2016.05.25

教え子と偶然の再会

昨日は他校で会議があった。
1時間ほどで終了し、帰りに何げなく、その学校の靴箱が目に入ってきた。

見ると、「実習生〇〇〇〇」という名札がある。9年前に担任した子の名前だ。
最後に担任した学級の教え子の一人である。
「もしかして、教育実習に来ているのか?」と思い、慌てて戻って副校長に確認する。
すると、確かに教育実習で来ているという。

お願いをして、職員室で呼び出してもらい、久しぶりに再会する。
小学校の時と同じ笑顔でやってきた。背も私と同じぐらい高くなっていた。

聞くと中学校の数学教師を目指しているとのこと。
「いい教師になれるよ」と励ましがっちりと握手をして別れた。
教師として嬉しいひとときだった。

それにしても、その日に会議がなければ、そしてその中学校に行かなければ、そして、帰りに目がくつばこにいかなければ再会ができなかった。
これは偶然ではあるが、必然のような感じもする。
出会うべき必然性があったのである。

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2016.05.21

すばらしい運動会だった

「教師が目立たない運動会がよい運動会」とある本に書いていて共感した記憶がある。
今日はまさにそのような運動会。用具係やリレー担当といった必要最小限の時だけ教師が目立ったが、それ以外は子どもたちが実に目立った運動会。本当にすばらしい運動会だった。

「教師ががんばっているなー」と感じる運動会は逆の見方をすれば、それだけ事前指導が不足していたとも言える。事前指導を行い、子どもたちの力を伸ばしたのであれば、子どもたちに任せることができるのである。

もう一つ。保護者さんのマナーぶりもよかった。新しい学校ということで、今までの課題を事前にお聞きしていた。しかし、朝の整列やシート敷きは整然としたものだった。

教師と子どもと保護者で創り上げたすばらしい運動会。懇親会までの間に写真と御礼を学校ブログに気持ちよくアップさせていただいた。こういう更新は嬉しいものである。

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2016.05.20

「薫風」を感じる

現任校は学区内にある。
ここでしたかったことの一つは、「自転車通勤」である。
4月から5月上旬は寒い日もあり、さらに外勤する機会も多そうだったので、1度もできなかった。
5月の今週は学校にずっといるので「天気がよかったら…」とチャンスをうかがっていた。

一昨日からさっそく自転車で通勤。
自動車とは違って見える風景が違う。
同じ通勤路であっても新鮮である。

大学時代、当時の研究の教官が、「自動車通勤をやめて自転車に変えたら、今まで見えてなかったものが見えてきた。道端の花、受ける風…いいものですよ」といつだったか話されていたことを思い出した。
確かに今の季節である「薫風」を感じている。

前にも現任校にいた時、4月から5月で1ケ月以上続けたことがあったが、梅雨になってやめてしまった。
(その後はずっと自動車)。
さて、今回はどれぐらい続くか。時々でもいいから風を感じてみたいと思う。

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2016.05.19

探したら身近だった

「がっちりマンデー」で株式会社の「デンソー」が出ていた。
大きな工場内での自動車の部品製造に多くのロボットが正確な部品を作りだしている様子は、今の工業を表していて壮観だった。それと共に、人づくりにも力を入れている様子も映し出していた。

「5年生の社会科でちょっとした教材になるかもしれないなー」と感じて探してみた。
そうしたら、本市の隣町に岩手工場があるのではないか。そういえば、富士通の工場が別企業に代わる話を聞いていたが、それがデンソーだったんだなあと納得した。(すぐそばにトヨタの工場もあり、子どもたちは社会科見学で学んでいる。)

さらに、教育にも関わりがあることも知った。こちらはどのような活用ができるのか。想像してみるだけも楽しくなってくる。

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2016.05.18

「学校運営」誌4月号

教頭・副校長向けの雑誌(といっても40ページほどの薄い雑誌)が毎月1回配付される。会費を納めているので、定期的に送られてくる。4月号がようやく届いたので見てみると、今回は執筆者が豪華だった。
本や雑誌原稿を読んだことのある筆者が続々である。

特に「視点」に書かれている4人の方の原稿のうち、ご講演を聞いたことがある方が3人。これはこの雑誌にしては、珍しいことである。

その中で玉置崇先生のメッセージが特に印象に残った。

●私がいう元気な管理職の定義は、「守りに終始せず、攻めの学校経営をしている人」。

転勤して1ケ月半。守りには入っていないが、十分に攻めているとも言い難い。どんな攻め方をしようかと感じた。

また、小野寺正利先生はこんなメッセージを書いていた。

●明るい顔をして、「どんと来い!トラブル」と受けて立つ姿勢を見せる義務が、副校長や教頭にはあるのだと思うのです。

まさにその通りであろう。現任校で大きなトラブルはまだないが、いつでもそういう姿勢でいようと思っている。

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2016.05.17

書く機会は学ぶ機会

今年度は、「社会科教育」誌に連載をしている。
連載といえば、「好きな内容を」書いている印象をもつかもしれない。
しかし、今回自分がいただいているテーマは「アクティブな授業づくり」である。
「授業づくり」の中で、課題設定や活動場面などは今までもいろいろな原稿を書いていて、ある程度のメドがついて執筆をしていた。

