2016.07.29

「副校長」の話

先日テレビで放送されたこちらの話題。
確かに副校長職にこういう面があるのは事実であろう。
職務が多いのもわかる。

しかし、それでも魅力的な面も多くある。かつて副校長に関わって次のような文章を書いた。

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 かつて,6年生の子どもから卒業する際に,「副校長先生はいつも明るかったです。まるで『太陽』のようでした」と色紙に書かれたことがありました。

 時々その学級に補欠授業に入って一緒に笑ったことや,職員室の対応の時に励ましたことが印象に残っていたのでしょう。

 この子のメッセージから気付いたことがありました。
「副校長・教頭は職員室を照らし続ける太陽のような存在。明るくし続けることが大切」ということです。
 管理職になるまでは,どちらかといえば太陽の光を浴びる存在だったかもしれません。
しかし,管理職になるということは先生方を笑顔で励まし,その活躍に光を注ぐ存在になるということです。そして,そのことを喜べるようでありたいものです。

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この思いは今も変わらない。これが副校長の一番の魅力である。

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2016.07.27

つぶやきより

フェイスブックのつぶやきです。

・平日の疲れがなかなかとれない体になっている。それでも休日になって遠出をして学ぶのは、それで逆に元気になるからだ。この1ケ月、毎週のように同じ経験をしている。周囲は「疲れませんか?」と言うが全く逆。今日もいい学びをさせていただいた。それにしても短くコメントをまとめるのは難しいーと今日も感じた。

・6/18に愛知県で登壇した授業深堀セミナーのことを、玉置研究室の学生さんたちが研究室HPにアップしました。学生時代からこのような研修会に参加するだけではなく、発信活動も行う…これからが本当に楽しみです。採用試験もがんばることと思います。応援しています。

・今年度2回目の大学院ゼミ。論文もこの2週間、力を入れたので光明が少し見えてきた感じ。少し早めに終わったので、大学図書館へ。こちらは昨年から通算すると5回目。この集中できる環境はいつもすばらしいと感じている。疲れた時の外観の庭園にも癒される。

・ゼミの帰り、一本早い新幹線で帰られそうなので、新宿から大宮まで新宿湘南ラインにぎりぎり初乗車。でも、「小金井行」となっていて「小金井市に行くの??」と一瞬不安になった。昔、東京学芸大に入った友達を訪ねて行ったことがあったから、間違えた?と思った。栃木県にある駅とわかってホッとしたが、「初」の人には何とも紛らわしい小金井行だった。

・この頃、かつて担任した保護者や子どもと会うことが多い。今回は、2校目で1・2年を担任した親子と。もう25年前。まだ若かった自分が教えられた保護者だった。暑い中での運動会終了後、学級で「今日は暑くて大変だったね。みんなも疲れたでしょう。もう運動会はいいね」と何気なく話した。クタクタになった時の実感だ。それをその子が「先生は運動会はもういいと言っていたよ」と母に話したらしく、週明けの月曜日に「運動会ご苦労様でした。」と様々感想が書かれていて、最後に「娘によると先生が運動会はもういいと話していたことが少し残念でしたが…」と記されていた。まさに余計なひと言による失敗。事情を説明し、「そういう意味だったのですね」と好意的にとってくださって事なきを得たが、教師が話す言葉の大切さを感じた。一つの学びであった。

・明日の講師役のため、飛行機移動。昨年とは違い、少し早い便に乗ったら瀬戸内海の島々がはっきりと見えた。愛媛の細長い佐田岬半島もはっきりと。風力発電の様子もわかった。そこから九州はあっという間。生きた地理学習だった。子どもたちに「旅には地図帳を」と担任時代は言っていたのに、今回もってこなかったことが心残り。

・熊本教師塾きらりでの講師役終了。今回は熊本地震後ということで、岩手の復興教育についても話をさせていただいた。それにしても、毎回感じることであるが、塾生(+一般参加の先生方)の熱心な学びぶりには感心する。遠い地でも続けて行きたいと思う一番の理由である。

・九州新幹線では英語だけではなく、ハングル語・中国語のアナウンスもあるんだなー。韓国・中国が近いことを感じる。

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2016.07.26

地図帳を見たかった

熊本行の飛行機の話。
教師塾きらりの講師役のため、東京からの飛行機移動。昨年度、一昨年度は夜のフライトだったので、四国上空・九州上空時には何も見えなかった。今年は、終業式で午前授業で少し早い便に乗ることができた。
そうしたら、四国上空から瀬戸内海の島々がはっきりと見えた。地図帳で見ていた愛媛の細長い佐田岬半島もはっきりと。そこには上空からでも風力発電の様子もわかった。半島の端から九州はあっという間。まさに生きた地理学習だった。
子どもたちに「旅には地図帳を」と担任時代は言っていたのに、今回もってこなかったことが心残りであった。

