2017.06.15

かつての勤務校が工場に

9年前に県北の小さな学校に赴任した。
前任校から200km近く離れた、児童数32名の学校だった。前任校が800名を超えていたので、その違いには最初は戸惑った。管理職になったということもあったからかもしれない。

しかし、赴任してみて、自然環境の豊かさ、地域の人々の温かさ、そして子どもたちの素直さ・勤勉さが日々感じられた。学校の裏には牧場があり、近くを通るたびにその匂いが癒しになった。

校舎も小さかったが、実におしゃれだった。ガラスをふんだんに取り入れて、ホールには鮮やかな光が差し込んでいた。職員室は壁がわずかで、子どもたちがよく見えた。

4年前に統合で閉校になり、その式に参列した時には、多くの方々が閉校を惜しんだ。地域が教育振興運動が盛んだっただけにそのシンボルがなくなるから…ということもあっただろう。

その学校のニュースを久しぶりに聞いた。「野菜工場に生まれ変わる」というものである。こちら
最初は野菜工場か…。もっと別の使い道はなかったのかな…とも思ったが、中心地から15kmも離れた山間部の施設だ。体育館は使われるであろうが、校舎部分は活用されにくかったのであろう。
確かに本市でも統合した学校はいくつもあるが、鍵がかけられてそのままというのがほとんどだ。このように工場として活用されるのであるが、逆に入るチャンスもありそうだ。壊されるということもないであろう。
その点では、校舎にとっては幸せなのであろう。
そして、自分にとっても校舎が残っている限り、あの3年間の思い出も鮮明に甦ってきそうな気がする。

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2017.06.10

特別の電話

仕事柄いろいろな電話を受ける。
多くは事務的なものだが、時には特別な電話を受ける。
先日がそうだった。

ご高齢の方から「60年ほど前に小学校を卒業したものですが」という電話。
同級会の最後に校歌を歌ったが、校歌の最後の部分の意味を知りたいということ。
県で一番古い校歌なだけに、確かに難しい。
そこの歌詞は「人ばかりやは おとるべき」である。
私も最初に聞いた時には「おとるべき?「劣る」ならおかしい意味だな・・・。きっと別の意味があるのだろう」と感じた。
そして、担任時代に「校歌の授業」(いくつかの学校で行った)を行う際に調べて、「先人のすばらしさに劣らなないように励みましょう」という意味だとわかった。

このように、十数年前の担任時代にたまたま調べていたので、すぐに回答することができた。
電話をされた方からは丁重な御礼と思い出話をされた。
こういう電話は嬉しいものである。

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2017.06.06

教育実習の日々2

昨日の続きです。

■ 気になる子

 考えてみると、私が教育実習に行ってから16年も経つが、子供たちの名前はけっこうすらすら出てくる。
 担任の先生に「学級委員長がそんな態度でどうする!」とよく怒られていた大川君(仮名)。
 私の家庭科の授業で子どもがなかなか集中せず「まさとし先生がかわいそうだった」と言ってくれた仲田ヨシノさん。(仮名)いつも、ひょうきんなことを言って、実習生たちを笑わせてくれた西君(仮名)・・・・といったようにである。

 ところが逆に名前は忘れてしまったが、その子の発言や表情を特に覚えている子がいる。
 その女の子は、実習生の誰に対しても心を開くことがなかった。それどころか、何か話しかけると怒ったりするものだから、実習生の中には、「私、あの子には話しかけたくない」と言う者も出る始末だった。
 その子はマラソンが得意だった。ちょうど実習期間中にマラソン大会があり、その子は2位に入った。
 廊下でその子に会った時に、私は「2位になってよかったね」と声をかけた。そうしたら、その子はニコリともせず、「(1位になれない)イヤミだ、イヤミだ」とつぶやいて怒るように走って行った。
 私もムッとしたが、その場はそれで終わった。
 
 実習最後の日、子供たちが実習生全員に書いた手紙をもらった。その子がどんなことを書いているか興味があった。読んでみると・・・。
 
「マラソン大会のことで、声をかけてくれてありがとう。わたしはなかなか自分から先生たちと 話ができません。だからとてもうれしかったです。」
 
 実習生に対するすねた態度は、「自分にも声をかけてほしい」というサインだったのである。
 子供たちは、誰でも先生と話したがっている。そして、先生にどんな態度をとっても、子供たちは教師の声がけを待っているものなのだ、ということを感じさせてくれた子であった。

■ 担任の思い

 中学校の教育実習はわずか1週間であった。
 そのころは「荒れる中学生」という言葉がマスコミをにぎわせ、校内暴力の嵐が全国に吹き荒れていた。大学の教官からは、「あなたたちが教壇に立つ頃は、小学校高学年で校内暴力があるかもしれない。」と脅かされたりしたものであった。

