2009.09.20

教え子との絆は歳月を越えて

年に4回ほど、読売新聞県版の「学びの現場から」というコーナーに原稿を書かせていただいている。先日掲載された原稿である。

 今年のお盆に初任(奥州市立江刺愛宕小学校)で担任した子たちとの同窓会があった。小学校3年生だった子たちも33歳。自分が青年教師時代だった時の様々なエピソードを思い出した。教師としては力が不足していた時代だったが、子どもたちは「あの頃は本当に楽しかった」と話していた。私にとって宝のような言葉である。若かったからこそ子どもたちに与えた影響もあったのだと感じた。
 さて、同窓会は担任した子どもたちが企画したものであるが、私自身が卒業後の繋がりを意識した「実践」がある。
 赴任2校目の奥州市立岩谷堂小学校で卒業する子どもたちに「20歳の自分への手紙」を書かせたことがあった。「あなたは今、何をしていますか。『自分の店がほしい』という夢はかなっているかしら。今は、どこで暮らしているの?」といった自分へのメッセージを書いていた。その手紙を私が8年間保管し、約束通り子どもたちが20歳になった時に送付したのである。
 発送後、「8年前の自分からの手紙」に子どもたちから次々と連絡が来た。「小学校時代を思い出しました」「自慢の手紙です」というように嬉しい声が続いた。
 3校目の宮古市立高浜小学校では、卒業式の日の学級通信に「みんなが20歳になる8年後の8月15日に校庭で会おう」と記した。
 その当日。「果たして本当に子どもたちは来るのか」とドキドキしながら私は校庭に早めに向かった。そうしたら、1人、2人と来始めた。最後には同じ思いをもった教え子が揃った。
楽しかった時代の話に花が咲いたのは言うまでもない。
 卒業して教え子たちとの絆は歳月を越えて続いている。このような繋がりをもてる教職という仕事は何と有り難いことだとつくづく感じた。

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2009.02.23

高校1年4月

小中併設校ということで、中学校の卒業文集の執筆依頼を受けた。
これは初めての経験。しかも、仕事柄、中学校3年生とは十分に話したり、何かに取り組んだり・・・ということはない。
そこで、自分の高校1年生の4月のことを書くこととした。
子どもたちが目の前に控えていて、期待感と不安感の両方があり、少しでも参考になれば・・・・という思いで書いた。

    高校1年の4月

 私の高校1年の4月。もう32年も前のことだ。王選手が通算ホームラン世界一となり、映画では「ロッキー」がはやった年だ。

 自分の中学校から同じ高校に進んだのは十数名。1クラスに2名ほどだった。最初は友達もいなくて淋しいものだった。
 しかし、クラスメートに声をかけると、今度はクラスメートから声をかけられた。ニコッと微笑むと相手も微笑む。そのうち、何人もかけがえのない親友もできた。今も年賀状の交換をしている。
 あとで、これが「鏡の法則」だと知った。つまり、自分が相手に好意的な態度をとれば相手も好意的な態度になる。逆も然り。こちらが避ける態度をとれば相手も避けるようになる。まさに鏡のようだ。

 高校=青春時代(そういう歌も流行っていた)と思っていた自分は、すぐに軟式テニス部に入っていた。中学校でもしていたからだ。
 スポーツ店にラケットを買いに行き、なぜか「快活」という文字の入ったものが気に入った。当時ラケットに文字の入っているものは珍しかった(今も?)。
 それを使っているうちに、先輩から「快活」と呼ばれるようになった。「おい、快活。元気か?」という具合だ。不思議なもので、「自分は快活だ」と思うと、本当に快活な気分になるようになった。「プラスの思い込み」かもしれない。でも、それは大事なことだ。自分を元気づけるのは自分なのだから。

 3年生の皆さん、ご卒業おめでとう。皆さんと同じ頃の自分を思い出しました。自分を元気づけるのは自分です。鏡の法則を忘れずに、いい青春時代を過ごしてくださいね。

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2008.12.05

『価値ある出会いが教師を変える』の予告

新刊発刊まで半月あまりとなりました。
発刊は予告していましたが、書名をお伝えしていませんでした。

『価値ある出会いが教師を変える』

というものです。
なかなか書名が決まりませんでした。「まえがき」も「あとがき」を書いた後も決まりませんでした。
改めて全体を読み、自分の思いは「まえがき」に集約されていると感じました。特に次の箇所です。

