2009.11.13

どんな環境でも工夫はできる

小学生の図書館利用が過去最高という記事が掲載されていた。

たまたまここ1週間、図書館関係の様々な活動や催し物の計画があったので、「やはり工夫でできるんだ」と改めて感じている。
本校に赴任して図書室を見た時に、「規模からすると本の数はしかたがないのかなあ。古い本も多いかな・・・」と感じた。このご時世である。厳しい予算状況ではこれはやむを得ない。
しかし、1年半いると子どもたちを読書好きにする努力や工夫が本当にされている。

・地域の読書ボランティアによる月2回の読み聞かせ
・町の巡回図書館。月に1回、学校に120冊(30冊×4学級)の貸出
・ブックトーク・人形劇に開催(年数回)
・地域子ども会での読み聞かせ等々

経済的なことを心配しなくても、このようなことができている。特に昨日はブックトークがあり、いい本をたくさん紹介していただいたうえに、さらにたくさんの本を貸していただいた。
今日は巡回図書館。今、学校には子どもたちが興味をもつような本が300冊近く借りられている。本校の規模(全校32名)からすれば恵まれている。(考えてみれば学級に300冊近くあるようなものだ)
上記のことに自分も携わっているが、さらに大人向けの朗読会も本校学区で企画した。こちらの方をお招きしての開催(今月末)である。町のバックアップで、経済的な心配も無用。
どんな環境でも工夫はできるものだと思っている。

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2009.11.11

他校の授業参観

今日はとても嬉しい出張である。
他校の公開授業研究会参観。全員参加の公開研究会なので、授業を見られる。
担任の先生方にはどんどん他校に行って、刺激を受けていただきたいと思っている。しかし、学校割当旅費も限られているし、自分が行く出張は副校長の職務関係のものがメインになるので、今年初めて他校の授業を見ることができたというわけである。

本校の研究テーマと似ていたので、参考になる部分が多かった。人数も10人前後と小規模校だったので本校に近くその点でも得るものがあった。
同時に学校公開の「文化」についてあれこれ考えることができたのも価値があった。分科会の位置づけの共通理解は重要である。

それにしても、学校公開校は私の若い頃に比べたらずいぶん減った。今日見た学校も公開は9年ぶりのようだった。以前は5~6年ぐらいで公開したから、誰でも一回は在任中に公開経験をしていた。今は、「公開に当たらない先生」も出てくるであろう。それはその先生にとってはかわいそうなことである。

自分は2校目が自主公開をする学校だったので、6年連続公開という経験がある。この時代に研究授業をたくさん経験できたのは、自分の授業力を鍛えるうえで幸せだった。
むろん、公開するからには負担はかかる。しかし、その負担は自分の授業力がアップする喜びに比べたらたいしたことがなかった。
「いつでも自分の学級を公開できるようにしよう」
「研究授業はいつでも引き受けよう」
という心構えを教えてくれた学校だった。

その経験があったからこそ、担任時代の最後に飛び込み授業・取材授業が多くあっても、乗り切れたのだと思っている。

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2009.11.09

人に興味をもつ

 昨日のブログの続き。講演された先生は初任の時に少し縁があったのだが、2年前にも前任校でご講演をされた。その時に同僚と一緒に昼食をとった(ドライバー役だった)が、「あちこちでご講演されている先生だ。その時にチラッとお会いしただけでは覚えていないであろう。その頃とは違って自分もめがねをかけているし。」と思っていた。
そうしたら、昼食時に「どこかでお会いしましたよね」と言われた。前任校のことを話すと「そうそう、〇〇校長の時だね。初任もこっち(奥州)だったね」と話された。これには驚いた。
県内では著名な方なので、講演も多いはずである。行く先々で多くの人と接するであろうから、覚えるのも容易ではないはずである。それをうっすらとでも記憶していていた。一流となると違うとつくづく思った。

 似たことで思い出すのは、家本先生である。自分が2回ほど20代の頃に家本先生が編集される本の原稿を書いたことがあった。ただし、直接の知り合いではなかった。それから10年ぐらいして、縁あって家本先生に連絡をとる機会があった。その時に、「先生は10年ほど前に〇〇社の原稿を書きませんでしたか。記憶しています」とメールが届いた。これには驚いた。若輩者の原稿の内容と名前を覚えていたからだ。これで家本先生の熱烈なファンになった(もともとファンだった)。

 かつて田中角栄が官僚の名前と就職年次をひたすら覚えて、声をかけていたというエピソードを聞いたことがある。課長クラスでもしっかりと覚えていたという。大臣が自分の名前を覚えていた・・・となれば、当然感激するであろう。

 このように名前を覚えるということは、「人に興味をもつ努力をする」ということであろう。担任であれば、子どもたちに興味をもつ。その子のことをよく知り、声も何回もかける。講演者は関係者する皆さんのことをよく知ろうとする。この点、自分は関わりのある先生はもちろん、同僚のことを知ろうとする努力が不足しているなあ・・・。これも努力しよう。

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2009.11.08

講演から学ぶ

今日は家族参観日。本校が誇るのは出席率の高さである。100%参加は通常のこと。ご夫婦での参加もけっこう多いので、保護者参加比率は130%といったところ。そして、そのほとんどの方が続いての講演会にも残る。
今日の講演会は「地を養えば花開く」、県の要職であられる先生が、ご講演された。ユーモアたっぷりの具体的なお話に、聞き手は大満足であった。

 こういう講演会の時に、私は内容と聞きながら、どういう点に皆さんが引きつけられているか、どういう時に笑うかも同時に注目している。これは数年前にはなかったことであるが、ここ数年間で人前で話す機会も増えたので自然と見方も変化してきた。

今回の講師の先生は「ユーモアある子どもたちの詩や作文」を紹介してくださった。子どもらしい視点からの詩や作文に、保護者の皆さんがドッとわく。同時に「子どものセンスっていいな」と思われたことであろう。
また、子育てに関して言えば、自分の子育ての失敗談も入れていた。これは共感を呼んでいた。成功した話も印象に残るだろうが、それ以上に失敗談や苦労談は引きつけるものがある。「なるほど」と思いながら聞いていた。

 これらは自分はあまり行わない方法である。(依頼されるジャンルの違いだからしかたがないが)。その点でも参考になる講演会であった。こういう重鎮が県都から遠い本校に来ていただけることは本当に有り難いことである。

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2009.11.05

小中合同校内音楽会

本来であれば今日が町音楽会であった。
しかし、新型インフルエンザの影響で中止。近隣市町村でも同様の動きであるから、これはやむを得ないであろう。まして、音楽会であるから。(ちなみに生徒指導の保護者対象の大会も中止になった)

ただ、ずっと音楽会を目標に先生方は練習に取り組んできた。子どもたちも楽しみにしてきた(小規模校であるから、全員で音楽会に参加する)。
そこで代替措置で校内で小中の音楽会を開くことになった。小学校は中学生に、中学生は小学生に聞かせるというものである。これも小中併設のメリットだ。

子どもたちは小学生も中学生もいい歌声を披露した。町音楽会のような場で他校と交流するのも1つの学びの場ではあるが、このような形でも1つの節目として長い期間の取り組みを終えることができたと思う。

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2009.11.03

若き日の失敗

今日はPTA研修旅行。前任校で前々任校でもなかったので、十数年ぶりの参加となった。
十和田現代美術館、まきば温泉での懇親会(温泉には入れずひたすら飲んでいた)、お父さん方との二次会と楽しい旅行となった。

お酒を飲みながら、かつて行ったPTA研修旅行の失敗を思い出した。教員になって3年目の研修旅行だった。場所は遠野。やはり昼の懇親会でお酒を飲んだのだが、隣のお父さんがやたらお酒が強くて、「先生、じゃんけんをして負けたらお猪口で飲むゲームをしよう」と言われた。酒の国秋田出身の自分としては当然受けて立った。(すっかり弱くなった今ならもちろん受けないが・・・)
勝負すること30分。すっかり酔っぱらってしまった。まさに「お酒に飲まれた」状態。
その後の記憶は途切れ途切れ。気づいたらアパートで寝ていた。
翌日同僚に聞いたら、「大丈夫?昨日はベロベロだったね。福泉寺(遠野名所)では走り回っていたし、帰りのバスはマイクを占領していたし。でもそういう姿もなかなか見られないから、おもしろかったよ。ハハハ」
その瞬間、真っ青になってしまった。

それまでお酒に飲まれた同級生や先輩を見て、みっともないなあと思っていたが、自分がそのようになってしまった・・・。若気の至りといえばその通り。羽目をはずす程度はいいだろうが、飲まれてはいけない。若き日の失敗である。

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2009.11.01

図書館と過去の情報がつながる

学校図書館に関わる調べごとをしていたら、ウィキペディアでの「学級文庫」という項目に辿り着いた。
「たいしたことがないだろう」と読み進めていたら、そんなことはなかった。「学級図書の利点」などは、現場にいる者としては「その通り」と思うものばかりだ。次に引用しよう。

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■学級図書の利点
・短い休み時間、雨の日の休み時間、また図工の授業中などに皆より作業が先に終わった手持ち無沙汰の子供など、いつでも気軽に本を手に取ることができる。
・とくに小学校低学年は学級担任が図書室へ引率・監督しなくとも、教室の監視下で本を読ませることができる。
・学級文庫は通常、図書室のような個人に対する貸し出し返却処理を行わない。そのため読もうと思えばすぐに読み始められ、おもしろくなければすぐに変えられる。とくに本が薄くて読み切る時間が早い、集中力が低く飽きっぽい小学生に適している。
・各学年の学力に応じた内容(漢字の使用頻度・難易度やページ数)の本を揃えて学力レベルに応じられる。
・「朝の読書」の時間(始業までの10分間読書)に読む本を持って来なかった場合も、代わりに読む本がある。
・常に教室にあるため、面白い本や奇妙な本は口コミで広がって学級における一種の「ベストセラー」現象が起こり、本を手に取る子供が増える。
・学級図書が「サンプル」として機能し、シリーズの続きや同じ作者の作品が読みたくなって図書室へ向かう子供もいる。
・常に目にしているため、学級文庫にある本の題名や著者名を自然に覚える。
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利点だけではなく、欠点、工夫内容もその通りだと思う。ちなみに本校の学級文庫は、町立図書館から月に一回巡回図書館号がバスで来る。各学級30冊の本を入れ替える。教師で借りる人もいるから、大人の読書促進にも役立っている。
さて、私が最も注目したのは、「北米における学級図書」という部分である。日本と北米の学級図書の主な相違点として「読書レベルシステムの導入」「出版業者との提携」「リラックスした読書環境 」が書かれていた。
自分がアメリカ研修に行った時のことがパーッと思い出されてきた。
週に1時間「ライブラリー」という時間があり、図書館情報学らしきものを学んでいた。学級にはカーペットコーナーがあり、子どもたちはリラックスして読み聞かせを聞いていた。もう16年も前のことだったが、この情報と当時の光景が結びついた。
きっとある程度問題意識をもっていれば、当時の学びも違っていただろうが、当時は「珍しいものを見ることができた」という程度だった。でも、それが逆に意識を少しは高めて、今の興味に結びついているのなら、それはそれで見たことの価値は十分にあったのだろうと感じた。今後も注目していきたい分野である。

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2009.10.31

謦咳に接する

総合教育技術」誌の野口芳宏氏の連載は最も注目しているものである。
今月号も骨太の主張だった。
「言葉のすり替えの愚」ということで、現場で使う言葉の変遷について述べたものだった。たとえば、父親参観は日曜参観になっている。父親がいない家庭への配慮からである。これは妥当な配慮であろうと誰しも思うであろう。確かに、昔は父親参観日という名称だったが、今はあまり聞かない。「家庭参観日」となっているところもあるだろう。
ここで野口氏は「不動の見識がほしい」「言い換えをしたところで何一つ解決はしていない」と主張される。そして「父親参観日でよい」と語る。そして、教師が父親参観日にどのように語ればいいか具体的に書いている。ここの部分は圧巻である。(ブログに書くのはその語りを簡略化することになり、失礼なので書かないが・・)
さらに、男女の呼び名、期間指導(支援)についても言及する。

直接ではなく誌面からではあるが、まさに「謦咳に接した」思いであった。
それにしても、「リーダーたる者は『歴史に対して責任をもつ』高い見識をもって部下職員を導かねばならぬ」という言葉は重い。

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2009.10.30

温かい指導と冷たい指導

 家本先生のこちらの本で「温かい指導」と「冷たい指導」について書かれていた。
 子どもが「寒いね」と言った時に、すぐに「薄着しているからじゃないの」「熱があるんじゃないの?」「子どもは火の子、寒さに負けるな」というのが「冷たい指導」。
 まずは「寒いね」「寒いの?」と応じて、それから先のような言葉をかけるのが「温かい指導」。
 「寒いね」の一言があるかないかで大きく分かれてしまう。
 このことは実によくわかる。子どもたちに温かく接しようと思いつつ、子どもたちが話しかけてきて「冷たい指導」をしてしまった失敗はけっこうある。しばしば、あとで後悔したものである。

 冷たい指導は教師目線で「教えよう」「対応しよう」という状態になっていた時に無意識にしていたと思う。子どもの目線で考えている時には、「寒いね」と言われれば「そうだね。寒いね」という言葉が自然に出てくるであろう。担任ではなくなってからは、担任目線ではないのでむしろ温かい指導をしやすい立場である。日々の自分の接し方を振り返り、来週からはもっと意識していこうと思った次第である。

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2009.10.29

原稿を実践で確かめる

昨日、児童朝会で短い時間の話を依頼された。委員会や学年発表について、教師が交代交代で話をするものである。今回は広報委員会による「赤い羽根共同募金」の発表だった。キャラクターに扮した二人の会話から始まり、共同募金の趣旨や呼びかけを上手に話していた。自分はどのように話したらいいか。
ちょうど最近「教師の話のしかた」の原稿を書いていたので、そのことを思い出しながら話した。意識したポイントは次のようなものである。

・明るいトーンで話す
・声の強弱でメリハリをつける
・視線は全員に注ぐ
・ナンバリングをする(今から3つの話をします・・・)
・問いかけを入れる
・問いかけの後、間を置いて思考活動をさせる

 原稿を書いたばかりだったので、発表を聞きながら「問いかけは『今回の発表のよかった点は何ですか』でいいな」「大事なことは3つある。これでナンバリングできる」というように頭を回転させて、話の組み立てを考えた。
 朝会等での短い時間の話は自分自身はあまり上手ではないのだが、原稿でのポイントが今回は効いて、ある程度満足できるものとなった。常にインプット・アウトプットの活動を続けていることがトレーニングになっているのだと実感した。

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2009.10.28

音声認識技術

音声認識技術についてのニュースを見た。その技術自体はいろいろなところで応用されているのだが、医療現場や教育現場で活用されているというものである。

たとえば、医師のカルテ記入を音声で行う。画面を見ていると専門用語を間違えずに認識していた。カルテ記入時間はキーボードで打ち込むものより3分の1になっていた。その結果、この医師が診る患者数は2倍になったという。
議会での活用場面も映していた。答弁が全て5秒遅れでスクリーンに文字化されていった。これにより、速記係(今も速記をしているのか?と疑問に思ったが)が不要となり、議会終了後1時間程度で議事録が完成されるようになったという。しかも年500万円のコストダウン。
そして教育現場。これは先生が話す言葉を10秒遅れでやはりスクリーンに映しだすものだった。「何のため?」と思ったら、聴覚障害者の理解のためということだった。なるほど。こういう場面では必要になるだろう。

同じ技術が一般にも普及したら、校務で変わる部分も多くなるだろう。たとえば、職員会議や研究会の議事録はこれでできるであろう。セミナーの講演のテープ起こしも不要になる。行事のアンケート調査等は書いたり、キーボードで打ち込むよりよほど早い。いつかその日が来るのではないか・・・と思った。

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2009.10.27

一流アスリートの言葉

文科省の事業にトップアスリート派遣事業というものがある。
本校が立候補し、幸いにも派遣していただけることとなった。種目は卓球。派遣者はこちらの方である。元全日本チャンピオンであるから、まさにトップアスリート。このような遠くまで・・・・と思うと本当に有り難かった。

ラリーの様子、スマッシュぶり、そして指導ぶりとやはり一流ということが随所に表れていた。
それだけではない。私自身、ハッとしたことがあった。
質問タイムである子が「試合中に落ち込む時にはどのようにすえばいいですか?」というものがあった。
百戦錬磨の選手のことである。どんな答えが出てくるか興味をもった。

「まずは流れを変えることですね。たとえば、立つ位置を一足分変えるだけで流れは変わります。(相手に決められた)ボールをゆっくりと追いかけて拾うことでもいいし、できるのならタオルで汗を拭いてもいい。流れを変えることです」

そうだよな・・・と思った。調子が悪い時は「流れを変える」ことだ。これなら家でも自分ができそうだ。

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2009.10.26

読み直している本

アウトプットはインプットのチャンス。原稿のためにいくつもの文献を読み直している。新しい本も購入しているが、読み直しの時間の方が今は多い。その中からの紹介。

1 「子どものやる気と集中力を引き出す授業30のコツ」(上條晴夫著 学事出版)
 授業成立の10の原則、授業づくりの基礎技術10のアイテムを読むと自分の授業を振り返ることができる。子どもたちにもっともっと活動をさせなければと実感。

2 「教師のための話術入門」(家本芳郎著 高文研)
 話術に技術は必要である。同時にその技術の奥にある家本先生の「思想」の深さに驚く。

3 「ネタ開発ノウハウ」(有田和正著 明治図書)今はこちらの書籍として発行。
 有田先生のネタ開発のための追究意欲の凄さを物語る書である。ここまで追究してしまう意欲・・・しかも50代での追究というところに改めて驚嘆してしまう。
 

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2009.10.25

教員採用状況

昨日のネットで岩手の教員採用状況のニュースを知った。こちら
小中合わせて64名。相変わらず少ない。きっと小学校だけだったら30名ぐらいでは・・・と想像する。しかも、受験者は講師経験者が多いのだから、かなりのハイレベル。

それに対してこのような地区もある。「同じ教員なのだから首都圏へ行ってもいいのでは」と考えるかもしれないが、「自分が生まれ育った地域で教員をしたい」という気持ちはよくわかる。家庭の事情がある人も多いであろう。

講師をしている人では本当に実力もあり、感心する研究授業をする先生方も多かった。そういう先生方が採用されないこの状況。結果的に岩手は自分も含めた40代教員の世代が定年退職しない限り採用は好天しないであろう。少子化による統廃合が続くだけではなく、定年退職者も少ないからである。

この厳しい状況に自分ができることは、教員という仕事に真摯に向かい合うことだと思う。自分が学んだことを次の世代に伝える。そのために自分の立場でできる活動や発信をしていくことである。

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2009.10.24

名前を覚える

「神業」を見た思いだった。
1年前一回ちょこっとお会いした人の名前を覚えているだろうか。
「お久しぶりです。〇〇さん」と著名な方に言われたら、確かにビックリする。そして「覚えていてもらえるなんて、光栄」と誰しも思うであろう。事実、言われた方はそのような気持ちになった。
もしかしたら、お会いする前に調べたのかもしれないが、その努力だってなかなかできるものではない。
まさに神業と瞬間的に感じた。
自分ももっともっと名前を覚える努力をしなければ・・・と思った。

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2009.10.23

担任の気遣い

今日たまたま目にした文章に次のようなものがあった。保護者の声である。

食べ物のアレルギーをもつ娘。その日の給食にアレルギーのある食材があった。「食べないように」と念を押し、さらに連絡帳に書いた。帰ってきてから、お腹が空いているだろうと思って「何か食べる?」と聞くと、「先生が他のおかずを多く盛りつけた」とのこと。さらに担任から「給食は足りたでしょうか?」という電話があった。その気遣いに感心した・・・・。

ちょっとしたエピソードだが、担任として学ぶことが多い。
まずはアレルギーの子に対する給食の配慮である。今はアレルギーの子の代用給食が出ることが多いかもしれない(前任校はそうだった)が、そうでない場合は「食べさせない」のはもちろん、このような形がベストであろう。
そして、自宅への電話。「アレルギー持ち」ということで、教師からすれば負担の増すことになる。それを信頼を得る事例に結果的に転化させている。保護者が担任を「いい先生」と思う事例である。

今自分では担任ではない。自分の立場でできることは、このような事例を先生方に紹介することであろう。その点では「保護者の声」のような記事は有り難い。担任としての行動基準を学ぶ事例になるだろう。

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2009.10.21

講座感想の声に励まされる

8月に行われた全国学校レクリエーション大会の記録冊子が届いた。冊子にするということで時間はかかったが、自分が行った講座についての感想がまとめられているのは大変ありがたい。受講された皆さんの率直な感想が書かれているからだ。(ただ、講師に遠慮して本音で書けない部分はあるだろうから、プラスの評価はある程度差し引いて考えなければいけないだろうが。)
講師だった私が励まされるいくつもの感想があった。

・授業内容と学習ゲームが結びついて、今日の授業「わかったし、楽しかった」となれば最高だなあと思いました。
・(学習ゲームの)やり方だけに走らず、教師自身のねらいところもしっかりと持ちたいと思いました。
・あっという間の3時間でした。教室がふわっと笑いにつつまれたり、あーすごいねーという声につつまれる、そんな授業づくりをしていきたいなと思います。
・即授業に取り入れます!また、思考力を鍛えていけるような活動を教材研究していきたいと思います。

こういった感想をもったとすれば、講座のねらいが達成できたなと思う。また、分科会の雰囲気について述べた方もいた。「発言が全く苦になりませんでした」「認め合いの温かい雰囲気の中での分科会でとてもありがたく思いました」・・・見ず知らずの皆さんで一つの分科会で3時間を共にする。そういう点では、いかに分科会の雰囲気をいい方向にもっていくのも重要かということを感じた。
それにしてもこういう講座の感想にはいつも励まされる。限られた中での講師ではあるが、次の活力になる。有り難いことだ。

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2009.10.19

すばらしい文化祭だった

今年の文化祭が終了した。
今年もすばらしい文化祭だった。
まさに「文化」そのものだった。

低学年は「くじらぐも」「かさじぞう」とまさにその学年に適した劇。日ごろの音読や歌の指導が確かなので、見事に表現されていた。
中学年は難しいテーマをよく表現していた。何よりも配役が適材適所。全員が活躍していた。
高学年は総合とタイアップさせた劇。内容が充実していた。自分も本校で取り組むとしたら、こういうスタイルだろうと共感をもって見ていた。スライドもお見事だった。

本校の特色は小中同時開催ということである。それ故に中学校の発表のすばらしさも堪能できた。
地区大会に敗れ、自分だけ県大会に行けない心情を吐露した生徒の弁論には感情移入をした。
劇「ハンバーガーショップの野望」は中学生の演技力に感心。ネット上に脚本(校内使用は無料)がある。ネットの力も大きいと感じた。
そして、フィナーレでのビデオは秀逸だった。画用紙に「あなたが大切なもの」を字で書き、それをデジカメで撮影。全校+教師+家族+地域の人々で百数十人になったであろう。それらがスライドショーで示される。お客さんは地域を大切にする中学生の取り組み感動していた。この企画力はお見事!まさに「文化」であった。
小中併設のよさをまたまた感じた。

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2009.10.17

インフルエンザにヒヤヒヤ

新型インフルエンザが猛威をふるっているが、学校現場は本当に振り回されている。
本校のように学級の児童数が少ない学校では、1名でも出れば学級閉鎖を余儀なくされる。学級閉鎖の期間中に文化祭がであれば、当然文化祭も開けなくなってしまう。
予定されていた日に文化祭が開催できなければ、いろいろな不都合が起きる。延びることによって、子どもたちのモチベーションも変化するだろうし、再度練習のために時間を費やさなければいけない。その分教科の学習も遅れる。また、保護者もその日に合わせて予定を組んでいるので、延期した日に参観できるとは限らない。何よりも、延期したからといって子どもたち全員が参加できるとは限らない・・・。というようにデメリットが次々と出てくる。

今週、同じ町内の中学校が新型インフルエンザで学校閉鎖となった。当然、我が校にも広がる可能性がある。朝電話が来たり、欠席する子がいたりすると「新型インフルエンザでは?」とヒヤヒヤしたものだった。
幸い今日段階でかかった子は小学校も中学校もおらず、無事明日文化祭を開催できそうだ。それにしても、今年度はずっと対策に追われている。昨日の朗読会の実行委員会の会議でも、会議がスタートする時点で全員がマスク着用となった。よりよい方向に向かうことを願うのみである。

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2009.10.16

教師の服装

大阪府の橋下知事の「教職員のジーンズ・ジャージ禁止も・・・」というニュースが以前流れた。会見のごくごく一部の映像であろうが、メディアの影響は大きく、ネットでも賛成・反対のアンケートをとっているサイトが出てきている。

「教師の服装」。20年近く前だったかと思うが、服装問題で「教員用の制服を市で準備する」という報道がされたことがあった。それも大阪府だったと記憶している。むろん、大阪府に限らず全国各地で「教師の服装」は話題になることがあるだろうなあ・・・と想像する。
私自身のことを振り返れば、若い頃は服装に無頓着だった。ジャージで登校ということはなかったものの、ネクタイは行事、研究授業、出張の時ぐらいのものだった。だから、研究授業の日に朝からネクタイ・背広で出勤したら、子どもたちに「先生、出張ですか?」と聞かれ、苦笑したものであった。当時は、校内での身近な先輩がラフな服装で出勤していたし、初任者研修でも特に言われなかったので、そんなものだと思っていた。(映画やテレビで映る小学校教師がカジュアルな服装で授業していたのも影響していたのかもしれない。)

それが数年たってから、毎日ネクタイをして行くようになった。職場で尊敬している先輩方がネクタイをしている方々ばかりだったからである。「なぜ、いつもネクタイなのですか?」と聞くこともなかったが、「子どもたちに教えるのに相応しい格好をするのは当然」という雰囲気がそこにはあった。
さらに、自分がたいへん影響を受けた家本芳郎氏の著書「子どもと生きる教師の一日」(高文研)の中にも服装についてのくだりがあった。
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だらしのない服装はよくない。なぜなら、学問を教えるのだからである。つまり、学問を教えに行くのなら、それにふさわしい威儀を整えて教場にむかうということである。(中略)
教師が服装について自らきびしくなければならないのは、子どもの服装の指導のためではなく、教師としての職業上の倫理や品位からである。
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当時、身が引き締まる思いをして読んだ文章だった。

原稿を書くにあたって家本氏の著書を読み、今日この文章にまた触れた。先の橋下知事の発言と関係もあり、改めて自分の服装の変化を思い出した次第である。

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2009.10.15

通信で考えた

立場上様々な通信を出しているが、月1回「コンプライアンス通信」を出している。学校でのコンプライアンスを推進する立場なので、交通事故防止・服務・金銭管理の重要さ等について書いている。
岩手県では毎月15日が「コンプライアンスの日」になっているので、この15日が通信発行の日である。今日、さっそく発行した。その中に掲載した著作権クイズである。

① こどもが自分で考案したキャラクターには、著作権が発生しない。
② 学校のホームページに他人のサイトのリンクを許諾なしに貼り付けても違法ではない。
③ 運動会でキャラクターを描いた応援旗を作成、使用するのに、キャラクターの著作権者の許諾は必要である。
④ 国語の時間に子どもが作った詩を学年便りに掲載する場合、子どもの許諾なしにできる。
⑤ 運動会でヒット曲を流すのには許諾は必要である。
⑥ 音楽の時間、著作権者の許諾なしに児童の人数分だけ歌詞をコピーして学習活用してもよい。
著作権クイズ・ドリル」より

これらは実際の学校現場に関係ありそうなものである。しかし、細かな部分の著作権については私自身が疎い。その勉強を兼ねてWebで探してみたものである。いろいろな情報に触れるうちに自分自身の知識が増えていくのを感じた。通信にはさらに次のように書いた。

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「教員は著作権の意識が薄くて・・・」という話を聞く場合があります。私自身、若い頃ワークブックをコピーしてそのまま大量印刷をして、先輩教師から「それは本当は著作権違反だよ。どこかに書いているはずだよ。」と指摘されたことがありました。小さい字ですが、「複写を禁じます」と確かに書かれていました。無知であることは恥ずかしいと痛感しました。(※プリント集にもコピー可というものも多いです。)
裏面に岩手県教育委員会発行の「岩手県教職員コンプライアンスマニュアル」の「11知的財産権への対応」を掲載しました。このような内容もコンプライアンスに関連があります。
私自身も勉強するまでは、「コンピュータのソフトをコピーするのは著作権違反」という程度の知識でした。しかし、先のクイズのような事例を知って、これは教師も著作権について学ばなければいけないと感じました。
というのも、クイズの事例は私たちの日々の仕事の中で生じる内容でもあるからです。
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私自身が教諭の時は、管理職が発行したこのような通信を読んでも意識が変わるということは少なかった。ただ、読んだ先生方が少しでも興味をもったらそれでいいと思う。何よりも自分自身が通信を出すことによって学びになっている。その点でも職員向けの通信を発行するのは意義があると思っている。
今回はコンプライアンスの通信だったが、なかなか出せないでいる授業や学級通信に関する通信も発行しようと準備中である。

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2009.10.13

襟を正す

日本教育会発行の「日本教育」という管理職教員向けの雑誌がある。管理職となってから、この雑誌の存在を知り、会費を納めて購入している。
一通り読み終わった後、この雑誌の編集後記に目が行った。3人が書かれているが、それぞれ今の自分にとって重要なことが書かれていた。

1 職人がいい仕事をしようと思うと、必ずまず道具を磨く。そのように、自分がいる国においては、重臣の中の賢人を選んでそこに仕えることだ。
2 (宮大工達の)職人魂が伝わってきます。それは、木や石、土を畏れ敬う職人の心です。そのために、道具を磨き、土や木肌を手や足で触れ、耳で「木の心」「石の心」を聞こうとするのです。
3 いくらベテランであっても、研究する態度を失った教師は、どんなに優しい声や手練手管を使ってみても子どもの気持ちはつかめず、子どもとは違った世界の人になってしまっている。

1については、自分の周囲には賢人が多い。年上はもちろん、年下の先生方でも尊敬できる人が多い。今までもたくさんのことを学んできているが、改めて自分の学ぶ姿勢について考えさせられた。
2については、「子どもを大切にする」ということに通じるであろう。「子どもの声・子どもの心」をいかに聞こうとしているか。これまた改めて自分の態度について考えさせられた。
3は大村はまさんの言葉である。ベテランには手厳しいメッセージであるが、その通りだと思う。自分なりの指導方法を確立したベテランこそ、研究する態度に厳しくなければいけないであろう。「子どもとは違った世界の人」になるということは教える資格がないという意味だと感じた。
これらのメッセージを読み、背中がスッと思わず伸びた。

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2009.10.12

正直な説明が大事

3連休は家にいたので、テレビもふだんよりは多く見た。
その中で「売り上げをぐんぐん伸ばしているスーパー」の特集があった。その特色の1つが「オネスト(正直)カード」である。

『長雨の影響で、レタスの品質が普段に比べ悪く、値段も高騰しています。暫くの間、他の商品で代替されることをお薦めします。』
『6月21日から発泡酒が値下げになります。お急ぎでなければ、6月21日までお待ちくださいますとお得です。』

といったお客にとって重要な情報(でもお店にとっては売り上げ減につながる情報)を正直に伝えている。これが逆に信用を得て、お客が来るようになったということである。くわしい説明はこちら

