私の教材開発物語第9回・第10回
【ホームページ移行のためのリバイバル掲載です】
連載 私の教材開発物語 第9回
「宮古の自慢CMを作ろうⅡ ~NHKロケ・壁を乗り越えて~」
■ ひとまず完成、自慢CM
子供たちが作った宮古自慢CM。
街角インタビュー、ターゲット決め、取材、プラン作り、撮影リハーサルを経て、実際に撮影。全て子供たちの手で行った。
3グループの選んだターゲットは次の通りである。
★1班……浄土ヶ浜(風光明媚な宮古を代表とする景勝地。観光客も多い。)
★2班……ウニ染め(ウニの殻を使った世界初の染物。優しい色が特徴。)
★3班……宮古の鮭(鮭の漁獲高が多い。「サーモンランド」と市も命名。)
オーソドックスに有名なものを選んだ班。自分たちが興味を持ったものを選んだ班と様々であった。
■ 子供たちに欠けていたものは?
さて、その試写会。子供たちは自信満々である。自分たちなりに工夫して行ったのであるから当然である。
ところが、他の班からは、次々と厳しい批評が出てくる。
★1班(浄土ヶ浜)に対して
・浄土ヶ浜が中心なのにかんじんの浄土ヶ浜がよく見えない
・石碑も取材した人たちはわかるかもしれないが、見えにくい
★2班(ウニ染め)に対して
・開発した田川さんが主人公になっていない
・染めているときに解説やアドリブがほしい
★3班(鮭)に対して
・市場の中だったので、音声が聞き取りにくい
・試食の鮭が小さくてよく見えない
むろん、お互いのよさを認め合った上ではあったが、子供たちにとってはある程度あった自信が打ち砕かれる出来事であった。
子供たちに欠けていたのは、「初めて見る人の立場に立ったCM作り」という視点である。自分たちは取材をしている。あるいはよく知っている。でも、初めて見る人はどうだろうか。その点を深く考えていなかったわけである。
■ 子供たちの巻き返し作戦
「初めて見る人の立場に立ったCM作り」。これをポイントとして、子供たちの再挑戦の開始である。
でも、事は簡単に運ばない。壁にぶちあたった班もある。ここは教師の出番である。地元NHK宮古報道室の記者からプロとしてのアドバイスをいただいたり、私も「君たちのCMで一番訴えたいことは何?」と考えを焦点化させる支援を行ったりした。
子供たちも粘り強く考えた。
再度のプラン作り、再取材、さらに再々度のプラン作り。そして再撮影である。この過程で、印象に残るエピソードがいくつも出てきた。
★浄土ヶ浜グループ。ただ単に「美しい景色」を見せるのではなく、「生きているうちに極楽浄土に行ける」というコンセプトを設定。ならば「極楽」のシーンを増やそうというアイデアで、「絶景を見ながらウニラーメンを食べ『極楽、極楽』と言う」「うるさい教室から静かな海岸にワープする」といったものが出てきた。
★ウニ染めグループ。取材で学んだ「自然の恵み」「やさしい色」というキーワードを、CMの中に盛り込むことにした。そして「自然の恵み」という点でできた作品を、海岸で広げるというシーンを考えた。
すばらしいアイデアであったが、大きな問題があった。主人公であるウニ染めの開発者田川さんも連れていきたいということである。田川さんには、多忙のおり、時間を割いていただいている。海岸に行くには時間がかかる。最初は困った様子であったが、子供たちも粘り強く交渉をする。最終的には協力をしてくれた。
★鮭グループ。おいしさを引き出すために、鮭汁を食べるシーンを入れようということになった。問題は誰が作るか。市場での撮影なので、市場内の食堂に頼み込む。メニューはないものの、子供たちの熱意で作ってもらうことになった。
また、実際の市場の撮影では団体客で混雑しなかな撮影ができない。刻々を過ぎていく時間。一人の子が、「すみません!ちょっと止まってください」と「交通整理」をして撮影開始。その度胸たるやたいしたものである。
ここでの子供たちの行動力はすばらしいものであった。壁があったからこそ、子供たちもさらに燃えたのに違いない。
再挑戦してできた「自慢CM」は、本当の自信作となった。
(実際のCMは、17日に放送されるNHK番組の中で紹介される。)
■ 子供たちが学んだことは
ある子は、今回の学びをこう書いている。
私は街角インタビューのときに、なかなかいいターゲットがなくて、CMをちゃんと作れるか心配でした。でも、さつえい本番のときは、太田さんや大つちさんのおかげもあって、最高のCMができたと思います。みんなも自分のやくわりをしっかり守って、行動できたのでよかったと思いました。
それから学んだことがあります。一つめは、いろいろな人に積極的にインタビューできるようになったことです。二つめは、家でのCMの見方がかわりました。前とはちがって、「これは、~で工夫している」とか集中して考えるようになりました。
「メディアリテラシーの視点が深まった」「スキルも高まる」「行動力もついた」……これらが子供たちの今回の学習で得たものであった。
当然、一人一人の学びは違う。しかしながら、「密度の濃い学習をした」という点では共通をしている。子供たちにとっても、私にとっても思い出深い学習になったことは間違いない。