「しかし、自分にとって幸いだったのは、すばらしい出会いがあったことです。初任校でのすばらしい先輩方。その後の勤務校での同僚の先生。各種研究会で学ばせていただいた先生。そして、何百人となる教え子とその保護者の皆さん。それぞれが、自分にとってかけがえのない出会いでした。そして、出会った分だけ自分が教師として学ぶ興味も対象も広がりました。
 社会の教材開発、ノート指導、学習通信、学習ゲーム、情報教育・・・というように、気がついたら学びフィールドもどんどんと広がっていました。それに比例して実践の蓄積も増えました。それは教師生活を充実させたことは言うまでもありません。
 今日の私があるのは、先のすばらしい先達や先生方等のお陰です。これほどの僥倖はありませんでした。ただ、感謝あるのみです。」(まえがきより)

 ここから先の書名になりました。本当に価値ある出会いから生まれた本だと思います。

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2008.11.18

少し早い予告

次の単著の再校正を終えました。
これが最後。もうあとは出版を待つだけだ。今年中にはできあがるのでは・・・と思っています。

今までの単著(3冊)はノート指導や学級通信をテーマに、ノウハウをイラスト入りで書いたものでした。今回は全て文章のみ。しかも新書版。内容は教師としての自分の生き方や仕事のしかたを書いたものです。
「まえがき」の一部を紹介します。

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自分にとって幸いだったのは、すばらしい出会いがあったことです。初任校でのすばらしい先輩方。その後の勤務校での同僚の先生。各種研究会で学ばせていただいた先生。そして、何百人となる教え子とその保護者の皆さん。それぞれが、自分にとってかけがえのない出会いでした。そして、出会った分だけ自分が教師として学ぶ興味も対象も広がりました。
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この出会い、そして興味のあった分野について書きました。本ができたらまた紹介をします。

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2007.11.28

ひまわり社時評

今年度の連載はひまわり社のHP原稿と、教育情報誌「キューブランド」である。ひまわり社は年4回、キューブランドは年3回と数は少ないものの、自分の考えを自由に書くことができるのは有り難いことだ。

そのひまわり社の時評がアップされた。今回はネットいじめについて。こちら
情報モラルをきちんと指導している人にとっては当たり前の内容だが、HPの読者層を考えて書いた。また自分自身がもっと情報モラルの勉強をしなければいけないので、今回テーマにした。原稿を書くために調べるといろいろとわかってくるものである。それだけでも十分に得をしている。

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2007.06.19

学校の夢Web

以前「ボツ」になった「こんな授業をしたい」という原稿を紹介したことがあった。
出版社から連絡が来て、「本の原稿ではなく、ホームぺージに掲載しました」と連絡があった。
さっそくのぞいてみた。「学校の夢Web」である。
この中の岩手県をクリックすると私の原稿と私の写真が掲載されている。もう1年以上前の原稿だったので、実年齢も一歳若い。

ちなみに掲載すると思っていた本は、「先生の夢」という本である。自分自身、今も教師としての夢がたくさんある。

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2007.03.16

メルマガ原稿

 今日発行のメールマガジン「授業成立プロジェクト」に書いた原稿です。
 編集長として最後の原稿になりました。

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 「授業成立の基礎技術の大切さ」

 授業成立メルマガ発行から約2年。私が編集長としては最後の号になります。皆様、ありがとうございました。
 この2年間を通して、改めて「授業の成立技術」が大切なことを自覚しました。特に私自身がこだわっているのは「ノート指導」です。

 このメルマガ発刊の1年目から2年目にかけて上條晴夫氏の『子どものやる気と集中力を引き出す授業 30のコツ』(学事出版)の「授業づくりの基礎技術 10のアイテム」という章を私なりの解釈で取り上げていました。一番衝撃的だったのが「ノート指導」です。

 その中で「情報の蓄積」と「情報の発信」という視点から論は述べられていました。ノート指導を「情報」という観点から考える。これはまさに「情報教育」の一つではないか・・・そう感じたのです。

 私自身は情報教育に興味があり、様々な実践をしてきました。それらの多くはITを活用したものでした。しかし、先のような「情報」を扱う観点からすれば、日々のノート指導にそのような要素を盛り込めば、それは一つの「情報学」にもつながる実践になるのではと考えています。