なるほどと思った。お客が「な~んだ。損をした」と思ったらその店にはもう行かないことが多いであろう。クレームをつけるのはまだエネルギーがある人で、多くの人は何も言わずに店を変えてしまう。

そういえば、昨日の朝日新聞に、習字の筆洗いの処理について書かれていた。事前の懇談会で「後片づけで習字の学習時間が限られてしまう。申し訳ないけど、筆はご家庭で洗ってほしい」と説明していた例があげられていた。こういう説明なしで、「筆は家で洗うんだって!」と子どもに言われたら、確かに「なんで」と思うであろう。

正直な説明が大事だと思わされる情報であった。

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2009.10.10

危機管理のための準備

台風18号では、暴風雨圏内になった学校では対応を余儀なくされたであろう。
本校は幸い登校時にはさほど影響がなかったため、通常登校。帰りは台風が近づいてきたこともあり、20分早めて下校という措置をとった(家の人に迎えにきていただく)。何もトラブルもなくホッとした。

翌日が副校長会で、前日の対応が話題になった。同じ町内であるが、判断は各学校単位なので対応も様々だったことがわかった。もちろん、これは学校の規模や地域の実態にもよるから、一律に「こういう対応で」ということにはならない。たとえば、「放課後子ども教室にいて、ふだん通り保護者に迎えにきていただくのがよい」という学校もあり、これはこれで早く帰すよりも適切な対応だと思った。メール配信を併用している学校もあった。こちらでは珍しいが、保護者の要望もあれば今後考えていかなければいけないと感じた。

あれこれ話をして、当たり前だが「危機管理のための準備」がもっと必要ということがわかった。本校でも、こういう時の対応はマニュアル化されているが、詳細となると別である。その状況に応じた細やかな準備がさらに必要なのである。準備の時間が限られているケースなどは難しいかもしれないが、今回は「台風が来るかもしれない」というのは、前日のわかっていた。自分としては話題にはしていたが「まだ沖縄を過ぎたあたりだから・・・」と具体的な細やかな準備は当日になってからだった。この点では反省である。他から学びたい。

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2009.10.09

理想の職員室

副校長は「職員室の担任」のようなものだと思っている。その点では、「理想の職員室」とは何かを考えている。
ところが、今回のタイトルは設備面での「理想の職員室」。こちらのサイトである。
そうか・・・今まで「教室のICT環境」は考えたことがあったけど、「理想の職員室の環境」は考えたことはなかった。特に机の配置やレイアウトなどはどの学校も似たようなものだった。

この「理想の職員室」では、確かに理想だ。図書・教材スペースなどが広かったら、知的になるだろう。私も本をどんどん持ち込みたい。喫茶コーナーでの授業談義もいいし、スクリーンも工夫して使えそうだ。皆さんが管理職に背を向けて仕事をするのはちょっと気になるが・・・。一言コメントもなるほどとうなずける。

私自身は職員室内に副校長も使える個別スペース(集中して作業ができる)が欲しいと思う。担任には教室がある。校長にも養護教諭にも校長室・保健室がある。主事や用務員さんの部屋がある学校もある。ところが副校長には職員室しかない。しかも来客・電話対応も主たる仕事。一定時間作業を行うには、会議室等を間借りするしかない。しかし、そのようなジプシー作業もあまり落ち着かないものである。
まあ、理想はあくまでも理想。でも、違った形で実現できそうなのもあるかもしれない。これをきっかけに考えてみよう。

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2009.10.08

台風と研究授業

2年に1回は台風対応をしなければいけない時がある。(全国的にみれば少ない方だろう)
昨年はなかったが、今年は直撃する可能性があるということで、今日子どもたちを若干早めに帰すこととなった。家族の方が迎えにこられて無事スピーディーに帰せたことでホッとした。大規模校の時の大変さを知っているだけに、小回りのきく学校のよさを実感している。

さらに偶然なのだが、なぜか台風対応の日に限って研究授業があることが多い。
11年前、自分が6年担任の時は指導主事来校だったので研究授業を行った。
2年前の時は1年担任の先生が2校時に研究授業を行い、午前授業で下校。
今日も研究授業が2校時にあり、子どもたちは早めに帰したが、教職員は放課後研究会をみっちりと行った。
授業者からすれば、授業をする限りにおいては同じだから、やはりやってしまいたいという気持ちであろう。

ただ、これが学校公開当日というのであれば、いろいろと判断も大変だろうと思う。
そういう学校が本日実際にあり、本校からも1名参加した。「予定通り行う」のであれば、児童の安全対策をどうするかがポイントになる。「中止」というのであれば、参加を予定していた先生方への対応をどうするかが難題となる。
いざという時の判断。天候が相手の場合には、明確な基準をもつことの大切さを改めて痛感した一日であった。

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2009.10.06

管理職の心得

とある資料を読んでいて、「管理職の心得」という部分に共感した。11項目書いているが、特に共感したのは次の4つ。

・部下の失敗を黙って始末できれば、その上司は心服を得る。
・箸の上げ下げのようなことばかりいっていると、部下は指示されたことしかしなくなる。部下に責任感が薄れ、志気も上がらない。
・部下の意見は終わりまで聞け。そうでないと部下はものを言わなくなる。上司に対して部下は遠慮しながらものを入っているのが常だからである。
・部下の主張に6分の理があっても、その程度の理だと多くの場合、上司の4分の理が通る。そこに陥穽がある。

自戒したい。これらのことは教師と子どもとの関係にもあてはまるなあ・・・。

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2009.10.05

オススメWeb

以前に一度紹介したが、「スクール55」の授業を見るプロにインタビュー「学ぼう! 大西貞憲の授業眼力」はオススメである。
いつの間にか6回まで進んでいた。たとえば、2回の「指導案へのメモ」などはなかなかふだん話題にならない仕事術である。粗く分けると、「発問・反応」をそのまま書く例と意見・疑問を中心に書く例の2パターンではないかと思う。基本的に記録係がいる時には「発問・反応」は書く必要がないと私は考えている。だから、意見・疑問をメモして授業研究会に備えているが、今一つ有効なメモ術にはなっていない。
大西先生のこのコラムでは実際のメモの例を示しており、「やはり自分のメモに足りないのは構造化」だなあ・・・と痛感した。
一回一回が自分の不足している部分を補ってくれる有り難いWebである。

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2009.10.02

鍛える遠足もいいものだ

今日は登山遠足。校歌の冒頭が「久慈平岳の峰遠く・・・」というように、本校の近い山の久慈平岳の登山である。標高706m。全校で登る。といっても、道は車が十分に通れるところであり、入り口からは1時間半ほどで山頂につく。それでも、やはり登りはきつく、私自身も途中で「けっこうきついなあ・・・」と思ったほどである。低学年の子たちは必死であった。

さて、このような「鍛える遠足」は二十年ぐらい前はどの学校でも行われていた。年2回の遠足があり、一回は見学的なもの、もう一つは歩いて鍛える遠足である。それが授業時数削減により、見学的なものだけになってしまった学校が多かった。2校目や前任校はそうであった。だから、このような遠足は久しぶりである。
今回はこの鍛える遠足のよさを感じた。

・まずは達成感があること。苦しんで登った後の達成感。山頂から見えた太平洋までの景色はそのご褒美である。
・縦割り班なので、上級生の下級生への関わりが実によかった。大変そうな時にはリュックを持ってあげたり、やさしい声がけも多かった。自分たちもそうしてもらったからである。
・何といっても思い出に残る。2年に1回の登山であるが、けっこう前のことをしっかりと覚えていた。それだけ記憶に残るということである。
・自然の中での遊びの気持ちよさ。「汗をかくのがいい」と子どもたちは言っていた。

2年に1回ということであるが、こういう意義あるものなら毎年でもいいと思っている。鍛える遠足もいいものだ。

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2009.10.01

秋の色

16km離れた職場へは約20分。いつもだとあまり気にかけないが、このごろは山々の風景が目に飛び込んでくる。
今の職場に転勤が決まった時、この近くの学校に勤めていた友人から「秋は紅葉がきれいでドライブ気分でしたよ」と言われたことがあった。今がまさにその季節。
先週、山が色づき始めているところを見た。そして、今日改めて山を見てみるとだいぶ色づいてきたのだ。色とりどりの景色が本格的に始まる。しかも、田んぼには一面黄金色の稲。その情景に思わず「美しい!」とつぶやいた。
こういう景色を毎日見られるのは幸せである。
ただ、その期間は短い。寒く厳しい冬になる前の束の間の癒しである。

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2009.09.30

折り返し

9月末日は年度の折り返しである。
担任時代は「折り返しは【あと半分しかない】とも言えるし、【まだ半分ある】とも言えます。残りの期間をどう過ごしますか」と子どもたちに問いかけ、自分の目標をリセットさせたものだった。この時期の定番実践、定番学級通信だった。管理職となって、改めてこういう「定番」ものがないことに気づく。

さて、この折り返しは自分を振り返るいい機会だ。2年目の管理職として半年が過ぎた。
2年目でルーキー時代よりは慣れて仕事にも余裕ができるだろう・・・と思っていたが、そんなに単純ではない。自分自身が昨年度のルーキー時代に気づかなかったことが結構目につき、そのたびに勉強をしている。この2年目も来年度になれば、「まだまだ見えていなかった」と思われる気がする。
ただ、それは自分の仕事の幅を広げることになるのでいいことだけど。

それにしても今年度は時間の経つのははやいと感じている。特に7月~8月はあっという間だった。公務の他に「自分の仕事」が充実していることの裏返しとも言える。管理職としての仕事というより、今までの自分の財産をまとめたり、そこから新しい生産活動をする仕事である。これは、担任時代もまだ最近であり、授業にもこだわり続けている今しかできない仕事とも言える。

さて、残り半年。今行っている本務と生産活動を継続しながら、今年度の「管理職実践」をまとめていきたいと思っている。どのような形かは未定だが、自分の立場だからこそまとめられることがある。そう考えている。

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2009.09.29

同職のネットワーク

町の副校長会の研修会に出席。会議の中で情報交換の時間がある。
ここで交わされる情報は貴重だ。各学校の様子だけではなく、副校長職として「ああ、このような視点で仕事をしなければいけないんだ」と学ぶことがしばしばである。今日は「施設管理」の視点での仕事ぶりを学ばせていただいた。副校長職は各学校1名。同職のネットワークはやはり有り難いものである。

学校という組織には1名だけの職がいくつかある。校長職もそうだし、養護教諭、事務もそうだ。考えてみれば、校長や副校長は今までの教員歴で何人も接してきているので、ある程度理想像が浮かぶ。ところが先日事務さんと話をして、「事務職は同職の人と同じ職場になったことはない」ということに改めて気づいた。本町は事務職さんが共同事務を週に1回行っているが、事務さんのにとってこれは貴重な情報交換の場でもあることがわかる。また、今まで接した事務さんの情報を伝えることも大切なことだと思っている。

これらのことに気づいたのも自分が一人職になってからだ。担任時代はなかなかそういうことにも頭が働かなかった。職が変われば視点は広がるものだと感じている。

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2009.09.27

「求道者イチローの原動力」

日曜日の朝の楽しみの1つはメルマガ「国際派日本人養成講座」が届くことである。
内容が本ブログのメインテーマと近いこともあるし、内容が充実しているので熟読することが多い。こういうメルマガが無料で配信されるのだから、有り難い世の中である。

今日届いたのは「求道者イチローの原動力」。プロ野球に関するコラムを読むのは好きなので、今回はいつも以上に熟読した。その中で印象に残る言葉。

・いま小さなことを多く重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道なんだなというふうに感じてます
・僕がこんなにトレーニングをしている理由は簡単なことです。僕を獲ってくれたスカウトの方に失礼があってはい けませんから

自分に生かせる言葉である。「小さなことを多く重ねる」・・・今の自分はまさにこれが必要だ。そして、今まで育ててもらった感謝の気持ちが、後進を育てるエネルギーになると思っている。

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2009.09.23

会議運営

会議の運営をどうするか・・・ということも自分が常々テーマとしていることである。
研究会については、授業研究の場合、ワークショップ型研究会が根付いてきたので喜んでいる。しかしながら、職員会議は・・・というところである。
先日の分は学校事情で遅く始まった。これは逆に「提案を短く」ということを意識化させるチャンスだったので、その点を冒頭で強調した。司会は自分なので、コーディネートも自分でできる。途中まではうまくいったが、最後は息切れ・・・という感じになってしまった。

「提案を短く」という制約。これを指示することによって、いくつものプラスがあるはずだ。要点を端的に伝える力が必要とされるし、質問や話し合いにも一定の緊張感が生まれる。「共通理解のためには一定の時間が必要」という意見もあるかもしれないが、そもそも文書提案されているのだから、口頭は短くてよい。いつか会議自体についてディスカッションしたいところだ。それでコンセンサスを得られれば、もっと会議の改善に取り組みやすくなるだろう。

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2009.09.19

体調不良に襲われた一週間

健康な状態で週末を迎えることができたのを嬉しく思う。
というのも今週は体調不良に襲われたからである。「自分は十数年、風邪をひいたことがありません」と言ってきたほど、体調には自信をもっていた。日常でも睡眠時間を削ることはしないようにしているし、日常的にも無理なことはしていない。

だから、月曜日の午後の陸上大会準備をしながら、「何かだるいなあ。まずいぞ・・・」と思った時でも、一晩寝るとよくなるだろうと楽観視していた。
しかし、火曜日になっても不調。今度は耳の下が痛くなり、夕方には悪寒もするようになった。完全に風邪である。薬局に行き薬を購入。夜は食欲もなく、すぐに寝る。
水曜日も同様。9時間も寝たのに、さっぱりいい方向に向かない。「こんな調子で週末までもつのだろうか」とふと思った。学校でも同僚から気づかれ、「大丈夫ですか」と心配される。この日も食欲なく、帰って早々と就寝。体重も2kg減っていた。
木曜日に汗びっしょりかいて起きる。それがよくなってきた証拠で、体も軽くなった。
そして金曜日には何とか9割方に戻った。

「具合が悪かったら休んでください」とよく話しているが、自分の場合にはそれができなかった。「悪いなりにも仕事はできる状態」だったからだ。むろん年休をとって体調を回復させるのが第一なのだが、火曜日は出張の先生がいるし、水曜日は年休の先生もいるしワックス塗りもある。さらに木曜日は担当として重要な行事があるということで、「ふだん通り勤務して治そう」という道を選んだ。
これはこれで堪えた。通常勤務でも疲れるのに、体調不良での12時間である。事務仕事の能率はガタッと落ちた。通信を今週は3枚書かなければいけなかったが、とても時間がかかったし、エネルギーを注ぐ校報などは、具合の悪い時などはやはり書く気が起きなかった。
授業で子どもたちの前に出る時はシャキッとして臨んだが、「テンポよく」というのは到底無理。板書の字も乱れる。
家に帰ってからもブログの更新もやめようか・・・と思ったが、5年ぐらい毎日書いているので、今回は何のネタでもいいからとにかく書いた。これすら面倒になっていた。

そんな状態だったから、一昨日から調子が上向きになってきた時に、「健康状態で活動ができるというのは本当に有り難いこと」と痛感した。授業もそう、事務仕事もそうだし、原稿等についてはあのような体調不良の状態では書くことができないであろう。
気持ちも体力も充実しているからこそ、学校の仕事も家でもがんばることができるのだと改めて自覚した。

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2009.09.18

久しぶりに本の紹介

本の紹介。久しぶりである。これが9月の実情と今週の体調不良を物語っている。

いちばん受けたい授業」(朝日新聞出版)
 朝日新聞に週一回で連載されている「花まる先生公開授業」をまとめたもの。76人の先生方の授業やノウハウが一人4ページ程度で書かれている。私自身も2年前に取材を受けたので、その分が掲載。プロのカメラマンの写真が秀逸。

ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論」(小林よしのり 小学館)
 考えてみたら、今まで皇室関係の本は読んだことがなかった。いろいろな本の中に出てくる一部の情報しか学んでいなかったことをこの本の中で実感した。やはり無知は恐い。この本の中に授業シーンのカットがいくつか出てくる。教師が子どもたちに与える影響は大きいことも実感。

「『51歳の左遷』からすべては始まった」(川淵三郎 PHP新書)
 ラジオで川淵氏の苦労話を聞いて大変おもしろかったので迷わず購入。本書にはラジオで聞いたことがあまり書かれていなくてその点が残念だが、「現場主義」「反・前例主義」「アウェー力」等、自分の仕事でも役立つキーワードがいくつもあり、参考になる。

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2009.09.17

学校を愛する皆さんに感謝

本校の地域の皆さんは学校に対して大変協力的であり、感謝することもしばしばである。今日もそのことを強く感じた出来事があった。
地域の老人クラブ、子どもたちの祖父母が子どもたちと一緒に草取りをする「勤労奉仕作業」という行事が、本校にはある。地域のお年寄りの皆さんが「おらが町の学校のために」と、花壇等の学校周辺の草取り作業を行う。3時間あまりの作業。決して楽ではない。
「皆さん大丈夫かな・・・。無理されなければいいが・・・」と思っていた。
 ところが実際に作業が始まると全くの杞憂だった。

・作業の一時間も前に学校に来て、「私は時間があるから」と言って、早めに草取りを始めたおばあさん。
・子どもたちと会話をしながら、「毎日陸上練習をがんばっているなんてすごいね」とに励ましの言葉をかけていたおばあさん。
・にこにこしながら、遠くの場所に何度も一輪車で草を捨てに行くおじいさん。
・作業に必要なものがないとわかると、すぐに自宅に取りに行くおじいさん。

本当にお一人お一人が「学校のためなら」と一生懸命に草取りをしてくださった。しかも、草取りの手際も抜群である。
終了後は、校舎内のホールで子どもたちがお菓子とお茶を振る舞った。さらに、担任の先生のアイデアで、一人一人の自己紹介。「ああ、あそこの・・・」という感じで子どもたちを見ていた。その姿を見て、「皆さん、本当に学校と子どもたちを愛しているんだなあ。本当にいい地域だ。」とつくづく思った。このような地域の中で育つ子どもたちは幸せである。

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2009.09.16

2日間の担任気分

本校では、担任の先生方が出張等で不在の場合、即私がその学級に入る。2学期は他の先生方が不在ということは、一日もなかった。

ところが、今週は2日間、2つの学級に入った。
一日子どもたちを見ることができるのは、やはりいいと思った。
いろいろな子がいろいろな場面で活躍するのを見ることができる。
逆に、前の時間に注意した子をフォローする場面も出てくる。
自分の好きな方法で授業ができる。(これは担任の先生に了解済み。)
そして、何よりも子どもたちとの距離が近くなる。
昨日、今日と子どもたちとあれこれ雑談で話す。
体調は不良だが、子どもたちの前に出るとシャキッとするのがやはり教師だからか。
2日間の担任気分。とても気持ちのよいものだった。

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2009.09.13

「これが限界」とはとても言えない

4月以来、複数の重要な仕事に取り組んできた。8月末がその一区切りの日だったが、2週間遅れで一区切りさせる。自分にとって大きなことであった。長期の取り組みでは、何度も「自分は何でこんなにできないのだろう」と思った。
他の人にはそう思われない時もあるのだが、自分の中では初任以来ずっと「何で自分はこんなにできないのだろう」としばしば思っている。だから、「努力するしかない」と考えている。

いつだったかテレビで新幹線を開発した人の話が印象に残っている。

「『できない』と言える人はすごい人だ。『できない』と言えるのは、いろいろな可能性を試してみて、『これ以上は無理』と限界まで努力した場合だけだ。ちょっとだけ試して努力して、『できない』と言っている」

そんな内容だったと思う。「自分にはできない」と思った時には、この話をいつも思い出す。そして、「『できない』と言えるほど努力をしていないだろう」と自分に言い聞かせる。
「そうだ。『これが限界』というほど苦しんでいないだろう。「まずやれるだけやってみよう」と思い直す。
むろん、この期間、それなりの苦しさはあった。モチベーションもそうであるし、体力的にもそうだ。ふだんはないストレスも生じる。しかし、「これが限界」と言えなかったのは先の話が強烈な印象に残っているからである。

さあ、一区切りはしたが、次の山がそこにある。ちょっとだけ休息したら、また走りだろう。

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2009.09.12

禁止の禁止

楽しみにしている「総合教育技術」(小学館)の野口芳宏氏の「魂の校長塾」。今月も考えさせる内容だ。
子どもの安全を考えるあまり禁止や制限を増やすことが、果たして子どものためになっているのかという投げかけである。
確かに子どもたちに安全のために「池に入ってはいけない」「低学年の自転車乗り禁止」というように、いくつかの学校のきまりを設けている学校が多いであろう。そして、多くの指導が生徒指導担当が行われる。特に事故や事件があれば、それらの禁止事項は当然増える方向に進む。
それらは学校としては「当然」の方向であろう。再発防止のためには、学校としては「・・・・については禁止し、指導もした」ということが真っ先に考えられる。
そういう傾向に野口氏はあえて疑問を呈する。

・子どもを安全第一に考えるという美辞が、実は子どもの「危険予知力」や「危険回避力」や「冒険心」や「努力」や「精進」を損なっているとしたら、これは大きな問題である。
・禁止を学校の側からするということよりも、子どもの側から自ら禁止に導く自律の心を育てなければならない。安易な禁止策は「生きる力」を育てることにはならない。

これらはまさに正論である。しかし、いざ学校の管理職として実践をするのなら、とても勇気のいることである。「無難に、安全に、事なかれと願うなら、私のような実践はできない」と野口氏も喝破している。私自身もいざ・・・となれば正直自信はない。しかし、こういう考えを知っていること自体は今後子どもたちの安全を考えていくうえでは重要である。この記事1つを読むだけでもこの雑誌の価値があると思っている。

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2009.09.11

教科書を見比べる

 複数の教科書を見比べて教材研究をすることは大切だと思っている。特に自分が力を入れたいと思っている教科はそうだ。
 教諭時代、社会科については、研究授業等で複数の教科書、それも3~4社を比べて研究したことがよくあった。地域の教科書センターは隣町にあり、よく使わせていただいた。貸し出しリストを見ると、ほとんど借りる人はなし。自分が借りて、数ヶ月後にまた借りに行くと、自分の名前の続きに書くということもよくあった。その場の閲覧はあるのだろうが、複数の教科書を一定期間借りて研究するということは珍しいことなのであろう。優れた教材である教科書を見比べるだけで授業のヒントが見つかるのにもったいない話だなあ・・・と思っていたものだ。

 今は算数の教科書をよく見比べている。今指導する時間で一番多いのが算数だからである(週に10時間)。本県は算数で全地区同じ会社の教科書を使っている。それも私が初任以来ずっと同じである。私自身一つの会社の教科書のスタイルにすっかり慣れてしまっている。
 だから、他社の教科書を見比べてみると新鮮な発見がいくつもある。1時間の展開や単元の構成はもちろんだが、発展教材などは「こちらを授業で扱った方がいいな」と思うものが結構ある。K社の4年の教科書の後表紙には、目盛りが通常のものと違った分度器が掲載されている。「これは何に使うのかな・・・」と思っていると、糸とおもりをつけて「かたむき分度器」として使うものであった。そういえば、スキー場の角度が子どもとの雑談で話題になったことがあった。急な傾きに思われるところでも、角度にすればそれほどの数値ではないということだった。このかたむき分度器を使えばそういうことの理解にもつながるであろう。
 こういうことは教科書を見比べているからわかることである。しばらくは算数の教科書の見比べが続きそうである。

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2009.09.09

町陸上記録会

本町には7校の学校があり、本校はその中でも一番の小規模校だ。(ちなみに来年度は3校が統合するので、町内で5校となる。20年前は11校だったのに半減している。本町周辺はどこも似たようなものである。)
だから、町の陸上記録会は「オール選手」。前任校は学年150人だったので、選手は本当に選抜された子たちだった。他の子たちは応援がメインになるが「なわとび競技」というのがあり、それなりに技能向上につながっている。
その陸上記録会が今日あった。いくつものよさを感じた。

・苦手な子も励みになる
本校でも運動が苦手と思っている子もいるであろう。それでも選手になるから練習をしなければいけない。実際の記録会では、そういう子たちの目標は他校と競うことよりも自己ベストを更新することだ。その点では目標を達成していた子が大部分だった。苦手な子でもその点では満足するであろう。これは私自身小学校の時に感じたことである。
・3年生から経験できる
全体の参加人数が少ないので、3年生から競技種目がある。60mと800mである。大会の経験自体が子どもたちにとっては貴重だ。それを3年生から経験できる。
・2年目の成長
自分の担当はリレー(男子)。昨年も受け持った子たちだ。4人とも経験者である(1人補欠)。技能面もさらに伸びた。それ以上に「昨年度の経験」が随所に出て、練習段階から子どもたちの成長ぶりを感じた。むろん本番でも安心して見ていられた。

 今年も昨年度と同じように練習時間を確保し、教職員全員で指導をした。その成果は大会に反映されていた。やはり子どもたちは鍛えれば伸びる。そんなことを実感した陸上記録会だった。

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2009.09.07

地域のよさを改めて感じる

地区民運動会というのが、岩手であればだいたいどこでも行われる。
しかし、その多くが参加者が限られた人になっているのが事実であろう。
本校学区は全く違っていた。

中心となる30代から50代はもちろん、お年寄りの皆さんも張り切って参加した。
それだけではない。小中学生は全員参加。さらに高校や20代の若者も多数参加した。
まさに「地域総ぐるみ参加」の運動会であった。

これだけの参加者であれば、運動会も盛り上がる。
本地区独自の競技である「縄ない」では、お年寄りの腕前に感嘆の声があがったほどである。あとで優勝チームの人に聞いたら、「小さい頃から縄をなっているからね」とのこと。70年ものベテランだから、30年、40年ではとてもかなわないわけだ。
マンモスリレーでは小学生→中学生→高校生→大人と迫力のある展開。実に見ごたえがあった。

皆顔なじみでチームワークがよく、準備や競技もとてもスムーズだった。競技に参加しなかった張り切って運動会を見に来て、大きな拍手をしたり、大笑いをしたり・・・・にぎやかな観客がいれば運動会も盛り上がる。

10年前も、20年前も、30年前もきっと同じような風景だったのであろう。地域のよさがそのまま受け継がれていると感心した。

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2009.09.06

有り難いブックトーク

4日に教育振興会主催で「ブックトーク」を行った。これは毎年行っているもので、子どもたちの楽しみの1つでもある。今までは地区の行事ということで公民館で行っていたが、広い場所の方が便利ということで今回は学校で行うことにした。その分、学校の担当である自分の負担は増えるものの、お茶・机等も物が揃っているので、その点では好都合だった。

さて、このブックトークですばらしい、有り難いと思うことがいくつかあった。
1つ目はブックトークをする講師のすばらしさである。低学年は「自然」、高学年は「宇宙」というテーマで実施してくださったが、本を選ぶセンスに感心した。多くの本の紹介に「自由に読んでいいですよ」と言われたら、子どもたちはドッと本に群がった。これが子どもたちの関心を示していた。
2つ目は、行政のバックアップだ。講師の皆さんが紹介してくださった本は特別に貸していただけることになった。別の町の図書館だが、そういう制度があるそうである。さらにこの講師の謝礼は町の家庭教育学級の予算。お金がなくても、本がなくてもできる取り組みである。
3つ目は、地域の皆さんの協力である。子どもたちは具合の悪い子を除き、全員が参加。そして、保護者も十数名の参加。合計50名もの参加である。夜の行事にこれだけ集まる。地域の皆さんの協力がなければできないことである。

こういう行事を実施するたびにこのような発見をする。有り難いことである。

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2009.09.05

データが消えた・・・

ショックである。メールのデータが操作途中で消えてしまった。過去3年分である。
パソコンにトラブルはつきものであり、過去にも数回苦い経験をしている。しかしながら、今使っているパソコンは全くそういうトラブルとは無縁であり、安心しきっていた。

メールの中でも重要なものや添付ファイルはバックアップをとっているし、送信したデータは幸い全て残っている。その点では、当面の活動には影響はないかもしれない。むろん、ハードに入れているデータもバックアップはとっている。
しかし、これから様々な面で不都合が出てくることは否めない。間違いなく痛手である。今はこの手の研究をする余裕もなし。まずはすべきことをしていこう。

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2009.09.01

県教委・不適応対策資料に注目

文科省や県教育委員会のホームページを時々拝見している。
生徒指導関係でWeb巡りをしていたら、「学校不適応対策指導資料」が目に飛び込んできた。
「関連ファイルダウンロード」を見てみると、いろいろと考えさせる資料や指導方法が書かれている。

「言葉に頼り過ぎないで」「3日間で、まず行動!」「いじめの訴えがあったとき、逃げるな・隠すな・嘘をつくなが鉄則」「家庭訪問を行う際のポイント」「新学期に使いたい教師の言葉」などは、そのまま対応法として役立つ。
担任でなくても、子どもたちへの対応は担任外も行うのだから、このような生徒指導関係の情報も常時入れておくことが大事だと考えている。授業と同じで子どもたち対応の腕も何もしなければ落ちるのは当然である。

さらにこの資料は、別の生徒指導関係のWebにリンクされている。ここにも役立つ資料がある。教育センターの「いじめ問題への初期対応と対応マニュアル」は貴重である。Webから学べることも多い。

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2009.08.31

若手教師の声が励みになる

昨日、教育新聞の連載の最終原稿を送った。授業づくりについて若手教師向けに24回にわたって書いてきた。発問、指示、板書、指名といった基礎的なことや、学習ゲーム、ICT活用、図書館活用といった授業の幅を広げるものまで、一回一テーマで書かせていただいた。自分でテーマを決めるものなので、テーマさえ決まればどんどん書き進めていくことができる。その点では楽しい執筆であった。

この連載原稿について、講師で勤務している若手の先生から、「新聞の記事を切ってノートに貼っていて、読み返しています」と直接言われたことがあった。そこまでしていただくと執筆者冥利である。同時に、「こういう読者のためにもがんばって書かなければ・・・」と励みになった。

これは「価値ある出会いが教師を変える」についても同様だ。月に1~2通、見知らぬ若手教員や学生さんから感想メールが届く。それも長文のものが多い。本の中に講演者に手紙を書いたエピソードが掲載されているからかもしれない。昨日も届いていた。私もすぐに返信を書く。
内容の多くは「刺激になった」「励まされた」という有り難いものだ。こういうメールを読むと、実はこちらも励みになる。これから教育界を支えていく人たちに自分の願いが伝わることの嬉しさである。そして、疲れていても「自分にはすべことがある」とつくづく思うのである。それにしても頼もしい若手教師が多い。こういう若手に伝えたいことはまだまだある。

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2009.08.29

情報化社会

東京をはじめとする遠い地での研修に積極的に参加するようになったのは1999年だった。単学級の3校目で「もっと出掛けて学ばなくては!」と痛感したからだった。子育て真っ盛りではあったが、休日に遠くに出掛けられる環境にもなってきつつあった。遠くに出掛けた分、学びは確かに深まった。今年で10年になる。数年前より、出掛けることは少なくなったが、今でも月1回ぐらいは東京に行き学んでいる。

昨晩遅くにホテルにチェックイン。昨晩も朝もテレビはつけずに、ネットで情報をチェック。ホテルはネットができるかどうかが宿泊の最優先事項になっている(メジャーなホテルでもできない部屋があった)。
チェックアウト後に山手線に乗り、入り口付近の車内モニターを見続ける。毎日利用している人なら見ないであろうが、自分にとってはその内容が面白く降りるまで見続ける。「人工降雨」の話は授業に利用できそうだ。周囲はケータイを見ている人がやはり多い。
途中、東京駅でメールチェック。会場の最寄り駅から、コンビニに行き自分のPDF資料を印刷。出先での印刷にも困らなくなった。

ふと、10年前のことを思い浮かべた。10年前と違って、情報化社会の恩恵にどっぷりと浸っていると。そういえば10年前は研修会に行くたびに葉書を持参していた。気に入った講師にお礼の手紙を書くためである。これも今はメールに変わった。
この10年間で変わった風景。改めて情報化社会に生きていることを感じた。5年生での社会科の「情報」に関わる学習も変わるわけである。

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2009.08.28

車中で

新幹線に乗る時には、仕事・読書・寝るのどれかである。
今日は明日のセミナー講座の準備のためにスライド作りに励むことにしていた。そうしたら、途中から乗った会社グループの数人が実ににぎやかな会話をしていた。時折、笑い声や拍手も出ている。ちらっと見ると宴会の続きだったようだ。遅い新幹線である。自分は遠くに座っていたが、近くの人は大変だっただろう。

そのうち疲れて寝てしまったら、そのグループの皆さんの声で目を覚ました。どうやら降りるところらしい。「これで車中も少し平和になるか・・・」と思ったら、すぐに新たな賑やかグループが乗ってきた。先のグループと同じくらい会社の話をしている。顔はやはり赤い。

そして気になったのが、どちらのグループも自分と同じくらいの世代のようだったことだ。職場で年下が多くなり、気遣うよりも、気遣いされることが多くなってきたからか?