 さて、その中学校は校内暴力はないものの、あまりよいとは言えない状態であった。
 3年生の学級に配属されたが、まず担任の話を聞こうとしない。帰りの会など、平気で席を立ったり、変な声をあげたりしている。
 担任の女の先生が、「静かにしなさい!」と声をふりしぼっても、子供たちには関係なし。日直の「さようなら」という声で、教室は飛び出すように出ていってしまう。私たちはビックリしてしまった。
 
 その様子を見たのは実習初日。放課後、担任の先生との打ち合わせがあった。
 さぞかし、「困ったものです」といった言葉が出てくるのかと思った。ところが、その先生は開口一番、次のように言われた。

「あの子たちは、一人一人見るととてもいい子たちです。ただ、集団になると歯止めがきかなくな るだけです。」

 確かに一人一人と話をするととても感じがよい。担任の言っている意味が、わずか1週間であったが、よくわかった。
 「子供たちを信じる」・・・たとえ、どんな状況でも担任である限り、このことは大切にしなければいけない。そんなことを感じさせてくれた中学校の教育実習だった。

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2017.06.05

教育実習の日々1

教育実習生が今日からやってきた。今日は1時間の講話をした。彼らを見ているともう35年も前になる自分の教育実習時の記憶が鮮明に蘇る。今までも掲載したことがあったが、原点を忘れないように掲載したい。

■その1  教官に怒られる

 教育実習の初日のこと。
 誰が何の授業をするのか割り振りをすることとなった。
 同じクラスに配属された実習生6人で話しあうのである。
 そうじの前に、そのことについて放送があった。
「実習生の皆さんに連絡します。授業計画用紙をできるだけ早く出してください。」と。
 目の前で子供たちは机を運び始めた。実習生6人は、そうじに行ったらいいのか、計画作りを優先させたらいいのか、わからなかった。
 そのうち一人が言った。
「実習生室に行って相談しよう。」
 そうじの時間に、授業計画はできた。そして、5時間目の授業に臨んだ。

 ところが放課後、担当のY教官に怒鳴られてしまった。
「子供たちのそうじも見ない実習生がどこにある!」
 (こっちにはこっちの理由があるのに!)と思ったが、教官が怒った真意をよく考えてみた。
 子供たちが学校にいる限りは、何事も子供たちのことを優先すべきという当然の原則がある。私たちはそれを間違えていたのである。何も「今すぐに」授業計画を出すのではない。
 「そうじを優先させるべきだった」・・・このことを悔やんでも後の祭りである。

 この件で実習生たちはがっくりしてしまった。アパートに帰ってからも怒鳴られたショックが尾を引いた者もいた。
 「いやだなあ」と思いつつ、翌日Y教官に接すると、昨日のことには全く触れない。それどころか、子供たちに接するのと同じ笑顔で私たちにも接する。
 「ふだんはやさしいが、怒るとこわい」・・・教師にとって大切な資質を私たちにも示してくれた教官だった。

■ 45分間の授業が1分の説明に負ける

 怒鳴ったY教官は算数が専門であった。
 実習生の中にT君がいた。数学研究室である。当然実習授業も算数を選択した。

 そのT君が顔をゆがめる。平行四辺形の問題で、プリントを一生懸命説明するのであるが、子供たちは(わからない)という顔をしている。
 T君は、さらに説明や質問を加えるものの、説明をすればするほど、子どもたちは困惑したような顔をする。

 授業の原則の一つに「発問はやたら変えてはいけない」ということがある。発問がころころ変わったのでは、子供たちは混乱するばかりである。
 ところが、実習生の悲しさ、そんな原則など知るわけがない。

 やがてチャイムが鳴る。次の授業もある。
 やむを得ない。Y教官の登場である。その説明、わずか1分。子供たちが「わかった、わかった」と生き生きとした顔でうなずく。
 その様子を見ていたT君。実習生の我々の席に戻り一言。「悔しい」
 この時ほど、プロとアマの違いを感じたことはなかった。

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2017.06.04

プロの技

昨日は10年に1度のこちらのイベントがあった。
本校の5年生児童と共に参加した。

10年前も同じイベントが150周年ということであり、その時にも本校に在籍していた縁で引率をした。その時には李登輝さんがいらっしゃって多くのマスコミが来たことを覚えている。

今回は子どもたちがオープニングに出演後は講演・講談を聞く時間だった。5年生ということもあり、その内容に興味を示すかどうか心配だったが、「さすがプロ」という内容だった。特に講談師の田辺鶴遊さんの子どもたちへの対応は見事だった。

子どもたちに「何年生?」と聞いて、そこから次々と子どもたちが反応しやすい言葉でテンポよく畳み掛ける。その中で、大人たちが笑ってしまう突っ込みを入れる…それまでの子どもたちの表情や動きが本当に一変した。
まさに「プロ」。そんな技を見せていただいた。

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2017.05.28

すばらしい運動会

「教師が目立たない運動会がよい運動会」とある本に書いていて共感した記憶がある。
今日はまさにそのような運動会。綱引きの片付けといった必要最小限の時だけ教師が目立ったが、それ以外は子どもたちが実に目立った運動会。本当にすばらしい運動会だった。

