野麦峠
私たちの世代で「野麦峠」と言えば、映画や小説を思い出す人が多いであろう。悲惨な製糸工女の物語である。
大学時代に「ああ野麦峠 新緑篇」を映画で見た。試写会で応募したのが当選して、山本薩夫監督が堂々と挨拶をした場に立ち会えた。映画にかける思い、この映画を作った誇りを感じたものだった。
さて、この製糸工女の話は社会科の教科書にも出てくる。「厳しい労働を強いられた」といった感じである。
今月の「社会科教育」に、金沢大学の村井先生が野麦峠のフィールドワーク記を書かれていた。その中に、300人も元工女からの聞き取りの話がのっている。
・「食事がまずい」「賃金が安かった」・・・0%
・「労働が苦しかった」・・・3%
・「(働きに)行ってよかった」・・・90%
この結果を見ると、女工哀史ではなく女工天国であるということを紹介している。
これは一つの歴史の先入観をひっくり返すものである。
少しの自分の経験から固定的な先入観がないだろうか。また、自分はそういう見方になってしまうような授業をしてこなかったか。そういうことを考えさせる原稿であった。
そして、自分がかつてこの野麦峠の資料を使った授業を学校公開授業で行ったことを思い出した。もう15年も前のことだが、その時の授業が鮮やかに蘇ってきた。授業自体は未熟さから失敗だったが、その頃から「社会的なものの見方」にこだわっていたこと、自分なりの教材研究を志していたことは後の自分の基礎にはなったのだと思う。


Recent Comments