新幹線を降りてから在来線に乗り換え。車中で別の風景を見た。混雑する車内にお年寄りの夫婦が乗ってきた。若い娘さんが「どうぞ」と笑顔で席をすぐに譲った。感謝するご夫婦。

あまりにも対照的な風景。「たまたま」ではない。今までも似た風景を実は見てきている。自戒したい。

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2009.08.27

学校ホームページ

本校のホームページがようやく4ケタのアクセス数に近づいてきた。
2学期が始まってから「毎日更新」を目標にしているが、なかなかそうはいかない。しかし、更新しやすいのは確かである。一日の中で10分程度あれば十分なのであるから。9月からは何とか日々更新が実現できるであろう。

このホームページには一つの願いをもっている。それは、本校学区の様子を写真で紹介することだ。「笹渡アルバム」というサイトを作っているのもそのためである。これはとある地域の方から、「笹渡を出ていった人がネットでふるさとを探して、『ああ、ふるさとはいいな』と思うようなホームページがあったらいい」と言われたことが発端である。まさにそうである。
豊かな自然、懐かしの母校、そして自分が小さい頃によく見た風景。ホームページでできることがある。これも来月から少しずつ蓄積させていく予定である。

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2009.08.24

電子号外と懐かしの甲子園

昨日敗れたものの、花巻東の余波は自分の中では続いている。
こちらのコラムを読んで「なるほどなあ。注目されることは大変だよな」と思ったり、地元放送局で流れた昨日のご苦労さん会の「岩手の皆さん、ありがとうございました!」という選手の笑顔を見て、「こちらがありがとうだよな」と思ったりした。

そんな中、岩手日報では号外が出ていたことを知った。そして電子号外が出ていたことも。
さらに検索していくと、「歴代優勝校」というサイトに辿り着いた。ここは優勝校だけではなく、その大会の全試合が網羅されている。これには驚いた。自分の小学校時代に見た三沢高校の決勝戦も、同世代だった箕島高校と星陵高校の18回の攻防も懐かしくみさせてもらった。さらに今回思い出したのが、1984年の甲子園。秋田生まれの自分が最後に秋田にいた年だ。秋田の金足農業が桑田・清原のいるPL学園相手に準決勝で8回までリードしていたのだ。結果的に桑田の2ランで敗れてしまうが、今年の花巻東のようにすばらしいチームだった。
ネットで蘇る自分の中の甲子園である。

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2009.08.23

ありがとう!花巻東

準決勝で負けてしまったが、甲子園の花巻東高校には本当に大きな大きな拍手を送りたい。
本当に記憶に残る、しかも応援しがいのあるチームだった。
むろん、菊池選手というNO1左腕がいるからということもあるが、それ以上の理由がある。

一つ目は、その態度である。ネットの花巻東関係の様々なコラムを読むと、メンバーの態度のすばらしさが多く書かれている。プレーでの全力疾走、バックアップを怠らない点はもちろん、ピンチでの盛り上げ方や取材陣への心配り等、「すばらしい」と思うことがしばしばだった。学ぶところが多かった。

二つ目は、知っている子たちが出場していたことである。前任校での子どもたちの活躍ぶり。家内の中学校からも3人が選手としてエントリーしていた。彼らを知る者として、応援に力が入らないわけがない。

そして、純粋な岩手チームであったということ。だから、選手の口からも「岩手のために」という言葉が何度も出ていた。

春の選抜で準優勝。そして夏の大会でベスト4。この成績だけでも十分だが、それ以上にずっと人々の記憶に残るチーム。「あの時の花巻東はすばらしかった」と伝説はずっと語り継がれるであろう。本当に感動をありがとう!

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2009.08.21

駐車場係

今日は地区水泳大会の駐車場係。一つの大会を運営するためには、各学校の協力が必要であり、役員も1名は出なければいけない。本校の割当は駐車場係である。授業日だから担任外で対応ということで、係となった。
朝早くから8時間近く。ふだん歩かない分、いい運動になったがさすがに疲れた。
ただ、各学校の先生方や応援の保護者の車だったので、こちらの指示通りに運転してくれたのでその点では助かった。クレームもなくホッとする。

たくさんのドライバーさんの様子を見ていると、あれこれ感じることがあった。
「ああ・・・」と思うものも少しはあったが、いくつもの声がけに疲労も回復した。

・「今日は御苦労様です。雨が降らなくて良かったですね」と見知らぬ方の声がけ。
・こちらの指示に運転しながら礼をするドライバー。
・「こんにちは!」と元気にあいさつする中学生。

暑い中でのまさに清涼剤。これがあったからこそ、一気に時間が過ぎたと感じたのかもしれない。久しぶりにお会いする先生もいて、ちょっとした雑談も嬉しかった。駐車場係は組合の教研集会以来だったが、これはこれで役得があった。

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2009.08.19

大事なことを繰り返し学ぶ

よく見るブログにこちらのものがある。
18日のものに私の過去のエントリーを紹介してくださった。「おっ」と思い、私もクリックする。野口先生からの引用が書かれていた。「そうだ、そうだ」と思いながら改めて読み直す。その中の学年主任に対する「心構え10箇条」。

あなたの力を見込んで主任になっていただきました。
1 慰められるより、慰めるものに
2 理解されるより、理解するものに
3 愛されるより、愛するものに
4 愚痴を言うより、愚痴を聞くものに
5 人を当てにするより、当てにされるものに

あなたに似合わないことが5つあります。
6 焦っているあなた
7 怒っているあなた
8 威張っているあなた
9 ふさぎ込んでいるあなた
10 怠けているあなた

1年前、この10か条を読んで「管理職の心構え」も同じだと思った。(なかなかできないことが多いのだが・・・)
今、改めて読むと管理職に限らず年配者の心構えと言えるのでは・・・・と感じている。ある程度の年数を生きてきた人たちは、このような心にならなくてはと感じてきている。なかなかそうなれない自分がいるのも事実。でも、こうやって繰り返し読み返すたびに少しは人間性も向上するであろう。
そういう意味では、振り返りの機会を与えていただいたと感じている。

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2009.08.18

まさに「全員野球」

高校野球の話。春の準優勝以来、花巻東と菊池投手の注目度は常時高い。テレビの甲子園のニュースでもトップにあげられるし、Webニュースでも一般ニュースに「菊池1失点完投」というように出てくるほどだ。
全国でこのような調子であるから、地元紙はすごいことになっている。今日の岩手日報はスポーツ欄はもちろん、一面、社会面もデカデカと記事になっていた。まだ2回戦でこうだから、もっと勝ち進んだらどうなるのだろう・・・・と楽しみに思っている。ちなみにスポーツ欄は2面近く使っていた。

さて、昨日初めてテレビで観戦することができたのだが、注目している控え選手がいた。前任校で担任した子たちと同学年だった子である。ちなみにレギュラーで同じ組の子が大活躍しているが、控えの彼はまだ試合には登場したことがない。
なぜ注目したか。それはテレビが花巻東のベンチを写すたびに、常に大声で何か叫んでいたからである。テレビで写るのはもちろん本人はわからないだろうから、常時声を出していたのだろう。そういえば・・・と思い、春に読んだコラムを思い出した。一部引用したい。

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 花巻東高では、試合でプレーしている選手以上にベンチにいる選手が疲れることも珍しくない。ベンチでは座っているヒマなどない。ボーっとしているヒマもない。声を出し、拍手をし、試合に出ている選手のために道具などを準備した上で、自分が出られる準備をする。さらに監督のそばで指示や声を聞き逃さず、仲間へ的確な指示やアドバイスを送る。これが本当の控え選手たちの仕事。

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まさにこの通りの仕事をしていた。流れを引き寄せるために、花巻東高では、打者がアウトになってベンチに戻る際にもハイタッチで迎えるようにもしている。その中心にもなっていた。得点した回では菊池投手が長打コースで3塁タッチアウトになったが、笑顔でハイタッチで迎えていた。それで流れが来たのであろう。

控えの彼もまさに重要な役割を果たしていた。まさに全員野球。
ちょっと職場の仕事も連想してみた。自分の立場はこの「控え」に似ている。「声を出し、拍手をし、試合に出ている選手のために道具などを準備した上で、自分が出られる準備をする。さらに監督のそばで指示や声を聞き逃さず、仲間へ的確な指示やアドバイスを送る。」という部分などは試合を授業に置きかえたり、監督を校長にしたりするとまさにその通りと思ってしまう。現実は声も拍手も彼らほど出ていない。教え子たちから学んでいることを実感した。

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2009.08.17

夏休み終了

岩手の夏休みは短い。今年の夏休みが今日で終わった。3週間の夏休みを簡単に振り返りたい。

■プール業務に励む
 本校にプールがないので、隣校に借りに行く。その時は出張対応となる。その出張が最初の10日間で8回を数えた。毎日プールに行っていたようなものだ。5回は水泳記録会の練習や大会、3回はプール開放の当番である。子どもたちも熱心に通って上達した。

■限られた研修で学ぶ
 講師役は2回。昨年度お世話になった団体からの依頼である。これは昨年とは違う内容を行わなければいけないということで、それなりに準備に力を入れた。聞き手のよき反応に助けられた。自分の研修は実質1回。これは立場上仕方なし。

■原稿に苦戦
 夏休みだから学期中よりある程度時間はできるものの、原稿の進み具合は芳しくなかった。取り組んだ時間は予定通りだったが、執筆自体に苦戦。「負債」が積み重なった状態。結局は力不足なのだ。それでも次年度の勉強の機会も与えられている。これはこれで受け入れたい。感謝。

■読書も少なく
 原稿優先にしていたため、読書も少なかった。原稿関係では多くのものは読んだが、それ以外となると単行本は両手で数えられるぐらい。人間性を高めるためにももっと努力しなければ。

■出会い
 新たな出会いは限られていたが、一昨日の教え子たちとの再会は「新たな出会い」のようなものだった。強烈な印象を残した。みんなからいただいた栄養が自分の活力になりそうだ。

 ということで、この夏休みもあっという間だった。明日から子どもたちが元気に登校してくるであろう。また実践を積み重ねていこう。

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2009.08.16

20年の時を越えて

初めて担任した子たちを4年間受け持った。3年から6年までである。2クラスの学級だったので、途中で組替えはあったものの、学年全員が担任のようなものだった。
その子たちが同級会を開くという。「先生もぜひ」と3カ月前に言われていた。

5時前に会場の満寿美屋へ。その時の子たちのうち7人は結婚披露宴に招かれており、その折々に何人かの同級生とは会っている。しかし、今度の同級会では20年ぶりに会う子もいる。12歳が32歳になっている。どんな風に変わっているのがこちらもドキドキである。

部屋に入ると幹事メンバーが待ち構えていた。「今日はありがとう」と労いの言葉をかける。そのうちポツポツと入ってくる。皆、小学校時代の面影をもっていた。一発で誰かわかった。その時のA君の担任の先生も来られた。ぐんぐんと記憶が20年前に戻されていった。

時は昭和の末である。2年間で4度受けた時の採用試験でようやく受かり、赴任した学校が江刺市立愛宕小学校。3年生の担任。全校児童が350人ほどの学校だった。授業の腕も学級経営も未熟だったが、やる気だけはあった。でもやる気だけで仕事ができるほど教員の世界は甘くはなかった。あれこれ失敗を重ねつつ、何とか毎日を乗り切った日々だった。
それには素直で頑張り屋が多い子どもたちの存在が大きかった。この子たちだったからこそ、教師としてのスタートが僥倖だったのだ・・・・そんなことを思い出した。これらは、「価値ある出会いが教師を変える」に書かれているし、ホームページにも書いた。

今回の同級会の参加者は30名あまり。よくこんなに集まったものだ。遠くは東京、千葉、埼玉から駆けつけた。
宴が始まったら次々に懐かしい顔が「先生!」と言いながら席に来る。

「先生、休みの日によくアパートに行って一緒に遊びましたね」
「体育が苦手だったけど、『風雲たけし城』をまねたアスレチックがホント楽しかった」
「先生のクラスになってから、厳しさも温かさも味わえてよかった」
「先生はとにかく平等だった」
「授業中に怒って先生が図書室に行ってしまった事件があった。みんなでどうする?ってなったよね」
「『朝の連続ドラマ』と言って、毎朝『窓際のトットちゃん』を読んでくれたなあ」
「弟を担任してもらった時に、先生でよかったって母が言ってました」
「毎日学級通信出していましょね。『あすなろ』」
「卒業式の日に全員へのメッセージを通信に書いて・・『すごーい』と思いました」・・・・・等々

当時の話は尽きなかった。むろん、私もほとんど覚えていた。細かい所まで話すと「先生、よく覚えているなあ」と驚いていた。当然だ。それが教師だ。
子どもたちが話してくれたことは本当に有り難い言葉ばかりだった。自分に力のない若き時代。「一生懸命に子どもたちに関わること・寄り添うこと」「思いを語ること」という姿勢だけは、子どもたちにぶつけていた。不器用だったけど、その姿勢だけは伝わっていたようだ。「これはおもしろい」という実践はすぐにまねて行った。試行錯誤の連続。子どもたちの喜ぶ声が一番の励ましだった。そんなことを思い出させてくれた。

それにしても子どもたちの成長ぶりは目を見張るものだった。
一人一人がそれぞれのフィールドで努力をしていた。心配していた子たちも、責任ある立場でがんばっていた。そして、突然の同級生同士の結婚発表というサプライズ。2次会でそろそろ・・・と思って時計を見たら、すでに25時を回っていた。こんなに時間の流れるのが早かったのは久しぶりだ。

帰りのタクシーの中で、教師冥利という言葉を噛みしめた。たくさんの元気とたくさんの栄養を初任の子どもたちからいただいた。みんな、ありがとう。これからも走り続けます。

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2009.08.14

「ゼッケン67」

原稿執筆のために東京オリンピックについてあれこれ調べていた。
その中で一つのエピソードを見付けた。ウィキペディアにあったものだ。

男子1万メートル走で、最下位となっても棄権せず完走した、セイロン (ドミニオン)代表のカルナナンダ(ピエール・ド・クーベルタンが唱えたオリンピック精神“重要なのは勝つ事ではなく参加する事”を体現したこのエピソードはのちに、背番号から『ゼッケン67』と題して小学校国語の教材になる)。

自分が小学校時代の記憶が鮮やかに蘇ってきた。
そうだ、そうだ。確か秋山先生が担任だった4年生の頃だ。
国語の教科書に載っていたこの話が大好きで、何度も読んだのだった。当時の文章もおぼろげながら浮かんできた。掲載されていた写真もだ。

ネットで調べるとさすが光村。ちゃんとこちらに解説がしてあった。そうそう、セイロンという国をこれで覚えたのだった。さらに自分が小学校6年生の時に、町の陸上大会長距離走で同様に最下位になったことまで思い出した。さすがにさらに一周という距離ではなかったが、かなり引き離されての最下位だった。悔しかったが、このお話を読んでいたからか参加できたことに納得していた記憶がある。

それにしても過去を容易に思い出させてくれるネットの威力。感心してしまった。
 ※ついでに昭和37年ブログというものも見付けた。同世代の懐かしいエントリーにはまってしまった。

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2009.08.13

ドキッとする言葉

今日もあれこれ資料を見ていたら、ドキッとする言葉にいくつかぶつかった。

・波風を立たせない経営では学校は変わらない
・品性は、社会のため、人のために汗を流して培われる
・請求書が来ないことにあぐらをかくな
・管理職の授業講評の質が教師の授業力や意欲を高める

自分は「波風を立てないように変える」ことを目指している。品性はまだまだ・・・。
そして請求書が来ない(「事件が起きない」「子どもがわからないと訴える」「保護者からの要求」等が考えられる?)から対策もしていないという部分があるのも実情だ。
何とも耳が痛い。

ただ、こういう言葉に接するたびに自分を見直すから、その点ではそれまでの自分よりは前進はしているのであろう。そう思いながら進んで行こう。

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2009.08.12

自戒

時々自戒しなければいけない・・・と思うことがある。書き留めたい。

1 一言の重さ
 上司の何げない一言が、部下の仕事を増やす場合がある。指示ではないのに、部下が「〇〇をしなさいということか?」と判断し、行動をするのである。
 とある資料で、「管理職の生活習慣を変えること」の大切さが書かれていた。「多弁、軽口(言動の重みの自覚)」。自戒したい。

2 趣旨に合っているのか
 雑誌を読んで、特集の趣旨に合っていないものや書き方に合っていないものを読む時がある。原稿の趣旨や書き方は、依頼された時点で詳しく書かれているはずである。自分はどうだろうか。連載も原点を忘れては当初の趣旨に反してしまう。自戒したい。

3 その場主義ではないと・・・
 とある資料を見てほしいと言われた。信頼している人からだ。「夏休みいっぱい」ということだったので、ゆっくりとしていたらあっという間に一週間がたってしまった。依頼された時が「見る時」なのだ。即時ではないと手間が2倍かかる。自戒したい。

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2009.08.10

「合同練習」の価値

文化クラブというのは運動クラブと違って練習試合がないから、レベルを上げるのは大変だろう・・・そう思っていた。
たとえば吹奏楽クラブであれば、講習会や大会などがレベルアップの機会となる。その時に自分たちのレベルも意識するし、意欲づけにつながるであろう。しかし、そういう機会はそれほど多くはない。運動クラブなら、練習試合(他校とはもちろん、自校内でも)で何度もそういう機会があるだろうが。

ところがそれは自分の無知であった。二女の吹奏楽クラブで、大会前に2度ほど「他校との合同練習」の機会があった。あくまでも合同練習であるのだが、これは子どもたちの刺激に確かになるだろうと感じた。他校の生徒の演奏を聴いて自分たちのレベルを知ったり、その練習方法や態度を見て学んだりする。これは自校のみで練習しているだけではできないことだ。
結果的に今年は昨年度に比べて一定の成果を残した。日々の指導もあるのだろうが、合同練習の効果もきっと大きかったと推測する。

さらに我が家の受験生にも、合同講習があることを知った。都会と違い、高校が受験対策に熱心である。近隣の学校と共に講習をするのだ。他校と合同で行うのはふだんと違う刺激があることは間違いない。

さて私。今の立場での学習の機会は本当に少ない。その点では地区の副校長会の研修会が盛んなのは貴重な機会だ。さらに何かしらの活動や取り組みができないか思案中である。

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2009.08.09

9割以上の参加率!

年に2回のPTA奉仕作業。今日はその2回目。
今日も地域のすばらしさを感じた一日であった。

今回対象の地区は児童・生徒数からいえば、十数軒。しかしながら、今回の作業の参加者は39名であった。というのも、保護者だけではなく、地区の皆さんにもお願いをしているからである。
だから、「我が家には学校に通っている子はいないけど、自分たちの学校だから・・・」ということで、たくさん来てくださったのだ。その参加率は9割以上。これは驚きである。年齢的にも60代、70代も多い。

さらに今日は午前中に地区の奉仕作業もしている。午後の学校での作業は体力的にかなりきついはず。それでも2時間近く、めいっぱい学校のために働いてくださった。
本当に頭が下がる思いであるし、すばらしい地域の皆さんであると改めて思う。
こういうことを実感すると、「この地域のためにできることをがんばろう」という思いが自然に湧いてくる。受けた恩を返したいという思いである。逆も同じ。学校が一生懸命にがんばっている姿を地域の伝えるのが自分の大切な役目だと改めて感じた。

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2009.08.08

2年目が正念場

 限られた中で参加できる研修会は自分にとっては価値ある時間だ。その内容自体はもちろんだが、開始前や休み時間に同じ参加者と話すこと自体もとても大きい。

 今まで夏休み中に参加した研修会で、地域でのリーダー役となる先生の話を聞いたり、今考えている教材についての話を雑談の中で聞いたりした。中堅の先生方だ。年下の先生方の頼もしい話を聞くと元気が出る。

 周囲は年下の先生方が多いのだが、先輩方のお話はやはり印象に残るものが多い。
 とある管理職の先生から「2年目がかえってきつい」というお話を伺った。「1年目は課題の部分をガラッと変えたので成果が見えやすい。2年目はさらにその先を行かなければいけない」ということがその理由だ。

 これにはかなり共感した。自分も現任校2年目。1年目は「変えられるものはどんどん変えよう」ということで、改善策を提示できた。変化も目に見えた。2年目、その路線を継続すれば過去に遡れば改善となるが、昨年と比べれば「現状維持」ということだ。一定の期間の安定は必要だが、学校としての現状維持が結果的に下り坂に向かった例は今まで何回か経験している。そういう意味では「今が正念場」ということに気づいた。あと一週間あまりで2学期も始まる。作戦を考えていこう。

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2009.08.05

事例から学ぶ

昨日から今日にかけてこちらのニュースが気になっていた。
実家の隣の学区。地元の山である。まず無事であったことにホッとした。

同時に立場上、身近でこういう事例が起こったら・・・・と考えた。また、起こらないようにするためには何をすればいいのか考えた。いわゆる「危機管理」である。こういうことを考える機会は何度もある。1学期は新型インフルエンザの時もだった。
Webにいくつもこのニュースがあったので、あちこち比べてみて違う情報も集まった。こういう時にWebのニュースは便利である。

・自主的な課外活動の計画の報告のあり方
・活動へのアドバイスのあり方
・緊急時の学校の対応
・マスコミへの対応
・バッテリーがなくなったら携帯は役立たないということ・・・等々

今回の事例から危機管理で学ぶことはいくつもあった。さっそく本校での改善点も見つかり、今日から改めた。
このような事例は予期せぬ時に起きる。どれだけ事例を知っていて、対応を準備しておくかが大事だと改めて感じた。

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2009.08.04

耳が痛い

先生方が研修に行った時の資料を見て、「おっ、これは保存版だなあ」と思うものはコピーしている。
今日見た資料の中に「経営者の心得1~10」があった。『経営者、15歳に仕事を教える』の著者である北城恪太郎氏(日本IBMの元社長)の資料である。

その中に耳の痛い言葉があった。

・嫌なことを決めるからこそ経営トップ。いいことだけを決めるならトップでなくてもよい。
・風通しの良い自由闊達な組織・雰囲気を作るため、悪い内容の報告を受けても怒らない。
・朝令暮改を恐れない。経営の意志決定のスピードが重要。

自分に不足している部分である。特に「嫌なことを決める」勇気は少ない。悪い内容は怒らないものの、自由闊達な雰囲気ではない。スピードもまだまだだ。
自分が受けた研修ではなくも、このように学ぶ点は多い。

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2009.08.01

教え子たちとの縁

今日は教諭時代の教え子たちとの縁を確認したような日だった。

午後、とある用事で駅近くのスーパーに寄った。ちょうど夏祭り。多くの小中学生も出ていた。前任校の学区でもある。「知っている子たちと会うかも・・・」と思っていたら、予想以上に次々と会った。中には遠くからわざわざ指をさす子も(笑)。挨拶をしたり、軽く会話をしたりした。担任していた子たちではない。同じ学年の子や担任外の時に、TTや補欠授業で入った子たちばっかりだった。それでも教え子には変わりない。教諭時代の最後である。
そんな中で、お店で会った5年生には、「あっ、まさとし先生!」とはっきりと言われた。TTで半年ほど算数の時に入っていた学級(当時3年生)の子である。「よく覚えていたなあ」と嬉しく思ったら、「今はどこの学校ですか?」「(前任校に)帰ってこないのですか?」等、あれこれ質問された。「また、水沢小に勤めてください」と言われて、今度は感激した。担任ではなくても、多くの子たちと関わった前任校での自分の仕事の有り難さを感じた。

先が教諭時代の最後なら、初任時代の話もある。最初に担任した教え子から電話があった。もう33歳になる子たちだ。前から話があった同級会の最終連絡である。あちこちに散っている同級生たちに連絡をとり、6割も参加するとのこと。正直、教師として一番力がなかった時代の教え子たちである。(ただし、「思い」だけは一番強かった時代かもしれない)。これも自分の仕事の有り難さを感じた。
自分の33歳といえば教師生活も10年目の時代だ。2校目で学年4学級の学年主任だった。彼らも職場では中堅になりつつあるのだ・・・・自分の小学校時代のことは昔のことと思うだろうなあ・・・自分にとってはたくさんの思い出があり、そんなに昔のことではないのだけど・・・・そう思うと同級会が楽しみになってきた。担任冥利の日になるであろう。

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2009.07.31

伸びる喜びは同じ

今日は町水泳記録会。
本校にはプールがない。隣の小学校にスクールバスで移動して、屋内プールを借りている。不便なようだが、結果的にこれが本校にとっては一番いいのでは・・・と思っている。夏でも本校はかなり涼しい。プールを作ってもなかなか水温が上がらなかったであろう。その点、屋内プールは週1回、1時間あまりの水泳学習が確実にできる。特に今年のように雨が続く天候では、屋外のプールは入る日数が限られていたであろう。

さて、そんな本校でも水泳記録会に子どもたちは出る。
今まで勤めた学校では水泳記録会に出るような子の多くはすでに「完成形」に近かった。しかし本校はスイミングに通っている子もいないし、泳ぐ回数も限られている。逆に言えば、その分「伸びしろ」も多い。そこで、私も水泳学習のある日は担任と一緒に引率し、プールに入って指導をしている。特に夏休みに入ってからは、4日間連続で2時間ずつ強化練習をした。プールのある学校の先生方からは、「ずいぶん指導をがんばっていますね」とも言われた。
少人数ということもあって、指導をした分確実に子どもたちは伸びていった。子どもたちも自分の伸びを自覚して意欲的にがんばるし、私自身も教えがいもあった。
水泳記録会でも昨年度に比べてレベルアップした泳ぎが見られた。多くの子が強化練習の最初に比べたら、グーンと記録を伸ばしたのも嬉しいことだった。

ある程度完成形の子どもたちに指導をするのも喜びだし、本校の子どもたちに指導をしてぐんぐんと伸びることの喜びを子どもたちと共に味わうのも喜びである。どちらも価値はあると感じた一日であった。

それにしても、今年も審判長。専門家どころか、水泳も得意ではない。しかし、人手不足となれば依頼された仕事は断れない。何とか今年も務めを果たすことができて、ホッとしている。

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2009.07.29

水泳指導

あさっての水泳記録会に向けて、夏休みに入ってから毎日子どもたちはプール通いである。
本校にはプールがないので、8km離れた隣の小学校のプールで練習をする。屋根付きなので、今日のような雨の日でも高めの水温で練習ができるのが助かる。もし本校にプールがあったとしても、屋外であれば水温・気温とも低くて大変だったであろう。
担任ではないが、「子どもたちのために」ということで、水泳の練習のお手伝いをしている。今日は担任の先生方が出張で不在だったので、2時間の練習を任せられた。今までの学校でもずっと放課後の水泳強化練習に携わり、そこでの様々な練習方法を見てきた。その財産は大きいと感じた。特に2校目の学校では、水泳の得意な先生方が何人もいて、いい指導法を学ぶことができた。
彼らの特徴は次の通りだった。

「長々と『~とやればいい』といった説明しない。スモールステップで様々な練習方法を短い指示でさせていた」

水泳の苦手な自分も、その指導法をそばで見ていて得るものが大きかった。その通り練習をさせ、指示すれば確実に子どもたちは伸びた。特にバタフライでは、1から教えて記録会等で活躍するようになった。

今年もそれらの教えは生きている。本校の子どもたちも伸びている。今までの同僚に感謝の気持ちでいっぱいである。

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2009.07.27

プチ浦島太郎状態

明日、青森県三戸郡の視聴覚部会研修会に講師として招かれている。ICT活用関係で話をするのは久しぶりである。昨年度も話しているので、同じ内容はできないということで、数日前からそれなりに準備をしてきた。
そこで感じたのは「プチ浦島太郎状態」ということだ。
2年前まではこの分野で発表や講師をすることが多かったので、入ってくる情報も多かった。今はこの分野で発信する機会が限られているので、その分入ってくる情報は少ない。むしろ機会がなくても積極的に求めなくてはいけない。今回、有り難い機会であちこちのホームページや文献を読んだが、どんどん時代が変わっていくことを改めて感じた。

むろん、自分の発信活動自体が途絶えたわけではなく、書籍や原稿という別の形で行っているが、それらはジャンルが別。その面での情報はどんどんと入っている。その面では自分の蓄えとなっている。
同時に自分の「強み」を維持するための努力をしなければいけないと強烈に思った。そうしなければ、「強み」は単に古い情報になってしまうのである。

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2009.07.24

1学期を振り返る

無事1学期が終了。振り返りたい。

・管理職2年目。現任校も2年目。1年目とは違い、見通しをもちながら仕事ができる点はやはりよい。この面では昨年よりはスムーズ。

・しかしながら、管理職として勉強しなければいけないことは実に多いといろいろな場で考える。たとえば事務手続き等の法規関係もそうだし、緊急時の対応・判断もまだまだだ。見識もまだまだ。今の立場での学びが少ないことを実感した1学期でもあった。

・授業へのこだわりは今年も継続。算数だけではなく定期的に社会科を教える時間ができたのは有り難かった。補欠授業で入学後すぐに1年生に数日間入ることによって自分の初1年担任時代を振り返ったり、授業が集中して担任の感覚を思い出したりしたこともあった。だまっていては授業の腕は落ちる。こだわるのであれば、授業しながら学んでいくことが必要であろう。

・昨年から懸念だった学校ホームページも何とか立ち上げた。まだまだアクセス数も少ないし、みんなで更新にはなっていないものの、はっきりと形に残るものが一つはできた。

・自分自身の校外の仕事は、5月からはずっと原稿に取り組んでいる。これは今後も同様である。自分への有り難い依頼であるし、限られた時間でも「平歩前進」をモットーに完成に近づけたいと思う。

・明日から夏休み。業務自体はいくらか余裕がでるはずだ。休暇はお盆前後のみだが、その方が放電しなくてすむであろう。外部講師の依頼も2回ある。久しぶりということで、これも感覚を失わないようにしっかりと準備をしていきたい。

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2009.07.21

受付をしてわかること

マラソン大会で受け付け係をした。
子どもたちがもってくる受付票をもとに参加を確認し、ゼッケンを渡す仕事である。

受付票を出すだけでも子どもたちは様々である。

・黙ってそのまま置く子
 (「お願いします」と言われれば気持ちがいいんだけど・・・)
・こちらが「おはようございます」と言うと、「おはようございます」と言い返す子。
 (本当は先に行ってほしいのだけど・・・)
・「どうぞ」と言うと、「はい」とだけ言って行く子。(言うだけマシか?)