熊本上空では雄大な阿蘇山が見えた。もう7時過ぎだったが、まだまだ明るく「西に来たんだな」と体感した。そして目に飛び込んできたのが、「青い屋根」の家々。一瞬「どうしてこんなに青い?」と思ったが、すぐにそれがブルーシートだと気づいた。上空からもはっきりとわかる熊本地震の影響。翌日の復興教育を伝えることの意義を改めて感じた。

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2016.07.25

今年も教師塾「きらり」に登壇

過去2年に続き、今年も熊本市教育センター主催の教師塾「きらり」に登壇させていただいた。
昨年度から依頼はされており、喜んで引き受けていたが、4月の地震もあり、「今年は運営は難しいかもしれない」と思っていた。そうしたら担当者の先生から、6月に「予定通り行います」という元気なお声のお電話をいただいた。自分にできることがあれば…と思い、今年発刊の著書も5冊ほど持参した。

厳しい状況の中でも教師塾(4~10年目までの教師対象)を希望した先生方が今年も集った。自分も準備した模擬授業・授業づくりの講話・教師修業の講話をさせていただいた。今回は熊本地震後ということで、岩手の復興教育についても話をさせていただいた。

毎回感じることであるが、塾生(+一般参加の先生方)の熱心な学びぶりには感心する。遠い地でも続けて行きたいと思う一番の理由である。今回学ばれた先生方は10年後、20年後の教育を支えて存在となる。自分にできることはまだまだある。そんなことを今回も感じた教師塾きらりであった

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2016.07.22

「夏」が始まる

岩手は遅い夏休みの入り。今日が終業式だった。
12時過ぎに、子どもたちの「さようなら!」の元気な声が響いてくる。終業式の日の特有の解放感である。
教師もその点ではある意味似ている。
もちろん通常の勤務日なのであるが、学期中とはやはり気持ちの面では異なる。

さて、今年も「夏」が始まる。今年も様々な講師の機会をいただいた。本当に有難いことである。
職務上、限られた回数で、しかも遠くてもすぐに戻ると・・・・と考えているが、それでも受け入れてくださるので感謝である。
そのスタートが明日の「熊本教師塾きらり」である。今日の午後はその移動日。1年ぶりの熊本である。
その他にも、愛知、東京(2回)、兵庫に行かせていただく。県内も2ケ所で登壇。さらには、自校でも依頼されている。あちこちに行く楽しみは多くの出会いがあることであり、楽しみである。

そして、何よりも例年と異なるのは通信制大学院での修士論文の取り組みを充実させなければいけないということである。暑い、そして熱い夏になりそうである。

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2016.07.21

学級イベントで学級を育てる


 学級イベントは子どもにとって魅力的な活動である。
お楽しみ会やスポーツ集会で熱中する。いつの間にか、子ども同士がイベントで助け合い、仲良しになる。学級全体も仲の良い集団になっていく。そういう経験を何度もした。
 全国では夏休みに入った学校が多いようであるが、岩手は夏休みが短く、スタートも今週末か来週はじめというところ。つまり今週が学期末ということになる。
 本校は明日が終業式。今日は「まとめの会」のイベントを行う学級もあり、盛り上がっている声が職員室まで聞こえてきた。学級イベントは子どもを育てる…初任校時代から考えていたことである。
 それについての原稿。

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 「授業の成立や学級経営で精一杯で、学級イベントなんてとても手が及ばない。」と考えているのなら、それは間違いである。学級イベントで子どもを育てて、よりよい学級経営の一部にするのである。

 さて、学級イベントの対象は広い。鬼ごっこ、けん玉といった遊び的な活動もあれば、百人一首、料理、スポーツといった学習的な活動もある。
ゲームやクイズといった活動や「節分」「まとめの会」といった学級内イベントもある。
 学級イベントを学級経営を充実させる1つの活動として取り組むのなら、まずは教師自身が興味があるものや得意なものからスタートするとよい。
教師自身がその活動自体を楽しむことが、学級イベントを成功させる要素の一つになる。

 学級での諸問題を逆手にとって、学級イベント化するという方法もある。
 以前、3年生を担任した時に、「給食時間、うるさかったり、下品な話をしたりする人がいる」という話題が出た。
そこで、私から「レストラン給食をしよう」という提案をした。教室を「レストラン」のような雰囲気にして給食を食べようとするものだ。アイデアは子どもから募った。
 今まで自分が行ったレストランのイメージから、「テーブルに花をかざる」「テーブルクロースをしく」「BGMを流す」「かべの模様(掲示)を変える」「好きな人と一緒に食べる」といったアイデアが出てきた。
 実際のレストラン給食の日。教室の雰囲気はがらりと変わった。机にはお花。壁には「3の1レストランにようこそ」という看板に、輪飾り。テーブルクロースを持ってくるのができなかった班はナプキンで代用した。BGMは子供たちに人気のアニメソング。ただし、音は小さめである。
 「ふだんより楽しい」「落ち着いて食べられる」と子供たちも感想を述べていた。
決して大がかりではない。毎日の給食をちょっと違った形にするイベントであったが、子どもたちにとってとても楽しい時間になった。
 給食時のマナーがアップしたことは言うまでもない。こんな形のイベントもおもしろい。