-------
連載 私の教材開発物語 第10回
「番組放送後・エトセトラ」
■ 番組の反響
11月17日にNHK教育で放送された「コマーシャル制作に挑戦」には、多くの反響があった。
放送中から「今、見ています」というメールが入り、放送直後からメールと電話が次々と届いた。数日すると、今度は葉書や手紙が送られてきた。改めてその反響の大きさに驚いている。
多くが教師からの反応であった。「何よりも子供たちの表情がすばらしい」「子供たちが練り上げていく姿が印象的だった」「この番組がきっかけとなってメディアリテラシーの授業に取り組む学校が増えればいい」といった好意的なものがほとんどであった。
このような感想の他に、本格的な分析を送ってくださった方もいた。本マールマガジン11月27日掲載の水野恵氏(「佐藤正寿さんの番組に対する感想」)である。私が「地域のよさ」を日常の研究テーマとしていることに関わり、「追試するには同じような授業展開にならない可能性があり、そのあたりをフォローする必要がある。」とご批評いただいた。
このような批評にはこれから真摯に応えていかなければと思う。
■ 特別の反応
さて、何も反応は教師ばかりではない。
当日は登校日だったが、この番組を見た子供たちからの反応もいくつかあった。
まず本校の6年生。学校全員で番組を見たのであるが、放送直後に担任から6年生全員分の感想を頂いた。番組を見ながら書いたという。
「宮古を知らない人にも宮古のいい点が伝わったと思う」「すばらしいCMを作っていてすごい」といった感想の他に、「CM作りはいろいろとすることがあって大変ということが分かった」「(関わる相手と)粘り強く交渉することが必要と思った」というように番組からの学びを書いていた。
また、京都のある小学校でも授業時間に番組を見せ、子供たち全員分の感想を送ってくださった。興味を持って見てくれたことが伺える感想ばかりであった。他にも、市内の小学生から「同じ5年生でもすごいです」といったメールを何通かいただいた。
番組自体は教師と保護者向けのものである。しかしながら、この反応から、子供たちにとっても十分にその内容を理解できる番組であったこと、そして番組をメディアリテラシーを学ぶ事例としても活用可能であることがわかった。
一般の方からも、いくつかの声を頂いた。市内在住の74歳の女性。
番組を見て子供たちの奮闘ぶりに、心から大拍手をしたと言う。そして「初めてテレビ番組を見て、手紙を出す気になった」とも言う。手紙には子供たちのがんばりぶりを応援する内容と共に、「お世話になった人に感謝してほしい」「自分は戦争があり、皆さんのように目を輝かせたことはなかった」といったことも書かれていた。
その手紙を子供たちに紹介をした。子供たちは真剣な面持ちで聞いていた。
子供たちから70代までの反応。つくづく「テレビ」というメディアの大きさを感じる。
■ 「教材」の裏にある仕掛け
「地域の自慢CMを作る」・・・この発想自体は珍しいものではないだろう。総合的学習で、実際に取り組んだ学校も多いのではないか。その点では、どこの学校でも実践可能な題材である。
ただ、その単元での「ねらいの比重」は考えなければいけないと思う。
今回の学習では、「CM作りを経験することを通して、メディアの仕組みを学ぶ」ということがねらいの中心である。
そのねらいを達成するためには、一回のCM作りでは不十分と当初から考えていた。むしろ、一回目を作った点からが勝負と考えていた。
二回目のCM作りのために私はいくつかの仕掛けを考えた。
・子供たち相互のCM批評会。ポイントは「初めて見る人にも伝わるか」
・メディアのプロ(この場合はNHK宮古報道室記者)を教室に招いてプロの視点から批評してもらう。
・反省の視点に沿った再取材
・各チームとも再取材から新しいキーワードを決める
・キーワードをもとにしての再計画
・撮影スキルを高めるポイントの確認
これらの経緯を経ての再撮影であった。実際のテレビ番組では、時間的な制約があって視聴者にはこれらの点が十分に伝わっていない。これらの面は教師の視点として、何らかの形でフォローしていかなければいけないと考えている。
■ さて、我がクラス
この番組放送後、私の学級では番組を教材とした特別授業をした。
テーマは、「番組編集の秘密を探せ!」。
我が学級での3週間ロケで撮影された映像が、番組でいかに効果的に編集されているか、その秘密を探すものである。
改めて番組を見ながら、その工夫を発見させる。
・自分たちの気持ちに合わせた音楽を使っているので、雰囲気が伝わってくる
・ナレーションによって、自分たちの行動がよく伝わる
・下からのアングルで撮影をしているので、迫力がある
・プリントをズームでアップしている。これだとキーワードに自然に注目するようになる。
ロケしたのは我が学級のみ。日本広しといえども、我が学級でしかできない特別授業である。
贅沢な気持ちで授業を楽しませてもらった。
番組は終わったが、子供たちのメディアリテラシー学習は続く。これからさらに実践を積み重ねていこうと思っている。
Comments