挨拶(おはようございます・お願いします)もして、「ありがとうございます」と言える子は本当にわずか。学校ではない場で、いかに挨拶や一言を言えるかが大事なのだけど、それが難しいということが受付をしてよくわかった。こういうのも大事な力だ。基本は家庭であっても、学校としてできることはあるはずである。そのことを痛感した受付であった。

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2009.07.18

高校野球の夏

岩手では高校野球が盛り上がっている。
春の選抜で花巻東が準優勝した影響が大きい。さらに今年度は好選手も多いらしい。「岩手の高校野球の黄金世代」という表現もされているほどだ。

自分も興味がある。というのも前任校に6年間いたが、最初の数年で担任した子や関わった子たちが主力として出ているからだ。特に転勤してすぐに担任した4年生の子たちは、高校2年生。地区のそれぞれの高校で中心になっていた。娘の高校も昨年ベスト4に入り、今年も期待されたが春の東北大会を制した高校とあたり惜敗。クラブの送り迎え等でグランドがそばにあり、会うと選手たちは大声で挨拶をしてくれていた。(これは花巻東も同様と聞く。近くで会うとと誰かれ構わず大声で挨拶するらしい)。残念ながら地元チームはベスト8を前に全て敗退。それぞれの夏は終わった。

さて、そんな中、「おお」という瞬間も今日見た。軽米のアパートは地元高校グランドのそばにあるのだが、今日移動する時に、野球部が元気に練習していた。数日前に敗退したのだが、すでに新チームとして次に備え練習をしているのだ。夏の甲子園も始まっていない、地区予選がヒートアップしている今。地道に「次」のために多くのチームがこのように練習をしているのだろう。少し心が熱くなった。なかなか今の自分が「勝負している」「自分が前進している」といった実感をもてないだけに、その姿勢に共感したのである。「ただ前進あるのみ」をモットーにしていた昔を思い出した。

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2009.07.17

大雪山での遭難事故

昨日から今日にかけて大雪山の遭難事故の話題が出ている。
亡くなられた方々のご冥福を祈りたい。

今までブログには書いていなかった(気がする)が、大学時代、ワンダーフォーゲル部に入っていた。
1年生の夏合宿で登ったのが大雪山系だった。旭岳から入り、トムラウシ山、そして最後には美瑛岳と縦走をした。今回遭難した方々と同じコースである。最初から一週間ぐらいはずっと雨や曇りでさっぱり景色が見られなかった。土砂降りの日もあった。トムラウシ山は特に厳しく、1日停泊を余儀なくされた。
今回の話を聞いて、あの時の厳しさを思い出した。夏とは思えない寒さ、強い風。歩いていたのは自分たちだけで誰とも会わない・・・・。さらに天候が悪化したら、どうなっていたかわからない。

幸い自分たちは、翌日からがすばらしい快晴だった。その時に見た景色はこの世とは思えないぐらい美しかった。雲海を下にして歩いている時などは、雲を上にいる気分だった。それまでの苦労が全て吹っ飛んだ。

こういう経験をしているだけに、中高年の方々が登山をする気持ちはよくわかる。チャンスがあれば、またあの景色を見てみたいと思う。一度経験している自分がそう思うのだから、まだ大雪山を登ったことがない人が他の人の話から「ぜひ登ってみたい」と思うのもよく理解できる。

しかし、今回の遭難事故のニュースを聞いて、「そんなに甘いものではないんだ」・・・・と思った。大学時代は経験豊かな先輩方がいた。登山のための勉強もした。体力もあった。今回登山された方々も経験はあっただろうし、ガイドもついていた。それでも厳しい状況となった。山のすばらしさと共に同居する恐さも感じたニュースであった。

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2009.07.16

小中併設のよさ

年に何回も小中併設のよさを感じることがある。
今日は一日に2度も感じた。

一つ目。昼休み。県大会に出場する中学校の卓球部の壮行式。行うのは小学校計画委員が中心。小学校内だけではなく、中学生に対して行うのだから子どもたちはいい意味で緊張している。いつもは笑わせることが得意のA君がエールをするのだが、その表情もとても真剣だ。おかげでとてもいいエール、そしていい壮行式となった。

二つ目。中学校で各学年の合唱を聴かせる活動があった。今回は「小学生も聴くことが可能」ということだったので、希望する学級は聴きにいった。その希望する学級は全学級。小学生全員が中学生の真剣に歌う様子を見ることができた。これもいい刺激になったであろう。中学生にとっては予想以上の観客の前で歌うということでこれまたいい意味での緊張感を味わうことができたと思う。

お互いにとってプラスになる・・・それが小中併設のよさである。今日は2回、そのよさを感じた。

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2009.07.15

教え方の基本を学ぶ

今日の夜はAED講習会。年1回の大切なPTA活動である。
教えてくださるのが地元の消防署。毎年教え方が上手で好評である。
今日は今年度転勤してきた方で初めて接する。
この方の教え方も上手だった。同時に教え方の基本についても考えさせられた。

まずは実演の前にビデオで概略を教えてもらった。その後実演で教えてもらう。いつもだと実演のみだが、一回ビデオで概略を教えてもらっているだけに、その実演がいつも以上にスーッと入ってきた。当然、教えられた皆さんが実際行ってみた時にも理解の程度が深まっていたと感じられた。

また、プレゼンスライドを準備してきていたものの、決してそれらを棒読みせず、軽重をつけていた。そして、時にはプレゼンから離れて、ユーモアたっぷりに身振り手振りを交えてのお話をされた。スライドで済ませられるところは効率的にそれで教え、自分の主張したいところは熱演する。まさにバランスのよい教え方であった。

おかげで1時間半があっという間。PTAの皆さんにも大好評だった。これならば来年度もまた多くの皆さんが参加するであろう。教え方の基本を学んだ講習会でもあった。

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2009.07.14

「市民力を鍛える」

「市民力」・・・この言葉がどれぐらい普及しているのかと最初に記事を読んだ時に思った。
教育ルネサンスの新シリーズである。
検索してみると予想以上に多くのWebに紹介されていた。
なるほど、これなら教育のテーマにもなるわけである。

さて、このシリーズではすでに、シチズンシップ教育、キャリア教育、金融教育が紹介されている。自分も興味をもって実践したり、本を読んだりしている分野である。教育界では広まってきているが、一般にはなじみが薄い。それだけにこういう記事は現在の教育事情を理解してもらうためには有り難い。
そして、記事を読んでいくと、これらが社会科と関わりが大きいと改めて思った。(「市民は社会の中で生きている」のだから当たり前なのだが) 
自分の残りの教員生活の大きな柱の一つは社会科であるだけに、自分のフィールドを広げるためにもこの連載には注目をしていきたい。

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2009.07.12

厳しい採用

地元紙は県の情報を得るのに必須である。といっても自分はWebで岩手日報を読んでいる。
特に教育関係の情報は貴重である。

その中で目につくのが「統合」や「採用減」の見出しだ。先頃も、旧東和町の6校の統合が再来年度からいう記事が出ていた。6校が1校になるということは相当数の教員(20~30人?)が別の学校に転勤するということである。しかも似た例が他地区でもある。
当然教員採用も厳しくなる。しかも岩手は、東京近辺とは異なり、定年の退職者は最も少ない世代となる。その結果、このような採用状況というニュースが出ている。

今までの学校で多くの臨時講師(多くは1年のみの採用)の先生方と出会ってきた。何年も担任をして、力のある先生方も多かった。こればかりは自分の力ではどうしようもないが、何とか採用状況が上向きになることを願うばかりである。

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2009.07.11

本も読み方次第

一昨日のブログに、拙著の書評(部長Mブックブログ)について書いた。さらに続編が書かれていた。それは、「価値ある出会いが教師を変える」の題名に関わるものだった。ここまで読み取ってくだされば、もう脱帽である。再度著者冥利を感じた。

同時に自分の本の読み方について振り返った。ほとんどの本や雑誌は原稿等の目的がある場合を除き、あっさりと読んで終わりである。思考を巡らしてはいない。自分の問題意識の低さもあるのだろう。
急に変わるわけでもないが、今後は量を確保しながら質も上げていきたいものだと思った。

※そう思ったからかどうかわからないが、とある教育雑誌の「言葉のジュエリーボックス」というコーナーから、仕事上のヒントをいただいた。これは問題意識があったから・・・とも言える。

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2009.07.10

HP更新の難しさ

一昨日本校HPを紹介したら、それなりにアクセスがあり、カウンターも増えていた。(ありがとうございます)
おかげでグーグルの検索にもようやくひっかかるようになってきた。更新もスタートとしては順調である。今日は私以外の投稿もあった。「簡単に更新できますね」という一言が印象的だった。
そうなのである。そういうしくみでなければ、「職員全員が更新する」ということは職員会議で提案できない。今週は、「自分は大会のことをHPにのせよう」「まずは見なくてはね」といった会話が職員室内で出ていた。ほんの一週間前が「ホームページ操作講習会」の日だったのにである。
私としては夏休みに基本的な情報(学校概要等)をどんどんアップしていければ・・・と思っている。

さて、久しぶりに日本の学校を見た。岩手県版を見ると、小学校の登録サイトが205。それぞれ更新度に応じてランクがついている。最近の90日間である。

A・・・3
B・・・2
C・・・4
D・・・10
E・・・12
F・・・174

ということは、本県では8割以上の学校が「HPはあるが、今年度まだ更新していない」という状態である。学校によって様々な事情はあるだろうが、これは考えていかなければいけないことであろう。更新操作がしやすいWebにする、更新しやすいフォーマットを作るというのも一つの方法だと思う。本校もそれに基づいている。
ちなみに前任校もHPの立ち上げにも関わったが、今も定期的に更新されている。先の視点と似たしくみである。今後の本校のHPの更新率も意識していこう。

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2009.07.09

有り難き書評

書籍も発行されて半年も入ると「安定期」に入る。
この安定期というのは、売れ行きのペースが定まるということである。コンスタントに読まれ続けるものもあれば、なかなか注文されないものもある。自分の著書の中でも、ノート本は今も読まれているが、授業のアイデア本などはアマゾンランキングを見てもなかなか上がらない。
一番新しい本「価値ある出会いが教師を変える」も発行して半年が過ぎた。これまた安定期に入っている。有り難いことに今だに書評で取り上げられることがある。最近もWebで3つほど見付けた。その中の一つに「部長M ブックブログ」に取り上げていただいた。
このブログ、様々なジャンルの本を独特の視点から書いている。取り上げられるだけで恐縮するのだが、さらに「工夫を発見した」と次の5点とその詳細を書いてくださっている。

  1. 時系列で編集されている
2. 一文が短く簡潔
3. 取り上げるエピソードが具体的
4. 振り返りをうながす工夫
5. 書き手の視点が徹底的に謙虚

何度も読んで「こういう評価をしていただいて有り難い」とつくづく思った。著者冥利に尽きる。

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2009.07.08

HP運営のヒント

地区懇談会で校長からHPの仮オープンの話があった。
その後の懇親会で興味をもった何人かの保護者の方から、お尋ねがあった。
そのやりとりの中で本校HP運営のヒントが見つかった。HPには「携帯のサイト」がついている。私自身はそれほど重視していなかったのだが、保護者が一番最初に注目するのはここではないか・・・と。

本校のネット環境はまだ高速インターネットになっていない。その中で選んだツールである。地域のネット環境も同様である。その中でのHPであるから、環境を考えた重点的な運営が必要だな・・・と感じた。
ちなみに仮オープンのページはこちら。内容は今後充実させる予定。

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2009.07.06

複式の強み

今日の岩手県教育センターの出前複式授業。
これはセンターの事業としてあるもので、本校が依頼したものである。費用はセンター持ちで、しかも指導主事が本校で飛び込み授業を行うもの。大変ありがたい事業である。複式のメリットである。
さらに自分自身が2年前にセンターの協力校として、指導主事の先生方とつながりがあるので、その点でも有り難い情報を得ることができる。

研究授業、研究会ともに価値があるものであった。授業から学ぶのは複式の指導方法ばかりではない。算数の発展的な部分をどう指導するか、算数における言語活動の充実はどういうことを指すかといったことも学ぶことができた。さらに研究会では、少人数であるからこそ、出席した先生方が思う存分質問をしたり、感想を話すことができた。自分自身もプロデュースした甲斐があったとつくづく思った。

これは講師の先生も同様だったのでは・・・と推測する。講師の満足度も、人数ではなく、参加者の意識の高さによるからだ。私自身、それは講師の時に感じることである。

さて、研究会の司会&記録である私も研究会の時には楽しい雰囲気にいつも以上に多くのことを話した。
「複式だからこその強みもあるはず。それを授業に取り入れるべきだと思っています。どんなことがありますか」と話題に出した。
「4年生が3年生にリコーダーを教えられる」
「1つ上の学年から、教え方を教わって、それを自分が下の学年に伝えられる」
「単式だと固定した人間関係だが、複式だと毎年変わる」
「自学力がつく」
「何といっても教具が一人一人に行き渡る。一人一実験や調理実習でも一人ずつできる」・・・等々
このように多くの強みが出てきた。
自分もいくつかは実感していたし、このブログにも書いていたが、やはりこういう会では多くの情報を得ることができる。そして、どんな状況でも発想や見方を変えれば「強み」が見えてくると感じた。複式も同様である。

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2009.07.04

学級渡り鳥のメリット

前任校には最後の年は担任外だった。専科で6年生2学級に社会を1年間教える他に、その他の授業時間はいろいろな学級に入った。週に平均20時間程度は授業をしていた。残りが主担当の研究主任・情報教育主任として、学校運営の中核として仕事をした。多くの学級の研究授業の参観、各部会の研究会への参加等、実にいい経験を1年間でさせていただいた。
1時間だけのその学級でも、全力で授業をした(当たり前だが)。だから、わずか1時間の補欠授業でもよく覚えてくれて、廊下ですれ違っていた時にもよく親しく挨拶をされたものだった。

今、土日に水沢に戻る。用事であちこちに行くと、子どもたちによく会う。自分が住んでいるところは、前任校の学区であるから当然のことだ。にっこりと挨拶をする。
今日も自宅近くを車で走っていたら、中学生が3人歩道で立ち話をしていた。近づいたら、よく入った学級の子たちだった。何度も雑談をした人なつっこい子たちだ。向こうも気づいて、「あーっ!」と指をさされた。そのまま礼をして帰ったが、何もなつかしかった。

ささやかなふれあいだが、これは自分が学級を渡り鳥のように歩いていたメリットだ。担任外だからこそ、大規模校でも多くの学年の児童と接点がもてた。そのよさを改めて感じた日であった。

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2009.07.03

3つの自己開示

住友生命の「職員室」というリーフレットがある。教職員向けに月一回発行されているものだ。
何の縁かわからないが、「学級通信づくりのコツ」というコーナーもあり、私の学級通信本をベースにコンパクトにポイントが示されている。私には事前にチェック依頼が来て、いつも「OKです」と返信を出している。今回で7回目であった。

このようなリーフレットは一通り目を通す。学校に来る冊子も同様だ。時には貴重な情報が得られる。貴重な情報が得られなくても、トレンドに触れることができる。自分にとって「異分野」に触れることは重要だ。
「職員室」8月号には明治大の諸富先生が「児童・生徒に教員の気持ちを伝えるコツ」として「自己開示」について書いていた。

・価値観の自己開示・・・「先生は、人間としてやってはいけないことがあると思うんだ・・・」
・感情の自己開示・・・「今日のあなたの頑張っている姿を見て、先生は本当にうれしい」
・事実の自己開示・・・「先生があなたたちの年齢のとき、実はこういうことがあってね・・・」

そうだ、そうだと思いながら読んだ。担任時代であれば、これらは自分にとって意識をしていたことだった。今、授業でも、子どもたちに日常の生徒指導や行事の励ましを言う場合がある。考えてみれば、こういうことは担任時代より明らかに意識が低くなっている。仕方のないことではあるが、問題はそういう状態で話しているということだ。子どもたちに共感が得られなければ意味がない。
さっと見たリーフレットがこのような気づきを得た。やはり目を通すものである。

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2009.06.29

有り難き環境

世の中は夏だ。
岩手でも「今日は気温が30度になります」と予報が出る時期になってきた。
暑い夏。それは仕事をする上では厳しい環境だ。7月になってからの暑さで授業が効率的に進まなかったことを思い出した。

さて現在。本校は実に涼しい環境である。「やませ」の影響である。だから、日中の気温の予報が高くても実際には涼しい。教室はもちろん、外での体育も校外学習も適温である。時として冷害の原因にもなるが、学校の仕事をする者にとっては有り難い気候である。同じ岩手県でも南部にある前任校とは本当に違うものだと感じている。

さて、自分のアパートはまた別。朝は窓をあけて空気を入れる。ちなみ自分は朝型人間だから、今の時期は4時台に起床する。鳥のさえずりがあちこちから聞こえてくる。昨年も思ったが、なんと贅沢な仕事環境だろう・・・と改めて思ってしまった。
今の時期は避暑地で過ごしているようなものだ。この朝の極上生活をもっと楽しもうと思った。

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2009.06.28

健全な家庭人であれ

昨日、今日と吹奏楽の大会だった。我が家の子は2人とも関わっているので、連日でその演奏を聴くことができた。それぞれ満足のいく結果が出たようだ。
文化クラブであるが、その練習は時間的にはけっこう厳しいようだ。その分、結果もついてきたのかもしれない。
同時に同じ教職として担当の先生方のご苦労も思う。夜の練習、休日返上での練習・・・ここは小学校教員との明らかな違いである。感謝以外の何物もない。親としては子どもたちを伸ばしていただいて、有り難い気持ちでいっぱいだ。

さて、今日読んだ「明日の教室3」の中に、インパクトのあるフレーズがあった。「健全な家庭人であれ」というものだ。上越教育大学の西川先生が書かれていた部分だ。

「健全な教師として、その時々の健全な授業観を獲得する過程には3つの罠がある。(中略)第3の罠は、自分の時間のすべてを学校に費やし、その他の社会、特に自分自身の家庭との関係が希薄になってしまうという罠である。」

そうならないためにも「健全な家庭人であれ」と主張されている。共感できるメッセージである。家本先生の著書にも似たメッセージがあったことを思い出した。

中学校・高校のクラブ担当(小学校も?)の先生方に感謝しつつ、クラブ活動での保護者の期待がふくらむと、ここに書かれているの原因の一つに結びついていくのでは・・・と感じた。かつて自分がスポ少担当(実質は学校のクラブと同じ)だった時には、先のようになっていた傾向があった。今は今で単身赴任。自戒をこめて先の文章でいろいろな思いを巡らせた。

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2009.06.27

質問のあり方

志水先生が「質問のあり方」というエントリーを書いている。
重要な指摘である。
これは講演会での質問例であるが、授業研究会でも似たパターンがある。かつて、国語の公開授業研究会で自説に基づいた授業展開を主張していた先生がいた。他の先生から、「この研究会は〇〇小学校の仮説に基づいて授業をしている。それに基づいた意見を言うべきである」とすぐに窘められていた。全くその通りだと共感した覚えがあり、その時からその視点を失わないようにしているつもりである。

だから、このような「講演会や研究会での質問のあり方」を学び合う機会が必要だと思う。勉強している人であれば、様々な書籍で同様のことは述べられているから学んでいるとは思うが・・・。

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2009.06.25

上手くいっているのは「ツイテいる」

いい講演を聞く機会があった。
地元の中小企業の社長さんである。
自分のモットーを20カ条にまとめており、「マイナス言葉を使わない」「陽転思考で」等、私自身のモットーと重なる部分が多く、共感できるものだった。

その中で特に「なるほど」と思ったのが、『上手くいっているのは「ツイテいる」と考えよう』ということだった。誰しも、成功すれば自分の努力だと思いたくなる。それはそうだ。自分のことは自分がよく知っているからだ。しかし、それでは奢りを生む。「上手くいっているのは、たまたまツイテいるだけ」なのだ。そう考えたらよい・・・・そんな趣旨の話だった。
確かにそうだ。自分なりに誰しも努力はしているだろう。認めてもらいたい気持ちはあるし、その努力が結果に反映されたのなら、「努力した結果」だと思いたくもなる。
しかし、それでは隙ができる。謙虚さも失われるかもしれない。さらにうまくいかない時は、「努力しているのに」と思ってしまうであろう。

日ごろなかなか講演を聞く機会がない。今回の講演はこの考え方を知っただけに十分に価値のあるものだった。

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2009.06.24

4倍アクセス

いつもの習慣で今日のアクセス数をチェックしていたら、いつもの4倍ぐらいある。
どうしたものかと思ったら、こちらのニュースに紹介されていた。
これは初めての経験。もっとも沖縄の米作りについて授業をしたものの、このニュースにぴったりと合うかどうかは別なのだが・・・。ただ、ネット・ニュースの威力には驚いた。
もっとも迷惑コメントもついていた。これもニュースの影響。こういうこともあるものだ。

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2009.06.23

人を育てる

今年度に入ってから平日の読書量が減った。目の前の仕事のために参考にする本は毎日目にしているのだが、自分の教養を高めるものは、もっぱら休日。それだけ目の前に仕事に追われているということだが。

さて、明日は出張。今年度初めて学校を一日空ける。登校日では年2、3回程度の貴重な機会だ。直接会場に向かうので、いつもより朝はゆっくり。さらに今日はいつもより早めに帰ったということで、久々の平日の読書。やはりいいものである。この方が目の前の仕事のエネルギーもわいてくる。

今日は思うところがあって以前読んだ「あぁ、監督」(野村克也著・角川書店)を再読した。思うところがあった分、価値ある言葉が次々に入ってきた。

・組織はリーダーの力量以上には伸びない。
・監督の「器」とは何か。「信頼」「人望」「度量」「貫禄」「威厳」「表現力」そして「判断力」「決断力」ということになろうか。
・川上さんは選手たちに「野球人である前にひとりの人間であること」を厳しく説いた。
・本人が「自分が次期監督候補である」という意識を持てば、当然野球を見る目や選手を見る目が変わってくる。
・人を遺してこそ、真の名監督である。

ここに今の自分が考えなければいけないことへのヒントがある。自分自身が実践を重ねるのも原稿を書くのも、今までの経緯からすれば自然なことだ。同時に「人を育てる」ために何をすべきかももっと考えるべきなのだ。器を磨くのも当然のことである。

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2009.06.19

発信したら情報が返ってくる

「情報は発信したところに集まる」とよく言われる。
確かに、発信が乏しければ情報の集まり具合は芳しくはないだろう。ただ、発信したからといってもどんどん集まってくるわけではないと、経験上思っている。

しかし、ここ数日は別であった。

・朝日小学生新聞に先週の取材の記事が掲載された(17日)。一面の6割ぐらい割いた記事であった。Webでは残念ながら見ることができないが、小学生対象の新聞らしくビジュアルにわかりやすく書かれている。ノートの著書も書かれていて、ぐんぐんとアマゾンランキングも上昇した。ブログは紹介されていなので、ふだんより少し多め程度のアクセス数だったが、紹介された本はやはり別だった。

・新聞といえば、「教育新聞」に月に2回連載をしている。全国紙なので、これは反応が時々ある。今日は、教育関係会社から、辞書活用に関わる資料をいただいた。参考になるものばかりでこちらが有り難かった。いい情報であった。

・そしてブログ。コメントから、「子育てハッピーアドバイス」の出版社のブログを知る。「今日のハッピー仲間」として紹介された。リンクして気に入ったのが、「日めくり子育てハッピーカレンダー」。共感するいい言葉が並んでいる。再読したくなった。

発信しているからこその情報のリターン。自分の知識も広がる。

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2009.06.18

クローズアップ現代

平日はほとんどテレビを見なくなった。ニュースはネットや通勤のラジオ(結構充実したニュースや解説が聞ける)で情報を得ているし、家でもそれなりにすべきことがあるので見ている余裕がないというのところだ。その分、土日に実家に帰った分、家族と見ている。

さて、それでも帰ってきて晩ご飯を一人で静かに食べるのはいやなので、自然とその時間はテレビをつける。8時前後が多いのだが、今週はクローズアップ現代を2回見ることができた。いつもまずはこれを見て、興味のあるテーマなら見続けるし、違っていればすぐにチャンネルを変える。

1回目、一昨日の番組では、「人に優しい企業の挑戦」がテーマだった。「不況の時は攻めの経営、好況時は守りの経営」、「急成長は敵」といった発想の転換を促す話に共感した。
今日は「“10歳の壁”を乗り越えろ~考える力をどう育てるか~」というテーマ。東大教授の佐藤学先生がゲストで、小学校での算数実践が出ていた。現場人からすれば、「特別な授業」という感じではなく、集団での学び合いを育てているもので、これまた好感がもてた。調べていくと、犬山市では何年も前から学び合いを取り入れているようだ。その成果はこちらの本になっている。どちらも後半部分しか見られなかったが、それでも自分にとっては価値のある情報だった。
また来週は月曜日が太宰治、火曜日が足利事件。興味のあるテーマが続く。問題はそれまでに学校から戻れるかということだけど・・・。

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2009.06.17

宿泊体験学習で

5年生で大きな行事の一つが宿泊体験学習である。林間学校、宿泊研修と本県で言う場合がある。
本日はその行事。ただし、複式なだけに5・6年一緒である。(修学旅行と隔年で行う。だから5年生で修学旅行に行く子もいる。)

小規模校の行事の負担感は大規模校に比べれば少なく、メリットは大きいと感じた。たとえば、キャンプファイヤーにしても、大規模校で担任していた時には役割分担、事前リハーサル、物の準備、出し物の練習等々、かなりの時間をかけた。さらに4クラスの学校の時には、事前の指導に割く時間もかなりのものだった。当日は当日で、トラブルに対応したり、時間のかかる班のお世話をしたり・・・とゆとりのない日程だった。教師にとっては、本当に体力を消耗する行事だった。
その点、本校はウォークラリーでは班が少ないので、全て到着してから休憩の時間を設けることができたし、キャンドルサービスでは、班の出し物もじっくりとすることができた。余裕のある行事はやはりいいものである。

その宿泊体験学習で「こどもぐんて」というものがあることを知った。ネットで調べてみると、アマゾンでも売られていた。大人の軍手では大きいという子にはぴったりである。いろいろな商品が売られているものだ。以前ダンボールカッターが売られている時に感心したものだった。「必要は発明の母」である。

最後に、所員さんによる今日の宿泊のベッドメイキングの説明は秀逸だった。布団、毛布、シーツのミニチュア版を準備し、机の上で説明したのである。もちろん、表や裏、しまい方も詳しく説明していた。かつては、どのシーツの上に寝たらいいのかわからない子もいたが、これなら間違わないであろう。これも教材の工夫である。

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2009.06.16

用語の定義

教材研究をしていて、時々「はて、この定義は?」と思うことがしばしばある。
社会科で特に多い。昨日も新学習指導要領で重視されている世界地理の部分を調べていて、「島」の定義を改めて確認した。「オーストラリア大陸より小さい陸地」といった部分はもちろんであるが、その逆の「岩のようなものも島か」というところである。

国際海洋法によれば、「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、満潮時においても水面上にあるものを言う」と書かれている。満潮時にちょっとでも水面に浮かんでいるのであれば、れっきとした「島」ということなのだ。(これは沖ノ鳥島が有名)
こう考えてくると、「山地と山脈の違い」「湖と沼の違い」「海に流れている川。その境目は」など、あれこれと定義についての疑問が浮かんでくる。社会科教育については、好きで研究しているものの、このような知識面はあまり強くない。こういう調べざるをえない環境はその知識を増やすチャンスである。(ちなみに、山地と山脈、湖と沼の違いはこちらに書かれていた。)


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2009.06.15

原稿を書いてよかったと思った時

読売新聞の岩手版に年に数回「学びの現場から」というコラムを書いている。「何を書いても結構」ということなので、気軽に思ったことを書いている。一昨日掲載されたのは、こちらのブログ原稿をベースにしたもの。さっそく教え子から反応があった。「私たちのことだー、嬉しい」と。

とある方から先週電話。「ノート本」を若い人たちとの研究会で使っています。役立ちますと。これは他の先生方からも「先生方に勧めています」と言われることがある。

先日は、大学の先生から、「学生に「価値ある出会いが教師を変える」を読ませている」という話をお聞きした。これにも恐縮してしまった。

こういう反応をいただくと原稿を書く苦労も吹っ飛ぶ。自分が書いたものが誰かの役に立つのなら、それは本当に嬉しいことである。それがまた自分のエネルギーになり、前進することができる。

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2009.06.14

県民の励み

6月14日。昨年、岩手宮城内陸地震があった日だ。
自分は東京にいて、その瞬間を体験しなかった。それは幸いなことではなかった。家のことが心配でも、帰る新幹線がストップしたまま。何とか仙台まで辿り着いたが、それ以北は運休。一泊かと思ったら、20数km離れた一関までバスが運行していることがわかり、何とか家に戻れた。その日のブログのアクセス数はふだんの3倍ぐらいになっていた。

さて、今日「県民を励ますためにもがんばりたい」をモットーに大会に出た選手たちがいる。富士大学野球部だ。岩手の花巻市にある小さな大学だ。大学野球選手権。高校野球のようにテレビ中継されるわけではないから、地味なのであるが、地元ではちょっとした期待感があった。春の甲子園の花巻東高校に続いての活躍。全国レベルの選手が有名大学に行く中、東北の小さな一大学に進学した選手たち。それが決勝まで進んだのである。

残念ながら7回途中までのリードは守れず敗退したが、大変励みになった。
まず大学選手権に出ることが選手の目標だっただろうし、一勝するのも大変だったと思う。それが決勝まで来た。それは決して運ではなく地道な結果だったと予想する。スタート地点では東京6大学のようなチームではないのだが、努力でそれに匹敵するチームになった。これが尊いのだと思っている。
自分も教員になった時にはきっとぎりぎりでひっかかった口である。だから努力しかないと思っている。そういう点で共感を覚えたニュースだった。

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2009.06.13

新型インフルエンザであれこれ

いずれは来るだろうと思っていた新型インフルエンザの県内での感染者。
本県のバスガイドさんがかかったということで、一緒に修学旅行に行った子どもが出席停止という状況になっている。教員も同様である。

さっそく本校でも校長の指示で各家庭へのインフルエンザ対応のお願い文書を作成。「一からの文書作成」は結構しんどい。しかし、時間がない。そこでネットで検索すると、いくつかの参考文書が見つかった。それらをもとに文書作成。ネットで助かった。

今回は小学生が関わっている事例ということで、「もし自分の学校で似たようなことが起きたら・・・」と想像した。テレビでマスコミが殺到するする様子を見ていただけに、今そのようになると十分に対応できるか不安になった。対応基準をもっていないからである。
調べてみると、マスコミ対応のシンプルなコツとしてある方は次のように書かれていた。

