屋の窓から遥か遠くにダウンタウンの夜景が見えるからである。
う~ん。毎日夜景を見ながら眠りにつくことができるというのは何というぜいたく!
アンの家は次のような部屋からできていた。
■ リビングルーム・・・20畳ぐらい
■ テレビルーム・・・6畳
■ プライベートルーム・・・6畳が4部屋、8畳が1部屋、12畳が1部屋
■ ディナールーム・・・6畳
■ キッチン・・・12畳(食事もできる)
■ バスルーム(トイレ・シャワー・洗面所がセット)・・・3つ
■ 地下室・・・1部屋とランドリー
■ サンデッキ
■ 車が二台入るガレージ
日本でもこれぐらいの家となるとなかなかないであろう。もし、あったら人はそれを「豪邸」と言うであろう。
ちなみに海外研修の年に建てた我が家は、アンの半分の広さしかない。いや、3分の1だろうか。
これが、このあたりで立派な家かというと、そうでもない。
ごくごく普通の家らしい。
試しに近所を散歩してみたら、アンの家よりはるかに大きい家が次から次へと出てくる。むしろ、アンの家が普通より小さく見えるほどである。
アメリカの教師たちの収入は、私たちとそんなに変わらない。しかし、アンはこんな大きな家に住んでいる。
さて、そうならば値段が気になるところである。聞けば、現在でも我が家が建てた価格の6割でこのような家を建てることができるとのこと。
日本の物価は高いとポートランドに来て思っていたが、この時ほど高いと思ったことはなかった。
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