「教師ががんばっているなー」と感じる運動会は逆の見方をすれば、それだけ事前指導が不足していたとも言える。事前指導を行い、子どもたちの力を伸ばしたのであれば、子どもたちに任せることができるのである。

もう一つ。保護者の動きもすばらしかった。今年はマナーに関わる放送はほとんどなし。車移動の放送はゼロ。それどころか、終了後の会場の後片付けへの協力が多数あり、すばらしかった。

教師と子どもと保護者で創り上げたすばらしい運動会。懇親会までの間に写真を学校ブログに気持ちよくアップさせていただいた。こういう更新は嬉しいものである。

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2017.05.21

「努力と挑戦」

時々読むブログに有田和正先生のことが書かれていた。
5月のGW前にお亡くなりになったのが3年前。
昨年も一昨年も、GWが近くなると有田先生のことを思い出していた。

先のブログには次のように書かれていた。

【私に多少の資質・能力があるとしたら、それは「努力と挑戦」ができることだろうと思う。私と同じような環境におかれても、全く変わらない人もいる。こういう人は「今の自分でいい。今の実力で十分だ」と考えているのだろう。】

確かに「努力と挑戦」は有田先生が好んで話されていたことだった。70代になっても「授業が上手になりたいのです」と葉書に書かれていた。
「今の自分でいい」と時々思いたくなることがあるが、このようなメッセージを読むと、まだまだ自分も努力と挑戦をしなくてはと思う。

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2017.05.20

「巻戻し」ではない

管理職向けの小冊子に「時代の流れで消えていくことば」というテーマのエッセーが書かれていた。

学校で言えば、「下駄箱」「教壇に立つ」「ふで箱」等があげられていた。確かに自分もこれらは使わなくなっている。
ただ、時々使うのは「巻戻し」である。それは今は「早戻し」になっていると書かれていた。
改めてリモコンを見てみると、確かに「早戻し」になっている。それはそうだ。CDやDVDはテープと違う。
子どもたちも「巻戻し」とは言わないのかもしれない。

筆者は「先生たちに提案」として、「子どもたちの周りからどんなことばが消えていたたのか洗い出してみてはいかがでしょう。そして、消えつつあることばの中に、子どもたちに残したいことばがあるのではないか、じっくりと探してみてはいかがでしょう」と書いている。
確かにこれは授業のヒントになる。ことばが対象ではあるが、「道具が移り変り」という視点で考えても面白い。

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2017.05.12

かつての実践を思い出した

今日は自分に関わる来客が2名、学校を訪れた。

お一人目は、20年以上前、2校目で4年生を担任していた時の保護者。現在は教育関係で市の要職に就かれている。
不思議なもので、若い時に担任した子たちとそのエピソードは20年前、30年前でもはっきりと覚えている。場合によっては、保護者とのエピソードも同様。
そこで思い出したのは、その保護者の方に、教室の窓に花が描かれた実践(たぶん学級通信に書いていたのであろう)を連絡帳でコメントしていただいたことだ。むろん励ましのコメント。有難いコメントだった。

何回したであろう。図工の最初の時間での窓への絵描き。雑誌で知り、すぐに始めたものだ。子どもたちは喜んで取り組んだ。ちょうど最初の授業参観をその中で行い、終了後に毎年消していた記憶がある。どの教科でも「おもしろそう」と思ったのは、何でも取り組んだものだった。

もう一人は10年前。自分が担任外の研究主任として、専科で教えていた当時の6年生。次週から教育実習生として来る。その打ち合わせで来校したのであるが、当時の社会科授業が面白かったと話していた。
そして、「しょっちゅう、ノートを前にもっていっていました」とも。
確かに、授業終わりのまとめを「できた人からもってきて」と言って、読んで丸をして、「すばらしい!」と簡単なコメントを一人5~6秒でしていた。そのことを覚えていたのだ。これは有田先生が担任時代にしていたことである。

こう考えると様々な実践をあれこれしていたものだと思う。思い出させてくれることで、今の自分の励ましとなる。

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2017.05.10

原稿をがんばった

5月3日~7日は5連休。しかも地域の行事や講師役はない。
プライベートで遠出するわけでもない。
これをあてのした一つの目標があった。
未完だった書籍の原稿を終えることである。

すでに依頼されていたのは、1年前。昨年の夏休みが過ぎる頃までは…と思っていたが、新任地の業務、修論執筆、その他もろもろ…もあって延ばし延ばしとなっていた。
連休前までの出来は6割ほど。残りの4割を一気に…と考えていた。

何もないところから、それらを一気に終えるのは難しいので、それまでの段取りも終えて、執筆を一気に。
やはり締切があると違うものである。締切効果といってもよい。
久しぶりに原稿に集中して取り組むことができた。
(本当はもっとこういう状態にならなければいけなかったのだがー。)

書籍になるまではいくつかのハードルがあるので、まだまだ仕事はあるが、まずは一段落。
これからの仕事にも弾みがついたことは確かである。

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