・うそは言わない
・言ってはいけないことを言わない
・逃げない

なるほどなあ・・・と思った。特に「逃げない」というのは重要だと思った。「逃げ」の学校の姿勢が批判されている例も「いじめ問題」や「教員の不祥事」等であった。結局傷口を大きくしてしまう。
このような「対応の基準」をその日のために知っていなければ・・・と痛感した。

新しい対応で必要なことが出れば、必要な仕事も増える。それは同時に自分の学びの場である。そんなことを感じた新型インフルエンザ対応であった。

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2009.06.11

教え子の声に励まされる

初任の時に担任した子から連絡を受けた。「この夏に同窓会をやるかもしれないので・・・」ということだった。
聞けば、その時に担任した子たちが親になり、我が子が同じ学年(2年生)ということで3人で盛り上がり、そういう話になったとのこと。
「そうか、そういう年月を経ているんだなあ・・・」と改めて感じた。

担任したのが1985年。時は中曽根首相の時代。日航ジャンボ機事故、ファミンコンの登場、阪神タイガースの久々の優勝といった出来事があった年だ。もう24年前になる。その時の3年生だ。その子たちもそれぞれに成長し、結婚、子どもが授かり、今2年生。自分からすれば、あっという間の24年間だった。

赴任してすぐに校長に言われたのが、「初めて受け持った子は忘れられない」。まさにその通りだった。改めて部屋に飾っている初任の時の学級記念写真を見て、名前を確認する。「教師になった時の初心を忘れないように」ということで貼っているものだ。26人分スラスラ出てきた。それだけではない。一人一人のエピソードもすぐに思い出した。
電話をくれた教え子とも、家庭訪問の時のエピソードを話した。「そうだった、そうだった」と彼も覚えていた。そして、私が忘れていたエピソードを逆に教えてくれた。懐かしさでいっぱいだった。

定期的にこのような過去の仕事を思い出させてもらえる。そして、教え子たちのがんばりぶりを聞くことができる。やはり教師というのは有り難い職業である。

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2009.06.09

「うちどく」

自分が新しい分野の仕事をしていれば、それに関わる知識も増える。
教育振興運動(これは岩手独自のもの)の地区事務局として、読書やノーメディア運動を考えるにあたって、「うちどく」という言葉を聞くようになった。漢字で「家読」と書く。家での読書を指すのだが、単に家で読むだけではない。
家読ホームページ(こういうホームページもあるのだ!)には次のように説明されている。

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「うちどく(家読)」は家族で読書の習慣を共有することです。
家族みんなで好きな本を読んで、読んだ本について話す。
これが「うちどく(家読)」の基本です。

難しいルールは要りません。
家族みんなでルールを決めてはじめてみましょう。同じ本をみんなで読めば、会話もいっそう弾みます。また、お互いに本をすすめあう、家族そろって本屋さんで本を選ぶなど、読む本について相談しあうことでもコミュニケーションが深まることでしょう。
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担任時代は、子どもたちがどんどん読書する実践に目が行き、こういう家庭を巻き込んだ実践までは考えることもなかった。今の立場でできるのは、こういう実践である。もっとも、家読をするようになれば、子どもたちはますます本好きになるであろう。それは担任を十分にサポートすることになる。自分の実践も最終的には、担任実践にリンクしていっているのである。

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2009.06.05

プレゼン力

時々プレゼン力について考える時がある。
発表に関わって「プレゼンシート作成に力を入れたなあ・・・」と思わせるスライドがある。しかし、かんじんの話し方が今一つという例を何度も見てきた。「発表原稿ばかり見て、時々しか聞き手を見ない」というのはまだいい方で、ずっとパソコン画面ばかり見て発表する方や、場合によってはスクリーンばかり見て、聞き手に背を向けるという例もあった。

逆の例もある。パソコンによるプレゼンは一切なしで、「言葉の力」だけで印象に残るプレゼンをする方もいた。著名な講演者に多かったのであるが、一番印象に残っているのは「夜回り先生」こと、水谷修氏である。2年前に講演を聞いた。今も迫力のあるプレゼンぶりが思い出される。たとえは、次のような感じだ。

・話し方が非常にクリアー。しかも言い間違いが全くない。次々とテンポよく言葉が出てくる。
・むだな「エー」「で、・・」といった癖がない。
・描写がとても具体的。様子が誰でもイメージできる。
・会話文を時々入れて「一人劇」みたいなこともできる。
・会場のみんなが「水谷さんが自分を見ている」と思うような視線。これはなかなかできない。
・問いかけて挙手。聴衆も講演に参加している感じが強い。
・ユーモアもあり、飽きさせない。

まさに「プレゼン力」。考えさせる講演会だった。


 朝早く目が覚める。だんだん明るくなるのが早くなるので仕方がないが、今日は体調がよさそうなので起きてしまう。朝一仕事。

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2009.06.04

読書ボランティアさんの有り難さ

本校では月に2回、読書ボランティアさんが読み聞かせに来校される。
朝の15分程度で1・2年、3・4年、5・6年にそれぞれ本を町立図書館から借りて読んでいただく。子どもたちにとっては、楽しみな時間の一つである。渉外関係は私が担当なので、終了後に読んだ本の話を聞きながら、私自身の児童書の世界も少しずつ広がっている。

2週間ほど前に、ボランティアさんのお一人に、「教科書に出ている本を教えてください」と言われたので、さっそく資料を送った。そうしたら、今週、「教科書関連の図書」を町の図書館から40冊以上借りてくださった。中には「三つのお願い」や「スイミー」といったそのまま教科書に出ている本もあった。教科書の絵と見比べることができるので、面白い。本校は図書数が少ないので、担任の先生方も大助かりであろう。
読み聞かせだけで有り難いのに、さらにこの行い。本当に有り難いと思った。

私自身も展示作業をしながら、本を斜め読み。その中で見付けたのが「声に出して楽しんで読もう」シリーズ(小森茂監修・学研)。1年から6年まである。実に多くの作品が一冊に掲載されている。昔話、詩、歌、小説の一部等々。知っているものもあれば、初めて読むのもある。ただ、確かに「声に出すと楽しそう」である。
たとえば、1年生の6月だったら、「ずいずいずっころばし」「かごめかごめ」「ほ ほ ほたるこい」というように遊び歌である。これが8月になると、昔話の「こぶとりじいさん」や唱歌「浦島太郎」というように月によってテーマも変わってくる。「教材にもなるなあ・・・」と以前低学年担任の時に、楽しい詩を音読させたり、読み取らせたり、似た詩を作らせたりしたことを思い出した。

こういう世界に触れさせてもらって、読書ボランティアさんは教師の世界を広げるという意味でも有り難いと思った。

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2009.06.03

全校朝会の話

全校朝会で校長先生からの話が月1回ある。
今朝はその日だった。飼っている犬の話であった。犬の成育歴、扱い方、どんな思いで接しているか等々、ジェスチャーや関連グッズを用いた熱いお話ぶりであった。子どもたちは集中してよく聞いていた。
校長先生は事前にご自身の話を振り返る用紙を担任に配布していた。担任の先生方は朝の会で、校長先生の話を振り返ることができる。これはこれで、「校長先生にしかできない実践」だなあと感じた。
たとえ月1回でも積み重ねれば、「聞く力」は大きく伸びると思われる。

前任校の校長先生も月1回の全校朝会のために、きちんと話す内容をそのまま書き、読む練習をしていた。校長室に用事で入った時に、原稿を繰り返して読む練習をしていたことがあった。わずか3分ほどの話でも、しっかりと練習をしていた。その心構えは見習わなければ・・・と痛感したものであった。

以前読んだ向山洋一氏の本で校長先生の話のすばらしさを書かれていたものがあった。その校長先生も話す準備をしっかりとする先生だったのだが、ある日の全校朝会は「青空を見てみましょう。今日は青空がとってもすばらしいので、話すことはありません」と言って降壇したということである。これはこれで印象に残るエピソードである。

私も教育実習での校長先生の話で印象に残ることがあった。子どもたちが校長先生の話に共感して、話の途中でも拍手をするのである。担当の先生が、「今の校長先生になってから、子どもたちが拍手をするようになった」と話されていた。附属小であるから、校長先生は大学の教授である。「子どもたちに拍手をされるような話ができるようになりたいものだ」と思っていたが、担任時代はなかなかできなかった。

全校朝会の話一つでもいろいろなエピソードがあるものである。

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2009.06.01

やはり雑談はいい

前任校の担任時代は、教師も子どももすべきことが多くて、なかなか雑談ができなかった。「週に2回、いや1回でもいいから放課後に雑談したい」と思っていた。子どもたちとの距離が縮まるし、何よりも子どもたちと話すのが好きだったからだ。

今は担任ではないから、やはり雑談する機会は限られるが、補欠授業に入った時には給食時間が実にいい雑談タイムだ。やはり食べることは授業と違ってリラックスするのか、子どもたちの口も滑らかで、よくしゃべる。けっこう大事な情報も中学年・高学年で得ることもある。
さて、今日は1年生に入ったのであるが、今までだと1年生は自分のことを聞いてほしいようで、自分のことばかりでなかなか全員での会話にはなっていなかった。発達段階からすればそうであろう。
ところが、今日子どもたちと給食を食べながら会話をしていると、十分に話がかみ合っていて楽しかった。集団として、まとまってきたんだなあ・・と感じた。私もその仲間に入れていただいた。

「私、将来アイドルになるのをやめてケーキ屋になろうかな・・・副校長先生は?」
「じゃあ、将来アイドルになろうかな?」
「えー」
「えー」
「タイプじゃないよ」
「じゃあ、芸人になろうかな・・・」
「いいかもしれない。ダジャレ、多いものね」
「うん、サンドウィッチマンの一人になったら合うかもしれない(笑)」

こんな感じだ。(そうか、自分はサンドウィッチマンと違和感のない雰囲気か・・・)とちょっとガクッときたが、それでもこのような雑談は楽しくてしょうがない。補欠で学級に入る時の楽しみの一つになりそうだ。

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2009.05.28

心に残る言葉を拾う

仕事に追われていた4月。運動会に向けて全力投球していた5月。それらが終わって、今週からはいくらか時間的にゆとりが出てきた。今まで余裕がなくてできなかったファイル整理や校内巡視、そして送付資料に目を通すことができるようになってきた。

送付資料の中で県の副校長会の総会資料が目にとまった。通常であれば総会資料は、事務的な内容が多いのであるが、ここには特別講演の資料が掲載されていた。現場出身の大学の先生のものである。
いくつもの印象深い言葉が書かれていた。

・研究をしている教師は子どもたちと同じ世界にいる
・教師自身が学び続けていないと、教育意欲はいつのまにか落ちてしまう
・常に「学習能力」を高めるための努力をする教員集団でありたい

全て校長時代に教員向けに書かれたメッセージである。基本的に「学び続けよ。それを教員同士で語り合え。そうでなければ子どもたちに教えることができないだ」ということであろう。
改めて今の自分を振り返る。自分自身で学び続けていても、それらを集団として話し合っているかといえば違う。いろいろと話しはするが、あくまでも仕事の運営が中心。そういえば、今年は出したいと思っていた教員向けの通信も今だ発行できていない。
資料を読みながら、自分の不十分さを感じる結果となったが、逆に言えば、今までそういうことすら振り返られなかった。来週はもう6月。2カ月遅れではあるが、今年の初心を思い出して新たなスタートを切ろうと思った。

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2009.05.27

「親切、丁寧が仇に」

「親切、丁寧が仇に」
今日の職員会議で校長先生が話された内容の見出しである。
「教育ジャーナル2008」11月号の特集である。
見出しに関わる内容は、聞く力を育てるための指導法であるが、翌日の連絡を徹底させるために親切に書いたり、お便りに書いたりする。その丁寧さが力を育てるために仇になっているのでは・・・ということである。
確かに連絡を徹底させたい気持ちはよくわかる。重要事であれば、なおさらである。連絡帳に書かせた上で、その日の帰りの通信に書いていれば、子どもたちは「ほら、通信に書いているよ」と言って終わり・・・ということもあるだろう。
さらに世の中全体も「丁寧で優しくなった」とその特集には書かれている。電車の視覚情報はそうだろうし、時刻表や乗り換えのアナウンスに注意しなくてもケータイでわかる。自分もいろいろなところでデジカメを使って、記録化している。

この話を聞いて思い出したのは、「一言少なく一手少ない指導」という有田先生の言葉である。「楽しい授業づくりの技術」という本の中に書かれている。
確かに何でも指示したり、丁寧に説明したりすることで子どもたちは一見うまくいくように見える。しかし、指示待ちになったり、自主的に行動できなくなる・・・ということもある。大事なのは、見た目よりも「どういう子を育てるか」ということである。
今まで優しくしたり、丁寧に言ったりしていたのを「一言少なく言って少なく」することによって多少の混乱が出てくるかもしれない。それでも、子どもたちの成長を考えたらこの指摘は重要である。

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2009.05.25

電話に注意

平日の代休は貴重だ。運動会と文化祭の年に2回しかない。
教諭時代は、夏休み等の長期休みで年休をとれたが、今は別。ということで、病院に行ったり、銀行関係を回ったり、市役所に行って手続きをしたり、清掃事業所にゴミを運んだりとフル稼働だった。合計9ヶ所も行ったことになる。
これだけ回ると、自然と「対応の違い」が入ってくる。「お役所や郵便局は昔と違うよなあ」と思いながら帰ってきた。

ただ、某所の対応は考えさせられた。受付が電話の対応をしていたのだが、相手がお年寄りらしく大声で話している。しかも、「そうじゃなくて、番号だよ」と友達言葉を使う。お客さんでも知っている人だから親しみを込めているのだろう。なかなか理解してもらえないらしく、大声はますます大きくなる。むろん、その方は業務に一生懸命なのだ。
そうなると、聞いている私たちもあまり愉快ではない。同じように感じている人がいるのもわかった。

また、とあるところでは大変混雑していた。それでも窓口業務の方は静かに集中して対応していた。ところが、後ろの席から、「いやいや、どうも」という笑いながら電話対応の声。お得意様との雑談も入っているのだろう。それがけっこう長く続いた。「笑っているより、この混雑を何とかしてくれ~」と思ってしまった。

共に電話対応の例だ。ふと自分を振り返る。職員室にいれば電話番は自分。似たような対応をしていないだろうか。気をつけているつもりでも、知っている方との話だと雑談風になる場合もある。
前の職場では、職員室が賑やかすぎて、電話中の先生が「静かにしてください」大声で言ったこともあった。電話中に気遣いは必要とわかっていても「つい、うっかり」ということなのだ。
改めて注意しなければいけないと思った日だった。

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2009.05.24

今年もすばらしい運動会だった

昨日が本校の運動会。昨年は昨年で小規模校のよさを感じた。今年はさらにパワーアップしたよさを感じた。
今年のよさ10項目をあげる。

・自主性の発揮・応援&スペシャル演技・・・・小学校では応援に負けたチームから涙。それぐらい燃えた。
・9学年のチームワーク・・・小中連携の見事さ。
・新種目で活気あふれる・・・長縄と綱を横にひく種目。新鮮であった。
・地域の皆さんのスーパーサポート・・・6時からの準備手伝い。競技では常に温かい励まし。
・係活動もがんばる・・・少ない人数だからこそ一人一人が重要だった
・組体操復活・・・部分的ではあったが、披露できた。観客からも「すばらしい!」
・職員のチームワーク・・・各自が自分の役割を果たす。校庭整備もよくがんばった。
・ハードな日程でも喜んで参加・・・低学年で4時までの練習が続くのはハード。これもよくがんばった。
・団体戦、白熱・・・一方だけが強いのではなく、白熱した好ゲームが続いた。大玉転がしはわずか1m差。
・メッセージのすばらしさ・・・終了後の各団でのメッセージが感動的。

かつてお世話なった教頭先生が、よく「10の視点」というのを出していた。このような運動会の時もそうだし、研究会後もそうだった。思い出して真似てみた。よくあるパターンは3個だが、それだとすばらしさは伝わらないだろう。10個ぐらいでちょうど伝わる。

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2009.05.23

記録の効果は大きい

立場上、全学年に補欠授業に入る。当然いろいろな教科の教科書を見る。
原稿を書く時にも資料の一つとしていろいろな学年の教科書を見ることもある。
一通り1~6年まで複数回担任をしているので、「この教材か。〇〇さんの音読を思い出すな」「この単元では〇〇くんが、こう発言したものだった」というように、断片的ながらその時の授業を思い出すものがある。

思い出しながら気づくのは、レポート化したり、学級通信に書いたりした単元や教材はわりと細かいところまで覚えているものである。やはり、「1回何かしらの記録を書く」という効果は大きい。

そして、パソコンにそれらの記録を保存するようになってからは、それらを見るのも容易になった。たとえば、急遽授業で5年国語の「新しい友達」の補欠授業を頼まれた時でも、自分が担任した時の学級通信から授業展開を思い出すことができる。
やはり「学級通信に授業記録を書く」「多くのレポートを作る」ということは、立場が違っても大きな財産なのだと改めて感じている。

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2009.05.21

「今までいちばん楽しかったのは何歳?」

このブログはココログであるが、新規投稿をする時に右側に「ブログネタ」というのが掲載される。
ふだんも結構気になるようなおもしろいネタを出してくれるが、「考えてみよう」という段階まではいかなかった。
ところが今日見付けた「今まで一番楽しかったのは何歳?」に思わず反応してしまった。

教育関係のブログなので、プライベートではなく、教員として一番楽しかったのは・・・ということで考えた。

子どもたちとの密着度でいったら間違いなく初任の頃だろう。休み時間に一緒に遊ぶのが楽しくてしょうがなかった。休日も子どもたちと遊んでいたぐらいだった(子どもたちが違う学区にあるアパートまでよく遊びにきた)。しかし、かんじんの授業や学級経営では苦しさそのものであった。厳しい時代だった。だから「一番楽しかった」とは言いにくい。

仕事の充実度で言ったら、ここ数年であろう。全国各地に出掛けたり、本を発刊したり、多くの先生方と出会ったり・・・と有り難いことばかりだ。しかし、時間に追われているのも事実だ。これまた、一番とは言えないだろう。

となってくると、教師になってから十数年経たあたりが一番楽しかったと言える時代かもしれない。特に13年目に担任した3年生の子たちとの日々は実に楽しかった。(念のために言っておくが、当然のことながら担任時代の22年間の全てが楽しかった)
活気あふれた子どもたち。素直でぐんぐん伸びていくのがわかった。子どもたちともとってもいい関係だったし、子ども同士も助け合ういい学級だった。社会と特別活動で新しい実践に挑戦したのもこの頃だ。雑誌原稿にじっくりと時間をかけて取り組むことができた。保護者も同世代ということで、たくさん協力していただいた。学年の先生方は自分以外は20代。自分も30代半ばでチャレンジ精神旺盛だった・・・。その頃、校長先生と面談をして、「今、とっても仕事が面白いです。数年前もそう思いましたが、今はその時よりはるかに面白いです」と言ったことを思い出した。価値ある時代であった。

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2009.05.19

危機への対応

新型インフルエンザのニュースが連日トップニュースで流れる。
今のところ関西方面での発症であるから、本県や本校への影響はない。しかし、「その日」が急に来るかもしれないので、あれこれ考えることがある。

自分の立場上、急遽の対応の時に、どのような動けばよいかわかっていなければいけないと痛感している。火事や地震、不審者対策のマニュアルはあるし、ある程度見通しはつく。
今回のようなケースは、学校でインフルエンザがはやり休校や学級閉鎖になるケースと似ているだろう。しかし、そういう時に対応の仕方については、どうすべきか十分な心得がない。
こういう時のために、対応法を学ぶことの必要性を痛感している。

自分がここ数日で学んでいるのは、各種メーリングリストで関西の先生方の対応である。「こういう時はこういう手立てで行えばいいんだ」「こういう時の文書はこのように書けばいいのか」といったことを、報告から学んでいる。「メールによる一斉連絡」の必要性も感じている。

いずれ、その日になって「・・・しておけばよかった」というのではダメである。日ごろの備えがいかに大切かと思う日々である。

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2009.05.16

3年後でも「担任冥利」

 今日は娘の中学校の運動会。娘とその組を応援しながら、同時に3年生の子たちを追っていた。
 自分が最後に担任した子たちがリーダーとして活躍している運動会である。平成18年度の卒業生だ。

 前任校の担任時代の5年間で2つの学年を受け持った。16年度組と18年度組だ。2つの学年は、子どもたちの実態も雰囲気も違っていた。本当にいろいろな子がいた。さらに18年度ぐらいには自分の仕事のフィールドが16年度時代より広くなり、常に動き回っている状態だった。そんな中で卒業した子たち。「もっといろいろなことができたのではないか。もっと育てられたのではないか」と思ったこともあった。

 その子たちにとっても最後の運動会だなあ・・・・と昨日、プログラムを見て驚いた。3つの組の代表(組長)が全員が6年1組出身の子たちだったからだ。「これは陣地での様子も見なければ」と思った。明るく上手にリードしているA君。スポーツマンらしく気合いを入れるB君。しっかりと頭の中で考えて指示を出すC君。小学校時代と同様に三者三様の個性で、それぞれのチームをまとめていた。
 むろん、3人だけではない。かつての担任した子たちが必死に走ったり、応援したり、踊ったりする姿を見て、小学校時代の多くのエピソードが次々と浮かんで来た。その子たちがこんなに立派に成長している・・・それだけでも嬉しかった。

 圧巻だったのは、閉会式だ。それぞれ結果発表され、組長が壇上で一言(といっても一人2分ぐらい)言う。優勝チームや2位チームは明るく、元気にメッセージを出した。感謝の気持ちを込めてだ。いい内容である。代表としてがんばった結果に満足をしているようだった。
 ただ、「3位の組長は何を言ったらいいか難しいだろうな・・・」と想像した。注目する。マイクの前で最初に「みんな、こんな結果ですみません」・・・その後言葉が出てこない。そうしたら、同じチームから「がんばれ~!」と何人もの励ましの声。勇気づけられて、「たった一つの賞だけど、この賞にはみんなのがんばりが入っていると思います」と言葉を選んで話した。うなずいたり、涙ぐんだりする同じチームの子たち。何とも感動的なシーンだった。
 そして、3人とも壇上でがっちり握手。元担任として「担任冥利」に尽きる瞬間だった。中学校での成長ぶり、先生方の指導ぶりも改めて感じた。

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2009.05.13

応援風景でわかること

数年前の野中先生のブログに「運動会で、その学校がどのくらいの状況であるかを判断するには、応援合戦を見ればいい」ということが書かれていた。
読んだ時に「全く同感」と思った。今まで二十数年間学校現場に勤務して、学校全体が安定した状態の時の運動会の応援はすばらしいものであった。数年前のブログではあるが、「我が意を得たり」という印象が強く、よく覚えている。

さて、本校は小中合同で運動会をする。応援合戦は小中一緒である。昨日は紅白初めての顔合わせ。
小学校1年生から中学校3年生は全員が迫力のある声を出していた。子どもたちのパワー炸裂という感じだった。
やはり、中学生の存在は大きい。
「俺(私)は応援団長の〇〇だ~!」と叫ぶ時の迫力。まさに小学生の見本である。小学校高学年の子たちも十分に見本になるのだが、中学生のそれはレベルが違う。高学年の子たちもさらに高いレベルがあるから、ますますがんばる。
むろん、運動会までは2週間近くあるので、これからさらに応援は見事なものに仕上がっていく。「我が校の様子」がしっかりと伝わるものになるのでは・・・と思っている。

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2009.05.12

授業時間以外の重要さ

先週まで2週間ばかり、ある学級に入った。といってもGWに重なったので、実際の授業日は6日だけなので、たいしたことではないのだが。
一日5時間程度の授業。ふだんも3時間程度、時には出張や年次の先生がいて5時間、6時間の授業も珍しくないのだが、一日担任として入るのは違うものだと改めて感じた。
授業時間以外の指導や対応の時間がけっこうあるのだ。担任時代はそれが当たり前だったから、全然感じなかったのだが、担任外に慣れてくるとまた別。
朝活動・朝の会・業間活動・給食・掃除・帰りの会・・・合計で105分である。授業時間に換算すると2時間分と15分。これだけの時間である。有効に活用すれば、多くの効果があることを改めて感じた。

かつてアメリカの小学校を参観した時に、日本の学校より遅く登校し、早く帰る様子を見た。しかし、先のような授業時間以外は食事と短い休憩だけだったので、実質の勉強時間は日本より多くなることを知って驚いた。こちらのサイト参照。
これがアメリカの強みだと思った。逆に日本は先のような時間が国際的に見れば強みなのであろう。これについては岡本薫先生の講演で聞いたことがあった。だからこそ、朝の会や掃除・給食の実践も盛んに報告される。
自分の場合は、朝の会・帰りの会はずいぶん一生懸命に研究したものだったが、掃除や給食はそれほどでもなかった。反省するとともに、これからでも研究しようと思っている。担任ではなくても、その面でのコメントができるようになりたいと思うからである。

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2009.05.11

ラジオは想像力メディア

昨日の夜の移動の時、ラジオで「岡崎郁氏(巨人2軍監督)のロングインタビュー」が放送されていた。岡崎氏は私と同年代である。昔から「学年が一緒の選手」は、注目度が違っていた。高
3の時の甲子園は熱中して見ていたものだった(特に箕島VS星陵の18回の死闘)。

さて、岡崎氏のエピソードには実に共感できるものが多かった。

1 入った時は、「レベルが違い過ぎる」と後悔した
 入団して2軍で練習を始めた時に、そのレベルの違いに驚いたとのこと。2軍なのに全員が自分より上手。時々「やめたい」とも思った。そう思った選手でも、努力によって1軍で「恐怖の6番バッター」と言われるようになる。精進があったからこそと感じた。
 自分の教員生活も「レベルの違いに驚く」ことが何度もあった。今もそうである。その都度、何とか近づこうと思う。やはり精進しかないと改めて思う。

2 「野球をとったら何もない」
 5年目に入院。練習生として、試合にすら出られない体になった。「もう解雇だ」と覚悟を決めた。その時に、須藤コーチに「おまえには野球しかないだろう。ドクターストップがかかっていても、残り1カ月死んだ気でやってみろ。失うものはない」と激励されて、ノックを受けた。そして、秋季リーグでヒットを打って、何とか解雇されずに済んだ。ピンチの時に励ましてくれる人の有り難さ。人間味あふれる話だ。同時に不器用な自分も教員という仕事以外の道はないと痛感した。

3 監督とコーチの違い
 コーチは専門的なディレクター。監督は総合的なプロデューサー。今の自分に必要なのは総合的な力である。不足している部分を日々の仕事でこれから学ばなければいけないと思っている。

4 夢ではなく「目標」
 最後に岡崎氏は「夢は?」と聞かれ、「夢ですか。自分の場合は目標ですね」と答えた。実現するための目標。それは決して手が届かない夢ではないという意志が感じられた。「坂本選手のように自分が育てた選手が1軍で活躍すること」と答えていた。「人を育てる」という点で共感できる話であった。

 岡崎氏のエピソードは自分の今と比べて共感できることが多かった。同年代ということもあるし、何よりも「ラジオだから」とも思った。想像力が増すメディアである。

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2009.05.10

職場作り

教員にとって運動会は一つの悩みであろう。
といってもその学校での取り組みではなく、我が子とのスケジュールである。「我が子の運動会と重なった!」というのはよく聞く話だ。むしろ重なっている方が多いのでは・・・と思われる。

今年の我が家は子どもたちと自分は重ならなかった。全くの幸いである。長女は今日、二女は16日、そして自分は23日である。
前任校でも幸いだった。子どもたちと同じ学校だったので、我が子の運動会の心配は無用だった。長女が中学校に進んでからも、同じ学区だったので重ならなかった(同じ学区内では、小中学校でずらす)。
ところが、職場の先生方では何人もの先生方が重なっていた。職業柄とはいえ、何とも気の毒であった。(それでも周囲が配慮したり、工夫したりしてお昼に少しでも駆けつけていたようではあった。)

運動会だけではないであろう。入学式、卒業式、家庭訪問、授業参観・・・等々。さらには日々の有給休暇。
今の立場になって、「働きやすい職場」にすることにも力を入れている。たとえば、他校で「休暇をとる時は自習の準備が大変なので、結局とる人も少ない・・・」といった話を聞けば、そういうしくみでないようにしたいと思って実践している。「疲れた時の積極的な休暇」も勧めている。あとで大きな疲れが出るよりも、こまめに休んだりリフレッシュしたりする方がいい。何よりも遠慮なく「家庭事情で今日は・・・」ということが言えるようになってほしいと思っている。

こういう「職場作り」も、今の立場として実践の一つになるであろう。かつて家本先生から、この点では多くのことを学んだ。それを実践していくのも自分の務めである。

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2009.05.09

過去の実践であれこれ思う

来週の講座のために、プレゼン作りをした。
ワークショップ型研究会についてである。文献・写真をあれこれ眺め、6時間ぐらいで一通りできた。資料作成は月曜日である。

さて、このプレゼン作りをしながら、あれこれ考えた。

・「同僚性」の優れた職場で研究主任を務めた幸せ。今回の自分のテーマのキーワードが「同僚性」である。新しい言葉で、「同僚と学び合う関わり」といった意味である。20代から50代まで、一人一人と関わりをもてたことの幸せ。今の自分を作っている。

・多くの文書を発行できたこと。研究通信、提案文書、依頼原稿、冊子の原稿、打ち合わせ文書、さらにはブログの文章等々。「研究」に関わるものだけで、こんなに書いていたのかと改めて思った。逆に言えば、今の文書作成の少なさを物語っているのかもしれない。(仕事上しかたがないところもあるが・・・)

・よき本との出会い。「スクールリーダーのためのコーチング入門」を再読したが、やはりいい本である。

・今回は自分にしては珍しく説明が多くなる。しかし、一方的な説明にならないように作戦を考えた。アイデアも出てくるものである。どういう結果になるかは楽しみである。

やはり考える機会があれば、脳も活性化する。こういう機会があることに感謝したい。

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2009.05.07

遊び心

連休中は一定量の原稿を書いた。
同時にその関連の一定量の本も読んだ。
原稿を書く時には同時に本もけっこう読む。その方が、原稿のためのヒントも見つかるし、表現の工夫も学ぶことができる。

今回、「遊び心」というキーワードが入ってきた。

家本先生の本からは、日本地図や各都道府県の地形を正確に黒板に簡単に書く先生のことが紹介されていた。ちょっとした自分の得意技を遊び心で紹介していたのであろう。子どもたちは間違いなく尊敬していたに違いない。

私は初めてみた研究授業で、初めて「遊び心」について考えることができた。6年、平安時代の学習だったが、教室に入って驚いた。一人の子が平安貴族の衣装を着て、前方に座っていたからである。その子はそのまま授業を受けた。その教師の遊び心だった。

ある先生は、教室に入る時にわざとネクタイを曲げて入ることがあったという。ある子が「先生、ネクタイが曲がっているよ!」と指摘したら、その子に「よく見付けたで賞」をあげるという。遊び心で褒めるネタを思いつくわけだ。

こういう話を読むと、すっかりと遊び心から遠ざかっていることがわかる。担任時代はあれこれ「遊び心」で楽しんだものだったのに・・・。でも、今回の話を読んで復活しそうである。原稿執筆&それに伴う強制読書のおかげである。