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2016.07.20

修正箇所が出てくる

こちらの書籍が重版になるということで、「何が修正したいところがあったら」と連絡を受けていた。
こういう書籍の場合、発刊された時と事情が変わって(たとえば世界遺産の数が増えた時)、修正しなければいけない時が出てくる。

ただ、今回は3ケ月前に発刊された本なので、修正箇所はほとんどないであろう…と思いながらチェックしていった。確かに先のように年月を経て出てきた修正箇所はなし。

しかし、今回は読んでいて、「間違いではないが別表現にした方がいいかな」というところが数か所あり、修正をお願いした。何度も校正した時には感じなかった部分である。

やはりこれは執筆した当時から時間も経過し、新鮮な視点で見ることができたからであろう。ふだんの原稿は締切ぎりぎりとなってしまい、見直しても新鮮な目で…というようにはならない。「原稿を寝かせる」ことの大切さを感じた。

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2016.07.15

連合チームという道

全国各地で高校野球の地方予選が真っ盛りである。
自分も小さいころから高校野球には興味をもっている。高校時代は進学校ながら、野球部も強い県立高校にいたので、なおさらだった。(先日の参議院選挙で秋田で当選した元巨人の石井浩郎選手がいたころだった。)
我が子が地元の高校に入った時には、その高校を応援するようになった。

そんな中、今年は岩手で「五校連合チーム」が話題になった。人数が少ない野球部のチーム同士が連合チームを作り、参加するというものである。少子化の影響で岩手では、高校生が減っている。学年2クラスだけという高校も聞く。そういうところでは、野球部員を確保するのも容易ではないであろう。
先の連合チームは前沢(4人)、宮古水産(2人)、沼宮内(3人)、大迫(3人)、雫石(2人)の五校。2~4人ではチームどころか、ふだんの練習もままならないのでは…と想像する。しかも、広い岩手ではこの五校は150kmぐらい離れている。
そのような中での連合チームの出場。結果はコールド負けの初戦敗退。それでも大会に出られたことの喜び、他校の選手と友情ができた喜びは大きかったであろう。

高校だけではなく、中学校では吹奏楽の連合もある。少子化が進む中で、このような連合は多くなってくるであろうし、それをプラスにする考え方も大切だろうと記事を読みながら感じた。

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2016.07.12

家の道具の移り変わり

社会科教育という視点で見ていくと、様々なことが学習内容と関連づいていることに気づく。

我が家でガスレンジを交換した。
家を建ててからずっと長持ちをしていたものだったが、さすがに長年の使用には耐えられなくなり、このごろは不調気味。
新しいものに変えることになった。

新しいレンジには、いくつかの機能がついていた。現在の家電の進化からすれば、驚くべきものではない。温度設定や自動で火力調節をすることは今であれば当たり前であろう。

ただ、3年生での「くらしの移り変り」の視点からすると、このような「自動化」は一つのキーワードとなるであろう。人間がすることを代行するだけではなく、道具自らが「考える」ようになった…家電自体も数十年で変化している。

今年の1月に全国UD研で、この道具の移り変りを扱った時にも感じたことである。教材化の視点はどこにでもあると今日も感じている。

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2016.07.07

「お茶を出す」こと

 時々参考にするこちらのサイトに「保護者のクレームに上手に対応するための具体的なテクニックとは」というテーマの文章が掲載されていた。小野田正利先生のものである。
 その中で思い出したのが「お茶を出す」話。
 文章には次のように書かれている。

 苦情を言いに来た保護者を、ちゃんと人間として扱っているかの指標は「お茶を出す」ことにある。後になって「あの学校は茶すら出さなかった」と言われることがある。
 お茶を飲まないかもしれません。でも出す。しばらくすると茶わんにスーと相手の手が伸びる。それを見て「あっ、少し落ち着いてきたかな?」と、自分が感じることの大切さがある。
 ある私立学校では保護者が来校したら、すぐには話を始めずに、まずは応接室に通す。うどんを一杯持っていき「担当の者が後で参りますので、まずはお召し上がりください」と言って差し出す。食べて相手に落ち着いてもらう必要があるということだ。

 小野田先生のご講演は4年前に仙台市でお聞きした。その時に、お茶を出す話もうどんを出す話も出てきた。
 会場に笑いが響いたことを覚えている。
 「お茶を出す」という行為自体の後ろに、来客者に対して大切に対応するという心が表れていると思う。対応について考えさせる文章である。

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