しかし、授業づくりの中で欠かせない「評価」については、原稿について書いてきたのは、他の項目よりは少ない。
それでも外すわけにはいかないので、改めて今までの少ない原稿を見直したり、文献や書籍を取り寄せて、自分なりにまとめた。
これは自分にとっては貴重な機会となった。今まであれこれ考えていたことが、少しではあるが形となってまとめることができたからである。

若い頃、原稿依頼が来た時には、関連書籍を買い集め、原稿料以上の費用を使っていた。それが自分の学びとなった。今回はそれと同じ。書く機会は学ぶ機会である。

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2016.05.16

PTAウィーク

先週は5日間の出勤のうち4日間がPTAに関わる仕事が入っていた。

・市PTA連合会総会
・学校のPTA役員会
・区PTA連合会総会
・学校のPTA常任委員会

これらが毎日勤務後を中心に夜行われた。
まさにPTAウィークであった。

今の職は学校でのPTAの事務局を担う。今までの学校でもそうだったが、今年度は特にPTAの業務について時間を割いている。
時間を割くことは、他の業務の時間が少なくなるということであるが、メリットもある。それは、保護者とのつながりをもつということである。
これは学級担任ではない自分にとっては大切なことである。保護者の声を聞くという点でも大切だ。各種委員会では、保護者の皆さんの考えを知ることができる。それは結果的に子どもたちのためのものになると思いながら、聞いている。

幸い、本校も保護者の皆さんは学校に対して協力的である。担当としてこれは有難いことである。

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2016.05.11

挨拶状や賞状の句読点

新しい年度になってから、転勤の挨拶状が4月下旬からき始めた。
全て県内である。形式的な部分はほとんど同じなのだが、前任校や現任校の情報がそれぞれ一工夫して入っている挨拶状がほとんどなので、文面もしっかりと読ませていただく。
そして、「ああ、がんばっているんだなー」と励まされる。

そこで、改めて気づいたのが、「句読点」である。
挨拶状は句読点を打たないのが基本であるが、読みやすさからあえて句読点を打って出すことも一つの方法だと考える。
今回自分がいただいた挨拶状を改めて見ると、その割合はちょうど半々ぐらい。
句読点がない挨拶状も、1マスあけをしているので、読み流すと句読点がないのに気付かないかもしれない。

さて、FBにこの話題を少し書いたらいくつかコメントをいただいた。
そこから派生して、賞状や歴史上の人物の手紙がミニ教材になりそうなヒントを得た。
さまざまなものやことが教材になると改めて感じている。

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2016.05.10

つぶやきより

フェイスブックのつぶやきです。

・「ゼロから学べる小学校社会科授業づくり 」が重版となりました。ご購入された皆様、ありがとうございます。重版発行にかかわって、再度じっくりと読み返しました。初版時に何度も読み直して、修正はないと思って発行したものですが、今回修正点が見つかりました。改めて何度も読み直すことの大切さを感じました。

・今年度は週に1~2号、校内通信を発行することに決めている。まだ職場で校内通信を作る余裕がなく、毎回家での作業。担任時代の学級通信と同じだ。まあ、その方があれこれ対応がなく、集中してできるが。今回は「授業参観について」。かつての自分の雑誌原稿も役立つものである。

・昨日は授業参観日。多くの保護者に学校への期待を感じる半日だった。たくさんの参観者を前に授業する先生方。その期待に応えていた。前日夜の巡視で、偶然に道徳授業内容を知ってあれこれ雑談した先生も、さっそくその内容を取り入れたもよう。アクティブなその様子は本校にとって新風そのものだ。

・仕事でちょっとしたミス。気づいた時には文書発送後。二十数名が対象なので、明日修正文書を出せばそれでも十分OKなのだが、せっかくの機会なので電話で連絡をしてみようと思った。「わざわざありがとうございます」という反応もいくつか。ミスを生かせば、それはミスではなくなる。時間はかかったが、今回はそのようになったと思う。

・「くどいようだが、情報に価値があるわけではない。情報をどう受け入れたかに、価値があるのである」…本日いただいた冊子(個人の研究誌)から。阿久悠さんの言葉。確かに同じ本を長年読み続けても、その時代、立場で入ってくるものが違う。もちろん、情報を入れて考え続けなければ意味がないが。

・とある事情で、「文例」に関するものに思わず目が行く。このごろは教師からの転勤挨拶状。今までさほど気に留めていなかったが、句読点がある挨拶状とない挨拶状。半々ぐらいだ。読みやすさからあえて句読点を入れている人もいるかもしれないが。賞状にも句読点がないことは、子どもたちのミニ教材になるかもしれない。

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2016.05.09

いい時代だ

新幹線に乗る。
いつものようにJR東日本の車内誌トランヴェールに目を通す。
冒頭のコラムを有名な作家さんが毎年連載されている。
今年は、沢木耕太郎さんに代わっている。

沢木耕太郎さん。大学時代にいくつかの作品が好きで何度も読んだ。
「若き実力者たち」「テロルの決算」「敗れざる者たち」などは、特に印象に残っている。
今は60代後半。それはそうだ。自分が熱心に読んだのはもう三十数年前のことだからだ。

内容は「地縁」に関するもの。
すてきな文章で思わず、かつての作品を思い出した。

アマゾンで検索すると、こちらが電子書籍で販売されており、すぐに購入。
いい時代だ。冊子で触発され、三十数年前に読んだ作品を思いついた時にすぐに読むことができるからだ。

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