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2009.05.03

原稿を書くということ

昨日、今日と原稿を書いている。
この連休中は一定量の原稿を仕上げることを目標にしている。
(家もことも、のんびりもするが)
しかし、時間があるとどっかに油断ができて、却ってはかどらないものだ。
今日も「もっと書けたのになあ・・・」と思いながら寝る時刻になってしまった。

それでも、何かしらの原稿や指導案等の作成を数ヶ月間続けているので、まだ書けた方かもしれない。
昨年の4月は、新しい職場になるということで、原稿を書く時間を確保していなかった。全力で新しい職にあたろうと考えた。わずか1カ月であるが、その時に「書き続けないと腕は落ちる」と思った。
そういう反省があるから、原稿を書き続ける機会がある今は本当に有り難い。

ただ、自分の中で実力以上のものを書こうとしているのではないか・・・と反省している。それも捗らない原因だ。
背伸びしなくてもよい。今の力で書けるものでいいじゃないか。というより、今の力を客観視して、実力をつけることが大事なのだ・・・・今日はそんなことを思った。
原稿の評価が低いのなら、それはそれで実力の反映である。
そう思うと、明日は肩の力を抜いた原稿が書けそうだ。

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2009.05.02

書いて学ぶしかない

先日書いた挨拶状の続きのお話。
今日は5通書いた。全員が目上の先輩方である。ご退職の校長先生、校長に昇任された先生、お世話になった年配の先生方・・・等々。
後輩ならば気軽に書けるが、先輩方となれば同じ内容でも表現に気を遣う。
たとえば、「新天地でのご活躍を期待します」と後輩なら書けるが、「先輩方ならやはり『お祈りいたします』だよな。でも、『ご活躍をお祈りいたします』で本当にいいのか??」と疑問が出てくる。
こういう時にはネットですぐに調べる。OKだとわかる。
同時にその使い方の周辺情報も入ってくる。今日はこんなサイトがひっかかった。
「~のほう」という表現は、自分もこの頃気になっていた。間違いではないだろうが、「自分は使わないようにしよう」と思っていた。「ぼかす言い方」とは言い得て妙である。
それにしても、こういう学びがあるのはやはり自分が返信を書いているからである。
管理職になって学校の公用文書の書き方もだいぶ学んだ。決裁時に修正を加えられるのを見て、「まだまだ修業が足りないなあ・・・」と思う。これも書いて学ぶしかないであろう。

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2009.04.30

やはり1年生Ⅱ

今日も1年生。
「やはり1年生」と感じることが何度もある。

朝の会。一通り今日の予定を説明してから、「何か聞きたいことは?」と言うとある子が手を挙げた。
指名すると、「勉強することが楽しいです!」。こちらの意図とは違うのだが、「おー、それは楽しみだね」というと別の子も「国語が好きです」。さらに、呼応するように他の子も・・・・。何ともすばらしい学習意欲。

本校には観測塔がある。生活科の学習でそこに登ってみた。学校の屋根よりも高いところから周囲を見ることができる。裏にある牧場(牛がたくさん放牧中)もはっきりと見えた。思わずみんなで「ヤッホー!ヤッホー!」。観光気分だった。

帰りの準備の時。いったんランドセルを「ロッカーに置きなさい」と指示をした。そうしたら、ある子がまじめな顔で、廊下にランドセルをもっていって置こうとした。「ロウカに置きなさい」と聞こえたようだ。思わず「クスッ」。そういえば、かつて1年担任をした時に、前を向かせようと「先生におへそを向けなさい」と言ったらおへそを出して見せようとした子がいた。こんなところも1年生だ。

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2009.04.29

 転勤挨拶状への返信

 今年も転勤者からの挨拶状が来る時期となった。
 一人一人の文面自体は定型的なもので似ているが、添え書きがやはり嬉しい。「いきなりの6担になりました」「自然豊かな学校です」「明るい職員室です」等々、少しではあるが近況がわかる。「ああ、がんばっているなあ」「これから教師として成長するだろうな」と思う。

 さて、この転勤挨拶状は教師になってからずっといただいている(当たり前だが)。それに対して返信することは、わずかであった。その頃の筆不精が原因であるが、周囲が「返信無用」のような慣例になっていたのも原因である。事実、自分自身が初の転勤の時に挨拶状を出してもそれほど返信はもらわなかったので、「そういうものだ」と思っていた。

 ただ、2度目の転勤が130km離れた宮古市だったので、諸先輩から「どんな場所にも子どもたちはいます。海辺の子どもたちのために仕事に励んでください」「成長して戻ってくるのを待っています」といった励ましをいただいた。岩手県では、県北出身の教師が少ないために県南部や中央部の教師も一定期間は県北勤務を経験しなければいけない。住宅がその地にあっても、引っ越したり単身赴任したりする。「いよいよ県北だ」と思っての転勤だったので、その励ましが大変心にしみた。
 また、こと返信に関しては有田先生の行いから学ぶことが大きかった。ハガキを出した数日後には返信が届いていた。おそらく、即返信されていたのであろう。お忙しい中でも1日数十人ずつ書かれていたに違いない。

 このような経験を経て、今は挨拶状に可能な限り早く返信を出そう・・・と思っている。メールと違いハガキも手紙も時間がかかる。その時間も、「その人のために費やす時間」と思えば有り難い時間である。

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2009.04.28

やはり1年生

昨日、今日と1年生に補欠授業で入っている。
入学してまだ3週間あまり。
「1年生はやはり1年生」と何度も思ってしまう。

まずは反応が豊か。思わずこちらも反応が豊かになって、表情や声も変えてしまう。すると、それがまた子どもたちにとってはおもしろかったようで・・・。
帰りの会では「今日がんばったみんなに花丸をあげます」と言って空書きで花丸を書いた。それを「はい!」とみんなにプレゼントするポーズをとったら、その「エア花丸」を「いいものもらった!しまっておこう」と子どもたちがランドセルに入れる真似をした。その動作に思わず微笑む。
こんなことが1日に何度もある。

自分が1年生を担任したのは20代の頃だ。それも2回。その時の子どもたちを思い出した。やはり反応が豊かだったし、たくさんのエピソードがあった。違うのは自分の対応。「若くてしかも担任」だったから、はみ出した行動への対応はゆとりがなかった。反省しきりである。

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2009.04.27

共感できる原稿

スカッと気持ちのよい原稿に出会った。
こちらのメールマガジンである。
書かれている内容が具体的にイメージできる。そして、子どもたちにきちんと求めるべきものが明快。子どもたちも教師に言うことに納得するであろう。
そして何よりも自分が担任時代に実践していたことに共通するものが多く共感してしまう。「形式行為をやめる」「お願いをする」ということなどは、低学年時代ほど徹底したものだった。すると、子どもたちもぐんぐん成長していった。

こういう原稿がメールマガジンで読める。有り難いことである。
このメルマガには私も5年半連載させてもらった。3年分ぐらいはこちらに整理されている。
メルマガなので、原稿料などはない。その分、自分のデザインで好きなことを好きなだけ書けた。しかも月に1回、定期的に書かざるを得ない。自分の実践を積み重ねるにはもってこいの自由連載だった。有り難い原稿であった。

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2009.04.26

季節はずれの雪

今日も寒い日だった。4時過ぎのテレビを見ていたら「高速道路閉鎖」のニュースが入ってきた。「そんなに風が強いのか」とWebを見てみたら、何と「県北の雪で閉鎖」とのこと。

いつも夜に移動している自分にとっては、驚きである。県南では予想できない天気であった。天気予報にも雪は出てこなかった。こういう時にネットは強い。改めて天気予報を確かめると、曇りマークであるが、yahooの「みんなで実況!今の天気」は雪の数値ばかり上がっていた。今度はライブカメラを探してみる。すると、高速道路は真っ白。

ここからは即決。かなり早い晩ご飯を食べ、すでに交換していたタイヤを冬用に交換。ガソリンスタンドにもっていったら、「えっ?」と店員さんが驚いていたけど、「県北は雪です」と言って、急いで前だけ交換してもらった。
高速道路が閉鎖されると国道が大混雑する場合もあるので、降りるインターチェンジも混雑しないところに決めた。5時出発。

結果的に自分が県北に着く頃には雪も小降りであった。高速道路は閉鎖されたままだったが、道路もノーマルタイヤでもゆっくりいけば大丈夫だった。
結果論から言えば、そんなに急いで出発しなくても・・・ということになるかもしれない。
しかし、「自分が余裕をもって運転できる」ということを考えたら、今回の判断はよかったと思う。遅い出発だったり、「ノーマルタイヤで大丈夫か?」と不安を抱えたまま運転したりしていたら、少なくても安全面の確率は低くなっていたであろう。
さらに今回の出来事で改めてわかったことがあった。「リアルタイムのWeb情報の有り難さ」と「自分の中での優先基準があれば判断も早い」ということである。情報収集と判断基準は危機管理においての重要ポイントであろう。これも一つの学びである。

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2009.04.25

失敗談と参考文献

昨日紹介した「明日の教室」を読む。
この本の特徴は一定のフォーマットに従って書かれていることである。
1つのテーマが8ページで構成され、最初の2ページで、そのテーマの「基本的な考え方」「主な失敗例」「ポイント」「この他に押さえたい活動」をまとめ、その後に「ポイント」のひとつひとつについて、さらに詳しい内容を紹介している。このフォーマットが執筆時には「厳しいなあ・・・」と思ったこともあったが、いざ完成物として手にしてみるととてもいい。

まず失敗例。これが共感を呼ぶ。「ある、ある。こういう失敗」という感じだ。自分自身の経験でもよくわかるものが多い。それらを読むから、「基本的な考え方」や「ポイント」が説得力を増す。
また、 参考文献も最近の図書だけではなく、10年以上前に自分が読んで実践のヒントになったものも結構出てくる。もちろん自分ももっているので、改めて読んでみようと思った。

これらは、そのままこのブログのヒントとなりそうだ。これから自分の失敗例やかつての参考文献が出てくるかもしれない。

★改めて今春の自分が関わった発行図書
・「学校を活性化する伝統・文化の教育
・「小学校学級生活マニュアルプリント
・「すべての子どもがわかる授業づくり 教室でICTを使おう
・「明日の教室

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2009.04.23

苦手なもの

昨日は地区の副校長会の歓迎会であった。41人の副校長会の組織。4人の新メンバーを加え、にぎやかな会であった。自分も2年目ということで、知っている先生方が多くなり、あれこれ楽しい話を聞かせてもらった。

さて、これで一通り歓迎会が終わった。歓迎会に出て、つくづく感心するのが挨拶する皆さんの上手さである。

・聞き手の顔を見て、思いを込めて語る方
・準備をしっかりとしてきたことがわかるメモを時々見ながら、わかりやすいお話をする方
・印象に残るフレーズ、トレンドの話題を入れて話す方
・短時間でも一つクスッと笑えるお話ができる方・・・等々

「教員の話は長い」ということをかつてよく感じていたが、そんなことはない。なかなかの挨拶ばかり聞かせていただいた。
私自身は挨拶はとても苦手である。立場上、挨拶をしなければいけない時がある。それなりに準備はするものの、「定番のセリフ」すらうまく言えないこともある。ユーモアなんて全くなし。
だから、「突然の指名」なんてとんでもない話である。

ただ、この挨拶の分野だけは今まで「原則」を学んでいない(学ぼうとしていない?)ということも理由として上げられるであろう。それは逆に言えば、原則を学べば伸びる余地があるということだ。決して得意分野にはならなくてもいいが、「苦手」が「やや苦手」という程度になっても立派な成長である。そうなるように努力していこう。

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2009.04.22

学校質問紙

本校でも無事、全国学力・学習状況調査が終了した。
問題について先生方とディスカッションするのはもちろんだが、私は「学校質問紙」にも注目していた。
これは校長先生の責任で書くものなので、私は書いていないが、これらのチェック項目が管理職として取り組まなければいけないことを示していると思われるからだ。
ちなみにこちらから見ることができる。

たとえば、校長先生からは次の質問をについて確認を求められた。

■教員が,コンピュータ等を使って,資料等を拡大表示したり,デジタル教材を活用したりするなどの工夫を行った

これは自信をもって答えた。本校のICT活用は昨年からスパークしている。

■授業学校の教育活動の情報について,前年度にどれくらいの頻度でホームページを更新し,情報提供を行いましたか。
■模擬授業や事例研究など,実践的な研修を行っている

これらは前任校ではしていたことだが、勤務校ではまだできていない。

■あなたは,校内の授業をどの程度見て回っていますか。

管理職として重要なのは先生方の授業力向上である。そのためには、参観は不可欠。自分も授業するだけではなく、先生方に働きかけなければ・・・と思った次第である。

これらの質問紙から、今必要なことが見えてくる。管理職にとっては学校運営を考えるうえで重要である。


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2009.04.19

疲れも吹っ飛んだ

今日は盛岡市内一周継走大会。
岩手県内の中学生や高校生、一般の駅伝大会である。一周3.8kmを男子は5人、女子は4人が襷でつなぐ。県内の半分以上の中学校が参加する大きな大会である。
本校の特色の一つとして、小中併設ということがあげられる。小学校の管理職であるが、そこは同じ学校。応援に出掛けた。中学校の大会を知る貴重な機会である。

この大会のために子どもたちは春休み返上で練習していた。小規模校には小規模校の大変さがある。それでも子どもたち同士で励ましあい、がんばる姿は感動ものであった。

また、他校の応援団の様子にも感銘を受けた。大会の教育的意義を改めて感じた。
さらには、前任校を卒業した子どもたちにも少しだけど会うことができた。みな背がグーンと伸び、きちんと挨拶を姿にこれまた嬉しくなった。

70km離れた盛岡を往復し、さらに夜は軽米に帰る。今日は地区の早朝作業もあり、正直「体力的にしんどいなあ・・・」と思っていたが、これらの感動にそんな疲れもふっとんだ

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2009.04.14

「魂の校長塾」

「総合教育技術」誌で野口芳宏氏の連載が始まった。
「魂の校長塾」というものである。第1回は「初任で出会った大物校長」というものである。
この文章に感銘を受けた。
もう20年以上前になるが、野口芳宏氏を知って次々と本を購入した。その中に「名人への道」というものがあり、初任校時代のエピソードも満載だった。しかし、今回の連載は初めて聞く話だった。だからなおさら新鮮だった。
その校長の実行力はやはり目を見張るものだ。

・講師は常に県下一級の先生・・・授業研究会ほど楽しみな機会はなかった
・講師の費用についても校長が敏腕を発揮した
・プールや電灯教室など当時珍しいものを設置した
・見識が高い、愛校心にあふれていた、子ども大好き人間だった

こういう話を聞くと、プロデューサ-力が必要なことがよくわかる。本校の自主研修のあり方を考えていた自分がとても勇気づけられるエピソードだった。

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2009.04.13

社会貢献の形

土曜日の学習会の会場は東京大学の福武ホールであった。
赤門を入って、すぐに左手にあった。ホームページに書かれている通り「学びと創造の交差路」にふさわしいホールであった。
そもそも東大のキャンパスが「知的な学び」の雰囲気がいっぱいだ。その中にあり、さらに美しい空間だった。安藤忠雄氏がデザインしたというのを聞いて、やはり違うなあ・・・と思った。
さらに驚いたのが、それらが福武總一郎氏(ベネッセ会長)の私財の寄付がもととなっているということだ。成功した実業家による社会貢献。アメリカではこういう話をよく聞くが、日本でもあったんだと感心した。

翌日、水沢を自動車で走っていたら、自動車学校の前で数名の方が看板をもって立っていた。看板を見ると、「早めのライト点灯」と書かれていた。さっそく点灯。すると、先頭にいた方が礼をしてくださった。心が温まった一瞬だった。
自動車学校の皆さんからすれば貴重な勤務時間を割いての取り組みだ。利益を上げるためではなく、自動車マナーアップや事故防止の活動である。これはこれで、自動車学校の皆さんだからこそできる社会貢献だと感じた。

どちらも社会貢献には変わらない。それぞれ自分にできる形で行っている。活動やスケールの違いはあっても、社会貢献への思いは同様である。さて、自分。社会貢献は意識しているが、まだまだ自分にできる形があるのではないか・・・と思っている。

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2009.04.12

コンビニコピーサービス

昨日、急遽の対応でローソンに入った。コピーをするためだった。
コピーをしていたら、「メディアからプリント」という表示が目に入った。「えっ?」と思って注目したら、どうやらPDFも印刷できるらしい。今までなら専門店にいかなければいけなかったが、コンビニでできるようになった。調べてみると文書のデータ保存もできるらしい。くわしくはこちら

昨年末からのサービスらしい。転勤してから、あまりコンビニとは縁のない生活になったためか、全然知らなかった。他のコンビニではあらかじめメールでデータを送っておけば印刷できるサービスもあると聞いた。
あまり使うことはないが、こういうことを知っておくといざという時に便利である。PDFデータがあれば、全国どこでもプリントアウトできるのだから。

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2009.04.11

偶然・ハプニングの日

昨日4月10日は偶然やハプニングが重なった日だった。
こういう日も珍しい。

まず朝。
5月にある運動会のために、早く来ていた先生方が競技の話し合いをしていた。会議で提案するために、競技の実例を本からコピーしていた。ふと見ると、どこかで見た本。「すぐできて楽しい運動会種目ベスト70」(たんぽぽ出版)である。この本には私もいくつかの種目を書いている。さっそく、巻末の著者一覧を示した。「おー」と同僚の声。
さらに傑作だったのが、その同僚が「この競技がおもしろそう」とコピーしたものが、私のものだった。最後に(佐藤正寿)と書いているのを見て、3人で大笑いをした。何という偶然。「大蛇をつかめ」というもので、綱引きの綱を横にひっぱるものである。新競技として本校で行うことになるのかもしれない。

午後。校外でとあるハプニング。学校とは直接関係ないものの、ヘルプに行く。といっても動物を相手にすることはほとんどないので、何をしたらいいかわからない。「一緒に追っかけてくれればいい」ということで、何とか無事解決をする。自然豊かな本校ならでは体験であった。
それにしても動物を相手にする子どもたちのたくましさ。これは都市部の子たちは真似できない。

学校から退庁し、200km帰省ドライブで10kmぐらい行った時、同僚から連絡。これまたヘルプの連絡だった。即対応。このタイミングで本当によかった。もっと連絡が遅ければ高速に乗っていて同僚が困っていた。

終了後にそのまま高速を走り、「この後は何も起こらないように」と願いながら水沢へ。夜行バスに間に合わなかったら、次の日の学習会には間に合わない。無事30分ぐらい余裕で到着。夜行バスに乗り込むことができた。スリリングな1日だった。

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2009.04.09

言葉を知る

昨日、保育園の入園式に行った時に、式の最初と最後に「総礼」と言って礼をした。
「ソウレイ?初めて聞くなあ・・・」と思いながら礼をした。
本校の式では「一同礼」である。これは一般的であろう。場合によっては、「一同礼」がないところもあるだろう。東北地方では「修礼」という場合もある。これについては、以前書いたことがあった
今回も当然調べた。そうするとちゃんと「総礼」は辞書にあった。
「全員で敬礼すること」という意味である。
辞書にもあるぐらいだから、修礼よりも一般的な言葉なのであろう。

また、昨日のニュースで「教科書バリアフリー法」について知った。目にハンディがある子のための法律である。拡大教科書の必要性はむろん知っていたが、法律で制度化されていることは知らなかった。

まだまだ教育界で使われる用語で知らないものは多いものだと実感した。

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2009.04.08

複式だからこそできる「クラス替え」

複式の学校に勤務して1年になるので、まだまだ複式のことは勉強しなければ・・・と思っている。
さて、今日複式学級ならでは・・・と思うことの出会った。
それは「クラス替え」である。

単式(学年1クラス)規模の学校に勤務をしたことがあった。6年間、同じ構成メンバーの学級であることがよさにもなるし、場合によっては問題点になる時もあった。これは自分もそういう小学校に通っていたからよくわかる。

さて、複式。今日、3・4年の学級に入った。昨年の3・4年とはメンバーが違う。昨年の4年が5年生になり、新たに昨年の2年生が入ってきた。今まで下学年だった3年生が4年生となった。それだけでも、学級の雰囲気が昨年とはまた違ったものになっていることがわかった。下学年だった現4年生は学級でリーダーシップをとろうとしているし、単式の学級から入ってきた現3年生は、緊張しながら新しいクラスになじもうとしていた。
「そうか、複式だと毎年形は違うものの『クラス替え』があるようなものなのだ」と感じた。「固定化していない学級集団」ということを考えたら、これは歓迎されるべきものだ。こういう面が複式にはある。

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2009.04.07

全校の担任

自分の校務分掌は「総務」である。
辞書には「組織全体に関する事務を扱うこと」と書かれている。「全体」がキーワードだと思っている。

それは実務仕事だけではない。子どもたちに関わることも同様である。
ここ2年「全校の担任」という意識で行動しているが、今年度も同じようにしていく。
たとえば・・・

・朝の校内巡視の時に早く登校している子どもたちと雑談する (以前は子どもたちが登校する前に巡視していたが、このことに気付いてから遅らせている)
・授業もする(今年も週に平均十数時間受け持つ予定。特に社会科をもつ回数が増えるのが嬉しい)
・休み時間、掃除時間、放課後も積極的に関わる
・担任の先生方への情報提供もする

担任の視点とはまた違ったものがあるだろう。それを提供するのが自分の役目である。

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2009.04.06

自分の事務仕事を見直す

今年度から副校長職となった。今日の始業式で校長が「今まで教頭先生だったのですが、今年から副校長先生になりました」と紹介していただいたので、子どもたちが「教頭先生、あっ、違った。フクコーチョーセンセー」と言いにくそうにしながらも、笑顔で呼んでくれる。「佐藤先生でいいのですよ」と言ってはいるが、少し恥ずかしい気分である。

さて、管理職も2年目ということもあり、昨年度とは違って見通しをもって仕事をしている。教師になって初任の時には見通しがさっぱりつかなかったが、2年目になると見通しがついて余裕が出てきていた。その時の感覚に近い。
前年度の文書を改めて見ると、「こういう文書を作っていたのか。今の自分なら修正するなあ」と思うこともしばしばだ。昨年の今ごろは、とにかく流れに乗るので精一杯だった。その点で、今年1年は自分の事務仕事を見直すいい機会になっている。

また、昨年は意識しなかったことも今年は気付くことがいくつかある。たとえば、今日の入学式準備での来賓の座る順番や紹介の仕方についてだ。昨年は「前年の通りの紹介で」という形で精一杯だった。今年は「なぜこのようになるのか」という点も考えるようになっている。

こうやってみると、昨年は本当にルーキーだったことがわかる。2年目の今年は管理職の事務仕事の力がしっかりと身につけたいと思っている。

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2009.04.03

花巻東高に元気をもらう

今日の地元紙は花巻東高校の甲子園準優勝の記事が5ページぐらい使われていた。
確かに快挙である。私が岩手に来る前に大船渡高校がベスト4に入った。その時は、秋田県人だったので同じ東北のチームががんばっているな・・・という程度だった。それ以来選抜では勝利なし。夏の大会では時々勝ってはいたが、初戦敗退が多かった。しかも岩手のチームといいながら、主力は関西や四国出身の選手ということも多かった。
それが、今回の準優勝。記事を読むと、このチームがますます素晴らしいと思えることがいくつも書かれていた。

1 「日本一」を目指していたこと
もともと日本一を目指していた。しかし、今まで甲子園で一勝もできないチームだから、日本一はオーバーでは・・・と思うのが普通だろう。でも、この志が大事なのだと思う。サッカーの国見高校監督だった小嶺監督の著書にも「日本一を目指しているチーム」と「初戦突破を目指しているチーム」の違いが書かれていた。
実際に準々決勝で花巻東はエースではないピッチャーが先発だった。決勝を想定して連投を避けるためだったらしい。そこにこのチームの本気度を見た。

2 カバーリングのチーム
ネット上で花巻東のカバーリングのすばらしさを書いている記事を読んだ。手を抜かずに自分にできる最高のプレーをする。それが当たり前になっている。実際にカバーリングをして、ボールが来ることは稀であろう。しかし、それらは無駄にはならない。安心感があればこそのプレーができるからだ。

3 人を育てている
本校に花巻出身の先生がいる。花巻東高校野球部の挨拶がすばらしいという話を聞いた。さらにこんなうれしいエピソードも。人が育つからますます強くなるのであろう。

4 そして「岩手のチーム」
花巻東はベンチ入りした全員が岩手の子たちだ。岩手の子たちだけで準優勝。これは県民に大きな喜びと感動を与えた。レギュラーではないが、ベンチ入りした子たちの中には4年前の水沢小卒業生が2人いた。他学級ではあるが、同学年を担任した私も大変嬉しかった。まだ2年生の彼らは来年度も活躍するであろう。

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2009.03.31

今年度の反省2

昨日に続き、今年度の反省である。

4 プロジェクト&講師の機会を大切にする
 ・今の立場では限られた機会となる。その分、充実した準備をする。

○→昨年度やその前に比べたら、あちこちに出掛ける回数は当然減った。それでも、まだプロジェクトに入れさせていただいたり、講師として登壇する機会も何度かあった。特に充実していたのは、実物投影機のプロジェクト。これは冊子発行への協力や今度発行される書籍への原稿執筆等もあり、充実したものとなった。また、社会や学習ゲーム、ICT活用、消費者教育、若手教員対象のセミナー等で講師を務めた。条件設定をしている中でもお声をかけてくださる方がいることについては感謝以外の何物もない。

5 社会科実践・ICT活用・地域のよさ・日本のよさを伝える授業
 ・自分の強みの部分である。授業実践は限られるが、何らかの形で発信していく。

△→学力向上のためにと授業をうけもって、毎日3時間程度は実践の機会はあった。活動としてICT活用や少しの社会科実践はできたものの、何らかの形での発信は無理であった。ただ、昨日も書いたが、ICT活用を校内に広めることができた点は「○」である。

6 原稿を自ら執筆
 ・何らかの形での原稿執筆を自主的にしていきたい。 

◎→これは管理職になると、原稿執筆の機会が減る・・・・そう想定して書いた。ところが、逆であった。教諭時代より、なぜか執筆機会が増えた。雑誌原稿が2倍ぐらいになり、新書版の単著も12月に発行できた。部分執筆書は4冊。間もなく2冊が追加となる。新聞の連載も進行中。これらの仕事が来年度の大きな仕事につながっている。

トータルで見ると、6つの目標は3勝2敗1引き分けというところか。目標は立てるが、勝ち越せば十分と思っている。毎年勝ち越せば、必ず前進していることになる。その点では、今年度もいい年だったと言える。

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2009.03.30

今年度の反省1

教師にとっての元旦は4月1日だと思っている。(担任なら子どもたちと出会う始業式もそうだ。)
そう考えると3月末は年度末の反省の時期。
今年度の目標に沿って反省したい。ちなみに今年度は、新しい職ということで、5月5日が目標設定の日だった。

1 教頭職の職務を覚える
  ・職責を果たすだけではなく、そこから「原則」「大切なこと」等を記録化する。

○→これは当然のことであるが、仕事を覚えざるを得ない。覚えなければ責任問題である。幸いだったのは、小中併設校だったので、中学校の教頭もいたことだ。不明の部分は何度も質問をした。これは普通はできないことだ。無駄な試行錯誤をしなくてもよかったことは、自分にとってはプラスであった。また、記録化という点では、このブログも活用させてもらった。自分なりにファイルにまとめ、今年度の実践はA4で50枚分ぐらいになった。

2 本校の特色を生かした「教頭実践」をする
 ・地域との連携、Web発信等、具体的な内容は今後検討する。

△→地域との連携という点では、昨年度並みのことはできた。しかし、「特色を生かした実践」という点ではまだまだ。学校ホームページも次年度回しになってしまった。ただ、「自分の強み」を生かした働きかけはある程度できたと思う。ICT活用の環境整備、2度の飛び込み公開授業、研究会の改善、次年度への布石等々。自分の強みがやはり取り組みやすいし、先生方も納得してくれる。その点では、目標とは少し違うが「○」である。

3 新たな分野の学びを深める
 ・「複式指導」「教育コーチング」にまずは取り組む。

△→これについては、完全に不十分。複式もコーチングも少ししか学べなかった。ただ、学校マネジメントということについては、職務上多くのことを学ぶことができた。教頭会という組織の研究もわりと盛んなことに驚いた。そこでの研究は今後も深めていくことになる。

4 プロジェクト&講師の機会を大切にする
5 社会科実践・ICT活用・地域のよさ・日本のよさを伝える授業
6 原稿を自ら執筆

 4~6については明日。

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2009.03.28

高速道路千円

景気対策として打ち出された高速道路1000円。今日から地方の高速道路でスタートである。テレビの朝のニュースもトップにもってきていた。さらには、ヘリコプターで高速道路の様子も写しだしている。
ビッグニュースであることがわかる。
これは週に2回、高速道路を使っている自分にとってもビッグニュースである。初めて、このプランを聞いた時には「まさに朗報」と思った。軽米の家と水沢は180km離れている。高速料金は4300円。これが1000円になるのだから、経済的なメリットは大きい。自分の場合、日曜日だけだが(帰ってくる日は金曜日)、半分でも大きい。金曜日も平日割引が効くので、通勤割引を過ぎた時(20時)でも乗る機会が増えるであろう。

ただ、単純に喜んでもいられないと思っている。正直なところ、高速道路での運転で「恐いなあ・・・」と思ったことは何度もある。回数が増えれば、そういう思いも多くなるし、緊張もかなり強いられる。
特に職場で12時間勤務後の高速はやはり疲れが出て、「まずい」と思ったことが何度もある。これが一般道ならすぐに停車してリフレッシュできるのだが、高速はSAまで行かなければいけない。
そして、何といっても冬の高速道路。吹雪の怖さ。
経済的な理由とこのようなことを思って、今までは一般道と併用だった。
これからも、「常に高速」とは考えずに、一般道も併用しながら・・・と考えた方がよさそうだ。

昨年の4月にこういう生活スタイルになった時に2つのことを決めた。
・交通事故にあわない
・かぜをひかない
目標ではなく、「決めた」というところに意味がある。「最優先」を意味するからである。だから、以前より睡眠時間も増えた。そのデメリットも感じてはいるが、現在のライフスタイルでは仕方がない。そのおかげで1年、決めた通り過ごせている。それでも「ヒヤリ」というのは何度もある。「千円だから・・・」と拘束されず、考えていこう。

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2009.03.26

蛍雪時代

蛍雪時代といえば、私たちの世代は受験雑誌・・・・と連想するであろうが、そうではない。
「釣りキチ三平」で有名な矢口高雄さんのマンガである。ふだんは自炊をしているのだが、たまに外食をする時の食堂に置かれているものだ。

このマンガは昭和30年前後の中学校が舞台である。矢口さんが育った秋田県の増田町。自分も秋田出身なだけに、これだけで親しみを感じる。
さらにその時代の生徒たちのすばらしさ。「7人の侍」の上映会を地域の人対象に行ったり、グランドを自分たちで造って「陸の祭典」をしたり・・・とその自主性には目を見張る。むろん実話であろう。
こんなにも中学生はパワーがあるんだと思うと同時に、そのような生徒の発想を「無理だ」なんていわず、サポートし実現を後押しする教師集団。「理想の学校」がそこにあるのだ。読んでいて、思わず熱くなる。

