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2016.08.14

HP移行原稿「室町文化」「ネグロス島」「ユニセフ」

★室町文化茶の湯体験(6年)

 日本の伝統文化を伝えることを大切と考えてはいるものの、学校では教える時間が限られている。
 そんな中でも、歴史での室町文化の体験は有り難い機会である。今の日本の生活様式に関わりのある部分が数多い。身近なところに教えてくださる先生はかならずいるはずである。あとは教師がちょっとした努力をするかどうか。
 私は茶の湯体験を6年生の子どもたちと一緒に行った。子供たちが学んだのはもちろんであるが、教師である私自身もいい体験をさせてもらった。その様子を学級通信から紹介をする。

学級通信 カルチェ・ラタン 第33号 6月25日

室町文化体験・茶の湯を習う 1

■ 高浜小学校に転勤して、校舎をぐるっと回った時に、多目的ホールの横に 畳の部屋があることに気付きました。しかも床の間つきです。
  それを見て、「いつかこの部屋で日本文化に触れる学習をしたいな」と思いました。幸い、我がクラスのSさんのおばあさんがお茶を教えている先生だということを聞きました。
  これは貴重な機会です。ぜひ、子供たちに室町文化の一つである「茶の湯体験ができる」と考えて、昨日行うことができました。

■ 茶の湯は、若干の子が習い事でしたことがあるものの、多くの子にとっては初めての経験です。私自身も初めての経験です。
  だから、子供たちも私もとても楽しみにしていました。朝の会の発表でも、「茶の湯をするのが初めてなので、とても楽しみです」「正座がつらそうです」「お菓子が楽しみです」といったように、茶の湯に関わる発表が続きました。

■ 始める前に、日本間に茶の湯の道具等のセットをしました。先生が掛け軸を持ってきてくださいました。
  「心静茶味香」と書かれています。この掛け軸の字をみただけでも、どんな気持ちでお茶を味わったらいいかわかるような気がしました。

■ いよいよ始まりです。先生から、お菓子のいただき方、お茶のいただき方をを教えていただいて、一人一人いただきました。子供たちの中で、Sさん、Tさんが実際にお茶を入れてくださいました。
  私が「なるほど・・・」と思ったことがあります。
  それは、いただく前に、お隣の人に「お先に、いただきます」と一声かけるというところです。これは「気配り」の文化とでも言うのでしょうか。日本の伝統文化のよさでもあると思います。
  一言で言えば、お茶をいただいた後に、「ありがとうございました。結構なお味でした。」と私が言った後に、男の子たちも同様に言いました。これには、先生もにっこりです。

■ 「気配り」という点は、もっともっとありました。たとえば、畳の縁を踏まないところ。お菓子を食べた後に、紙の角ではしを拭くところ。
  これらは、茶の湯だけの世界ではなく、日本の生活の中に根付いたよさでもあるんだなあとつくづく感じました。体験して、初めてわかったことです。

■ 終わった後で、その場で簡単な感想を聞きました。
  「おもったよりお茶が苦くなかったです。」(うす口だたようです。)
  「お菓子がとてもおいしかったです。」(その通りでした。)
  「足がとてもしびれました。」(私も立つ時はふらつきました。)
  子供たちにとってみれば、室町文化、日本の伝統文化というよりは、まずは体験したこと自体が価値あることだったのでしょう。
  これから、テレビや本等で茶の湯が出てきたときには、今までと反応が違うと思います。興味を持って見ることでしょうね。

 この時間に学んだ日本文化のよさ

■「茶の湯」という文化
■掛け軸の持つ意味
■気配りの言葉かけ、しぐさ

 改めてすばらしい体験をさせてもらったと感じた。

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★ネグロス島で活躍した日本人 ~古川外男氏~(6年)

 古川氏は、1971年にフィリピンのネグロス島に一家で自費で移る。慢性的な貧困の島に棚田を作り、二期作・三期作に成功する。さらに技術面を教えるだけではなく、フィリピン式と日本式を融合させた栽培管理システムを作る。
 苦難を乗り越え、国際協力への高い志を果たした古川氏。彼の生き方は、私は同じ日本人としての誇りを感じる。「国際協力のためにこんな先人がいたのだ」という思いである。

★授業の様子

1 フィリピン・ネグロス島の位置を確認。島と人々の様子を示した写真提示。
   →「自然が豊か。いい所。」という感想を子供たちは持った。

2 ネグロス島の説明。「砂糖の島」「慢性的な貧困」
   →1で出てきた子供たちの見方が変化する。
  発問 このような貧困の解決にはどんな方法がありますか。
    「お金・物を送る」「ボランティア」「その国に行って技術指導」