 たとえば、本メールマガジンの12号では次のように書きました。

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 「情報を蓄積する技能」に対して「情報を発信する機能」は新しいノート指導です。蓄積とは違った技能が要求されます。この場合のポイントはノートに学習情報を「文として書く」ということです。
 たとえば「ナンバリング」です。「理由を、ナンバリングを使って書きなさい」と指示することで、「第一に・・・。第二に・・・」というように聞き手にとっても分かりやすい文章になります。
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 これなどは、情報学でいえば「ツリー構造の考え方」を使ったものです。このような思考技術を子どもたちが身につけることによって、ノートの取り方の技術もかなり変わってくると考えます。

 先週私は研究授業で、情報の学習の一つとして、この「ツリー構造」の内容を取り上げました。そうすると、その後の子どもたちのノートが少しずつですが、変化をしてきています。「全体と部分の関係」の意識化が進んでいる
のです。
 その点で、改めて「基礎技術」を身につけることに加えて、「基礎技術の考え方」を身につけることの大切さを痛感しました。まずは私自身がその考え方をじっくりと勉強しなければいけない・・・そう感じています。

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2007.01.04

卒業アルバムの原稿

卒業式の頃に卒業アルバムを渡すには昨年中に、写真選定・原稿等を仕上げなければいけない。子どもたちも、「まだ気分じゃないなあ・・・」と言いながら、書いていた。逆に言えば、作文を書くことで「いよいよ卒業なんだ」という気持ちになっていくのかもしれない。
これは私も同じ。卒業生に送るメッセージを書くことによって、「いよいよ卒業が近づいてくるんだなあ・・・」という気持ちになってきた。その原稿を紹介する。

   チャレンジする道を

 みんなのことで、そっと目を閉じると浮かんでくるシーンがいくつもある。

・「指名なしです」と言うと、進んで「ぼくは・・・と思います」と誰かが立って発言。そして次々と発言が続く。集団で学び合うことのすばらしさを感じた時。
・必死にがんばる運動会。「がんばれ~、がんばれ~」と叫ぶ応援団。数々のいい思い出。青春の一コマ。
・泣いてしまった友だちに、「気にしなくていいんだよ」となぐさめる友だち。温かいなあと思った一瞬。
・おいしい給食に、楽しい雑談。時にはうるさすぎて注意もしたけど、それも思い出。明るく楽しい学級。

 どれも君たちを担任してからよくあった出来事だ。
 君たちと一緒の日々は私にとってもすばらしい日々だった。教室に向かうのが楽しかった。もちろん、厳しく接した部分もあったけど、これも卒業だ。中学校に入ったら、気軽に小学校に遊びに来てほしい。
 人生の先輩として、君たちには、「迷ったら、チャレンジする道を選べ」と言いたい。成功したら喜びは大きいし、チャレンジしたうえでの失敗なら後悔はしないものだ。中学校ではたくさんのチャレンジする機会があるはずだ。
 すてきな思い出をありがとう。そして、さようなら。

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2006.12.16

家庭でできるノート指導3

今日は別のことを書こうと思っていたが、ノート指導の原稿の反響がいくつかあったので、続きを掲載することにする。

【子どもの自学ノート勉強法】

 子供たちが自分でノートに書き込めるようになったら、次のステップである。家庭で「自学ノート勉強法」に取り組む。これは、学力をつけるために自分でノートに書いて学ぶものである。学校での学習内容を復習するのが効果的である。そこにはいくつかのコツがあり、親の務めはそのコツを、学校の先生のように教えることだ。

1 ノート作りの基礎技能を教える

 見やすいノートにするためには、基礎技能を徹底させることが大事だ。どの学年でも「番号」「囲み」「記号」「線・矢印」の4つの基礎技能を教える。
 この中で最初に教えるのは「番号」と「囲み」である。この二つを徹底するだけで、ノートの印象は違ってくる。番号なら、わかることを一つずつ書くようにさせる。①②というように丸で囲んだものが見やすい。子供にとって番号を書くことは、自分の書いた量をつかむことなる。以前より書く量が増えれば、それが励みになる。また、囲みは大事なところにする。きちんと定規で引かせたい。定規で引いた線とフリーハンドでは見た目が全く違う。美的感覚と丁寧さを育てるという点でも定規を使わせたい。
 記号や線・矢印の便利さや「文や言葉で表すよりも端的に表現できる」という点にある。たとえば、ヘチマの長さが「30cmだったものが50cmになった」ということを書き表すのなら、「20cm→50cm」というように矢印一本で時間の経過を表現できる。このような便利さを実感させて活用させたい。