矢口さんは、生活科発足の頃、教育関係者に講演をしていた。記録を読んだことがあった。自分が生まれ育った自然が、今の自分を作っているという内容だった。美しい自然にすばらしい中学校生活。羨ましくなると同時に、勤務校にも共通するものがあると感じた。

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2009.03.24

農業経営に共通すること

今日は地区のPTAの方々との送別会。今までも何回もあり、地域の窓口である自分にとっては大切な場である。
また、違った職業の方とお話できる貴重な機会である。

PTAの中に酪農農家の方がいた。以前テレビで見た、搾乳ロボット(動画がわかりやすい)の話をした。24時間、自動化されていて、パソコンで一頭一頭の管理もできるものである。
そのロボットのことは評価しつつ、次のことを言っていた。

機械はあっても基礎的なことは絶対必要。生き物を対象としているだけに、生きるか死ぬかといった時は自分の経験で対応するするしかない。機械があっても、もともと持っている力が大事。

機械が仕事にもたらす効果は大きい。それでも酪農農家として必要な基礎力、考え方が一番大事だいうことだ。
ふだんのICT活用の授業に共通するなあ・・・と共感してしまった。

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2009.03.23

当事者になってわかる

今年度は校長先生他2名が転勤ということで、離任式で「転任者紹介」をすることとなった。
県や学校によって違うであろうが、岩手県では、転任者の挨拶の前に、簡単な紹介を校長がすることが多い。校長が転勤する時は、これが教頭の役目になる。

ところが、今まで「転任者紹介」で印象に残っていたシーンがあまりない。人数の多い学校にいて、一人一人の紹介する時間が短かったからかもしれない。また、紹介のしかたが事務的だったからかもしれない。
今回はせっかくの機会である。一人あたり1分半程度と計算をして(合計5分弱)、紹介の内容を組み立てた。
基本パターンは一緒である。

・本校在任の期間
・校長・担任・保健というそれぞれの職務で、子どもたちのために努力されたこと
・その人の人柄を示すエピソード
・転任される学校のこと

子どもたちのその先生との思い出が想起される内容を工夫したつもりだ。また、転任される学校は「岩手山が近くに見える学校」というように特徴を必ず入れた。
子どもたちにどれほど印象に残ったかはわからない。しかし、自分なりに工夫したことについては充実感がある。いい経験にもなった。

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2009.03.21

40万アクセス

あまりアクセス数にはこだわらないのであるが、区切りとなる時は意識している。
今日、カウンターを見たら40万アクセスを記録していた。04年5月から続けているから4年10カ月での達成である。昨年までは毎年アクセス数があがっていたが、今年度はアクセス数が昨年度より減った。これは管理職になって書く内容も変化したからであろう。もっとも、ページビューでのアクセス数であり、実質的に見た人の数は変わっていない。自分としては、とにかく見ていただけるだけで嬉しいし、「毎日チェックしています」というメールが時々来ると本当に有り難いと思う。

また、おもしろいと感じているのは右下の「検索フレーズ」である。その時々で検索される言葉が時期的なものが多い。たとえば2月だったら、社会科での沖縄と北海道の学習に関するものが多かったし、今は離任式に関わるものも入ってきている。また、春野家ケータイ物語というのも評判であるということがわかる。

本体のホームページは15万アクセス(カウンターが表示されなくなったが・・・)、日記も14万アクセス近くになっている。本当に有り難うございます。

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2009.03.16

カーナビ親

ラジオで新語紹介というコーナーがあった。
そこに出てきた言葉で「カーナビ親」ということがあった。我が子の進むべき道を指図し、その通りリードする親ということのようだ。マイナスイメージとして使われているようなので、改めて検索してみた。
どうやら日本経済新聞(1月9日)の記事で使われている言葉らしい。

 ・定義…子どもの進路をカーナビのように案内・指示する親
 ・長所…短期的な処世術を子どもに教えられる
 ・短所…子から失敗体験を奪うため、自己決定力が身につかない
 ・盲点…あくまで我が子中心。社会変革への視点を欠く
 ・背景…派遣社員など非正規雇用の増大、雇用不安を反映

そうそう、確かに長所もあるだろう。特に未来が不安なご時世だったら尚更だ。しかし、短所もその通り。逞しさは身につかないであろう。

ふと連想したのは、「カーナビ教師」だ。少し変えてみると、次のようになるのではないか。

 ・定義…子どもの活動をカーナビのように案内・指示する教師
 ・長所…短期的な活動術を子どもに教えられる
 ・短所…子どもたちから失敗体験を奪うため、自己決定力が身につかない
 ・盲点…あくまで我が学級が中心。その子の長期的な視点を欠く
 ・背景…学級崩壊への不安、学級や児童の問題の過度の意識化を反映

管理職になってみると、子どもたちの失敗体験に対して、自分がゆとりをもたずに対応していた時もあった・・・と気付く。新学期等で、学級を規律あるものにするカーナビ化は必要であるが、過度のカーナビ化はマイナスになる。教師にそのまま当てはまる「カーナビ親」の視点だと感じた。

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2009.03.15

中学道徳副読本

補欠授業で時々道徳の授業をする。急遽の対応の時などに、「では、道徳をしますか?」と申し出るのだ。副読本をもとに子どもたちに考えを発表させる。少人数だから、全員の考えを引き出しやすい。

今日中1の二女が道徳の副読本を読んでいたので、借りた。さっそく読んでみる。実に読み応えがある。「あいさつ」「席がえ」「いじめっ子の気持ち」といった身近な題材は深く考えさせる内容だし、星野富弘さんや骨髄バンク移植の話は感動的だ。小川未明、大仏次郎、水上勉といった著名作家が書かれた話も掲載されている。岩手県版の話も感動的だ。

このような題材を使って中学校では授業をしている。中学校の様子を知ることは、小学校の教育を考える素材にもなる。今回も考えさせられた。

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2009.03.11

一人一人が緊張するいい瞬間

今日は修了式予行だった。
卒業式は学校によって違いがあるものの、修了式は今までの学校はほぼ同じだった。
それが、最初の学年の様子を見て、「あー、小規模校だったらこうなるんだ」と感じた。
今までの学校では、「第5学年修了生、男〇名、女〇名、計〇名、起立。代表〇〇〇〇」というような形で一斉に立っていた。今日見たのは、「第5学年修了生、〇〇〇〇(名前)」「はい!(起立して礼)」というように一人一人が名前を呼ばれて、立って礼をするのである。5人なら5人全員が一人一人名前を呼ばれる。
「そうか、全員の名前を呼ぶのか。本来であれば、これが正しいのであろう。人数が多いので省略しているだけなんだ・・・」と改めて気付いた。小規模校ならでは・・・である。もっとも修了証書をもらうのは代表児童だが。

それにしても、一人一人、名前を呼ばれて返事をする時には、けっこう子どもたちは緊張している。全力で「はい!」と返事をして、きちんと礼をする。その子にとっていい瞬間である。大規模校だとこうはいかない。

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2009.03.09

卒業証書を受ける手はどっちから?

本校の卒業式は中学校と一緒のため、県内でも小学校では一番早い(たぶん)。
今週の14日(土)である。(だから春休みが長い。冬休みや夏休みとほぼ同じぐらいある。夏休みも冬休みも春休みもほぼ同じ日数という学校は珍しいであろう)
そのため、今が卒業式練習のピーク。
そんな中、先生方との雑談で、卒業証書を受ける時、右手からか左手からか話題になった。今までは左手からでやっていたとのことだったが、自分が前任校時代は右手からだった。「その学校なりでいいのでは・・・」と思ったが、気になったのでネットで検索してみた。

そうすると質問サイトに同じ質問をした先生がいた。それへの回答も右手からと左手からと様々。ただ、先のサイトの紹介されていたこちらのWebは深い礼儀作法を心得ているような方のようだった。
今回これらのサイトを見て思ったことは、「〇〇という方法が一般的」という場合、えてして自分の経験だけの範疇で言っていることはないかということである。その地域だけの常識というのが、教育の場合はあるのではないか。心したい。

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2009.03.08

このごろ失いつつあるもの

いつだったか、「先生のブログを読んで、『どうしてこんなに前向きになれるのか』とよく思う」という感想を言われたことがあった。自分の思いを率直に書いているものの、「ブログには前向きなメッセージを書こう」という意志表示も一定の割合であるのかもしれない。
それでも、日々学ぶことは事実として多い。年齢を重ねるほど、「我以外皆師也」という吉川英治の言葉が身に染みる。

同時に、失いつつあるものも意識している。担任の立場であれば・・・というものはけっこう多いし、集中力の減退も時々感じる。
そして、この1年、強く意識したのが体力である。環境が変わったということもあるが、休日の有り難みを感じる日が増えた。幸い健康に事故もなく過ごすことはできたが、今の体力とうまく付き合って毎日過ごしていかなければいけないなあ・・・と思う日々である。(体力維持のための運動を本気で考えなければ・・・)

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2009.03.06

若手の声

この頃、若い先生や学生さんのメールが月に数通届く。ほとんどが「価値ある出会いが教師を変える」を読んだことがメールのきっかけのようである。「教師という仕事について改めて感じた」「もっと自分から研究会に出ていこうと思った」等、それぞれ感想は異なるが、何からの印象に残ったのは同様のようであった。

これは今までの著書ではあまりなかったことである。授業のアイデアやノート指導、学級通信関係の本を今まで出してきたが、これらはやはりノウハウ中心であった。それらはそれらの役割がある。(事実、「学力のつくノート指導のコツ」は今も一定数、売れている)
同時に「価値ある出会いが教師を変える」も、読んだ人にとっては教師人生を考えるきっかけとなっているようである。

また、とあるセミナーで講師の役割を終えた時に、残っていた若手の先生から相談や感想を言われた。講座の内容に呼応してのことだった。自分もそうだったが、若手時代は実践してもうまくいかない時の方が多かった。特に初任時代は、「今回はうまくいった」という方がはるかに少なかった。日々悩んでいる若手の先生方に自分にできるアドバイスをした。

このような若手の声を聞くと、自分たちの世代の使命を改めて感じている。もっともっと自分たちより下の世代のために精力を注がなくては・・・と。

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2009.03.04

読書ボランティアさん

昨日で月2回の読書ボランティアさんによる読み聞かせが終わった。
最終回ということで3人の方のスペシャルバージョン。
・2冊の本の読み聞かせ
・読書クイズ
・全国各地の方言による「かさこじぞう」(3人での)
というように、構成も工夫されたものだった。「いやー、すばらしい!」と本当に思った。これがボランティアなのだから。

読書運動の盛んな地域の学区である。ボランティアの皆さんも、お子さんの頃からきっと読書に接していたに違いない。その影響がしっかりとプラスになって、こういう形になって表れているのだと思った。
今年学校に出向いていただいた回数は何と19回。熱意がなければできないことだ。

そして、このボランティアの皆さんの影響は子どもたちだけではない。実は私にもある。多くのすばらしい児童書があることを改めて感じた。20代の頃は学級の読み聞かせもよくしていたが、ここ十数年は読み聞かせも年に数回程度。すっかり遠ざかっていたが、読書のすばらしさという点を自分自身が学んだ。
終了後の談話で来年度の新しい構想も決まりつつある。来年度の実践が楽しみである。

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2009.03.01

ようやく3月

無事3月に入った。「無事」と書いたのには訳がある。
今の自分の環境で「冬」を乗り切るのが、今年の重大事だったからだ。

今の勤務校は県内でも寒さが厳しい。さらに自分は毎週片道200km近くを往復している。生活面、安全面でも冬を無事乗り切ることが、今年は重要なのである。心配事や迷惑をかけることがあっては、仕事にも私生活にも支障をきたす。

一番は雪である。これについては暖冬で助かった。雪道での運転は、慎重に慎重を重ねても「ヒヤリ」という瞬間がある。それが暖冬で少なかった。それでも雪道3~4時間の運転はやはりきつかった。今まで感じたことのない肩こりはするし、疲れも残った。
高速道路が封鎖された時には、噂通り大変だった。20kmを進むのに2~3時間。もっとも1回限りだったが。

もう一つは寒さ。「軽米の寒さは厳しい」と以前住んでいた人は皆話していた。確かに水沢よりはそうだった。が、これも覚悟をしていただけに、「それほどでも」というのが実感だ。ただ、学校の水道が凍った時には参った。その仕事にかかりっきり。冬休みだったから助かったが、「水はライフライン」ということを痛感した。

もっとも大変なことばかりではない。スキー場初体験や校内雪像祭りといった冬ならではの経験ができた。これは雪のよさを生かしたものだ。

3月といっても油断してはならないが、それでも春の足音が近づいている。来年度のことも同時進行で進んでいる。校内はもちろんだが、自分の中でも重点に置くものはすでに決めている。「まとめの時期」と同時に「スタートのための準備時期」ということを意識して、1カ月がんばっていこう。

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2009.02.28

作家の文章の魅力

新幹線に乗る。いつものように「トランヴェール」(JR東日本発行)を手に取る。すでに3月号だ。
冒頭にある作家の文章が好きである。
今回は岩手在住の直木賞作家・高橋克彦さん。一戸町にある御所野遺跡を取り上げている。
同じ二戸教育事務所内にあるということで、「おお、すごい」と思わず読み始める。もっとも本校とは50km近く離れてはいるが。

作家の文章はやはりいい。限られたスペースの中に、遺跡の雰囲気が魅力的に表現されている。

なんだかわくわくして渡れば、この出口の策にいきなりのどかな縄文ノセ会が出現する。派手なものはなに一つない。
復元された竪穴住居がいくつも広い空の下に点在し、静かな小川が流れ、豊かな森がある。実に見事な演出で思わず吐息が出る。いや、吐息と言うより笑顔だろう。本当の平和な世界に時空を飛び越えて訪れた喜びに満たされる。

このような文章を読むと、実際に訪れてみたくなる。いつも実家に帰る時に通っている国道4号線に入り口の看板がある。通常は金曜日の夜か日曜日の夜しか通らないが、昼通る時にいつか訪れよう。そして、「縄文時代の幸福感」を感じてみたいものだ。

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2009.02.26

小規模だからこその児童会活動

今日昼休み2年生に入ったら、「今日、放送当番なので行ってきま~す」と一人に子が放送室に給食をもって出掛けた。昼の放送に耳をすますとなかなか上手にアナウンサーをしていた。
実は本校は3年生から委員会活動を行う。今の時期は来年度のために、先行的に活動をしているのだ。だから、2年生が放送していることとなる。

このような経験は子どもたちにとって、とてもいいことである。低学年のうちから、いい経験をすることができるし、何よりも「学校のために役立っている」という意識を高めることができる。
そういえば、この間の児童総会でも1年生が堂々と発表していた。通常であれば、1年生は児童総会には出席しない。それが出席するだけではなく、発表までしている。いい経験である。

このような機会を与えられるのもやはり小規模校だからである。委員会、児童総会と低学年から参加できる児童会活動である。子どもたちは先輩方から仕事を教えられ、その学年なりにがんばろうとする。成長をするのは確かだ。

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2009.02.25

イチローのニュースから

WBCが話題になっているようである。もっとも平日のテレビのスポーツニュースで知るぐらいだが。
話題の中心はやはりイチローのようだ。

そのニュースで印象的なシーンを見た。通算の安打記録を持つ張本氏が、イチローの練習風景を見ていた。そこにイチローがやってきて、挨拶をするシーンだった。
張本氏とイチローの会話。

イチロー「教えてください。バッティングを」
張本「教えることは何もないよ」
イチロー「人間的なことを教えてください」

張本氏の言ったことは本音だと思う。教えることがある人は、いないのでは・・・と想像する。それでいながら、イチローは「教えてください」と言っている。むろん短い会話であるし、ふだんから大先輩に対しては、そのように言っているのかもしれない。それにしても、バッティング技術とメンタル面を向上させようとする姿勢がこの会話から感じられた。
張本氏は「イチローは先頭に立ってランニングをしていた。一人だけ半袖だった」と話していた。きっとその態度から、後輩たちも学ぶであろう。
このエピソードから自分が学ぶことも多い。

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2009.02.22

雪像作り活動

今年度。雪深い学校に赴任になった。
「子どもたちは冬になったら雪で遊ぶのだろうなあ・・・」と思っていたら、違っていた。
というのも、冬休みに校庭が予想以上の雪で埋まるのである。一番多い時には、鉄棒まであと10cmというところまで迫っていた。(写真参照。右側が小学生用鉄棒。左は中学生用)002
深すぎて子どもたちは遊びにくいのである。ちなみに学校の裏は屋根から落ちた雪が人の高さぐらいになっている。
それでも校舎のわき等で雪だるまを作って子どもたちは遊んでいた。

そこで、「何とかして外で遊ばせたい」と保健担当者は考えて「雪像作り」を企画した。
授業時間はとれないから、休み時間等を利用してグループごとに話し合い、製作をする。果たしてどうなるか・・・と思ったら、これが大ヒットだった。
休み時間ごとに子どもたちが外に出て、汗だくになって作る。かまくら、巨大ケーキ、お城、すべり台等々・・・一生懸命に取り組んだ。途中の休日で気温が上がり過ぎて融けてしまうというハプニングもあったが、金曜日の発表会は大変盛り上がった。教師チームの作品のすばらしさも光った。むろん、「冬でも外で遊ぶ」というねらいも達成した。

今回の取り組みで学ばせていただいたことがいくつもあった。
・弱みを逆手にとった取り組みを考える
・休み時間でもヒット企画なら子どもたちは意欲的に取り組む
・教員自らが取り組むことで子どもたちも燃える・・・等々
今回の成功できっとこの活動はこれからずっと続けられるであろう。来年度が楽しみである。

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2009.02.21

あえて地域を回る

卒業式まで1カ月を切った。
教頭の仕事として保護者および来賓に案内を出す。
来賓のうちの十数名は地域の方々である。そのうち、児童や生徒の保護者には子どもにお願いするが、その他については直接自宅を訪れて配付することにした。
今までは近くの子どもたちにお願いをして・・・というようにしていたし、けっこう広い学区で雪も深いので時間もかかる。

しかし、今回は直接配付をしたいと思っていた。来賓の皆さんの家をしっかりと覚えるということもある。学区を改めて見てみるということもある。教頭は地域との窓口と言いながら、意外と地域を回る時間も限られている。
そして、何よりも来賓の皆さん(場合によっては家族)に直接「ぜひ卒業式にいらしてください」と直接お話をできるのが一番と考えたからだ。確かに「いや、わざわざどうも、どうも」「ご丁寧に」と直接言われると訪れた甲斐があるものだ。

「地域のよさ」を知るためには当然地域をフィールドワークしなければわからない。「いつかは・・・」と思っていて、もう1年近くが経ってしまう。春になってから、改めて地域のよさを本格的に調べてみよう・・・そんな気ににもなった地域回りであった。

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2009.02.20

春野家ケータイ物語

本校にも届きました。待ちに待った「春野家ケータイ物語」の申込み案内が。
Webには次のように書かれています。

『春野家ケータイ物語』は、ケータイをめぐる情報モラルの学習を行うために、独立行政法人メディア教育開発センターとNTTドコモが共同開発した、映像教材です。
この教材のDVDには、ケータイをめぐる様々なトラブルに巻き込まれながらも、家族や仲間と話し合い、助け合いながら解決していく全8話のドラマが収録されています。

研修会でこのDVDを部分的に見る機会があったのだが、これは間違いなく「授業ですぐに使いたい!」と思うようなものだった。しかも無料である。それだけに案内が来るのが待ち遠しかった。
個人ではなくあくまでも学校としての申込みなので、校長に報告。3月に授業ができそうである。

特徴については先のWebに書いているが、K3プロジェクトの現場の先生方の活用レポートがあるので心強い。来年度は校内研修会(自主的な)でも活用できそうだ。

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2009.02.15

質問型・対話型が内容を深める

2日連続、似た光景を目にした。
質問型の授業スタイル、対話型のセミナースタイルがそれぞれその内容を深めているという場面である。

質問型は13日の食育授業。養護教諭にブドウ糖とそれが入った食べ物について授業していただく時間をとっていた。通常であれば、資料を使った「説明型」となるであろう。それを「質問型」でお願いをしていた。子どもたちから出てきた質問に答えるという形である。その方が子どもたちの学びが深まるということを、「質問がメインの授業」で体験していたからである。
最初は私から「ブドウ糖とはどのようなものなのですか」「どんな食べ物に入っているのですか」といった簡単な質問をした。その後子どもたちから、いい質問が相次ぎ、養護教諭も自分の知識や用意していた資料から適宜提示して紹介をしていた。臨場感あふれる場面となった。

対話型は昨日のセミナー。最後にゲストの赤坂先生(上越教育大学)に上條先生が「赤坂実践の特徴と由来」について聞くものである。その引き出し方が上手で、赤坂実践に係わる重要なヒントをいくつも知ることができた。(上條先生のブログにも書かれている)

どちらも「質問型・対話型」のよさを感じた。このスタイル、いろいろな場面に応用できそうである。

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2009.02.09

ネットでラジオも変わった

日曜日の夜に水沢から軽米に移動をしている。
以前は教育関係のCDを聞いたこともあったが、今は冬で雪道。できるだけリラックス+集中して運転している。
最近聞いているのが、ラジオ番組。NHKラジオ第一の「夜はぷちぷちケータイ短歌」がお気に入りである。
別に短歌のたしなみがあるわけではない。聞き手が送る短歌のちょっとしたよさに耳を傾け、それについて出演者がワイワイと談話を聞いていると何となく、単身赴任に向かう自分の気持ちも落ち着いてくる。

今日何げなく、昨日の短歌を見てみたくなってホームページを覗いてみた。やはり、作品自体が掲載されている。なかなかいい。
それと一つ驚いた。番組自体が聞くことができるようになっているのだ。(「前回の番組を聞く」)
ネットでこういうこともできるのか・・・と感心してしまった。

むろん、それでも放送時間に聞くのが一番。やはりライブが大事だ。
ただ、ホームページでもう一度短歌を見たり、聞き逃したら聞けるしくみがあるのはやはり便利である。

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2009.02.07

「現地に立たなければ」

久々に新幹線に乗って「トランヴェール」(JR東日本発行)を読んだ。東北になじみの深い作家のエッセーがいつも楽しみである。今月は高橋克彦さん。盛岡在住の歴史作家である。十数年前の岩谷堂小時代にトークショーがあり、当時の教務さんとPTAの副会長さんがお話を聞いたことがあった。学区に親戚がおり、よく遊んだという縁だった。

エッセーは、取材旅行はほとんど行かないが、土方歳三の小説を書くために会津若松に行き、考えが変わったことを書いていた。自分にも思い当たる言葉が書かれていた。

・ただ観光気分で眺めるのと、小説の舞台として見るのでは天と地ほど違っていた
・私の頭の中には土方のいくつもの言葉が浮かんだ。書斎に居ては絶対に出てこない言葉の数々だった。
・現地に立たなければ得られない心の働きだ

自分の置かれている状況に響く言葉であった。「観光気分」で他者の実践を見ているわけではなかったが、どこか自分と別世界的な意識で見ていなかったか。現場にいるのに、現場感覚が薄れてはいないか。今日の学習会でさらにこれらを強く意識した。

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2009.02.06

何事にも始まりがある

今週の3日に町の教育振興会の集会があった。各学校とも教頭職が担当者になって、その運動の促進をしている。
その集会の中で、印象的だったことがあった。挨拶や講演の中で、岩手独自の教育運動であるこの教育振興運動の始まりの話が言われたからであった。
きっかけは、昭和30年代の学力テストが全国最下位であり、県をあげてよりよい教育を作ろうということだったらしい。確かにその頃の教育環境はいいものではなかったであろう。
岩手県のホームページには次のように書かれていた。

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◇ 教育振興運動は、学校、家庭、住民等が総ぐるみで、地域の教育課題の解決に自主的に取り組む岩手県独自の教育運動です。

◇ 昭和40年に、県内各地で地域をあげて学力向上のための取り組み(読書運動など)を行ったのが始まりで、以来、本県の教育水準の向上、子どもの健全育成、家庭や地域の教育力向上など、岩手県の教育環境の整備充実に大きな役割を果たしています

◇ 子ども、親、教師(学校)、地域、行政の5者が、それぞれの役割を果たしながら、相互に連携して進める運動です。
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具体的に取り組んだこととして、「学習机を家庭に」「机を購入できないのなら、リンゴの箱を机がわりに」「おみやげはお菓子ではなく本を」といったエピソードがあげていた。40年以上前、我が子のために、親子と学校と地域が一生懸命になって取り組んだ様子が想像できた。

当たり前だが、何事にも始まりがある。自分が担当になっているもので、そういう始まりを知っているか否かということは大きいと思う。この始まりのエピソードを聞いて、本学区に親子読書運動の火を小さくするわけにはいかないと感じた。
形だけ引き継ぐのではなく、理念をどう受け継いでいくか。それが大事だと思った。

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2009.02.04

人事交流

昨日文化の交流のことを書いたら、偶然テレビで「岩手と秋田の教職員の人事交流」のミニ特集を見た。ふだん見ないNHK地方版のニュースである。話題にすると情報が入ってくる。
しかも秋田から派遣された先生は、知っている先生だった。みちのく情報教育フォーラムで同じ班になった先生。同じ大学の同期である。情報教育にも堪能ということで、プロジェクタ・マグネットスクリーン・PCが映しだされた算数の授業の様子も紹介された。

もっともミニ特集としてはあくまでも「人事交流」の意義が中心テーマだったので、それらはほんの一部。「学力一の秋田県からきた教員」という点で紹介されていた。違う県から来たからこそ見えてくるものというのは確かにあるであろう。そういう教員から公に声を聞く会もあるようだ。

この北東北の人事交流は2年。なかなか簡単に希望しても、家庭事情があれば厳しいであろう。このような形でなくても、県内の超短期間の人事交流は可能では・・・と思っている。たとえば3日間、県北と県南の学校で交換で勤務してみるというようにだ。数日間学校で実際に働いてみるからこそ見えてくるものもあると思う。

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2009.02.03

節分は落花生?

とある研修会で、「節分の時には落花生をまくでしょう?」という話をしたら、「エーッ」という反応をされた。
これには、自分が「エーッ」となった。ずっと小さい頃から節分には落花生をまいてきたからだ。
「これは文化の違いなのだ」と瞬間的に悟って、その話題からすぐに変えた。

今日は節分。朝テレビを見ていたら、「節分でまくのは大豆?落花生?」という話をしていた。「そうそう、これこれ」と思わず反応する。見やすく全国一覧にしていた。ディレクターさんが調べたのであるから、正確というわけではないが、北海道・東北・新潟はやはり落花生。他は大豆だった。
その理由は、こちらのサイトが詳しい。

自分が「こういうものだ」と信じてきたところに、違う文化を持つ人が入ってきて、「ああ、これは自分のところだけの文化だけだったんだ」と知ることはけっこう多い。
実はこれ、岩手の教育現場の文化でも似ているなと思う。県南部、沿岸部、県北部と3つの勤務地でそれぞれ異なることがけっこうある。交流人事で初めて知る人も多い。そういう意味では、広い範囲で勤務をして県のあちこちの教育的な文化を知ることは、結果的に様々な教育文化が入り込むことになる。意義があることだと改めて思っている。自分が今の学校ですべきことのヒントもある。

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2009.02.02

通信のコメントを書いてもらう

とある新聞を見ていたら、教頭が学校便りに「返信欄」を設けて、保護者とのコミュニケーションを図っているという実践が紹介されていた。
「ああ、そうか・・・」と思った。
というのは自分も学級通信でしていたことがあったからだ。

拙著「学級通信のアイデア40」にも「ミニコメントを募集する」というテーマで次のように書いた。

------
 「学級通信の感想をぜひお知らせください」と通信でお願いをしても、保護者にとっては気軽に書けるものではない。でも、数行だったら案外集まりやすいものである。

★ ここがコツ!
1 ミニコメントコーナーを準備する
  「学級通信が100号を迎えました。簡単な感想をお書きください。書いたら切り取ってお子さんに持たせてください」と書いて、4行から5行程度の書き込みスペースを作っておく
2 子どもにもお願いする
  「家の人に『コメントを書いてくれたら先生は嬉しいなあ・・・』と伝えておいてね」とさりげなくPRする。
3 コメント特集号を組む
  一定量が集まったら、コメント特集号を発行することができる。
------

同じようなことが学校便りでも実践できる。(学校便りは本校は教頭が書いている。)
結局担任時代の実践がそのまま「教頭の実践」でも応用できるということを確認した。特にこの通信という分野では、まだまだ工夫できるのでは・・・と思っている。
なお、このミニコメントの実践等は住友生命の「職員室」というリーフレットに連続で掲載されている。有り難いことである。

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2009.01.31

すばらしき教師集団

前任校の校長先生が今年ご退職ということで、囲む会に参加させていただいた。
スピーチという役も仰せつかっていた。
市内で校長先生が2校に勤務をしたということで、その時の先生方も入り70名以上参加の盛大な会であった。
校長先生が教職員の皆さんからいかに信頼されていたかということがよくわかった会であった。大変楽しく、思い出に残る会であった。

同時に感じたのが前任校の教師集団のすばらしさである。
市のセンタースクール。引き受ける仕事も多い。子どもや保護者の対応にしてもしっかりと行わなければいけない。研究も先進的に進めていくという風土。陸上・水泳・部活も活発だ。学年会が遅くから始まることもしばしばだ。
そんな中で、「いつ準備したのだろう」という工夫がたくさんあった。教職員の出し物もそう、校長先生についてのプレゼンもそう、しおりの中の語録もそう・・・。時間がなくてもやってしまう・・・そういえば昨年度も研究もそうだった。じっくりと研究をしている余裕はないが、限られた時間でも一生懸命にディスカッションする。新しく取り組むことになったワークショップ型研究会も、「まずはやってみよう」という感じでやってもらった。
学校全体がそういう雰囲気だと、一人一人もその流れに乗ってしまう。その流れが心地よい日々だったのだと感じた。自分もその流れに乗ったのは確かだ。

時間があるから仕事ができるというのものではない。自分にとって最適の流れがあればそれに乗っかって仕事は進む。そういう学校にいるのであれば、それは幸せそのものだ。流れに乗っていないというのであれば、自分で流れを作ればいい。そんなことを思った。

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2009.01.28

立花先生からの手紙

今日も「価値ある出会いが教師を変える」のこと。
本に若い頃にお世話になったお二人の先生を実名で書いていた。そのうちのお一人が立花先生である。初任の時にすばらしい研究授業を参観することができた。その授業者である。数年前に校長先生をご退職された。当然のことながら、本を謹呈させていただいた。

その立花先生から今日お手紙をいただいた。便箋にぎっしりと6枚。本の感想だけではなく、私宛の励ましのメッセージがたくさん並んでいた。
読みながら目が潤んできた。自分は後輩を育てる年齢になっている。この本もそういうつもりで書いた。それが今も大先輩から教えられ、支えられている。自分のためにどれほどの時間を割いてくださったのだろう。何と幸せな出会いだったのだ・・・・と。

研究授業を参観した時には、立花先生は他校の先生だったが、私が転勤したことにより、1年間同職したことがあった。貴重な1年だった。その時に立花先生は担任はもっておらず、教務主任だった。まさに、大規模校の柱であった。