3 古川外男氏が一家でネグロス島に行った事実の紹介。
  資料を用いて紹介をする。
  発問 なぜ行こうと思ったのですか。

4 古川氏の農業での国際協力の説明。「棚田作り」「三期作」「安定した生産体制」。十三年間住み、地元の後継者にバトンタッチ。今も住民から慕われている。

  インターネットの写真を次々と見せる。
 発問 古川さんはネグロス島でどんな仕事をしたと言えますか。
  「人々を助けた」「一から村を作った」「島の未来を作った」

5 ネグロス島を去ったあとの古川氏の説明。インドネシア、フィジー等で指導。今、フィジーに古川外男記念日本語学校がある。
 →子供たちから、驚きの声がした。

★授業の感想
・世の中にはこんなすごい人がいるんだと思った。ぼくも自分にできることをしたい。
・このような外国の歴史に残る日本人がいることを初めて知った。

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★ ユニセフから世界を知る(6年・1998年の実践)

 世界のいろいろな子供たちのことを知ることによって、自分の生活を見直します。それは自分が有難い環境で育っていることの自覚にもなります。

■授業

 最初に「1日の40000人」板書する。
 「何の数字ですか」と聞く。前時の続きということで、「何からの貧困に関する数字」というのは子供たちはわかっている。
 しかし、見当がつかない。それでも、「一日に死ぬ子供の数?」という声が出てきた。「本当にそうだったら多すぎると思いませんか?」と切り返す。子供たちは、「うん、そうだ」と頷く。
 「でも、その通り。これは一日で世界で死ぬ子供の数なのです。宮古市で言うと7割の人が一日に死ぬことになります。」
 これには子供たちも驚きである。何せ一日にこれぐらい死ぬのである。さらに、日本の人口以上の1億3千万の子が家のない生活を送っていることも伝えた。
 「そのような人に対して手助けをしている団体があります。何ですか。」と聞いた。
 これはすぐに「ユニセフ」「ユネスコ」と出てきた。すぐにユニセフのマーク(このホームページを参照)を黒板に貼った。
 子供が抱っこされている地球が表現されていることを確認してから、子供たちに聞いた。

 「この大人は子供にどう話しかけているのでしょうか」
 ・がんばってほしい  ・生きていてよかったね  ・幸せに生きようね
 ・ごめんね  ・幸せになるんだよ

 子供たちは親の気持ちになって考えていた。
 ここで、ユニセフについて簡単に解説をする。

  「世界の子供のために」というのがユニセフのキャッチフレーズです。そのために全世界で活動をしています。特にアジア・アフリカの国でユニセフの活動は盛んです。実は日本も30年ぐらい前までユニセフから助けられていました。ミルクやお医者さんの治療用機械などを援助してもらいました。

 この後に、ポスター等でユニセフの活動を紹介した。子供たちはユニセフの活動の大まかな点を理解した。しかし、それだけでは「自分と関係ない」という意識になりがちである。そこで子供たちに次のように言った。
 
 これからビデオを見せます。「世界子供白書」というものです。この中に君たちと同じくらいの年のアジアの子供たちが出てきます。どんなことを思い、どんな生活をしているか考えながら見ましょう。

 ビデオはユニセフの運動をしている地元のスーパーから借りたものである。(発行元は記録していない。)次のような内容であった。

■10代前半の子供たちが、一日12時間働いて得られるお金はわずか55円。もちろん学校へは行けない。(インド)
■「学校に行きたい。知識や技能を身に付けるんだ。」と明るく語るバングラデシュの小学生。ふだんは貧困のため、就学できない。
■そのような子供たちに対してユニセフの具体的な援助・・・等々

 「自分たちと同世代の子供達」ということで、子供たちのビデオを見る目は真剣であった。ビデオが終わった時に「ウーン」という声が出たほどである。そして、改めて自分たちの置かれている環境を見つめ直した。

 「では、みんなにできることは何ですか」と聞いたら、すぐに「募金」とでてきた。
 「そうです。たとえば、君たちの100円で次のようなことができるのです。」と言って、下のような例を示した。

栄養障害による失明を防ぐビタミンAカプセル    11人分
肺炎やかぜの薬(抗生物質)     4びん
学校で教育を行うためのチョーク    55本
 この事実は子供たちにとってインパクトが強かった。なかには、「この学習は今まで1番説得力があった」と言う子もいたほどであった。

■感想
・今まで100円をじゃんじゃん使っていたけど、100円でビタミンざいが買えるなんて知らなかった。100円の使い道を変えようと思った。
・アジアの中で貧しい人たちは、小さくても働いていて大変だと思いました。私だったら、その中では生きられないないなあと思いました。

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