2 まとめや感想を書かせる

 学校での授業では、自分の思ったこと、感じたことをノートにじっくりと書く時間はとれない。そこで、家庭でのノート作りの時に「この勉強で思ったこと、感じたこと」を書かせる。といっても、最初は何を書いていいか子供たちも戸惑うかもしれない。そこで、次のように観点を与えてみよう。

・今日の学習でわかったことや思ったこと
・先生の話で覚えていること
・友達の発表ですごいなあと思ったこと
・これからがんばりたいこと

 最初は短くてよい。慣れてくれば、書く量もどんどん増えていく。ノート作りにこのようなまとめや感想コーナーを設けることによって、子供たちは学習を振り返る習慣が少しずつ身についていく。それは、「自分の学習をよりよくしていこう」という意欲につながる。

3 赤ペンを入れ、ふれあいを深めよう

 子供たちがノートを書き終えたら、評価をすることが大切である。それも「プラスの評価」だ。子供たちなりにがんばった自学ノート。改善したい点はあるだろうが、まずは長所に目を向ける。「昨日よりは、書く量が増えた」「今日の感想はおもしろいね」というようによさが必ずある。必ず探し出して、プラス評価を子供たちに伝えるようにする。
 親のその思いを直接話してもよいが、赤ペンで伝えるのも一つの方法だ。ノートの欄外に2~3行、簡単に書くのでよい。赤ペンのよさは何といっても「形に残る」ということ。回数が積み重なっていくと子供たちも書いてもらうことが楽しみになる。
 むろん、改善点を指摘したいことがあるだろう。そういう時にはまず二つはほめる。そして一つだけ「ばんごうを書くともっと見やすいね」と改善点を書くようにする。ほめられたあとであれば、子供たちも素直に受け入れる。
 このようなふれあいは親子にとっても大事だ。子供ががんばったことを親が認める。親からのメッセージに子供たちも共感し、さらにがんばろうと考えるであろう。学力をつけるための自学ノート作りであるが、結果的には親子の絆を深めるのである。

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2006.12.15

家庭でできるノート指導2

昨日の原稿の続きです。全部で3まであるうちの2つめです。

【こんな子はノートが取れない】

★ 丁寧さに欠ける子供
 学級の中には「丁寧さがないなあ」と思われる子が必ずいる。それはノートによく表れる。「早く書けばいい」とばかりに、マスからはみ出しても平気、乱暴に書いても平気である。
 そういう子たちは他の作業も丁寧さに欠けることが多い。絵を描く時、習字をする時といった学習時はもちろん、そうじの時などもすみずみまで行うようなことはない。
 「何事も早くするのがよい」という考えで、プリントを渡した時などは勢いよく取り組んで、早々と「できた!」ということが多い。その早さを考えたら、学力は決して低くはない。
しかし、こういう子供に「丁寧に書きましょう」と言ってもなかなか改善はされない。根気強い指導が必要である。

★ 書くスピードが遅い子供
黒板に書いているものを写させると、他の子に比べて遅い子がいる。じっくりと見てみると、一文字一文字写している。これだったら確かに遅いはずである。みんなが「できました」という時に、まだ半分ぐらいしか書いていない。明らかに「書く力」が不足している。
また、「書く力」だけではなく「見る力」の問題でもある。黒板に書かれているものを一文字ではなく、ひとまとまりで見て覚える力である。
 これらの力は今までのトレーニング不足からくることが多い。経験量が少ないのである。逆に言えば、トレーニングをすれば、その分確実に力はついていく。

★ 面倒くさがりの子供
 ノートをとること自体を面倒くさがる子供がいる。みんなが一斉に書いているのに、ボーッとしていたり、ノートに向かってはいるが何も書いていなかったりする。「書いていることを写しなさい」と呼びかけると、しぶしぶ取り組む。
このような子は日頃から学習に対して怠惰なことが多い。授業中でも姿勢が悪く、教師に注意されることがしばしばである。反面、ゲームやクイズといったような興味がある活動には、意欲的に取り組む時もある。
 このような傾向は生活全般にわたり、学習用具の準備や生活面での時間の管理でもルーズなことが多い。「我が子がいつまでも起きていても平気」といった家庭環境の影響もある。

★ 何を書いたらいいかわからない子供
 ノートに項目はあるが、よく見ると肝心の中身が書かれていない場合がある。たとえば、理科で「実験方法」まで書かれているが、「結果」が書かれているようなケースである。
 これは学習方法が身についていない、あるいは集中して学習に取り組んでいないということが考えられる。いくつか原因が予想される。友達と実験中雑談をしていて書くことができない、どうやって書いたらいいのかわからない、先生が書き方を子供任せにしている・・・といったことである。
 あれこれ原因があっても、子供自身が学習に主体的に参加していないのは確かである。学力も身につかない。