・提案は常に改革を意識していた
・担任が出張で不在の時には進んで補欠授業に入っていた。
・しかもその学級の子たちと休み時間によく遊んでいた。
・教務主任発行の週予定のミニコラムがとても読ませる内容だった
・生徒指導上のトラブルがあった時には真っ先に解決に向かって動いていた
・担任はもっていなくても、飛び込み授業で研究授業を引き受けていた
・同僚で心配な人がいると、面倒をよく見ていた・・・・等々

「まさに『スーパー教務』だ!」と常々思っていた。自分が昨年度担任から外れた時に、どういう行動をすればいいかと考えた。その時に、立花先生の姿が思い浮かんだ。モデルとなる像があれば行動もしやすい。

こういう教務主任さんと巡り会えたことの幸せ。たった1年でも学んだことはずっと生きている。その頃の立花先生の年齢に近づいてきた。いかんせん、まだまだ人として修業が足りない。立花先生は自分にとって身近な永遠の目標である。

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2009.01.27

所かわれば・・・

統計資料を見るのは昔から好きである。
教頭職になってから、そういう機会も増えた。勉強になることが多い。
今日、とある資料を見ていたら、驚いたことがあった。

「担任兼務の教頭」が全国には少なからずいることがわかったからだ。
北海道と四国に特に多い。愛媛県などは、珍しくはない割合である。

教頭職でも担任をすることは可能である。法律もそうなっている。
しかし、本当に稀なケースだと思っていた。むろん全国的に見れば、割合は少ないのであるが、都道府県の違いによって、ずいぶん違うんだなと思った。もっとも教頭が「教師の頭」的な意味からすれば、職名上も担任を兼ねるのは何ら不思議はない。

岩手に関することを言えば、冬休みが1月中旬まであることがよく驚かれる。「羨ましい」とも言われるが、その分夏休みは2週間ぐらい短い。当たり前だが、年間の授業日数は変わらない。

先の資料には、他にも教頭に関わる様々なデータが掲載されている。これらを照らし合わせると自分自身は、平均とはずいぶん違う数値が出ているのもある。それはそれで自分の特色なのだと思っている。

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2009.01.26

苦手なものに挑戦

自分には小学校教師として苦手なものが多すぎる。
今までの著書にも書いたが、「字が下手」「絵も下手」「歌も下手」「ピアノもできない」「家庭も苦手」「運動神経もよくない」・・・・とすぐにダメなことはあれこれ浮かんでくる。もっともそれでは子どもたちに申し訳ないので、苦手な分野もかなり本を買ったり、研修に自主参加をした。その結果は「自分はできないが、教えることはできるようになった」という教科も出てきた。
これらは「努力を継続する」という習慣を身につけることとなった。また、「苦手な子の気持ちを理解する」ことともなった。何が幸いするかわからない。

さて、教頭職となってやはり「苦手で困ったなあ・・・」と思ったことが二つあった。

一つは賞状の記名である。字が下手なのに、賞状の名前を書かなければいけない。多くのコンクールは賞状だけ配付され、「記名は学校で」というパターンである。慣例で教頭が書くことが多い。これらはその子の名前を分析し、かなり練習してから書くようにしているので、何とかできている。(未熟で子どもたちには申し訳ないのだが・・・)

もう一つはスキーである。岩手は雪国なのだが、たまたま今までの24年間は学校ではスキー教室がなかった。大学時代も縁がなかった。プライベートでも縁がなし。一回もしたことがなかった。一生縁がないと思っていた。興味もなかったので、それでいいと思っていた。
本校に赴任して行事計画を見たら2月5日に「スキー教室」とある。雪の多い地域だから、「ああそうか」と思った。でも担任ではないから、あまり気にかけていなかった。
しかし、冬になってから職員室の話題はスキー教室のことが多く出るようになってきた。聞けば、学校裏の牧場で数時間どの学年も練習するという。予想以上に力を入れている。
例年、教頭も子どもたちの指導にあたるという。明らかに子どもたちの方が上手なのに、「指導」はない。
苦手(というより未経験)なものを最初から拒絶するのもよくないなあ・・・。今年だけではなく、毎年ある行事だからなあ・・・と思い、スキーにチャレンジすることにした。(運動神経がよくない者にとって、新しいスポーツをすることはまさにチャレンジなのである)

今日がさっそくその日。2年生の指導の時間に混ぜてもらい、校長先生に子どもと一緒に教えてもらった。予想通り、何度か転びながらも少しは進歩をした。
考えてみればこれはなかなか得難い経験だった。年をとればとるほど、「初めての経験」は少なくなる。それができたわけだから。日ごろの運動不足解消にもなるし、何よりも少しずつ上達する喜びを感じる。さらに靴をとった時の解放感は、登山した後に登山靴をとった時の感覚(大学時代のワンダーフォーゲル部)を思い起こした。
初めての経験は次々と自分に刺激を与えるのだ。
明日も前向きに取り組むことにしよう。

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2009.01.25

有り難い感想に元気をいただく

拙著「価値ある出会いが教師を変える」(ひまわり社)を刊行してから1カ月がたった。

今までの本と違う手応えを感じている。
それは読者からのメールが多いのである。知人はある程度わかる。
しかし、今回は未知の方からのメールが時々届く。今までの著書は「まれに」という程度だったのに。
「価値ある出会いが教師を変える」の中に「講演者・著者に手紙を書く」という内容のものを書いた影響もあると思う。以下、引用である。

■講演者・著者に手紙を書く
 (中略)仕事上でも同様である。それは、こんな話を本で読んだからである。

 自分が感動した本や講演があったら、著者や講演者に対して礼状を書くといい。何も返事を期待するためではない。その本や講演の内容をもう一度自分なりに整理するためである。

 このことを聞いて「なるほど」と思った。本を読む。感動する。勇気がわく。そして行動する。
 しかし、日常はそれほど変わらない。また、いつもの生活に戻る。本を読んだあと、自分なりに考えを整理しておけば別なのであろう。しかも、読書ノートをつけるよりも、礼状の方が相手意識がある分、思考も深まるであるかもしれない。
 ということで、講演会や授業等で大変勉強になった時に、礼状を書くことにした。ただし、数はそれほど多くはない。ひんぱんに講演会や参観授業ができるわけではないからだ。年に二~三回、礼状を出すくらいであった。

この内容に共感して送ってくださった方もいるようである。
有り難いことである。
しかも、一つ一つのメールの文面が「こういう読み方もあるのか」「こう感じとってくれて嬉しい」という内容である。メールを読みながら、私の方が元気をいただいている。
著書を出す喜びはこういうところにもあるのだと感じている。

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2009.01.24

大学時代を思い出した

昨日の夜の移動中にラジオを聞いていたら、ゲストが名取弘文さんだった。
大変懐かしい思いで聞かせていただいた。大学時代に本で知った小学校教員で自分に影響を与えた先生のお一人だったからだ。当時は珍しかった家庭科専科の実践や教師としての行動ぶりに刺激を受けたものだった。特に「おもしろ学校の日々」の本を読んで「こんな学校にしたい」と思っていたものだった。実際の現場は本のようにはいかないということはすぐにわかったが、「子どもたちにとっておもしろい学校にした」という思い自体は強く強く初任の頃思っていた。

村田栄一さんも強い影響を受けた方である。「ガリバー」という学級通信を読んで、「こんな通信を教師になったら出す」と決意したものだった。こちらは実際に2年目から学級通信を出すことができた。理想のレベルには結局達することができなかったが。

ラジオの名取さんのお話を聞きながら、「こんな小学校教師になりたい」と思っていたあの頃の思い出を振り返っていた。そして、教師になる前の影響も結果的に自分の基礎になっているのだと改めて思った。

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2009.01.23

様々な分掌を担当するということ

 今日は町の学校保健研究大会であった。他校の健康教育に関わる取り組みや病院長さんの講演を聞き、有意義であった。自分の学校でも取り組みたいことについても考えることができた。
 考えてみれば、自分自身は学校の分掌の中で「保健部」に属した経験はほとんどない。初任校で2年間、安全担当になっただけだ。しかも主担当ではなかったので、何かを積極的に提案したという記憶がない。教諭時代の多くは研究部の推進委員や研究主任・学年主任がメインの校務分掌であった。似た校務分掌が多かったということは、自分の「強み」になったということで有り難かった。

 反面、保健部のようにほとんど関わることがなかった分掌については、実践面でも記録があまり残っていない。むろん、かぜ予防、インフルエンザ対策、むし歯対策、避難訓練の事前指導等すべきことはきちんと行ったが、工夫までいったかと言えばそこまではしていない。
 今年度では、その点管理職としてどの分掌にも積極的に関わっていること、そしてこのような町の学校保健会の担当にもなっていることで学ぶことが多い。そうすると必然的に関心も高まる。「強制されることの効果」である。

 そう考えれば、似た校務分掌が多かった自分の場合にはそれが「強み」になったが、異なる分掌を様々担当する場合には、広く様々な経験が自分の関心対象になりそれが「強み」にもなる。校務分掌の考え方としてこういうことも言えると感じた。

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2009.01.21

授業に専念できる環境を作ってもらっていた

 冬になり予想通りあれこれ施設面で対応することが出てきた。水道の凍結や大量の雪への対処。今日はPCのネットワークのトラブルの対応に追われた。解決のための方策も自分の勉強の一つということで、施設面のことでは日々学ぶことばかりだ。(それにしても、あれこれ原因を探ったり、電話で問い合わせをしたりしたあげく、コンセント一つで解決した時にはさすがにガクッときた。)

 こういう経験をして思うのは、「担任時代は授業に専念できる環境を作ってもらっていたんだなあ・・・」ということである。冬に暖かい教室で過ごしたり、氷点下10度ぐらいの朝でも水道も心配なく使うことができたり、パソコンルームでトラブルがあった時にはいつの間にか直っていたり・・・・。それが担当者の職務とはいえ、本当に有り難いことだった。

これらの仕事は、「ちゃんとやって当たり前。トラブルがあると目立つ」という仕事である。そうならないための準備をどうするか、これまた勉強中である。

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2009.01.20

ピンチヒッター万歳!

本校では2週間に1回、「朝の読み聞かせ」を地域のボランティアの方が行っている。本学区では、岩手県独自である教育振興運動(学校・保護者・地域が一体となって教育課題に取り組む)として読書運動が40年以上前から行われ、その伝統が続いている。その活動の一つが地域の方による読み聞かせである。

ただ、あくまでもボランティアなので、時々都合が悪い時も出てくる。今日はお一人、都合が悪かったので、私が高学年の読み聞かせに入ることにした。ピンチヒッターである。
朝の巡視が終わった足で図書室に行き、読み聞かせの本を探す。本校の図書室の様子をじっくりと見られるいい機会である。仕事が増えると必ずメリットがある。(そういう風に考えている?)

いくつか候補があった中で選んだのが「ともだち」という本。「谷川俊太郎・文、和田誠・絵」という部分にも惹きつけられた。1ページ1行か2行の詩なのだが、子どもたちの心に入る詩がたくさんある。

「ともだちってかぜがうつってもへいきだっていってくれるひと」
「しっぱいをわらわれたらどんなきもちかな」
「けんかはしたっていい、でもひとりをたくさんでいじめるのはひきょうだ」
「おかねもちのこ まずしいこ、どうしたらふたりはともだちになれるだろうか」(外国の子どもの写真2枚)

 こんな詩がたくさん。教室にぜひ置いておきたい本である。
 私も読みながら、「この本は道徳や社会の授業にも活用できそうな本だなあ・・・」とそのよさを感じていた。読み終わってから、予定にはなかった感想を聞いた。「詩を聞いて、自分が思い出したこともあった。でも、〇〇くん、〇〇くんはやっぱり友達なんだと思った」というように、子どもたちの心に響いたようだった。

私からは、最後の10ページに世界の子どもたちの写真と詩が掲載されていたので、「6年社会では世界の国を学習します。世界の皆さんと友達になるためには、どうしたらいいか学んでください」と話した。
終わったら、担任の先生に「授業のような読み聞かせでしたね」と言われた。自分の思いも入ってしまった読み聞かせになった。
時にはこういう読み聞かせもいいであろう。ピンチヒッター大歓迎である。

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2009.01.18

商売上手

土曜日に気付いた二つの郵便物について。

一つ目。某会社からの新ソフトの広告が入った郵便。クリアーケースのようなものに入ってきた。周囲を切り抜くと中が取り出せるだけではなく、ちゃんとクリアーケースにもなる。一石二鳥の郵便物だ。さらにケースには新商品が写真でデザインされているので、一石三鳥といったところか。この郵便物を受け取った人はけっこういるのでは・・・と思う。

二つ目。センター試験が我が家でも話題になった。1年後に娘は受験である。そうしたら、某社から関係書類が送られてきた。今も通信講座をしているところだ。ナイスタイミングというか、タイミングがよすぎて逆にどうなのか・・・。それでも話題になるから、やはり商売上手か。

これらは違う業種の話だ。じゃあ、教頭職の商売上手って何だろうなあ・・・とふと考えた。ここには書かないけど。

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2009.01.16

沖縄と北海道

昨年、今年と1月中旬になると通常よりアクセス数が増える。
というのも、こちらからのリンクがあるからだ。

「北海道と沖縄の違い」という題で、
『今、5年生の社会で沖縄と北海道について調べています。でもあまり良い資料が見つかりません。家のつくりの違いについての資料が一番いいのですが何か良いホームページはありませんか?
家についてではなくてもいいです。お願いします。』

というもので「授業した記録」ということで最後にブログのURLが書かれている。調べてみると一日に10件近く、ここからアクセスがある。
この「寒い地域と暖かい地域」の学習は自分にとっては、いつも楽しい単元だった。自分が使っている教科書は沖縄と北海道だったが、毎回自分なりに工夫したネタを持ち込んでいた。子どもたちも、「へー、こんなくらしをしているんだ」と興味をもっていった。
常にその違いを理解させることが多かったが、最後に次のような発問も準備していた。

沖縄と北海道の家の共通点は何でしょうか。

「どちらもそれぞれの気候に合わせて家のつくりを工夫している」ということである。子どもたちにとっては、難しいのであるが、この発問で子どもたちが社会的な見方を深めていくのがよくわかった。

それにしてもこういう「Q&Aサイト」はなかなか便利である。情報の正しさは吟味しなければいけないが、微妙な言葉の使い方の違いを調べる時に、よく活用している。
先のQAの関連サイトには教育関係のものが多く掲載されている。これまた読み応えがある。

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2009.01.15

今年の冬休み

全国各地ではすでに3学期(2学期制のところは2学期後半)が始まっている。
ふだんよく読む先生方のブログから、残り少ない今年度の実践に意欲的に取り組んでいる様子が伺える。

さて、岩手の冬休みは長い。夏休みが短い分、冬休みが長いのである。これはそのまま夏休みと冬休みの比重が同じであるということを意味しており、「研修」という視点から考えたら、。そこで、今年の冬休みを簡単に振り返る。

1 研修(講師役)
 冬休みは自分にとって研修に取り組める(講師役)いい機会である。今年は12月末にVHSで一回、1月に県学校レク大会で一回、登壇させていただいた。今までの財産に加えて新たな提案ができたと思っている。学校レクは続きも決まった。

2 原稿
 いくつかの原稿を執筆。そしてまだ執筆中。これも自分にとって有り難い機会だ。目的をもっていろいろな文献に当たることができる。過去に読んだ本を再読して、そのよさを改めて感じた。

3 反響
 冬休み中に「価値ある出会いが教師を変える」を発行させていただいた。「一気に読みました」「感動しました」といった有り難い感想をいただいた。今までの単著よりも多くの反響をいただいのも特徴的であった。ブログに掲載してくださる方もけっこう多く、人のつながりに感謝と改めて思った。

4 Web
 ブログと日記は毎日更新は冬休み中も同様。日記は8年目に突入した。

5 日常の仕事
 冬休みといっても、当たり前のことであるが、年末年始以外は通常の勤務日である。今年は1日だけ運転免許証更新のためにお休みをいただいたが、あとは出勤。その間に学校施設管理で時間を割くことが多々あった。今までいろいろな方のお世話でこういうことを気にしなくてもよかったのだなあ・・・と感じた。自分がその立場に立って痛感している。これから恩返しである。

6 放電しない
 今まで何度も「充電」という名の「放電」を繰り返した。年末年始は特にそうだった。そうすると、ペースを戻すのが大変である。そこで、年末年始も自分なり少しずつ生産活動は切らさないように心掛けた。「そういう時ぐらいゆっくりと・・・」という声が聞こえそうだが、自分はこのリズムがベスト。今回は「まあまあ」というところ。

 明日からいよいよ3学期。1年の仕上げに向けての時期となる。新たな経験はまだまだ続く。がんばろう。

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2009.01.13

成人式

昨日は成人の日。テレビでも成人の日関連のニュースが多く流れていた。

昭和から平成への移り変わりの年に誕生した子どもたちとのこと。私が11年前に担任した小学校3年生の子たちも20才だ。指導要録等の事務仕事の時に、昭和と平成が混在していたことを思い出した。

過去の担任歴の中でもこの子たちは特別だった。22回の担任の中で「持ち上がり」ではない1年だけの担任はわずか3回。その1回目の子どもたち。担任というのは1年勝負だと思うが、自分の場合にはほとんどが結果的に持ち上がりだった。途中でクラス替えはあるものの、3年持ち上がり(4~6年)も、4年持ち上がり(3年~6年)も経験している。
その子たちは2校目で7年目の自分の担任。長く同じ学校にいて、ポジションも変わらないと、いくら子どもが変わってもマンネリが出てくる。ところが、その時の3年生は大変人なつっこく、また友達をよく助ける子たちだった。また、同学年の先生方も転勤&初任ということで毎日が新鮮だった。そういう要素もあって停滞気味だった自分の実践も、この年を境に上昇していった。自分にとってターニングポイントとなる年だったと思う。
その子たちも20歳か・・・・としみじみ思った。

今年も「荒れた成人式」があったようだが、自分の住む旧水沢市(現奥州市)は「成人式の水沢方式」を生み出している。それほど有名ではないものの、数年前にNHKのテレビ番組でも取り上げられた。
構成自体はいたってシンプルである。来賓の祝辞といったセレモニーは最小限に抑え、代わりに何組かの親が
子どもへの手紙を壇上から読み上げる。どの子の親が読むのかはむろん秘密である。親としての苦労や喜びを成人した子どもは聞く。本人はもちろん、聞いている他の子たちも涙、涙の世界である。テレビを見ていた私も感動した。
むろんそのために、仕掛け人は苦労をする。登壇する親御さんだけではなく、たくさんいる成人式の親御さんに書いてもらうからだ。それでも、感動に変えられないものがあるであろう。
もっとも、奥州市に合併になり、今はこの成人式はどうなったのかはわからないが。

テレビニュースでは20年前の映像がいくつか流れた。バブルの絶頂期で株価は3万円台だったとか、ベルリンの壁が崩壊したとか・・・。自分にとってはついこの間のような気もする20年前だ。教師としては4年目で初の卒業生担任だった。ついこの間ということは、この20年間が充実していたことの表れなのかとも思う。
こんなことを成人の日に思った。

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2009.01.11

刺激を受け・・・

岩手の冬休みは長い。本校は16日が始業式だが、多くの小学校は19日が始業式であり、20日の学校もある。
(その分、夏休みは短い)
その点では、夏休みと冬休みの比重は同じである。研修会参加の貴重な機会である。教頭職なので、基本的には長期休暇の学校の留守番役なのであるが、それでも2回長い時間(90分と100分)で登壇させていただいた。その時には講師役だけではなく、いろいろな先生方と情報交換をした。さらに昨日は元同僚の披露宴で多くの先生方と情報交換もした。

それらの中で感じたことは、多くの後輩たちとも「価値ある出会い」をしてきたのだ・・・と改めて感じたことだ。
多くの先達から学んできた自分の教員人生。
いつのまにか後輩が多くなっていた。一緒に仕事をしたり、授業を見ていただいたり、セミナーで一緒になったり・・・・と多くの出会いがあった。特に地元岩手での同じ職場の先生方、地域の先生方、関係団体の先生方との出会いが、ここ数日の情報交換で鮮明に思い出された。

「そうだった。あの時には力を見込んで原稿を依頼していたなあ」
「有田先生の講座はいいチームだからこそできたんだよなあ」
「ワークショップ型研究会自体が一つの実践だったなあ」・・・等々

その中で、ハッとしたことがあった。自分が言った言葉を、後輩たちはよく覚えているのだ。
・やっぱり実践発表しなければダメだよと言われ、翌年の研究会で発表者に立候補したこと
・初めて出会ったのに「HP作っていませんか?」と言われてびっくりしたこと
そうか。自分の話したことを覚えていてもらえるなんて、何と光栄なことだ。
こういう後輩たちが身近にいるから、自分も刺激になるのだ。これも自分にとって「価値ある出会い」なんだ。
そう改めて思ったこの冬休みであった。

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2009.01.09

感謝!

価値ある出会いが教師を変える」(ひまわり社)出版のエントリーから2週間がたちました。直接お渡しした皆さんから、続々感想が寄せられています。
「若い先生には,きっと元気とやる気を与えてくれる一冊」
「読みながら、ところどころで、それぞれ理由が違った涙が出そうになりました」
「私が、今までやってこれたのも、価値ある出会いがあったからです。「価値ある出会いが教師を変える」・・なんて素晴らしい題でしょう」
といった感想です。
多くのブログにも紹介していただきました。これまた有り難いことです。

今回発刊して、相乗効果に驚いています。
一つはブログのアクセス数の上昇です。リンク先から入ってきているのだと思いますが、教頭職になりアクセス数も減っていたのが、以前の数値に戻っています。
もう一つ、他の本も売れているということです。ノート本、学級通信本も一緒に購入されている方もいるようです。

本を出すということはそれだけではない効果も引き出していると改めて感じています。

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2009.01.06

映画はいいなあ・・・

大学時代はかなり映画を観ていた。1年に150本ぐらいだ。
家庭事情で苦学生だった自分にとって映画は心の癒しだったし、自分の価値観を作ってくれた多くの名作に出会えた。

教員になってからは、気軽に映画を観る環境ではなくなった。映画館自体が近くにはなかったことに加え、余裕もなくなった。自然と足が遠ざかった。

しかし、今の環境になってから今年から映画を時々観られるチャンスだと思っている。といっても月1回程度だけど。学校から八戸まで30分。しかも平日でもレイト上映をしている。これは自分にとっては大きなチャンスである。

昨日は「ブタがいた教室」を観た。いろいろと考えさせるいい映画だった。元の実践はテレビ等で取り上げられたことがあるし、他の方の実践も見聞きしていた。
まず、新任教師がこのような実践できるということもすばらしいのだが、認めてくれる周囲にも目がいった。原田美枝子演じる校長のバックアップぶりにも目がいった。親からも当然のようにクレームが来るが、「子どもたちは何か不満を言っていますか?」と問いかけ、「(新任の先生も)がんばっています」と親御さんに頭を下げる。今の時代だったらできないかもしれないが、新任教師にとっては頼もしい管理職であろう。
「ブタをどうするか」という討論の場面は圧巻だった。自然な「演技」(あるいは「本音」?)がとてもいい。子どもたちも「天才子役」という感じではなく、「普通の子どもたち」という印象。それが共感を呼ぶ。
ただ、どうして教頭はいつも「教員の批判的役割」なんだろうなあ・・・。学校を描く場合の固定的役割みたいな感じである。現実は違うんだけどなあ・・・。
それは別ににして、自分のこれからの楽しみを感じた映画であった。

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2009.01.04

おみくじ

おみくじを引いた。今年は「吉」。
最近はふと「調べたい」と思ったことはだいたいがWikipediaで最初に調べる。
今回も、「おみくじの由来」「運勢の上位順(?)」「木の枝に結ぶ習慣」等、知らない知識が多かった。これは「地域のよさ・日本のよさを伝える小話」の一つになりそうだ(授業でも小話ぐらいはできる)。子どもたちも「吉」がどこあたりに位置づるかわからないであろう。

日本のおみくじのシェアの7割は女子道社。これは以前にも調べたことがあった。
そこの3代宮司のメッセージがいい。

「おみくじは占いではありません。たとえ、凶が出ても縁起が悪いと落ち込むことも、大吉が出て有頂天になることもありません。内容をよく読み、反省すべき点は反省し、励ましのお言葉として受け止め、日々努力を怠らないことが大切です。」

今日自分が読んだものも確かに励ましあり、自分への注意点もあった。広く通用する言葉で書かれているか・・・というのもあるだろうが、このようなメッセージは有り難いと思った。

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2009.01.03

箱根駅伝

例年通り、今年の正月も箱根駅伝に釘付けだった。(2日は大学ラグビーも)
昨年1月に瀬古利彦氏の講演会に行き一緒に写真を撮ったこと、渡辺監督の奥さんが初任校時代の同僚の娘さんということもあって、早稲田を応援していた。総合優勝を狙っていたというが惜しくも2位。目指していても、なかなか念願は達成できないものだ。
それにしてもいくつも印象的なことがあった。

・まずは優勝した東洋大。無名の選手を大学で育てての優勝である。これは似た環境にいる他大学にも大いなる励みになるであろう。どんな組織でも、可能性はあるのだ。

・しかしながら、6区のキャプテンはエントリー変更で走ることができなかった。勝利のためとはいえ、本人はもちろん、告げる監督(代行)もつらかったであろう。こういう非情さがよき結果を生むのも勝負の世界ならではと感じた。

・33年前にたすきがつながらなかった青山学院大。ゴール直前には誇らしげに襷を叩いていた。順位は下位であるが、「目指しているもの」が達成された時の誇りが伝わってきた。

・優勝候補の駒大がシード落ち。油断したわけではないだろう。前哨戦も好成績であった。練習をしても結果が全て。厳しい世界である。

・箱根駅伝で走ることができるのは230人。その何倍ものランナーが走れなかった。出身校を見てみると、本当に全国から集まってきていることがわかる。多くの思いや物語が伝わってくる大会。魅力的は点はやはりここにある。

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2009.01.01

今年のモットー

明けましておめでとうございます。
今年は穏やかな年明けとなりました。

さて、「今年の目標」といきたいところですが、仕事上では4月1日が元旦と思っています。
ですから、「今年のモットー」という形で新年の決意を表したいと思います。

1 献心
 「貢献」が、自分の仕事や活動の目的である。広く考えればすべて「社会貢献」につながっている。教員生活も3分の2に近づきつつある。残りの3分の1は恩返しの期間でもある。「『心』を尽くした貢献」をするようにしよう。

2 平歩前進
 今までの経験で一番確実に前進できるのが、毎日続けることである。ブログの毎日更新、仕事日記の毎日更新、インプット・アウトプットの日常化・・・等々。それらを継続する中で力もつく。一気に・・・というのは不要だ。毎日、確実な歩みで力をつけていこう。
 
3 「腕」と実践にこだわる
 管理職になっても授業にはこだわりたい。「授業の腕」も落としたくない。同時に、管理職としての実践も蓄積したい。そのどちらも追究できる今の環境は実は恵まれているのだ。

4 「価値ある出会い」を求める
 つくづく自分は「出会い」に恵まれていた。積極的に求めたというところもある。今の環境で可能な「出会い」を求めていこう。それが人生を充実させる。

5 「無事故」と「健康」最優先
 昨年は「ヒヤリ」としたこともあった。最優先と考えれば行動も変わってくる。

どうぞ今年1年、よろしくお願いいたします。

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2008.12.31

今年を振り返る2

5 スーパーサブを目指して
 小規模校の教頭として、最初のうちは事務仕事をメインにして行っていた。しかし、慣れてきてからは、校内全てのことに積極的に関わってきた。授業を週に十数時間受け持つようになったり、環境整備のための仕事もどんどんした。むろん、校長の補佐がメインであり、さらに教務・研究・生徒指導面でのサポートにも心掛けた。全て「サブ的立場」だが、スーパーサブを目指していこうと思っている。

6 学びの場
 単身赴任となり、積極的に学びの場に出かけるというのは厳しくなった。その中でVHSは大切な学びの場だった。スタッフである東北青年塾も2年目に入り安定してきた。来年もこの状況は続く。限られた環境の中で、学びをどう工夫していくか。自分の学び術が試されている。

7 新しい仕事
 今年もいくつかのプロジェクトに参加させていただいた。実物投影機のプロジェクトは、新任校での校内のICT活用がより広がる結果となった。雑誌の編集協力や新聞の連載も価値ある仕事だった。教頭職ゆえの仕事は初体験のものが多かったが、今までの財産が生きた。仕事の原則を学ぶことの大切さを痛感した。 

8 たくさんの課題
 いいことだけを書いたが課題はたくさんある。管理職として知識・経験の不足。教頭実践の不足。また、研究面での停滞も課題だ。日常でもインプットをもっとしたかったが、これも不足。全て来年の課題だ。
 それでも、まずは今年健康でいい1年が送れたことは本当に有り難いことだと思っている。

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2008.12.30

今年を振り返る

今年もよい年であった。有り難いことである。大きな環境の変化があっても、何とかブログもここまで続いてきた。簡単に振り返りたい。

1 教諭としての3カ月
 1月から3月までは前任校の教諭として、学校のためになること、研究主任としてすべきことを自分なりに努力、工夫はした。1月の教育センターで、校内研究会をライブで示したことは大きな反響があった。コーディネーターとしての仕事の喜びを感じた瞬間でもあった。

2 あちこちのステージに
 その教諭時代の3カ月の間もアクティブに行動した。1月には北方小の飛び込み授業、2月にはメディつきセミナーとネットワークプレ集会(仙台)。そして3月には引っ越し前日のネットワーク春集会。教頭になってからは「依頼も来ないだろう」と思っていたが、いくつかのセミナーや大会で登壇させていただいた。自分にとっての貴重な学びの場となった。

3 教頭となる
 4月からは教頭職を拝命した。実家と200km離れた全校児童31名の小規模校。単身赴任。全く違った環境で過ごすこととなった。仕事では今だに学ぶことばかりである。そんな中でも自分なりの実践や工夫もできてきており、この冬休みに今後の参考としてまとめる予定だ。また、環境の変化は体力的にきつい部分も多かった。とにかく無事故・健康を優先的に考えるようになった。

4 「価値ある出会いが教師を変える」、発刊
 12月に発刊。教諭時代の時に書き上げようと思っていたが、今までかかってしまった。単著としては4冊目。共著・編著としてネット書店に自分の名前として掲載されているものとしては7冊目である。反響が今までの本以上にあり、著者としての喜びを感じている。また、今年は依頼原稿に恵まれた。管理職になっても依頼が来るということは本当に有り難いことである。
(つづきは明日)

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2008.12.29

反響

今日も拙著「価値ある出会いが教師を変える」(ひまわり社)のことです。

読んでくださった皆様からポツポツと感想をいただくようになりました。
また、ブログやMLでの紹介もいくつかありました。
本当に有り難いことです。今まで出会った皆様がこのようにしている・・・・まさに自分の教員人生が「価値ある出会い」に支えられていることがわかります。

新書は若手から中堅にぜひ読んでいただきたいという本なのですが、「自分の初任時代にお世話になった先生方、出会った先生方を思い出された」という声もありました。それぞれの世代で違った読み方ができる本なのかもしれません。

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2008.12.26

中学校の冬休み

小中併設校のよさは今まで何度か書いてきた。その中の一つに中学校の様子がわかることがある。
自分は小学校勤務の経験しかないので、中学校の様子は話だけである。実際に冬休みに学校に来ていて、中学校のペースを見て、「ああ、こうやって子どもたちを育てているんだ」と感心することしきりである。

小学校の