★ 写せばよいと考えている子供
 見た目はとてもしっかりとしたノート。学習課題も書いているし、中身も充実している。まとめもいい言葉で書いている。そのようなノートを見れば、親は安心するだろう。
 しかし、ごく少数だが、「黒板を写すのが学習」と考えて、発表や考えることをほとんどしないで、せっせと鉛筆を動かす子がいる。だから、ノートほど発表する力は高くはない。
 教師が黒板にたくさん書いているうちはノートも充実しているが、「自分で工夫してノートを書いてごらん」「自分の考えをたくさん書きましょう」と言われた時に、鉛筆がピタッと止まってしまうタイプの子供である。

【コラム・先生に聞いてみよう】
 「我が子のノートを何とかしたい。でも、我が子に聞いても先生はあまりノート指導をしないようだ・・・・」
 そういう場合、どうしたらいいだろうか。直接「先生、もっとノートを見てください」と言うのは角が立つという時には、質問形式で聞いてみるとよい。「もっとしっかりとしたノートのとり方にしたいと思います。家庭でも教えたいのですが、どのようにしたらいいでしょうか」と言うように連絡帳に書けば、教師も意識的に目を向けるようになる。もちろん、いきなり本題ではなく、我が子が伸びていることを冒頭に書いてからがよい。
 それでも、なかなか変わらない時には、学級懇談会の話題にするとよい。たくさんの意見が飛び交う中で教師も「私も指導していきます」ときっと言うに違いない。

【子供に勉強に向かわせるノートの取り方】

【ポイント】
・ノートを変える親の一言
・ワンポイント書き込みをしよう
・吹き出しで自分の考えを

【親の言葉、態度】
 我が子のノートを見て、どのような一言をかけているだろうか。多くは「何だ、このノートは」「もっと丁寧に」といった注意ではないだろうか。しかし、そのような言葉でノートが変わることはない。工夫した言葉がけが必要である。
 たとえば、乱雑な子には「自分だけがわかるのではなく、先生に見せられる字でいつも書こうね」、定規を使わない子には「誰でも定規を使えば魔法のようにきれいなノートになるよ」と言う。そして、少しでも改善が見られたら、「すごいね!」「ママは嬉しいわ」と大げさにほめる。子供たちのノートに対する意欲は倍加するはずです。この小さなくり返しが子供たちのノートを少しずつ変え、長い目で見ると大きな変化になる。
 また、自分の考えをノートに書いていた時には、「このノートは宝物だ。ゆうちゃんの考えが詰まっているからね」「そうそう、自分の考えを書くチャンスがあったら、すぐに書いていいんだよ」とさりげなく、ノート指導をしてみるのも一つの方法である。もっとも、すぐに子供たちのノートが変わることはない。でも、ふだん言っていることが、学習中に少しでも生かされれば、それで十分に効果はある。

【日付、マーク】
 学習で書かれたノートは、子供たちにとっては「過去」のものである。だから、見直しや書き込みをするという機会はなかなかない。しかし、教師が意図的に指導をしてくれない限り、子供のノートは変化をしない。だったら、親から「ノート指導のコツ」を子供たちに教えよう。
 子供たちが抵抗なく取り組めるのは、「ワンポイント書き込み」である。10秒もあればできるものだ。まずは、「書くべきこと」で書いていないものをチェックする。たとえば日付だ。教師が書くように指示していなくても、書く習慣をつけさせたい。これは子供たちが「自分なりのノート」にするための第一歩である。
 もう一つはノートの最後の「学習チェックマーク」である。何のことはない。1時間の授業がよくわかったら「花丸」、だいたいわかったら「丸」のマークをつける。これもすぐにできる。自分のキャラクターを作ってみるのもおもしろい。

【吹き出し】
 「自分の考えを学習中に書くんだよ」と言っても、実際にはなかなか書けないであろう。ただし、一定の書く時間があれば別である。そうであれば、家庭でその時間を確保しよう。授業で書いたノートを復習する時に、自分の考えを書くようにするのだ。
 その時にはぜひ吹き出しを使いたい。マンガの主人公がセリフを言う時に使われるものだ。最初は一言感想でいい。「(物語の主人公が)かわいそう」「このとき方はいいなあ」といったことだ。一つの授業に一つずつ書いていくだけでも力になる。

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